公益財団法人日本国際フォーラム

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2022年度第4回定例研究会合

「海洋秩序構築の多面的展開―海洋『世論』の創成と拡大―」研究会は、さる10月19日、定例研究会合をオンライン開催した。講師として招いた佐々木貴文・北海道大学大学院水産科学研究院准教授より、「東シナ海における漁業の現状と展望」と題して報告を受けたところ、その概要は以下のとおりである。

  1. 日 時:2022年10月19日(水) 18時~20時
  2. 場所:日本国際フォーラム会議室の対面および ZOOMミーティング によるオンライン
  3. 出席者:
    [主 査] 伊藤 剛 JFIR 理事・上席研究員/明治大学教授
    [メンバー] 石川 智士 東海大学教授
    合田 浩之 東海大学教授
    小森 雄太 笹川平和財団海洋政策研究所研究員
    西谷 真規子 神戸大学准教授
    山田 吉彦 東海大学教授
    渡邉 敦 笹川平和財団海洋政策研究所主任研究員
    渡辺 紫乃 上智大学教授
    [報告者] 佐々木貴文 北海道大学大学院水産科学研究院准教
    [JFIR] 菊池 誉名 理事・主任研究員
    佐藤 光 特任研究員 ほかゲストなど多数
  4. 内容

(1)佐々木貴文・北海道大学大学院水産科学研究院准教授による報告概要

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻は、日本の漁業・水産加工業にも衝撃を与えた。ロシア海域での操業が継続できるのか、加工原料を安定的に確保できるのかなど、いくつもの課題が矢継ぎ早に顕在化した。そもそも漁業・水産加工業は、現今のような国際環境の変化に敏感で、その影響を受けやすい特質を内包している。特に、沖合・遠洋で操業する漁船漁業はその影響が表面化しやすい。

平時であれば、漁船漁業の課題として資源管理などが注目されやすいが、国際情勢が大きく揺れ動く際には、安定的な漁場利用といった漁撈活動の持続性をいかに担保していくのかが議論の遡上にのぼる。もちろん、養殖業であっても種苗や餌料の確保を海外に依存するケースでは無関係でいられない。 さらに水産物の輸入について、中国は第1位相手国で、ロシアは第3位である。ロシアへの輸入依存度が高い水産加工原料もあるため、水産加工業が盛んな地域への影響も心配された。

ただやはり、漁場を他国の船と共有することがあり、また漁場を他国の排他的経済水域(EEZ)に求めることもある国境産業としての沖合・遠洋漁業は、影響がより直接的といえる。事実、ロシア外務省は2022年6月7日、日本がサハリン州に対する協力事業に関する支払いを凍結する方針をとったとの声明を出して、「北方四島周辺水域における日本漁船の操業枠組み協定」に基づく安全操業事業(協定の履行)を「中断」するとした(その後、 9 月末に「操業可能」とされた)。

国際環境の変化は、漁場利用環境の変化となりやすい。ロシアは2022年3月5日、日本を非友好的な行動をとった外国政府・国・地域のリストに加え、3月21日には日本との平和条約交渉の中断を表明した。また、北方四島での共同経済活動に関する協議も停止するとした。これは、今後も引き続き海の境界線が画定できず、日本漁船が不安定な海域で、不可解な拿捕等の取締りリスクに直面しながらの操業を強いられることを意味する。日ロの「中間ライン」の日本側であっても、拿捕等のリスクがある。2022年3月2日の参議院予算委員会で、金子原二郎農林水産大臣は、敏感な水域で「過去においてちょっと入っただけで拿捕されていますので、今回、より危険が伴うということで、もうそれぞれに注意を勧告いたしております」と発言している。実際、ロシア(旧ソ連含む)には1946~2017年までに漁船1343隻が拿捕され、9529 人が捕らえら、銃撃などによる死者は31人にのぼる(根室市の集計)。

