公益財団法人日本国際フォーラム

1.ウクライナ戦争は多国間主義に最終的な脅威を与えているか?

ロシアのウクライナ侵略は、冷戦後の世界に平和、安定と繁栄をもたらした、多国間主義および自由民主主義、人権、法の支配という基本的価値観に基づく、自由で開かれた国際秩序を打ち破り、世界に歴史を画する衝撃を与えた。非人道的な武力行使で国家主権と領土の一体性を侵害し、核で威嚇するという明白な国際法違反であるにもかかわらず、我々は国際法や国際制度でこの戦争を停止できない現実と向き合っている。つまり多国間主義はかつてない試練に直面している。
 これに対し、G7、EU、NATO等は結束してロシアを非難し、自国民への返り血(経済的な痛み)を覚悟のうえ高度な経済制裁を行ってきた。また、多国間主義の象徴的存在で国際世論を形取る国連も、安全保障理事会で常任理事国の軍事行動を停止できないジレンマに直面しつつも、国連総会緊急特別会合では圧倒的多数の141か国がロシアへの非難決議に賛成し、一定の役割を果たした。
 他方、ここで注視しなければならないのは、この決議に40か国が反対・棄権したという現実である。棄権35か国には、G20 の中国、インド、南アフリカが含まれる。ロシアに対する各国の姿勢の相違が露呈し、現秩序に賛同しない新興国・途上国の存在が浮き彫りとなった。
 すなわち、戦争の惨劇を前にしても、「世界共通の利益」よりも「各国個別の利益」を優先する勢力の声が、多国間の合意形成を困難にしている。「多国間主義の行き詰まり」と言われる所以でもある。この点は、かねてよりトランプ大統領の自国第一主義による多国間枠組みからの離脱や、ブレグジット等を通じて抱えてきた多国間主義の課題である。
 さらに、深刻なのは、経済大国となった中国が、こうした多国間主義の揺らぎの間隙を縫い、新興国・途上国を取り込みながら、「真の多国間主義」を掲げ、「“中国の特色ある”多国間主義」(高橋邦夫)(注1)を加速させ、現秩序への挑戦を露わにしていることだ。中国は「真の多国間主義」で国連の国際体系を据えた国際秩序の修正を図ると表明した。事実、国際機関の要職を担う中国人の存在が際立つ。また、「上海協力機構」、「一帯一路」、「アジア投資銀行」等で「“中国の特色ある”多国間主義」を拡大する。しかも、「債務の罠」で問題視された「一帯一路」を補完するために、「グローバル開発構想(GDI)」という、国連と連携し、途上国にSDGs達成の開発協力を行う魅力ある構想も打ち出した。
 こうした中露の挑戦は、いわゆる「競争的な多国間主義(contested multilateralism)」を激化させ、基本的価値観に基づく自由で開かれた多国間主義を分断の危機に晒している。
分断を加速させている背景には、第四次産業社会到来によるハイテク技術の標準化・接続性をめぐる米中間の覇権競争がある。冷戦後の経済相互依存関係の深化でさえも「武器」になった。地理空間も宇宙・サイバー空間へと、安全保障の裾野も経済、気候変動等へと拡大した。まさに我々は、新時代の多国間主義への移行期にある。なにより基本的価値観に基づく自由で開かれた多国間主義を分断させない、知恵が必要である。その鍵は、新興国・途上国など、あらゆる多国間主義を選択的に賛同する、グローバル・サウスの国によりそうアプローチにある。
 

2.日本の多国間主義に対する考え方は?

