公益財団法人日本国際フォーラム

はじめに

海洋及び沿岸域の持続可能な利用と社会、経済の発展を両立させる「ブルーエコノミー」が国際的な対話でも取り上げられる機会が増えている。もともと、陸域で生まれたグリーンエコノミーに対し、海洋に囲まれた島嶼国から海洋の重要性をハイライトするために作られた言葉、概念がブルーエコノミーである。持続可能な開発目標(SDG14)にも、この目標が反映されている(ターゲット14₋7)。

最近の研究から、ブルーエコノミーの実現には、生物物理学的資源(あるいは自然、社会インフラと読み替えることもできる)の「利用可能性」と、それを人類の福祉の向上に繋げるために必要な社会的公平性、環境の持続可能性、経済的な実行可能性という「実現条件」の両者を満たす必要があると整理されている[1]。「利用可能性」を高め、「実現条件」に係る課題を解決するためには、海洋問題を重要施策に据える分野横断的な変革が求められている。国際的には、日本をはじめ17か国が参加する持続可能な海洋経済構築に向けたハイレベル・パネル(略称、海洋パネル)[2]において、ブルーエコノミーの実現に向けビジョン策定、行動促進を提言している。

本稿では日本をはじめとする東アジアに、ASEAN諸国も含めて東アジア海域と定義し、この東アジア海域におけるブルーエコノミーの動向を整理する。またブルーエコノミーの実現に必要な生物物理学的資源として重要視されるブルーカーボンを一例に、日本での最新の取り組みを紹介し、これが今後東アジア海域共通のアジェンダ、施策として海洋秩序形成に資する可能性を議論する。

Ⅰ ブルーエコノミーの変遷[3]

ブルーエコノミーの概念は、既に1987年の環境と開発に関する世界委員会や、1992年のリオ地球サミットで採択されたアジェンダ21に盛り込まれていた(図1)。ただしその言葉が生まれるのは、2002年のヨハネスブルグ・サミット、2012年の国連持続可能な開発会議(リオ+20)を経て、2010年代中頃まで待つ必要があった。リオ+20では、環境配慮型の経済振興として「グリーンエコノミー」が持続可能な開発と貧困撲滅実現のための施策として、行動計画「我々の求める未来」に盛り込まれ注目された。リオ+20の準備過程において、島嶼国やニュージーランド等から、ブルーエコノミーをグリーンエコノミーの一部に明示すべきという主張が出されたと言われている。結局、「我々の求める未来」にはブルーエコノミーという言葉は明示されなかったが、その概念は国際社会の中で形成され始めていた。

2015年には持続可能な開発目標(SDGs)が採択され、その14番目の目標に「海及び海洋資源の保全を通した持続可能な利用」が掲げられた。そのターゲット14.7には、「2030年までに、漁業、水産養殖、および観光の持続可能な管理などを通じた、小島嶼開発途上国(SIDS)および後発開発途上国(LDC)の海洋資源の持続的な利用による経済的利益を増加させる」、という政策目標が掲げられた。これは、SIDSやLDCにおいて、ブルーエコノミーが重要施策になることを明示した。その後、SDG14の達成を促進するため、国連として初めてとなる海洋会議が2017年にニューヨークで開催され、新型コロナウイルス感染症の影響で延期されたが2022年には第2回目会議がポルトガル・リスボンで開催された。


 

図1. 国連を中心とした国際社会でのブルーエコノミー政策目標の進展

II 持続可能な海洋経済構築に向けたハイレベル・パネル(海洋パネル)

2018年にノルウェーのエルナ・ソルベルグ首相(当時)が、海洋問題への施策を地球規模で推進するため、海洋パネルを設置することを表明した。パネルは2018年、ノルウェー首相とパラオ大統領が共同議長を務め、オーストラリア、チリ、フィジー、ガーナ、インドネシア、ジャマイカ、日本、メキシコ、ナミビア、ポルトガル、カナダ、ケニアの全14か国が参加した。2021年より、米国、フランス、英国も参加している。海洋パネルにはメンバー国首脳に加え、世界から250人を超える専門家が参加し、その研究成果や知見に基づき、海洋パネルの行動計画アジェンダが作成されている。また海洋パネルのビジョンを行動に移すための諮問ネットワークとして、世界から135を超えるビジネスセクター、NGO、国際機関、慈善団体などが参加しており、笹川平和財団海洋政策研究所も参加している。

海洋パネルは2020年12月に、政策提言として「持続可能な海洋経済に向けた変革[4]」というレポートを作成した。提言は

  • 我々は、2025年までに持続可能な海洋計画に沿って、国家管轄権内の海洋区域の100%を持続可能な形で管理することにコミットする。
  • 我々は、2030年までに国家管轄権内にある全ての海洋区域が持続可能な形で管理されるよう、全ての沿岸及び海洋国家に対しこのコミットメントに参加することを呼びかける。

