公益財団法人日本国際フォーラム

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2022年度第3回定例研究会合

「海洋秩序構築の多面的展開―海洋『世論』の創成と拡大―」研究会は、さる929日、定例研究会合をオンライン開催した。講師として招いた庄司智孝・防衛研究所地域研究部アジア・アフリカ研究室長より、「南シナ海問題の解剖学 ASEAN(諸国)を中心に」と題して報告を受けたところ、その概要は以下のとおりである。

 

1.日 時:2022929日(木) 930分~ 11 30

2.場所:日本国際フォーラム会議室の対面および ZOOM ミーティング によるオンライン

3.出席者:

[主 査] 伊藤  剛 JFIR 理事・上席研究員/明治大学教授
[顧 問] 坂元 茂樹 神戸大学名誉教授
[メンバー] 石川 智士 東海大学教授
合田 浩之 東海大学教授
小森 雄太 笹川平和財団海洋政策研究所研究員
西谷真規子 神戸大学准教授
山田 吉彦 東海大学教授
渡邉  敦 笹川平和財団海洋政策研究所主任研究員
渡辺 紫乃 上智大学教授
[報告者] 庄司 智孝 防衛研究所地域研究部アジア・アフリカ研究室長
JFIR 菊池 誉名 理事・主任研究員
佐藤  光 特別研究員 ほかゲストなど多数

 

4.内容

(1)庄司智孝・防衛研究所地域研究部アジア・アフリカ研究室長による報告概要

南シナ海は経済的・戦略的に重要な海域であり、係争国・地域(ブルネイ、マレーシア、フィリピン、ベトナム、中国、台湾)だけでなく、非係争国ステークホルダー(米国、日本、豪州、インド、ロシア、欧州諸国)も重要な関心を持って関わっている。係争国の島嶼「獲得」状況として、パラセルは全て中国の管理下にあり、スプラトリーについては各係争国が占拠もしくは領有権を主張している。中国が占拠するスプラトリーでは、大規模な埋め立てと軍事化が進んでいる。

南シナ海問題の歴史的流れは大きく3つに分けられ、第1期は問題が発生した時期であり、前近代まで遡ることができる。阮朝ベトナムがパラセル諸島を調査、領土として地図に記載したが、国際法上領土としていたかどうかは議論の分かれるところである。その後、近代的国境概念が普及するにともない、中国は領有権を主張し始めた。現在の状況に係争国が落ち着いてきたのは、1970年代から90年代にかけてのことであるが、中国は1974年に南ベトナムからパラセルを奪取して以降、スプラトリーをめぐってベトナムと激しく争ってきた。95年に中国がミスチーフ礁を占拠して以降、問題の構図が「中国vs ASEAN」になってきた。

1990年代半ば~2000年代半ばの時期は、争いが解決したわけではないものの、南シナ海問題が鎮静化した「凪」の時期(第2期)であった。南シナ海の局面の変化は、「中国が南シナ海に対してどのような政策をとるのか」ということに影響される。この時期、中国は天安門事件による国際的孤立もあり、態度を軟化させ、ASEANとの関係改善・強化を本格化させた時期である。その結果として、「南シナ海における関係国の行動に関する宣言」(DOC2002年)が中国とASEANとの間でまとまり、これは長い対立の歴史のなかで政治的コミットメントに関する約束が唯一取れたものであった。また、ベトナムと中国の二国間関係も安定し、陸上国境やトンキン湾の海上国境が画定した。フィリピンと中国の間にベトナムを加えて、共同開発の試みも行われるなど、様々な政治的思惑があったものの、平和的で協調的な時期であった。

2000年代半ば~2010年代半ば以降は、南シナ海問題が再燃した時期(第3期)である。米中のパワーバランスの変化や中国国内のナショナリズムの高まりを背景に、中国政府が領土問題を含め核心的利益の概念を明確化し、南シナ海へも再進出するようになった。また、米国の太平洋におけるオペレーションに重要な海域である南シナ海を中国の管理下にさせないために、米国もこの時期関与を本格化させた。この時期の特徴は、南シナ海問題の構図が「中国vs ASEAN」から「米中対立」に拡大・複雑化したことである。