日本は、1933年の国際連盟脱退で多国間主義を放棄し世界大戦の惨禍を招いたが、この深い反省に立ち、戦後の日本は一貫して、「基本的価値観に基づく、自由で開かれた多国間主義」を尊重し、世界そしてアジアと共存共栄する平和国家を歩んできた。1956年に国際連合加盟を果たした日本は、「国際連合中心」「自由主義諸国との協調」「アジアの一員としての立場の堅持」を日本外交の3原則に掲げ、国際社会に復帰した。今日まで、日本は、国連中心、日米同盟基軸に、国際協調に基づく「積極的平和主義」を基本方針に据え、二国間と多国間外交を展開し、G7メンバーとして国際秩序の維持構築に参画し、責任ある国際社会の一員としての役割を担ってきた。また、アジアの一員としては、戦前「大東亜共栄圏」を掲げアジアを植民地支配した歴史に配慮し、アジアに共鳴、相互信頼回復につながる政府開発援助(ODA)や専ら二国間ベースの協力・交流を推進した。日本を筆頭にアジアが「世界の経済センター」たる経済発展を遂げた冷戦後、アジアでは欧州連合のような制度や理念先行ではない、市場先行によるデファクトの統合が進展した。ASEANを地域統合の推進役とするASEAN中心の多国間枠組みがAPECを端緒に、ARF、ASEM、APT、EAS、日中韓、RCEP等、重層的に形成された。アジアは政治体制、宗教、民族、経済状況等の多様性に富むがゆえに、「主権、内政不干渉、コンセンサス、非公式」の緩やかなASEAN Wayを原則とした。日本はこうした「緩やかな多国間主義」(薬師寺克之)注2をつねに尊重し、アジアに寄り添ってきた。さらに、日本は途上国に対し、政治体制等を問わず、「人間の安全保障」に立脚した開発協力を進め、「世界で尊敬され、好意的に受け入れられる国家」を志した。
 このように、日本の多国間主義は、「基本的価値観に基づく自由で開かれた多国間主義」を基本原則に、その上で、「人間の安全保障」かつ「緩やかな」アプローチでグローバル・サウスの国々に寄り添う特色がある。

3.アジア太平洋地域の多国間組織において欧州の役割はあるか?

日本は昨年、2013年ぶりに「国家安全保障戦略」を策定した。先述の時代認識のもと、一方的な現状変更の試みを繰り返すロシア、中国、北朝鮮による未曾有の脅威に対応するため、法の支配に基づく「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」注3の秩序を形成することが主眼にある。同戦略では、「我が国と他国との共存共栄、同志国との連携、多国間の協力を重視する」との原則を掲げた。なかでも、「欧州」との連携は、価値観と志を共有し、かつ脅威となる大国と隣接し対峙してきた、多国間主義の経験と知恵を有するという意味で不可欠だ。インド太平洋には、先述のASEAN中心の多国間組織や、IPEF、QUAD等の同志国組織があり、欧州(EUやNATO)との連携を歓迎する。欧州のFOIP概念の共有はもとより、昨年NATOが戦略文書改訂でインド太平洋との連携強化の提起、また昨年ASEAN・欧州首脳会議の始動などは、良い兆しだ。こうしたあらゆる連携の束は、中国に対する抑止力にもなる。なによりも、インド太平洋には、現秩序に必ずしも賛同しない新興国・途上国が存在するなかで、多国間主義の分断を避ける第三の道の模索につながる。国家間が競争している間も、気候変動や感染症など地球規模課題が人類の脅威として差し迫っており、この分野を主導する欧州との協力は、インド太平洋ひいては世界の平和、安定、繁栄に寄与するものと確信する。
 最後に、「国家安全保障戦略」で、日本は強靭性ある「外交力・防衛力・経済力・技術力・情報力を含む総合的な国力」を最大化する決意を示した。そもそも日本は天然資源に乏しく多国間主義は必然である。現秩序で恩恵を享受した日本こそ、基本的価値観に基づく自由で開かれた多国間主義の素晴らしさを世界に発信するとともに、多様な国々との橋渡しをする「調整力」を発揮することが、総合的国力を最大化する要素になる。

渡辺まゆ 日本国際フォーラム理事長

注1「“中国の特色ある”多国間主義」高橋邦夫、『日本総研国際戦略研究所中国情勢月報 No.2021-02 2021年5月28日』 
https://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/report/tanaka2/pdf/12674.pdfを参照

注2「緩やかな多国間主義の時代」薬師寺克行、『外交 Vol.74 Jul./Aug. 2022年』 
http://www.gaiko-web.jp/test/wp-content/uploads/2022/07/Vol74_p56-61_The_age_of_moderate-multilateralism.pdf

注3 2016年に安倍晋三総理が提唱したFOIPは、現在、欧州(英・仏・独・伊・蘭・EU・V4)、米・加・豪・新・印・韓・アフリカ・太平洋諸島国・ASEAN・QUADが、政策文書で「インド太平洋」のビジョンを共有連携されている。
https://www.mofa.go.jp/files/100056243.pdf