と宣言し、「海洋の富」、「海洋の健全性」、「海洋の公平性」、「海洋に関する知見」、「海洋ファイナンス」に関する5つの分野における変革を掲げた(表1)。またこれが2030年までに実現することは、将来何世代にも渡って海洋の健康と富を保証するとして、海洋パネルは他の政府、産業界、関係者に対してこの取組に参加するよう呼びかけた。表1をみると、海洋の富は海洋の生物物理学的資源の「利用可能性」であり、その他の分野はブルーエコノミーの実現に必要な諸条件を表していると考えられる。また海洋パネルのこの目標は、各国の

国家管轄権内を主な対象としているため、管轄権外を対象とした目標は少ないが、海底採掘に関する予防的アプローチや違法漁業防止のための寄港国措置協定の効果的な実施、過剰漁獲能力、過剰漁獲及び違法・無報告・無規制(IUU)漁業につながる有害な漁業補助金の禁止、海上輸送の脱炭素化などは、管轄権外にも影響が及ぶ分野である。

なお海洋パネルのこの政策提言の達成状況を測る報告が2022年にまとめられた[5]。国連海洋会議やOur Ocean会議という重要な国際会議に提出された、メンバー国のコミットメントとその達成状況を基に、分析がなされている。この報告書によると、海洋の富や健康、知識の3分野での進捗は見られたが、海洋の公平性とファイナンスに関しては進捗があまり見られていない。社会的公平性、経済的な実行可能性、に関する「実現条件」があまり満たされていないことは、ブルーエコノミーを進める上での大きな課題になっている。この2分野の進捗が芳しくない要因は詳しい分析が待たれるが、小規模漁業者や女性、先住民族等の声が政策に反映されにくい、海洋ファイナンスへの関心はあるがリスクの評価や投資の効果を測る指標(KPI)の開発、実証が不十分という現状を映す結果と考えられる。

III 東アジア海域におけるブルーエコノミー

次に東アジア海域におけるブルーエコノミーの推進状況を整理する。日本およびインドネシアは上述の海洋パネル参加国であり、政策提言の達成状況を測る報告の中でも変革に向けた具体的行動が紹介されている。日本の行動としてはプラスチック資源循環法による資源循環促進、および海洋リテラシーと教育推進のための教育センター設立が取り上げられている。インドネシアの行動としては海洋保護区の保全、シングルユース・プラスチックの削減、海洋ファイナンスの開発と実践が取り上げられている。

東アジア海域では、中国もブルーエコノミーを総合的な海洋政策に位置づけ、推進を図っている。中国ではブルーエコノミーを蓝色经济(藍色経済)と呼び、より広い国家形成の目標にどのように貢献できるかに大きく焦点を当てている点が特徴である。中国では、ブルーエコノミーの推進を、国家の近代化、国家権力の強化という総合的な国家課題の一部に捉えていると考えられる。中国のブルーエコノミー政策において、社会的公平性が明示されることはほとんどなく、生態系の持続可能性は経済的・地政学的側面よりも優先順位が低くなっているという指摘がなされている[6]。中国では山東省青島などの省単位での海洋経済発展総合試験地区を設けた施策とともに、市単位での海洋経済革新発展モデル都市政策、市あるいは産業園区での海洋経済発展モデル区政策という異なる空間レイヤーの下で、普及可能な様々な海洋発展モデルを模索していると言われる[7]

ASEAN10か国では、2021年10月にASEANリーダーによる地域のブルーエコノミー宣言が採択された[8]。同宣言では、ブルーエコノミーに関するセクターとして漁業、養殖業、海運、再生可能エネルギー、観光、気候変動、研究開発などを定め、これらのセクターにおける経済成長のために、海洋、海洋・沿岸資源、生態系を持続可能、レジリエント、包括的に利用、統治、管理、保全し、人間の幸福と社会の公平性を高める必要性が述べられた。またブルーエコノミーについてASEAN内で協力を進めるべき分野として、海洋環境保護、違法・無報告・無規制漁業(IUU)、海洋・沿岸生態系保護、持続可能な養殖・漁法、持続可能な生産・消費、バイオテクノロジー、海洋産業開発、海洋汚染、海洋ごみ・プラスチック汚染 食料安全保障、貿易、沿岸観光・遺産保護、海上輸送、セキュリティ・航海安全、海洋科学、海洋エネルギー、海洋・海洋ガバナンスと管理、データ、統計・データ分析、能力開発、デジタル化・イノベーション、を合意した。地域内の問題として、セキュリティ・航行の安全、IUU漁業等の安全保障に関する項目が含まれている点が特徴で、南シナ海問題を含む地域課題としての重要性を浮き彫りにする。一方、ファイナンスや公平性に関する分野が明示的に含まれていない点は、海洋パネルと同様の傾向である。