こうした不透明感は、対ロシア水域だけではなく、東シナ海や日本海をも覆っている。日本海では大和堆での外国漁船の「違法操業」問題がある。中国や北朝鮮のイカ漁船に対して、2019年漁期に 水産庁が退去警告した件数は延べ5000隻を超え、2020年漁期も延べ4000隻を超えた。太平洋側でも、北海道・東北沖合(EEZ外)や沖ノ鳥島周辺海域で外国漁船の展開(中国・台湾漁船等)がみられる。中国やロシア、北朝鮮といった安全保障上の懸念がある国や、韓国や台湾といった漁業強豪国・地域の船と競争関係にある日本漁業は、どこを切り取っても、国際問題の波及に敏感にならざるを得ない。日本漁業が勢力を縮小させている中にあっては、政治的な影響力等も低下し、漁業側からの問題の解消も容易ではなくなっている。

中国軍が実施した「重要軍事演習」(2022年8月)でも、漁業は困難に直面した。与那国町漁業協同組合は5日、臨時理事会を開催し、所属する漁業者に8日までの操業自粛を要請したため、魚価が期待できる繁忙期(盆前)に出漁できなかった。石垣島の八重山漁業協同組合もマチ類やマグロ類の優良漁場が演習区域となり衝撃を受けた。

外部変化への対応力が減退した要因の一つとしては、1970年代後半からの200カイリ体制下(基線から200カイリの水域で沿岸国が漁業資源を管理する体制)で、日本漁業の勢力縮小と経営悪化が進んだことがある。漁場の狭隘化に、国際的な規制の強化も重なり、手足を縛られるかのように遠洋からの撤退が進んだ。例えば遠洋底びき網漁業は、1970年代前半に約300万トンの生産実績があったが、1980年代には1/3の規模になり、現在の遠洋底びき網漁業は1万トンほどの生産規模である。東シナ海でも、急成長した中国勢や台湾勢などの後塵を拝すようになり、漁獲競争だけでなく、漁場利用条件に関する対外的な交渉力などでも優位性を失っていった。

近年は、ソ連崩壊で力を失っていたロシアの漁業拡大(500万トン水準)の影響もある。ロシアは、投資割当制や外資等の導入で、養殖含め漁業を外貨獲得産業として育成中である。中国や台湾も漁業振興策を進めている。そのため、守勢に立つ中で締結された漁業協定(日中・日韓・日台)では、尖閣諸島や竹島といった領土を巡る問題もあり、相互承認したうえでのEEZの設定が進まなかった。東シナ海や日本海の沖合には、漁船の船籍がある国が取締り等の管理を行う、旗国主義が採用された広大な「共同漁場」(入会水域)が設定され、勢力の点で劣勢の日本漁船が外国漁船との厳しい競合下(漁獲能力や人件費の違いも要因)に置かれた。残存勢力も老朽化(高船齢化)が進んでいる。オホーツクの海では、平和条約交渉が停滞しているロシアとの間で北方領土の帰属問題(+南樺太問題)を抱え、既述の通り、「境界線が不確定=漁場範囲が不確定」であることから安全操業も難しい状況となっている。

こうした厳しい環境下で日本漁業は生産規模を縮小させてきたが、外延的拡大が可能であった時代の積極投資が「不良債権化」した歴史などもあり、長らく経営にも逆風が吹いている。1973年には400万トン水準にまで拡大していた遠洋漁業は、坂道を転がり落ちるように規模を縮小させ、近年では30万トン水準で低迷している。沖合漁業も、マイワシの豊漁などで700万トン水準に押し上げられていた1980年代をピークに、現在は200万トン水準にまで衰凋した。水産庁による許認可隻数の推移からは、どの漁業種類も年々低下しており、厳しい状況にあることがわかる。東シナ海で主に操業していた底びき網漁業であるが、厳しい環境にあることは隻数の推移を見ても明らかである。老朽化が進む残存勢力についても、隻数が減少する中で船齢も増している。