南シナ海問題に対するASEANの姿勢として、90年代から一貫して行動規範の策定を中国に求めてきた。ASEANの目的は、中国との間で法的拘束力のある条約を策定し、南シナ海問題がエスカレートしないように管理することである。行動規範に向けた動きに加えて、ASEAN関連会合の各種声明で南シナ海問題へ言及することを通じて、問題の「議題化」・「項目化」・「国際化」を試みてきた。行動規範(COC)づくりはきわめて緩やかに進展し、中国との間で「行動規範実施のための指針」(2011年)に合意がなされたが、内容としては抽象的で薄い文書であった。しかし、2012年のカンボジアが議長国であったときには、中国の二国間での働き掛けの影響もあり、ASEAN内ポリティクスは錯綜した。

そのなかでベトナムは、中国も含めあらゆる国々と安全保障協力(「全方位安全保障協力」)を進め、南シナ海問題を解決する平和的手段としようとしている。全方位安全保障協力は「2つの均衡性」に立脚しており、一つは「戦略的利益の均衡」であり、南シナ海の主権や海洋権益に加えて経済発展や共産党一党独裁体制の維持も戦略的利益としている。そのための考えとして、Đối tác (協力対象)とĐối tượng(闘争対象)という概念を打ち出し、「協力対象」かつ「闘争対象」としての中国(あるいは米国)のように、特定の国を敵か味方かという単純な色分けをしないようにしている。もう一つは、「対外関係の均衡」であり、米中日印露ASEAN(豪州、欧州諸国)など各国・各地域との協力関係を構築している。

全方位安全保障協力の態様に関して、中国との間では南シナ海問題について、当初は話し合いと信頼醸成の積み重ねを重視し、「海上問題の解決の基本指導原則に関する合意」(2011年)などの成果があった。しかし、オイルリグ事案(201457月)を受けて、中国に対する政治的信頼が失われ、全方位安全保障協力の強化や、中国の経済的影響力低減の試み(TPPへの加盟)などへ態度を変化させた。

ベトナムは中国と対立する一方、歴史的な問題があった米国との間で安全保障協力の強化を進めてきた。南シナ海問題の再燃で米越の安全保障協力が本格化するなかで、ベトナムは「3つのNo」(「同盟にならない」、「外国軍の基地を置かない」、「二国間紛争に第三国を介入させない」)を掲げている。この背景には、米国と同盟関係になった場合、中国を刺激し過ぎて、ベトナムの戦略的利益を保持できないとの計算がある。米越の安全保障協力は漸進的だが着実に進展し、米国の対越武器禁輸措置の全面撤廃(2016年)や、米空母「カールビンソン」のダナン寄港(2018年)などが実現している。

ベトナムにとって米中との関係に加えて、ASEANなどミドルパワーとどのような関係を構築するのかも重要となっている。ASEANでは行動規範(COC)づくりに尽力しつつ、フィリピンのアキノ政権との二国間協力を強化している。また、その他にも日本(能力構築支援)やインド(訓練、技術協力)、ロシア(装備調達)などとの間でも安全保障協力を進め、ベトナムの海上防衛能力強化を進めてきた。

ベトナムと比較して、フィリピンのアキノ政権は中国に対して対決姿勢をとってきた。フィリピンも当初は中国との間で話し合いを重視していたが、スカボロー礁事案(2012年)を契機に対決姿勢へと転換した。アキノ政権は、外交面においてASEAN内での対中批判姿勢を強め、同盟の面ではEDCAを中心に米国との同盟協力を強化し、国際法の面では仲裁手続きへ付託(2013年)した。

2010年代半ば~現在に至る南シナ海の現状は、問題がより複雑化し、変容していると考えられる。まず米中対立が激化しており、中国による南シナ海の埋め立てに対して、米国はFONOPにより対抗している。また、フィリピンにおいて、中国に対して対決姿勢で合ったアキノ政権に代わり、対中融和姿勢のドゥテルテ政権が誕生し、2016年仲裁判断の「無効化」の姿勢を示した。東南アジアにおける中国の影響力も一帯一路政策を中心に拡大するなかで、ASEANは「インド太平洋に関するASEAN・アウトルック(AOIP)」(2019年)を採択し、ASEANの立ち位置を米中の間に置こうとしている。こうした南シナ海問題の複雑化に対して、ベトナムは試行錯誤の状態であり、「3つのNo」から「4つのNo」(「3つのNo」+「紛争解決のための武力行使をしない」)という姿勢を示している。しかし、状況の変化次第では、このベトナムの姿勢も大きく変化する可能性がある。