ASEANにおけるブルーエコノミー推進の課題として、国連環境計画では以下の4つを掲げている[9]。1.効率的で持続可能、かつレジリエントな社会経済開発、2.食料安全保障、生活機会、公平性、包摂性に焦点をあてること、3.海洋リスクを低減し、気候や災害への耐性を構築するための沿岸・海洋生態系サービスの保護と回復、4.国や地域の開発政策や投資計画における、ブルーエコノミーの複数の目標を主流とするための環境整備の必要性、海上安全保障(IUUを含む)、越境海洋資源管理、研究・イノベーション、社会文化・知識交換、政府や関係者間での監視・報告に関する地域協力の強化。

IV ブルーエコノミーの実践例:日本のブルーカーボンの取り組み

ブルーエコノミーを具体的な行動に繋げていく上では、海洋問題の特定とその解決方法、行動を促進するためのインセンティブや制度設計、を自然科学・社会科学的知見や優良事例の共有により国際協力の下、進めることが重要である。特に海洋環境の保護、保全や再生を推進することで、様々な分野に革新的な取り組みが波及するブルーカーボンの施策、行動は国際的に注目を集めている。ブルーカーボンは沿岸生態系が貯留、隔離する二酸化炭素を示す言葉で、その科学的・国際的な議論は拙著を参照されたい[10]。ブルーカーボンは、表1に上げた5つのすべての分野に関連し、分野横断的な取り組みが可能な施策という特長がある。

具体的には、ブルーカーボンによる海洋および沿岸の生態系の保護と再生は、海洋の健全性向上のみならず沿岸の地域コミュニティーや先住民族等を裨益し海洋経済の恩恵を公正に分配することに貢献するとともに、パリ協定の目標に沿った温室効果ガス排出量の削減にもつながり海洋と気候問題の解決に資する。また海洋科学、技術およびデータの活用により、マングローブ、海草、塩生湿地、藻場などの生態系に関する情報をデジタル化することは、海洋経済の進展の測定に海洋の自然の富の状態を算入する海洋会計(Ocean Account)の優良事例となることが期待される。さらに保全、再生活動を実施する小規模漁業者や沿岸住民などは、カーボンクレジット等の制度を利用することで公共部門からの補助金のみならず、民間部門からの資金も還流することが可能になる。また観光業は依存する生態系を再生する主体になるとともに、観光収入を沿岸と海洋の再生と保護のために循環することで資源を増加させることに貢献し、また特にブルーカーボン生態系の中でも海藻と藻類は、その商業生産を環境に責任を持った形で拡大することで新たな海洋産業の開発と経済成長の機会に繋がる。

日本ではブルーカーボン施策の国内での実証、拡大を目指し、2020年7月に技術研究組合という国(主務大臣)の認可法人としてジャパンブルーエコノミー技術研究組合(JBE)が設立され、筆者の所属する笹川平和財団も組合員として参画し、研究を推進している。特にブルーカーボン生態系のCO2吸収源としての役割、およびその他の沿岸域・海洋における気候変動緩和と気候変動適応へ向けた取組みを加速すべく、あらたにブルーカーボンをクレジット化するための審査認証・発行へ向けた制度設計等に関する研究開発を実施している。こうした取り組みの背景の一つには、日本でも沿岸生態系は埋め立てや水質悪化、気候変動に伴う魚類相の変化などで減少しており、こうした傾向を止め、生態系を保全、再生する機運を高めることがある。海草や海藻の藻場を再生することで吸収される二酸化炭素量を認証し、取引可能にする制度の実証を日本各地で進めることで、藻場再生活動が持続可能になり、実効的な気候変動対策になることを目指している。2020年には国内で1件の認証を行い、それが2021年には4件、2022年には21件と日本各地で認証されるプロジェクトが増えて来た。また2022年には21件のうち8件のプロジェクトについて購入者を公募し、それに対し述べ121の事業者が購入を希望し譲渡した。こうした日本の取り組みを国際的な取り組みにし、特に日本の自然環境や社会文化的環境を共有するアジアの国々や、島嶼国に国際協力のもと普及することが、今後重要となる。

おわりに

国際的に注目が高まるブルーエコノミーは、東アジア海域の国々でも重要な施策や国際協力のテーマとして議論される機会が増えて来た。日本はブルーカーボンをはじめ様々なブルーエコノミー推進に資する取組を、敏捷(アジャイル)な形で進展させることで、技術や知見をガラパゴス化せずに、迅速な普及や国際ルール形成に貢献することが必要であろう。東アジア海域は、地政学的な安全保障や貿易、エネルギー、食料問題など、様々な政策対話上のアジェンダが山積しているが、その中に常にブルーエコノミーを位置づける努力とその中身作りが、今後の日本に益々求められるのではないだろうか。