この5月19日から21日迄、日本がG7の議長国として広島でG7サミットを開催する。日本が如何にイニシアチブを発揮すべきか、包括的に述べることはスペース上不可能なので、ここでは3点だけ指摘しておきたい。日本は露、中国、北朝鮮という核やミサイルの保有国で、かつ日本と敵対する国家に囲まれており、米国も中国を「唯一の競争相手」と規定して、台湾問題や南シナ海、東シナ海問題に最大の関心を向けようとしている。同時に、G7諸国は露のウクライナ侵略を厳しく批判している。わが国としてはG7で唯一のアジアの国として、アジアでの危機やグローバルサウスの問題で特にイニシアチブを発揮するのは当然だ。ただ、G7サミットの最大のテーマの一つ、露・ウクライナ戦争にはどう対処すべきだろうか。
第一の問題は、日本の従来の対露政策は継続不可能だとはっきり割り切ることだ。2014年3月の「クリミア併合」の後、G7諸国が対露制裁を発動してそれに日本も加わった。この時、プーチン大統領は日本に対して「クリミアは何処にある(Где Крым?)」と詰問し、日本に何の関係があるのか、と批判した。日本とクリミアは、政治的にも経済的にもほとんど関係ないのに、なぜ制裁に加わるのか、との批判だ。プーチンは法律家を自任しているが、国際法的発想ではなく、特殊権益圏(大国の支配圏)という地政学的見地からの日本批判である。
露と隣接している欧州にとってウクライナ問題は切実な問題だが、わが国は遠いウクライナの問題よりもアジアあるいはインド太平洋地域の問題をより重視すべきではないか、との見解は、日本にもある。また、安倍首相時代に、日本は露と経済関係の強化に力を注いできたので、欧米とは少し異なった対露政策を継承してもよいのではないか、との見解もある。
私はこのような見解には与しない。むしろ、G7の他の国よりも日本は露のウクライナ侵略をより厳しく批判すべき立場にあるとさえ考えている。というのは、G7の中で、ウクライナと同じように露によって領土を不法に占拠されているのは、日本だけだからだ。
昨年の10月7日にウクライナ議会は、「北方領土は日本の領土」と確認する決議を出した。私は、露が「クリミア併合」を敢行した時、日本国会が真っ先に同様の批判決議を出すべきだったとさえ思っていた。当然のことながら、対露制裁もこれまでのような形式的なものではなく、実質的な制裁をしっかり行うべきであった。わが国の政府が日本企業に、サハリンや北極海のエネルギー開発から撤退しないように尻を叩いている状況を、日本政府高官の個人名や私企業の名を挙げて露メディアが詳しく報じた。この露のメディア報道は、日本を露に対する弱者に位置付けている訳で、そのような日本政府の対露政策には強い疑問を抱く。
今回のG7には、ウクライナのゼレンスキー大統領もオンラインで参加する。わが国は、ウクライナ支援の面で、過去の失策を挽回する意味でも、強いイニシアチブを発揮すべきだ。
第二の問題として、広島を地盤とする岸田首相と「核兵器のない世界」について私見を述べたい。ウクライナ問題で予想外に苦戦しているプーチンは、何回も露が核大国であることを強調して、核による脅迫を西側に対して行ってきた。3月25日には、露がベラルーシに戦術核を配備するとも発表した。このように核を脅しに使うことに対して、広島を政治の地盤とする岸田首相は、G7の他のどの国よりも厳しく批判すべきである。
G7サミットでは、露の核による威嚇への対応は、最重要課題の一つとなるだろう。ただ、岸田首相はこれまでは「将来の理想」として「核兵器のない世界」について語ってきたが、核兵器の廃絶を現実課題としては主張してこなかった。「広島の岸田」だからと言って、軽々に「核のない世界」とか「核廃絶」をG7の方針として主張すべきではない。
ロシア、中国、北朝鮮などが核兵器の拡充に精力を注いでいる時、G7や西側諸国のみが核兵器の削減とか廃絶を主張するのはナンセンスである。特に、日本の場合は、米国の拡大抑止(核の傘)に依存している状況だ。むしろ、日本の防衛力は、米国に全面的に依存する状況からある程度独立させるべきだ。つまり、独自の防衛力を強化し、その基礎の上で米国と安全保障面で協力するという姿勢をG7の場で明確にすべきである。米国自身が、世界の警察官ではないと宣言している以上、当然のことでもある。
第三の問題として、国際紛争の平和的解決の問題がある。国際紛争を軍事力ではなく、可能な限り「交渉や話し合い」で解決すべきという論は正論だ。しかし、現実には、一見交渉や話し合いで解決したかに見える国際紛争も、実際には背景に軍事力や経済力などの国力がある。軍事力は使うためではなく、「平和的解決」のためであることを忘れてはならない。
ことし3月31日に、プーチンは新たな「ロシア外交政策概念」に署名した。そこには、国際紛争の平和的解決という項目があり、国際紛争は、外交、交渉、会談、仲介等によって解決すべき、との主張が明記されている。プーチンがウクライナに交渉による紛争解決を提案しているのに、ゼレンスキーが頑強にそれを拒否している、との情報がメディアで報じられることがある。プーチンがウクライナ問題で話し合いや交渉による解決と言う場合、クリミアだけでなく、ルハンスク、ドネツク、ザポロージャ、ヘルソンの4州が「住民投票で露領と決まった」問題に関しては、交渉の対象にしないという非常識な条件を付けている。
また、2020年に改定された露憲法では、露領土の割譲を禁じている。現状では、クリミアとウクライナ4州の「ウクライナへの割譲」は、憲法違反となる。この状況下で、朝鮮戦争における北朝鮮と韓国の間のように、「休戦ライン」を決めて停戦が可能だろうか。朝鮮半島では、休戦ラインが事実上国境となっている。となると、ロシアとウクライナの間では、休戦ラインの決定も不可能である。つまり、朝鮮戦争の処理法は、適用できないのである。