つまり、南シナ海問題は、2つの嵐の時期と1つの凪の時期に問題の時期を分けることができる。そのなかで、南シナ海問題の構図は変化してきており、中越紛争から多国間対立へと変化し、加えて中国とASEANの対立から米中対立へと変化している。COCや仲裁判断といった規範に効用があった面もある一方、限界もみられる。今後の展望として、南シナ海問題はより複雑化し、問題の拡大が続く可能性が高いであろう。

現状として、ベトナムと中国間の対立は少ない一方で、中国とフィリピン、中国と豪州の間でのトラブルがみられる。米国もFONOPを定期的に実施している。そのなかで、COC交渉はきわめて漸進的に進展(あるいは停滞)しているなかで、ウクライナ戦争や台湾情勢をめぐって「日米欧vs中ロ」の構図が先鋭化しており、南シナ海問題への悪影響も考えられる。

日本が南シナ海問題で果たせる役割として、COC交渉についての情報収集やASEAN(諸国)支援が考えられる。比マルコス政権への働きかけに加えて、ベトナムやフィリピン、マレーシアなどに対して二国間の能力構築・装備支援を行うことも重要である。米国との間では、(二国間以上の)共同演習など日米同盟に基づく協力を進めるとともに、クアッドを活用してインドとの協力を進める必要もある。また、英仏を中心とする欧州なども含め、国際社会レベルでの関心の継続を図ることも重要である。

 

(2)自由討議

庄司研究室長の報告を受け、参加者との間で、以下のような協議が行われた。

 

参加者:南シナ海問題を大国間関係からみると、米国はベトナム戦争以降、東南アジアから距離を置いてきたと考えられる。そのため、2000年代半ばまで南シナ海問題にあまり関与してこなかった代わりに、日本がある程度関与する分担構造があったと考えられる。近年、南シナ海問題が国際問題化し、国際社会の関心を集めるようになったなかで米国の関与も強くなっている。確かに米国の関心は高まっているものの、どこまで米国がコミットするかが重要である。これに関して、南シナ海問題の長い歴史のなかで米国の関与の仕方について、その特徴は何か。また、中越間の共産党同士の関係を見た場合、一般的な中越関係との違いや、ベトナムとしてのこの問題への関与の仕方についてどのように考えているのか。

庄司研究室長:長い歴史のなかでは、米国は長い間この問題に関与してきたわけではない。しかし、中国の力が増し、米国に肩を並べつつあるという構造変化のなかで、南シナ海問題への米国の関与は固定化され、継続していくと考えられる。米国としても海域をこれまで以上に中国の管理下に置かれる状況を避けたいため、FONOPの継続や共同演習を通じて、米国の軍事的プレゼンスを示し続けることが重要である。また、日本のように係争国に対する支援も、米国のプレゼンスを示すうえで重要である。ベトナムとの間で二国間協力のレベルを明確に上げることは難しいが、フィリピンとの間では同盟を基に協力を進めることは考えられる。米国はマレーシアとの間でも協力を進めている。米国は支援の内容を充実させ、対外的に明確に示していくことも考えられるが、受入国次第の部分もある。

中越関係は南シナ海問題では対立しているが、ベトナムとして体制維持に関しては、中国を拠り所としている面もみられる。したがって、中国との政治関係を悪化させないために、南シナ海問題に関して抑制的な姿勢を示す部分はあると考えられる。そもそもベトナムは、中国と明確に敵対関係になることを当初から考えていない。80年代以降、ベトナムの置かれた国際環境や戦略環境が厳しかったため、中国と明確に敵対することにメリットがなかった。党同士の政治的近似性だけでなく、歴史的な経験から、ベトナムは中国と賢く付き合うしかない。したがって、ベトナム側が中国を付き合いにくく、手を出しづらい相手として見ているという前提で中越関係を捉える必要がある。

近年、ベトナムで領土・領海ナショナリズムと反中ナショナリズムが国内で盛り上がり、定着している。これは、扱いを間違えると共産党一党独裁体制への批判に向きかねないため、中国の存在が政治体制を維持するためにプラスに働くこともあったが、南シナ海問題の深刻化によってマイナスに働くことも考えられるようになってきている。

 

参加者:コロナ渦において、中国の南シナ海に対する圧力・行動にどのような変化があったのか。ベトナムが歴史的な問題を超えて米国と協力を進める過程で、国内の厳しい世論をどのように処理してきたのか。ベトナムの対外戦略は非常にスマートなイメージがあるが、この戦略を形成しているアクターはどのような人々か。

