公益財団法人日本国際フォーラム

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「変わりゆく国際秩序における日本の外交戦略―中国の対外行動分析枠組みの構築を踏まえて―」2021年度第2回定例研究会合

当フォーラムの「変わりゆく国際秩序における日本の外交戦略―中国の対外行動分析枠組みの構築を踏まえて―(主査:加茂具樹慶應義塾大学教授・当フォーラム上席研究員)は、さる6月3日、定例研究会合を開催した。メンバーの真家陽一名古屋外国語大学教授より「中国の産業政策の策定過程〜中国製造2025を中心に」と題して報告を受けたところ、その概要は以下のとおりである。

  1. 日 時:2021年6月3日(木)19時~21時
  2. 場 所:日本国際フォーラム会議室およびZoomによるオンライン
  3. 出席者:35名
    [主 査] 加茂 具樹 慶應義塾大学教授 / 日本国際フォーラム上席研究員
    [顧 問] 高原 明生 東京大学教授 / 日本国際フォーラム上席研究員
    [メンバー] 飯田 将史 防衛研究所地域研究部米欧ロシア研究室長
    林 載桓 青山学院大学教授
    大澤 武司 福岡大学人文学部教授
    熊倉 潤 法政大学法学部准教授
    小嶋 華津子 慶應義塾大学法学部教授
    下野 寿子 北九州市立大学外国語学部教授
    城山 英巳 北海道大学大学院メディア・コミュニケーション研究院教授
    Vida Macikenaite 国際大学国際関係学研究科講師
    山﨑 周 キャノングローバル戦略研究所研究員 (五十音順)
    [ご報告者] 真家 陽一 名古屋外国語大学教授
    [JFIR] 渡辺 まゆ 理事長
    菊池 誉名 理事・主任研究員 ほかゲストなど多数。
  4. 報告内容:

真家陽一・名古屋外国語大学教授によるご報告「中国の産業政策の策定過程~中国製造2025を中心に」(50分程度)

はじめに、「中国製造2025」をめぐる動向、つまりこの政策がどのように策定されてきたのかについて説明したい。「中国製造2025に関する通知」が公表された時に、小職は日本貿易振興機構(ジェトロ)北京事務所の調査担当次長として、中国に駐在しており、政策策定に関わった関係者へのヒアリングも進めながら現地で調査を実施した経験がある。

「中国製造2025」の策定過程については、中国工程院(プロジェクトベースで院士が集まり、研究を進めるシンクタンク)の周済院長が「製造強国研究プロジェクト」を2013年に提案し、それに対して様々な研究者が集まり報告書を作成した。同研究を2013末、国務院に報告し、「中国製造2025」の制定を建議した。その後、国務院の馬凱副総理が2014年1月にプロジェクトを承認し、その上で工業情報化部を中心に「中国製造2025」戦略計画の策定を指示した。

そのような中で、李克強総理が2015年3月5日の全人代における「政府活動報告」において「『中国製造2025』を実施し、製造大国から製造強国へ転換する」ことを表明した。その後、3月27日の国務院の定例政策ブリーフィングにて、工業情報化部の蘇波副部長が「『中国製造2025』は2014年、工業情報化部を中心に、国家発展改革委員会、科学技術部、財政部、国家質量監督検験検疫総局、中国工程院など約20の国務院関連部門が共同で、約50人の院士および約100人の専門家を組織して作成した製造強国建設の3つの10年戦略である」ということを強調した。そして2015年5月19日に国務院は「中国製造2025に関する通知」を公表した。

次に、「中国製造2025に関する通知」の概要について説明したい。『中国電子報』に、工業情報化部の苗圩部長のインタビューが載っており、当政策は「1、2、3、4、5、5、10」であると説明した。即ち、「1つの目標」(製造大国から製造強国への転換)、「2つの融合発展」(情報化と工業化の融合により製造業の発展)、「3つの段階」(各段階10年での目標実現)、「4つの原則」、「5つの方針」と「5大プロジェクトの実施」、そして「10の重点分野」が定められている。