沖合・遠洋漁業が産業規模を縮小させる中、漁船に乗組む者も減少し、1970年に12万6850人いた就業者は、2007年にはすでに2万6110人へと五分の一になった。漁船漁業に人材を送り出してきた漁港背後集落(漁村)の衰退もある。漁業の苦境とリンクするかのように疲弊し、その高齢化率は2021年に40.1%に達し、日本全体の29.3%を約10ポイントも上回っている。漁村では、後継者確保率の低迷や、労働力不足が顕在化しやすい状態にある。漁業・水産加工業での外国人労働者(在留資格としては、技能実習や特定技能が中心)の急増には、経営状況の厳しさとともに、こうした漁業・漁村の実態がある。現在、漁船漁業では約6千人の外国人(遠洋漁船のマルシップ船員を含む)が働いている。

漁業就業者数の推移と年齢階層をみると、漁村の高齢化率が4割であることとリンクしている。少子化だけでなく、漁家や漁村に生まれ育った若者が漁業外就業を選択することによって、漁村は新規就業者が確保できず高齢化が進行している。漁村の高齢化は、漁船漁業における乗組員の高齢化にもつながっている。日本人の若者の確保が困難であるなかで、技能実習生など外国人に依存する状況が進んでいる。沖合の漁業種類別技能実習生在留状況をみると、2010年代に900人くらいであったものが、この10年で倍増している。

経営体にとっての課題は、外国人依存を深めてきたことの副作用として、日本人の若者の海技士(航海士・機関士)不足が顕在化していることがある。かつて、漁船海技士は、中卒・高卒で採用された日本人が、乗船履歴をつけるなかでキャリア形成をはかり、船長や機関長の職に就いてきた。現在ではその構造が崩れており、そのため日本漁船では海技士の高齢化が進んでいる。現状の海技士の年齢構成は、60~64歳の年齢層が最大で、55歳以上の年齢層が占める割合も48.4%にのぼっている。一方、産業規模の縮小が進み、経営合理化が進められるなかでキャリアをスタートさせた35~39歳の層、40~44歳の層は、各400人程である。漁船の有効求人倍率は年々上がっており、2021年の漁船の求人倍率(4.72)は商船(2.73)を上回っている。

現実問題として、海面漁業生産量の推移をみると、「沖合+遠洋漁業」の占める比率は5割を超えて安定している。つまり半分以上の水産物の供給は、漁船漁業が担っている。そのため、漁船漁業の人材不足は重要な課題である。生産性を上げることも重要であるが、機械化できない部分もあり、そういった部分では人の手が必要となる。漁船だけでなく、加工分野においても労働集約性を解消することが難しい。

そのなかで、魚介類の自給率低下と輸入依存の問題がある。かつて、日本は水産物輸出国であり、1964年度の自給率は113%に達していたが、2019年度は55%(食用魚介類の重量ベース)となっている。2021年の水産物輸入額は1兆6099億円で、相手国第1位は中国(2904億円)、第2位はチリ(1475億円)、第3位はロシア(1382億円)である。近隣の漁業競争国であり、安全保障上の懸念のある国に多く依存しているのが実態である。

日本海(や一部東シナ海)で日韓漁業協定により共有漁場が設定されているが、対韓国でみても、日本の漁業者は苦心している。韓国側とのコミュニケーションがうまく取れていない中で、関係自治体・漁業団体は、事あるごとに政府や外務省、水産庁に改善「要望」を申し入れてきた。日本海では日韓漁業協定によって「日韓暫定措置水域」という旗国主義で管理する「共同漁場」(入会水域)が設定されている。日韓両政府がそれぞれ自国委員を選任して漁業委員会を設置し、定期的に資源管理措置に関する協議を実施することになっている。しかし、協議は難航し、資源管理ルールが定まらない中で旗国主義が採用されていることから、勢力の大きい韓国側漁船(例えばズワイガニなどを漁獲している底刺し網漁船)の操業を規制することができないままとなっている。さらに問題なのは、韓国政府が政府間協議を拒み、民間協議での解決を望む姿勢を見せていることである。しかし民間協議も停滞している。