庄司研究室長:コロナ禍で中国が行動をより積極化させるのではないかという議論はあったが、実際は中国による積極的な行動はコロナ禍においてみられなかった。背景として、ASEANにとって中国は重要であったが、コロナ禍で中国の最大の貿易相手国がASEANになったことで、中国にとってもASEANが重要な地域になった。そのため、コロナ禍の状況は、南シナ海問題が沈静化していた第2期の時期に近い状況となっているとも考えられる。こうしたことが、中国の行動の抑制化に影響しているとも考えられる。

ベトナムは全人口に占める若い世代の占める割合が大きく、若い世代に対米アレルギーはない。米越間で協力を進めるうえで抵抗を示したのは、彼らよりも上の世代の人々である。しかし、世論に関してみれば、一般の人々のなかで米越協力に作用するほどの反米感情はみられなかった。ベトナム戦争から50年ほど経過し、世代交代が進んでいる印象である。

ベトナムの戦略を決定するアクターとして、最も影響力があるのは共産党の中枢部(政治局)である。メンバー各々の考え方は異なっていたとしても、中枢部において大きな合意がなされ、その方針が下部(外務省等)に降りて、より細かな政策が決定されている。また、共産党の内部にも対外部があり、アクターとして一定の影響力を有している。

 

参加者:現場での経験と学術的な分析が一致している印象である。現在、クアッドの行動・協力について、ASEANで「何を」・「どのように」実現していくかが課題となっている。「何を」という点では、域内のパートナー国で同じ考えを共有できるのはクアッドの4カ国になるが、これに対する中国のカウンター・ナラティブがあり、ASEANも影響を受ける可能性がある。そのなかには、「クアッド4カ国がASEANを蔑ろにしている」や「クアッドは反中であり、ASEANにその選択を迫るものである」というナラティブがある。そのため、クアッドとしての行動において、ASEANを蔑ろにするのではなく、AOIPASEAN中心性を支持する形を維持している。AOIPのなかには中国が受け入れられない主張(法の支配や自由の航行など)もあり、中国からの反発もある。したがって、クアッドとしては、「中国の方がASEANから距離を置いているのではないか」というナラティブを使っている。インドネシアはAOIPの主唱者であるが、「ベトナムがどのように考えているのか」・「どのように行動するのか」が重要である。ベトナムは、したたかな立ち回りをし、現実主義的な面もあるため、日本(クアッド)としてどのように味方に付けていくかが重要となるが、難しい面もある。

 

参加者:ベトナムにとって、ロシアは兵器装備調達先として提携を探っているが、他のASEAN諸国はロシアとの関係をどのように考えているのか。また、今後ロシアは南シナ海でASEAN諸国と関係を強化する兆候はあるのか。COCについて、長らく停滞している状況において、ASEANの役割はどれほど重要であるのか疑問である。COCの交渉自体は継続しており、交渉を継続することに何らかの効果があるのか。中国にとってASEANの重要性が増しているとのことだが、そのことがCOC交渉にどのような影響を与えると考えているのか。

庄司研究室長:ASEANのロシアへの対応として、ロシアはベトナムやマレーシア、インドネシアに対して装備を提供しているが、特にウクライナ問題についてはロシアと距離を置いている。ASEANの形而上的思想として、あらゆる域外主要国と付き合っていきたい(包括性)というものがある。冷戦期からの非同盟の考えや、米中どちらかに与することで生じた不利益の歴史的経験もあり、一方的にロシアとの関係を強化することも、ロシアとの関係を断つこともどちらもASEANにとって不利益がある。ロシアとの関係を密接化させているミャンマーの場合もあり、ウクライナ問題を巡るロシアとの関係はASEANにも影響を及ぼしている。

ロシアはベトナムとの関係にもある程度気を配っているが、中国に対するロシアの従属関係が今後ますます深まると予想され、南シナ海問題についても中国寄りの姿勢が強まると考えられる。

COC交渉の状況ついては、ASEAN側にも展望が開けない状態である。逆説的だが、中国から見れば、今後もASEANと平和的な交渉を継続する姿勢を示すことができるため、現状維持に利点がある。ASEANの重要性が増していることを考えると、中国がより協調的な行動を示す可能性はある。しかし、中国が望むような形でのCOCは、ベトナムなどASEANの一部の国にとっては望ましくないCOCとなると考えられる。そのため、あまり意味を持たないCOCが出来上がる可能性がある。一方で、ベトナムが望む、中国をコントロールし得る拘束力を持ったCOCがつくられる展望もない。ASEAN側から見ると妥結点を見出すことは難しい現状である。