「1」の「製造強国」について、現地でのヒアリングでも明確な定義はないとのことであった。2017年5月の国務院の定例政策ブリーフィングにおいて、工業情報化部の辛国斌副部長は、「製造強国」ではなく「製造大国」である理由として、「産業の発展において、コアとなる競争力が弱く、イノベーション能力も不足している」こと、また「産業チェーンにおいて、中国の多くの産業は、ローエンド・ミドルエンドに置かれて」いることを挙げた。当時、中国が製造強国でないことについて、中国の貿易構造を使って説明すると理解しやすい。中国の輸出上位20品目を並べると、労働集約型の製品が目立つことがわかる。他方、輸入を見てみると、半導体をはじめ、乗用車、電子機器の部品といった高付加価値のものが多いことがわかる。金額のみであれば中国は世界第一位の貿易大国であるが、その構造を見ると、まだ典型的な開発途上国型であるため、そこからの転換を図りたいことがみてとれる。

「中国製造2025に関する通知」は、4項目で構成されている。最初の項目「発展情勢と環境」において、国外的には先進国が「再工業化」戦略を実施し、製造業における優位性を持つ分野を新たに構築し、グローバルな貿易・投資の新たな構造の推進を加速させる一方、開発途上国も産業の国際分業体制の再構築に積極的に参与し、産業・資本の移転を引き受ける中で、中国の製造業は「板挟み」という厳しい挑戦に直面している、と説明した。他方、国内的には、中国の経済発展が「新常態(ニューノーマル)」に入り、製造業は資源・環境の制約、労働力など生産要素コストの上昇、投資・輸出の伸びの鈍化など、新たな課題に直面していると指摘し、製造強国への転換の推進は、これらの課題の解決のために必要であるとした。

次の第2項目は「戦略方針と目標」が示されており、その中に上述の5つの方針、そして政府が誘導する4つの原則、また目標には三段階で製造強国を実現することを挙げている。第3項目は「戦略任務と重点」で、その中に全部で9つの内容がある。そのうち、「10大重点分野」が記述されているが、どのように重点分野を決めたのかについて、政策決定に関わった現地の政府系シンクタンクの研究員にヒアリングしたところ、「中国の国際競争力において弱い分野と強い分野にフォーカスして今後の方針を決めた」とのことだった。半導体や5Gなどに力を入れ、また比較的競争力の強いインフラ関係の分野も(「一帯一路」構想の観点からも)推進していくこととなった。第4項目は「戦略支援と保障」について書かれている。体制メカニズム改革の深化、市場の公平な競争環境の整備、金融支援の整備、財政・租税政策による支援の強化、人材育成、中小企業政策の整備、製造業の対外開放の拡大、組織的な実施体制の整備(「国家製造強国建設指導グループ」や「製造強国建設戦略諮詢委員会」を設立)などがその重点である。

次に、「中国製造2025に関する通知」の公表後の動向について説明する。2015年6月24日に、国務院弁公庁が統括と政策の調整を強化するために「国家製造強国建設指導グループ」を設立したと発表し、グループ長に馬凱国務院副総理、副グループ長に苗圩工業情報化部長が就任した。グループ事務局は工業情報化部に設置された。10月に入ると、国家製造強国戦略諮詢委員会から「『中国製造2025』重点分野技術ロードマップ」が公表され、どのような需要に対してどのような目標を立てるか、という数値目標が示された。

2017年2月10日に、工業情報化部が「中国製造2025」の実施に向け、「1+X」計画を公表した。「1」は「中国製造2025」を、「X」は関連する11の実施ガイドライン(5つの重点プロジェクト、2つの特別行動、4つの発展計画)を示す。5つの重点プロジェクトは上述の通知に組み込まれている。2つの特別行動は、設備製造業の品質・ブランド向上とサービス型製造業の発展からなっている。4つの発展計画については、新素材産業、情報産業、医薬産業、そして製造業人材が掲げられている。

中国製造2025の進捗状況については、2017年5月24日の国務院定例政策ブリーフィングにて紹介され、この時点で基本的なグラウンドデザインの完成が報告された。また、製造強国建設のプロセスにおいて、中国政府の各レベルにおいて、多くの「産業投資資金」(ファンド)の設立も報告された。中国は現在、特に半導体に力を入れているが、過去には2度(第1回は1990年代後半〜2000年代前半。第2回は2000年代前半〜2000年代半ば)失敗をしている。2014年から第3回目の半導体産業の発展を目指し、今までのように補助金ではなくファンドを作って半導体関連の企業を支援している。

2018年1月に、国務院新聞弁公室は工業・通信業の発展状況をテーマに記者会見を開催した。苗圩工業情報化部長は、2018年は6項目を重点として「中国製造2025」を推進する考えを示した。5大プロジェクトの実施、「2025」国家級モデル区の創設、世界的レベルの先進製造業クラスターの育成などである。その後2018年3月の全人代においても、製造強国建設の加速が表明された。