その結果、隠岐北方水域や浜田沖三角水域といった優良漁場で、韓国漁船による「漁場占拠」がみられ、日本漁船の操業が著しく制限される状況となっている。水産庁も問題解決に向けて、「日本海暫定措置水域における韓国漁船の漁場占拠問題に対し、漁場の交代利用のための官民協議会の立ち上げ」を進めようとしているが、具体的な形まで至っていない。日韓漁業協定では、相互入漁の取り決めもあるが、その協議も停止されている状況である。

こうした事態は、東シナ海も同様で、日中漁業協定により旗国主義で管理を行う「暫定措置水域」と「中間水域」が設定されたことで、圧倒的な勢力を誇る中国漁船が漁場を占拠するようになっている。東シナ海では、「虎網漁船」という名称で知られる高い漁獲能力を有する網船(まき網と底びき網の合い子船)などが大挙して押し寄せており、2013年5月の参議院農林水産委員会でもこの問題が取り上げられている。これらの船がどれだけの量を取っているかについて、中国側からの情報提供だけでは把握するのが難しい。その中で、2011年の操業実績について、日本側が3万~4万トンであったのに対して、中国側は170万トンくらいであり、数字的には中国側が圧倒的に大きい。

日中漁業協定の問題点は、広大な「共同漁場」を日本漁船が利用できなくなっていることだけではない。尖閣諸島のある北緯27度以南水域が、漁業協定上、「公海」状態として何らの管理もできない海とされていることがある。新「日中漁業協定」第6条では、「第二条から前条までの規定は、協定水域のうち次の(a)及び(b)の水域を除く部分について適用する」とされ、(b)の北緯27度以南水域は「相互入会い措置をとらない水域」とされている。さらに日本側・中国側「往復書簡」では、(b)の水域で両国はそれぞれの「国民に対して、当該水域において、漁業に関する自国の関係法令を適用しないとの意向を有している」とされた。

日本漁船の東シナ海での勢力縮小は明らかで、この海を主要漁場とする大中型まき網漁船団は、1989年の64ヵ統(生産量は38万6000トン)から、2018年には20ヵ統(生産量は11万4000トン)にまで減った。操業許可水域が、政令で東経128度29分53秒以西と規定されている以西底曳き網漁業はより深刻である。まき網漁業では水産庁の許可を得て漁場を選択することができるが、以西底曳き網漁業の場合は、許可(漁場)が「以西」(東シナ海)であることから、身動きを封じられた状態となっている。かつて、800隻ほどの大船団が30万トン以上の漁獲実績をあげた時代もあったが、2020年現在は8隻が年間3200トン程を漁獲するにとどまる。日本海でも東シナ海でも、勢力で劣る日本漁船が「共同漁場」から排除されているのだ。

2013年、東シナ海では、「日台民間漁業取決め」が締結された。協定が締結された背景として、尖閣諸島について台湾も領域主権を主張してきたことがある。台湾は、日本や中国などが「国連海洋法条約」を批准し、EEZを主張するようになると、「中華民国専属経済海域」(1998年)や「暫定執法線」(2003年)を画定して、東シナ海権益を主張するようになった。台湾にとって北緯27度以南水域は、マグロやシイラ等の好漁場であり、漁業者の権益意識も強い場所である。日本はEEZの設定を通じて台湾漁船をその海域から排除してきたが、それに対して台湾側は抵抗姿勢を強めた。2012年8月、馬英九政権は「東シナ海平和イニシアチブ」を発表、「釣魚台列島」の主権を護持する姿勢を明確化した。2012年9月の日本政府による尖閣諸島の「国有化」(所有権の取得)に対しても、中国と同様に反発を強め、多数の台湾漁船・公船による尖閣諸島領海内での大規模抗議活動が実施された。

こうした混乱の中、台湾と中国との連携を警戒する日本政府は、台湾との間で懸案となっていた尖閣諸島周辺での台湾漁業者の操業問題を解決し、関係改善を図るため、「日台民間漁業取決め」(2013年)を締結した。この取決めは、交流協会と亜東関係協会との間の「民間協定」として締結されたが、実質は日中や日韓と同様の漁業協定として存在している。条文に示された目的は、①東シナ海における平和及び安定を維持し、かつ②友好及び互恵協力を推進し、③海洋生物資源の保存及び合理的な利用と、④操業秩序の維持を図ること、とされている。①については、日韓や日中漁業協定では言及されていないため、日台両政府の意志が反映されているとも考えられる。その一方で、「法令適用除外水域」や「特別協力水域」とした北緯27度以南の大部分で、日台双方の漁船が旗国主義で操業することを可能にする内容となっている。