 

参加者:COC交渉の停滞が今後も継続した場合、南シナ海問題は将来的にどのように進んでいくと考えているか。

庄司研究室長:いくつか関連するファクターがあるなかで、まず台湾問題は南シナ海問題に近接する問題であり、基本的に悪影響を及ぼすであろう。また、中国はスプラトリー諸島を軍事化し、海軍や法執行機関を展開させ、実質的なコントロールを強化している。これに対する米国のプレゼンスの強化がどのように展開されるかも重要となるが、ベトナムやフィリピンのような係争国に対する支援によって、係争国がどれだけ対抗する力を高められるかということも今後の情勢に影響を与えるファクターである。ベトナムは現時点でも決して非力でも無力でもないため、適切な能力支援によって能力を向上させることができれば、中国の圧力に部分的にでも対抗できるだろう。

COC交渉がどのように決着するかは、台湾問題の動向、米国の動向、東南アジア諸国の動向など物理的な状況がどう変化していくかで変わるが、一定程度中国をコントロール可能なCOCを策定できる可能性はある。ASEANの力の高まりによって、中国とASEANの間のパワーバランスも考慮していくことが重要である。

 

参加者:南シナ海に対するベトナムの考えとして、資源開発が最も重視されるのか、貿易あるいは領土・領海の防衛が重要なのか。また、ベトナムをはじめASEAN諸国は、領海問題を国際裁判所などへ付託しているが、その際にASEAN諸国はいつの時代を現在につながる状態の基点と考えているのか。

庄司研究室長:ベトナムにとって南シナ海は様々な点で重要である。ベトナムは南シナ海に面するところが大きいため、南シナ海でどのような活動ができるかは、資源開発や貿易、安全保障にとってきわめて重要である。加えて、ナショナリズムの問題も関係する。ベトナムにとって南シナ海はアイデンティティーの問題にもなっており、南シナ海を奪われるということは自身の身を割かれることと同義である。したがって、ベトナムにとって南シナ海は、経済や安全保障などの合理的部分を超えた、心理的に感情を掻き立てるような場所となっている。

基点の問題として、マレーシアやフィリピンの場合は、70年代に係争国デビューするより以前まで問題の基点を遡るような議論はない。ベトナムの場合は、「阮朝ベトナムがパラセル諸島を調査した18世紀ごろから南シナ海を領土としていた」と主張し、領土として記載している古地図等をその根拠としている。国際法上、その主張をどのように固めることができるのかに日々知恵を絞っている。中国の場合は、一般論として、「明の時代から南シナ海は中国の海である」と歴史的な主張をしているが、法的に領有権を主張する基点とはしていないようである。

 

参加者:領有権について裁判になった場合、裁判所は「決定的期日(critical date)がいつであるのか」を決定する。例えば、尖閣諸島について、中国は白書によって145世紀ごろから領土であったと主張している。他方、日本は1895年の閣議決定で編入したと主張している。さらに、沖縄返還協定が締結され、尖閣諸島が沖縄県の一部として日本に返還された際に、中国は初めて領有権を主張し始めた(1971年)。そのため、可能性は低いものの、もし第三者機関に付託された場合、1971年を尖閣諸島の領有権を巡る決定的期日とするか否かが問題となる。したがって、一般的に言えば、裁判所が決定的期日を定めた場合、それ以前を国際法上の考慮の対象とはしない。決定的期日以降が領有権の帰趨を決める重要な法的事実となるため、決定的期日の決定が重要となる。

南シナ海の問題は、国連海洋法条約の解釈適用を巡る紛争として、中国が実効支配している礁・低潮高地が国連海洋法条約上の大陸棚・EEZを持てるのかという「権原取得紛争」(entitlement dispute)として構成されている。そのため、中国の研究者たちは「南シナ海は明の時代から中国の海であった」という議論をしている。フィリピンは一つ一つの礁・島の法的地位を争ったが、中国は「一つの群島として、群島に対する独自の権益を有している」と主張した。南シナ海仲裁判決に関して、中国は正式に国連に対して仲裁判決の無効を近年主張している(2020年・21年)。判決が出された直後、中国は2017年までにCOCの合意を目指したいと融和的姿勢を示していたが、現在は融和的姿勢を示していない。中国は、COC交渉を継続するだけで、「平和的解決を模索している」という主張をすることができる。現状、中国が真剣にCOC交渉の進展に取り組むような新たな状況の変化はないと考えられる。

