公益財団法人日本国際フォーラム

EUの立ち位置

EUの世界経済におけるシェアは、地域的拡大が止まった2000年代半ば以降低下している。2020年は転換の年であり、英国離脱とコロナ禍の打撃でEUは萎み、中国との差が一気に縮小した。IMF予測では、中国とEUのGDPは2024年に逆転し、その後、差が広がるとされる。こうした中、国際通貨としてのユーロを見ると、19の主権国家が導入するため一定程度の存在感は認められる。しかし、欧州は、米国に比べて資本市場が未発達かつ分断されているため、国際通貨としての役割はドルよりも限定的である。EU・ECBは、ユーロの国際化に中立姿勢をとってきたが、2018年以降、金融政策の自律性向上や、第3国の一方的決定への影響軽減などの利益が費用を上回るとの判断から、ユーロの地位向上を目指す方向に転換した。具体的には、金融政策の自律性を高めるため、また、金融制裁の影響を受けにくくするために備えるべきとの声もあるが、実際のところ「第二の国際通貨」「地域限定の基軸通貨」的な役割に甘んじている。

地政学・地経学の観点から安全保障分野を概観すると、EUにおいては、あくまでも主権国家間の防衛協力というレベルにとどまる。トランプ前大統領が批判の矛先を向けていた国防費支出は、NATOの「24年までにGDP比2%以上」の目標水準を下回る国が多い。EUは16 年に採択した「グローバル戦略」以降、NATOとの協力を深めつつ、安全保障・防衛力強化による「戦略的自立」を模索している。なお、安全保障・防衛力という面で英国離脱の影響は大きいが、英EU貿易協力協定(TCA)には、EUの外交・安全保障が全会一致を原則とし、機動性を欠くことから、英国が制度化を望まず、カバーされていない。

以上のように、経済は衰退気味、国際通貨としての役割も米ドルに比べて限定的で、安全保障協力も発展段階というEUであるが、米コロンビア大学法科大学院のAnu Bradford教授によるとEUは規制・基準形成において覇権的地位を保持しており、これを「ブリュッセル・エフェクト(効果)」と呼ぶ。これは、国際機関や他の国家の協力なしに、一方的にグローバルなビジネス環境を形づくる規制を制定し、ヨーロッパ化を先導する能力を指し、多国籍に展開する企業がEU市場へのアクセスのためEUルールを受け入れ、かつ、効率化やリスク・ヘッジのため、個人情報保護(GDPR)のようなEUルールを全世界のオペレーションに拡張する「事実上のブリュッセル効果」、あるいは、多国籍に展開する企業が、母国における競争条件が悪化しないよう、政府がEUルールを導入する「法律上のブリュッセル効果」等がある。効果発揮には5つの条件があり、①市場規模(豊かな消費市場の魅力)、②規制形成力、③厳格な規制への政治的意思(有権者の支持)、④非弾力的なターゲット(消費者をターゲットとする場合に有効)、⑤不可分性(法的、技術的、経済的要因)が挙げられているが、EU経済の相対的な地位低下(=要件①)、EU加盟国内の分断(=要件②)、技術革新(=要件⑤)は、EUの覇権的地位を弱める要因になると考えられることから、成長と雇用、格差の是正、技術革新への対応が求められている。

EUによる影響力の維持・強化

では、EUはその影響力維持・強化のために何をしようとしているのか。まず、新たな成長戦略として2030年・2050年の地球温暖化対策への総合的対処策である「EUグリーン・ディール」の展開があるが、近年、バイデン政権の誕生もあり、世界的に、この動きが加速している。グリーン・ディールは、域内雇用の創出のみならず、ロシア関連のエネルギー安全保障や中国からのデカップリングを視野に入れたサプライチェーンの見直しという経済安全保障政策の強化も狙いとしている。

また、デジタル分野の競争を左右する半導体産業やデータで海外に依存せずに欧州として自立できる産業基盤を整え、国際的なルール作りで主導権を握ることを目指す「デジタル主権」の確立が唱えられており、大規模プロジェクトはEU予算やコロナ禍からの復興基金、加盟国予算、民間資金による「多国籍プロジェクト」として後押しする方針の下、各種野心的な数値目標が提示されている。2020年3月公表の「新産業戦略」では、グリーン化、デジタル化、循環型経済への移行、地政学的な地殻変動による国際競争に対応した欧州の産業の競争力と戦略的自立性向上の必要性等を強調しており、欧州の価値と原則を投影した高水準で競争条件公平化のためのルール作り、戦略実現に不可欠な分野でのアライアンスの活用等が優先課題とされる。実際に、EUの戦略的自立のためのアライアンスとしては、EV用バッテリー案件が先行的な成功事例として始動しており、アライアンスでは「可能な限り、志を同じくするパートナーとの協力を追求」し、原則として「幅広く、開かれたプラットフォームを提供」するとして「開放性」と「公平性」を強調している。始動済みのアライアンスには日本の他、米加豪韓や新興国も含めた域外企業等も参加しているが、中国とロシアの企業等は未参加である。これらの背景には、輸入依存度が高い137品目の調達先の52%を中国が占めるという現状を受け、その脆弱性を克服する狙いがある。