これに対しては、沖縄県漁業協同組合連合会や宮崎県漁業協同組合連合会、そして沖縄県や那覇市、糸満市、石垣市などの漁連・関係自治体は意見書を可決して抗議した。例えば、尖閣諸島でマグロはえ縄漁業を行う漁船が多い石垣市の「日台漁業協定締結に対する意見書」(2013年4月22日)においては、「日中漁業協定と同じく、地元に対して何ら説明がないまま地元の頭越しに締結され、また、その内容は、台湾が主張する暫定執法線よりも広い水域での漁船操業を容認するなど、台湾側に大幅に譲歩したものであり、好漁場の縮小・競合が余儀なくされ、八重山漁協所属漁業者をはじめ、沖縄県漁業者にとって不利なものとなることは明白」であるとし、「漁業協定締結は極めて遺憾であり到底許されるものではない」と抗議した。

一方、領有権主張に対して台湾側から一定の譲歩を引き出すことができたことから、日本政府は「日台民間漁業取決め」を高く評価している。2013年4月23日の第183回国会参議院予算委員会において、安倍晋三首相は、「アジア地域における安全保障環境においても大きなこれは前進」であり、「私は歴史的な署名であったと、こう認識」していると発言している。それだけではなく、「台湾は本取決めの署名に先立つ本年二月に尖閣諸島をめぐり中国と連携しないとの立場を表明」しており、「このことも踏まえながら、今回この妥結に至ったということは申し上げておきたい」と述べて、意義を強調した。日本側には対中脅威の認識があり、漁業での中台連携を阻止する重要性を認識していたと考えられる。この点で、日本政府と漁業者で対照的な反応となっている。

漁業において台湾側は強気の姿勢が続いている。そもそも台湾漁業は、200カイリ規制で行き場を失った日本の中古漁船を船頭ごと「買い入れ」て、漁場の外延的拡大を果たして飛躍してきた。遠洋漁業生産量について、日本は30万トンであるのに対して、台湾は50~60万トンである。マグロはえ縄漁船団やカツオまき網漁船団は世界的であり、多くの外国人労働力(遠洋20,500人、沖合12,500人)を確保して生産力を維持している。また、燃油費補助など台湾政府の漁業支援も手厚い。ただし今日では、IUU漁業が世界的な批判を受けていることで生産拡大は容易ではない。また、南シナ海では安定生産に課題があり、「北進」意欲につながっている面もある。南洋漁場に入るためには漁獲枠を得る必要があるが、台湾は枠が不足した際に、米国など枠が余っている国に水産会社を設立し、その国の枠を利用するなどしたたかである。台湾のしたたかな面は造船業においても見られ、日本の場合は鉄で作るのが一般的な大型漁船であっても、台湾では強化繊維プラスチック(FRP)を使用することもある。鉄に比べて、FRPは安定性が悪いものの錆びることがなく、コスト面で優れている。また、台湾は27度以南海域で独自の暫定執法線を設定し、その線も含めて日台漁業交渉し、漁業権益の拡大を進めると国内にアピールしている。日本の漁業者の政府に対する影響力に比べて、台湾の漁業者の台湾政府に対する影響力は強く、政府・漁業者が一体となって漁業権益を守ろうとしている。

中国も漁業を積極的に活用している。2016年に尖閣諸島海域で約300隻の中国漁船が日本のEEZ内に蝟集し、領海侵犯を繰り返した。さらに2021年1月には、「中国海警法」が成立し、「管轄海域」を設定したうえで、外国漁船に対する武器使用を認めた。最近も大正島領海内で日本漁船が中国公船に追尾される事態も発生している。中国の漁業拡大は、国内市場の拡大や消費者物価の安定にも貢献している。