庄司研究室長:COCについての中国側の引き延ばしの思惑が前面に出てくるリスクもある。COCが意味ある形で妥結する展望を描くことは、様々な観点から楽観できない。

 

参加者:近年、ミャンマーの動向によって全会一致原則を掲げるASEANが実質的に解体しているとも考えられる。そのなかで、ベトナムはリーダーシップを発揮していこうとしているのか、あるいはASEANから孤立した行動を取ろうとしているのか。ベトナムは、中国以上の一党独裁体制であると考えられるが、今後順調に資本主義の路線を進んでいくことができるのか。また、今後、日本や豪州の方へより接近することはあるのか。

庄司研究室長:ミャンマーの扱いはASEANにとって深刻な問題である。ミャンマーは加盟時からトラブルメイカーだったが、近年の行動によってASEANの大きなリスクとなっている。ミャンマーを除いたASEAN9という議論も出てきているが、ASEANの包括性・一体性・中心性の観点から言えば、マイナスの要因しか見出すことができない。現在のASEANは分裂状態にある。マレーシアを筆頭にインドネシアやシンガポールなどからも、「ミャンマーに制裁を科すべき」や「ミャンマーを追い出すべき」という意見が出始めている。その一方で、ベトナムをはじめとする独裁的手法にアレルギーのない国からは、「ASEANがバラバラになることで個々の国が弱体化する」との意見も聞かれ、ラディカルな議論を抑えようとする動きがある。

そのなかでベトナムは、ミャンマーの問題に限らず、ASEANが壊れることを望まない。ベトナムは、ASEANが存在することによって南シナ海問題や経済分野で国益を増進することができた。そのため、ASEANがまとまることが最大の願いでもある。従来、インドネシアが大国としてASEAN内のリーダーであったが、ベトナムはインドネシアを超えてリーダーシップを発揮しようとは考えていない。ベトナム自身は、リーダーシップを争うことや野心を示すことにデメリットがあると考えている。そのため、ミャンマーに対する姿勢もそのような計算に基づいていると考えられる。

ベトナムの人々が一党独裁体制を強く支持しているとは到底言えない。国内に様々な問題があるなかで、選択肢がないという状況に人々は満足していない。しかし、現在の政治体制に代わるオルタナティブはない。中国よりも情報統制は緩いものの、体制側がオルタナティブになりそうな存在を見つけるたびに、その芽を潰してきた。体制側は、人々の支持を繋ぎとめるような形で国内情勢の改善(例えば経済発展)を続けていくと考えられる。そのため、民主主義国と関係を問題なく深めることは簡単ではない。日米豪との間の価値観の相違は、今のところ表面的であり、現実的な国益で繋がる協力と考えられる。この協力をより深める段階になったときには、問題の俎上にのぼってくるのではないかと考えられる。

 

参加者:中国の南シナ海の埋め立てを見ていると、国連海洋法条約が定める海域の保全についての違反であるように考えられるが、ベトナムを始め、海域の生物多様性保全の意識や配慮はどうなっているか。魚類に関して生物多様性の観点から見れば、南シナ海のなかでも集団が分化している。東西で分化している面もあれば、南北でも集団の歴史性が異なっている。こうした点にベトナムはどのような対応をしているのか。

庄司研究室長:南シナ海について、環境の問題もきわめて重要である。ASEANや中国でも環境問題は議論のアジェンダにのぼってきたところであり、南シナ海でも環境保全に目を向けることの重要性は議論されてきた。中国は対立を緩和し、協力する手段として環境問題を考えていたが、現時点で具体的な結果は得られていない。フィリピンや欧米の研究者などが、各々単独で環境調査を行っている事例はあるものの、それ以上の活動は今のところ見られない。環境問題が深刻になってくると、環境問題だけを切り離して論じる段階は過ぎ、食糧安全保障や経済安全保障を脅かす問題に発展している。そのため、南シナ海における環境問題は、アジェンダとして今後ますます重要となってくると考えられる。

 

参加者:海の問題や川の問題は、環境や安全保障、ロジスティックの問題など、様々な側面で問題を生じさせる。環境問題と安全保障問題は、人々がどのように安全に生活していくのかという問題に直結しており、非常に重要な点であると考えられる。

以上、文責在事務局