次に、「中国製造2025」をめぐる米中摩擦の動向について説明する。2018年3月22日に中国制裁処置発動の根拠がUSTR(アメリカ合衆国通商代表部)の調査報告書に示され、「中国製造2025」の目標達成のための資金援助を含む政策を用いた中国企業援助等を問題点として指摘した。中国の国有企業ZTEがアメリカの制裁を受け、主力製品が作れなくなっていたのもこの頃であり、そのような経緯からコア技術の攻略が産業安全保障において重要とされてきた。米中貿易摩擦は2018年頃から激化し、4段階にわたりお互いに追加関税を掛け合うことになった。2019年頃からは「中国製造2025」という言葉があまり使われなくなり、「製造強国の建設を加速させる」という表現に置き換わっていった。2020年1月15日の経済・貿易協定の署名により、貿易摩擦はひとまず「一時休戦」に入ったかに見えたが、その後、新型コロナの感染が世界的に拡大したことで、トランプ大統領(当時)が中国の対応を批判するなど、新型コロナは米中対立の新たな焦点となり、今に至るという状況である。

最後に、第14次5カ年計画における位置付けについてである。今回の5カ年計画は、本文だけで中国語で約6万4千字、日本語に翻訳すると9万字を超えるという大量の政策文書である。第13次5カ年計画と構成を比較してみると特徴が見えてくる。イノベーションのプライオリティが最も高いのは同じあるが、次いで、第13次5カ年計画では別々になっていた産業政策とインフラ政策が第14次5カ年計画では同じ項目にまとめられ、連携して進められていくことが掲げられている。また、第13次5カ年計画にはほとんど記されていなかった「デジタル化」に関わる項目が新設された。さらに、第13次5カ年計画で掲げた貧困脱却が、表向きは実現されたことになっているため、第14次5カ年計画では「農業・農村の優先的発展の堅持」のひとつの章になっている。

主要指標の観点から第14次5カ年計画の特徴を見ていくと、サービス業の付加価値率(GDPに占める第三次産業の比率)について、第13次5カ年計画では指標があったが、第14次5カ年計画ではなくなっている。中国としてはサービス産業化、脱工業化を進めてきたものの、米中摩擦を踏まえて、今一度、製造業を強化する方向性に転換したのではないかと考えられる。実際、中国のGDPに占める第3次産業の比率は年々増えており、2020年は54.5%となったが、いったん立ち止まった形となった。その他に、安全保障に関わる指標(「食料総合生産能力」と「エネルギー総合生産能力」)が第14次5カ年計画で新たに打ち出された。

「製造強国戦略」を比較してみると、「製造強国戦略の実施」から「製造強国戦略の踏み込んだ実施」に置き換わっている。第14次5カ年計画の製造強国戦略は大きく4つの柱からなっており、産業基礎能力建設の強化、産業チェーン・サプライチェーンの現代化レベルの向上、製造業の最適化および高度化の推進、そして製造業のコスト削減・負担軽減行動の実施である。「製造強国戦略の踏み込んだ実施」の方向性としては、サービス産業の比率の指標がなくなった一方で、製造業のウエートの基本的安定を保持し、製造業の競争優位性の強化と質の高い発展を推進していくことが示された。

まとめとして、中国の産業政策の策定過程を見ていく。日本のように、細部まで決めてから実施するのではなく、中国は大きな理念や目標を掲げ、まずはやってみて、必要があればその都度修正するという思想回路で進められてきた。政策のフローとして、まず国務院がグランドデザインを策定し、それに基づいて、副総理クラスをグループ長とする「指導グループ」が設立され、全体的な業務の統括・調整を担う。また、指導グループの事務局が国務院の部・委員会に設置され、指導グループの指示に従って通常業務を担当する。さらに、戦略諮詢委員会が設置され、重要問題に関する研究及び重要な政策決定に対して提言・評価を行うという役割分担で政策が遂行されている。「中国製造2025」だけではなく、例えば、中国の人工知能政策である「次世代AI発展計画」の策定過程も同様のフローとなっている。「中国製造2025」に関しても、グランドデザインとなる「中国製造2025に関する通知」をベースにして、さまざまな要素を取り入れつつ、その内容を修正してきており、今後も変化させていくものと見られる。

以上、文責在事務局