東シナ海漁業の展望として、中台の漁業勢力は、国際的な資源管理体制の強化から、増強余地は限定的である。伸長著しかった中国の漁船漁業生産量も頭打ちであり、中小経営体向け減船政策も行われている。しかし、中台政府は漁業を保護する姿勢・政策を維持している。中国では「第三の海軍」として漁業を活用し、国家主席や首相が内外漁業基地を視察している。台湾でも漁業者の政治的な発言力が依然として強く、振興策を維持する方向である。東シナ海(日中の暫定措置水域・中間水域)では、中国漁船の展開だけでなく、中国海警や中国海軍の展開で日本漁船は操業が難しくなっている。さらに、尖閣諸島周辺海域では、台湾漁船(マグロはえ縄、トロールなど)がマグロ類やサバ類、イカ類、シイラなどを、日本側をかなり圧倒して漁獲しているとみられる。中国も、アジ・サバ・イカを20万トンほど漁獲しているとの指摘もある。

漁業が「第三の海軍」として活用される背景としては、歴史的なものもある。今も昔も沖合・遠洋漁業は、権益を財貨に転換する産業であり、その漁業権益の確保力・保持力は「国力」が源泉となる。こうした現実から、歴史的に見て漁業は国家と、そして国家も漁業と二人三脚で権益を拡大・確保しようとしてきた。確かに、国家の発展過程に応じて漁業権益は切り売りされたり、守るべきものとしての優先順位を下げられることもある。いつの時代も、漁業は食料の安定供給や、経済活動の存在を顕示することによる領域保全などの使命を帯びるため、閑却し得ない存在であり続けている(諸外国も同様)。その意味で正規の海軍、海上警察組織に次ぐ、「第三の海軍」としての特質を内包している。

中国の漁獲量は減少しているものの、浙江省舟山市の漁船勢力を見ると、隻数は減少している一方で、総トン数は増加している。中国政府は、減船事業や非合法な「三無漁船」の排除に取り組む一方で、「国家海洋事業発展計画綱要」(2008年)に基づく周辺施設の整備や、「遠洋漁船更新改造扶持政策」(2012年)などによる代船建造で漁業の生産性を向上させてきた。現在では、人工衛星を用いた資源観測体制も導入し、生産コストの削減(燃油費の削減)につなげている。中国は遠洋漁業をあきらめてはおらず、南洋、南米、アフリカでの漁業権益確保、「公海漁業」の発展に尽力している。台湾も遠洋漁業の漁獲量は減少傾向にあるものの、現在でも60万トンくらいを維持しており、外貨獲得産業としての機能を維持させたいと強く考えている。

南洋の漁業にも注目する必要があり、インドネシアでは、華僑・華人資本の漁船団が展開し、強力なネットワークを形成して業容を拡大するための投資を継続している。現地インドネシア人は、漁業分野で華僑・華人に雇用される側となっているケースもある。漁業分野において、中国が華僑・華人のネットワークも活用し、影響力を強めていることにも着目することが重要である。

こうした各国の積極的な水産政策に対して、日本も、水産庁の「漁船リース事業」で代船建造を後押しし、燃油費補助も実施するなど漁船漁業への支援を継続している。一方で、減船政策やTAC制度も導入して、「水産基本計画」で前面に打ち出している資源管理政策との整合性を確保することも必要となっている。そのため、東シナ海の中台勢(そして北方ではロシア)との勢力差は明らかであるが、勢力差を埋める方向へは進んでいない。また、「国連海洋法」時代にあっては、自国のEEZを最大限活用する必要があるが、日中・日韓・日台の各漁業協定ではEEZの確保(相互承認)ができていない。食料安全保障上のリスク、国内水産加工業の衰退リスク(原料確保リスク・ダンピング攻勢を受けるリスクなど)、人材の再生産が困難になるリスク、漁村・沿岸域のさらなる衰退リスクなど多くの危機が存在している。