EUが21年7月から、資本市場で7,500億ユーロを調達(26年まで)予定のコロナ禍からの復興基金は、イタリアやスペインに特に潤沢に割り当てられており、これらの国々の構造改革を促して加盟国間の財政余地の差をカバーし、短期集中型の投資と改革を通じて、格差の拡大を抑制しながら「より良い復興」を後押しするよう設計されている。ただし、その償還原資は、域外企業に負担を求めるメニュー(国境炭素税、デジタル税等)が並ぶ。高格付けのEU債の発行は資本市場強化、ユーロの国際化にも貢献する。但し、条件に適合する計画策定、実行には高い能力が要求されるため、補助金を十分活用できないリスクや運用を巡る加盟国間の関係悪化のリスクもあるが、民間投資の呼び水効果は期待できるのではないだろうか。

域外との関係という点で、本年2月に公表された通商政策レビューでは副題を「開かれた持続可能な積極的に主張する」通商政策として、EU規制の影響力強化や通商協定の実施・執行の強化を通じ、競争条件の公平性を確保することを優先課題としている。他方で、地域的にはアジア、中国、インド太平洋の言及はなく、「安定と繁栄がEUの政治的・経済的利益」との立場から、近隣諸国とアフリカ重視の姿勢を示している。

EUの対中政策では、2020年末、バイデン政権発足前に妥結された包括投資協定(CAI)は域内外から批判を浴びた。EU側(議長国ドイツ)の狙いは、米中の貿易交渉の第一段階合意によって米国に劣後するようになっていたEU企業の中国市場へのアクセスの条件の改善と、EU・中国間の不公平な競争条件の是正にあった。しかし、米国や日本など域外諸国のほか、域内からも、このタイミングでの合意は、間違ったメッセージを送ると批判が集まった。その後、批准手続きは、ウイグルの人権問題を巡る制裁と報復の応酬で凍結されており、発効の目途は立っていない。中国を念頭においた規制は、各国の制度を補完する直接投資スクリーニング規則に続く市場歪曲的外国補助金規則で強化の方向にある。さらに、2021年9月に連邦議会選挙を予定するドイツでは、世論調査で緑の党が第1党に踊り出ており、政権入りの可能性が濃厚だ。親中国のメルケル政権よりも、次期政権は、人権問題等に厳しい立場を採ることが想定され、今後のEU・中国関係も厳しくなるのではと目されている。

インド太平洋に関しては、EUレベルでの地域戦略の見直しを本年9月末公表予定で、それに先駆けて4月16日には閣僚理事会で基本戦略が採択された。中国への傾斜を是正する必要性の高まりに加えて、TPPとRCEPという最近の重要な地域協定に対応したインド太平洋地域での戦略的通商ポジションと競争条件公平性の強化が必要という認識も働いている。EUの通商協定ネットワークが相対的に希薄で、ブリュッセル効果も弱いとされるアジア圏では、韓国を始め、日本やシンガポール、ベトナムと既にFTA等が発効済みだが、現在、豪州・NZやインドネシア、フィリピンと交渉中である他、直近ではインドと先般の首脳会議で2013年以降中断していたFTA交渉の再開で合意した上、日本に続く2例目である「連結性パートナーシップ協定」を締結している。連結性(connectivity)は、EUのアジアに対する経済外交戦略のキーワードであり、技術力のある日本と、市場規模が大きいインドが重要なパートナーとみなされている。

日本への影響と日本の対応

日本は、目下、EUが先行した脱炭素化の国際競争に対応した2030年の削減目標達成のための戦略策定と実行の加速を迫られており、ブリュッセル効果が強く働いているように思われる。だからと言って、EUの規制や規範の一方的な受け手となるのではなく、それを梃子に日本独自の戦略の策定、実行を加速することが望まれる。EUの競争条件公平化のための税制改正や規制の強化、通商協定の実施・執行の強化は、日本企業に有利に働く可能性もあるが、日本(企業)がターゲットとなるリスクもあるため、EPA・SPAという日・EU間の協力土台を有効活用することで、EUによる規範化パワーの一方的な行使を抑えると共に、志を同じくする国々や国際機関との連携を働きかけ、国際的ルール作りに貢献する役割を果たすことが望まれる。さらに、EUは公的資金も投じて戦略分野のアライアンスを通じてグローバルなバリューチェーンの見直しを進めようとしているので、日本も脆弱性の分析、対策を進めるべきではないだろうか。インド太平洋では、インフラ建設等の面で日本とEUが協力する余地は大きく、日本が橋渡しの役割を担うことができるだろう。

(「米中覇権競争とインド太平洋地経学」研究会第1回定例研究会合での報告、文責在事務局)