日本がとり得る対応策として、沿岸漁業については、農業者年金を参考にした漁業者年金制度の整備で長期的な生産体制の維持を図ることも検討すべきである。長期的な生産継続に対するインセンティブを漁業者に付与することなどを通じて産業を維持することは、食料供給面だけでなく、沿岸域の保全にも貢献する。沖合漁業についても、EEZの安定的利用に向けた外交努力(漁業における日台連携のアピールなど)、生産力の維持(資源変動に対応可能な生産体制の構築、東シナ海・日本海・オホーツク海での操業維持、基幹的人材の安定的な確保・養成など)について対応を考える必要がある。遠洋漁業では、他国のEEZや公海漁場を円滑に利用するための外交努力(特に南方漁場)や、生産力の維持(沖合漁業と同じ)について考える必要がある。沖合・遠洋漁業では、INPEX等を参考にした漁業会社を設立するなど、大胆な高度化(自動化等の設備刷新、労働環境の大幅な改善など)のモデルケースを提示し、広めていくようなかなり踏み込んだ対応も検討して良いだろう。

(2)自由討議

佐々木准教授の報告を受け、参加者との間で、以下のような協議が行われた。

参加者:台湾の人口は日本の二分の一である一方で、遠洋での漁獲量は日本の二倍であり、産業として漁業が確立している。日本もかつては漁獲量も多かったが、漁師や組合など個々の努力に依存していたように考えられる。食料安全保障の観点から考えると、資源を増やすことだけでなく、他国との関係を深めて安全を確保することも考えられる。日本が産業として、もう一度漁業を確立させていくことが重要であるが、日本の漁業の活性化や未来についてどのように考えているか。
佐々木准教授:漁業者向けの年金制度の確立や権益の確保など一つ一つ整備していくことが必要である。漁業者は競争や拿捕等のリスク下で努力し、水産庁などもその支援を進めている。しかし、漁業発展の全体像を把握したうえで目標を明確に定めることが、現在の漁業の困難な課題となっている。乱獲などに対する世界的な資源管理の流れに日本も従うことが必要な中で、漁業分野に対する水産庁など行政の力が分散している。INPEX等を参考にした漁業会社の設立などを提言した背景として、漁業をもう一度確立させる(競争力を高める)明確なメッセージをどこかで打ち出していく必要があるからである。日本は漁業についてアクセルを踏むこと・踏み方を忘れてきたのが現状である。その間に中台などの漁業は拡大し続けてきた。現在の漁業が国境産業となっているのは、守りに入っているからである。そのリスクを認識し、生産力の維持や投資を行っていく必要がある。

参加者:北朝鮮のミサイル発射が漁業に与える影響は何か。中国の漁民は海上民兵といわれているが、実際のところどの程度漁民が海上民兵であるのか。中国の漁民はどの程度組織化されているのか。
佐々木准教授:水産庁は、2019~2020年漁期で4000~5000隻くらい北朝鮮の漁船への退去警告を出してきた。最近は北朝鮮の漁船が大挙して押し寄せることはないが、明らかに漁船ではない船が日本海で日本漁船に近づいてくるケースが見られる。ミサイルの問題については、北海道では然程心配されていない。青森の漁師の間では心配の声も聞かれるが、操業自粛には至っていない。東シナ海南部や台湾海峡での中国の軍事演習の際には、海保や水産庁からの警告もあったため、漁協から出漁を控えるよう要請があった。北朝鮮のミサイルの場合、事後になるため漁師として対応が取りづらいのが実態である。
中国の漁船について、中国政府は衛星データを通じて把握している。中国政府は燃料補助と紐づけて漁船のハンドリングをしている。そのため、海上民兵であるかどうかにかかわらず、中国政府の漁船に対する統制はしっかりと取れていると考えられる。海上民兵については判断が難しい。中国の漁船は、地域に根差した生産体制をとっている場合もあれば、会社形態になっている場合もある。かつての歴史的な管理体制の名残で、地域で軍事訓練のようなものを行っている所も残っており、彼らが海上民兵と見られる場合もある。訓練して戦闘に備えているというよりも、地域の歴史的な活動の一環として軍事的な訓練を受けている場合もある。

参加者:中国の船の質は良いものが多い。海上民兵というより、漁民として統制され、政府をはじめとする行政の意志によって動くことが考えられる。北朝鮮の漁船の数は減少しており、軍事関係の偵察船と思われる船が活動し始めていると考えられる。

参加者:日中暫定措置水域で中国の操業実績が170万トンと言われているが、その信ぴょう性はどの程度あり、どのような魚種を獲っているのか。また、日本だけでなく、中台韓の漁船も活動するなかで東シナ海の資源量はどうなっているのか。日本漁船の活動が減っているのは、資源が回復していないから活動していないのか、資源回復はしているが活動していないのか、どちらなのか。
佐々木准教授:中国側の漁獲実績について、正確な数値を把握することは困難である。日中漁業協定に基づき、暫定措置水域では両国に割当量(操業可能な隻数・上限目標値)があり、日中の割当量の設定は操業実績に近いものが設定されているため、中国側が170万トンを獲ることも可能である。魚種としては、アジやサバ、タチウオ、イカなど多種多様である。
 日本漁船も活動することはできるが、活動した場合にすぐに中国漁船に囲まれ、操業されてしまうリスクがある。そのため、日本漁船がリスクを取って操業することが少なくなっている。ガス田付近は良い漁場であるが、操業した場合のリスク(海警からの警告など)がある。まき網漁業については、太平洋側の資源が回復しているため、リスクの少ない太平洋側での操業を選択するケースもある。漁師の多くは、リスクが低減されるならば、東シナ海で操業したいと考えている。

参加者:中台のように国家が一体となって漁業を支援しているが、日本が漁業者に寄り添えていないように考えられる。産業の育成と資源管理のバランスを取る必要があり、漁業として目標を定めることが困難である中で、なぜ日本の漁業者が台湾の漁業者のように政治力を持っていないのか。
佐々木准教授:就業人口の影響が大きいと考えられる。日本では漁業者の数は約13万人であり、家族を含めても関係者はそれほど多くない。台湾では漁業関係者で約80万人くらいだと言われている。総人口も差があり、人口全体に占める漁業関係者の割合は、日本よりも台湾の方が大きいため、政府として漁業関係者の意見に配慮する必要がある。日本では漁業界の高齢化も進み、規模も縮小する中で漁業関係者の声を反映させることが難しくなっている。台湾では漁業者の影響力が強いだけでなく、国として漁業を外貨獲得手段と考えているため、漁業を維持させる方向へと進んでいる。

参加者:日本では漁業で生活していくことが難しくなっている。漁師の高齢化が進む中で、沖合に出漁する体力がない漁師も増えている。大規模な漁師にとっても、漁場が沿岸から遠くなり、かつ規制が厳しくなる中で採算が取れなくなっている。そのために、安価な労働力として技能実習生が使われているのが実態である。このリスクについてどのように考えているか。
佐々木准教授:相当のリスクがあると考えられる。遠洋漁業の場合、外国人を使うことでコストを下げることができる。実際、マグロのはえ縄漁船の場合、乗組員の7割が外国人である場合もある。まき網は5割ほどである。今後も外国人依存が継続した場合、海技士(特に、機関長)を外国人に依存するようになる可能性がある。そうなった場合、「外国人による日本人のための食料供給」と「輸入」との違いがなくなる。食料安全保障上の心配事項となり得る。また、コロナ渦のように外国人の入国・船員の入れ替えができなくなった場合に、生産継続に関するリスクも生じる。どこまでを日本人が行い、どこまでを外国人に依存してコストを下げるのか、そのバランスに対する判断が求められている。台湾では外国人依存が進んだ結果、船内での暴行事件のような問題も発生している。これまで、漁業では就業者を漁村が送り出してきたが、その機能・循環が失われつつある。漁村の存在意義が失われ、漁村が疲弊・消滅した場合、例えば離島のような場所で、労働力と漁業との多面的な機能をどのように維持するのかなど、一つ一つ整理する必要がある。

参加者:国家間の政治が日常の生活や食料供給などへどのような影響を与えるのか、考えていくことが重要である。