公益財団法人日本国際フォーラム

  • メモ

    メモ

2022年度第2回定例研究会合

「海洋秩序構築の多面的展開―海洋『世論』の創成と拡大―」研究会は、さる9月2日、定例研究会合をオンライン開催した。講師として招いた鶴田順明治学院大学准教授より、「グレーゾーン事態への対処、日本の課題」と題して報告を受けたところ、その概要は以下のとおりである。

1.日 時:2022年92日(金)16時~1730

2.場 所:日本国際フォーラム会議室の対面および ZOOMミーティングによるオンライン

3.出席者:

[主 査] 伊藤  剛 JFIR理事・研究顧問/明治大学教授
[メンバー] 石川 智士 東海大学教授
合田 浩之 東海大学教授
小森 雄太 笹川平和財団海洋政策研究所研究員
山田 吉彦 東海大学教授
渡邉  敦 笹川平和財団海洋政策研究所主任研究員
JFIR 菊池 誉名 理事・主任研究員
佐藤  光 特別研究員 ほかゲストなど多数

4.協議概要

(1)鶴田順・明治学院大学准教授による報告概要

グレーゾーン事態への切れ目のない対応を行う上で、海上法執行活動に過度の負荷がかからないようにすべきである。国際法の観点からの事態認識・法的評価・対応の枠組みとして、「海上法執行活動」、「国家安全保障のための活動」と両者の関係性について整理しておく必要がある。

海上法執行活動とは、基本的に国内法令の適用・執行により、「海の秩序を護る」ための活動である。国家安全保障のための活動は、単に軍事的活動のみを意味するのではなく、日本では国家安全保障のための活動を警察機関が担っている場合もある。海上法執行活動には、国家の主権を確保し、領土保全侵害を排除するなど国家安全保障に資する面もあるが、これらはあくまでも海上法執行活動の副次的効果である。海上法執行活動と国家安全保障のための活動は、目的・法的根拠・活動内容が異なる。海上での法執行活動は、「領土を守る」ことを直接の目的とするものではない。

具体的な課題として、尖閣事態対処について、海上法執行活動でどこまでの事態を担うか考える必要がある。尖閣諸島周辺海域における中国船の活動に対する日本政府による法的評価として、20118月に、日本政府は、中国側の「中国国内法令に則り中国管轄海域において法執行活動を行っている」との主張を受け、「国際法上認められた無害通航とはみなしえない」と評価して現場対応を行った。領海を航行する外国船舶の「無害でない通航」の認定(国連海洋法条約19条)を根拠に法的評価を行った。事態を国連海洋法条約19条で評価し、沿岸国の保護権の行使(国連海洋法条約251項)で対応し、無害でない活動の停止要求などを行った。この法的スキームの特徴は国連海洋法条約に基づいて評価・対応するという点にある。

これに対して、20212月、国会での質疑において、日本政府は、事態を国家間の主権に関する問題として捉え、「国際法違反」や「日本の主権を侵害している」との法的評価を行った。国連海洋法条約ではなく、国際法一般に基づいての評価を表明した。日本政府の事態認識、法的評価、それをふまえた対応に変化が起きている。

「海上法執行活動」、「国家安全保障のための活動」と両者の関係性や境界を考えるうえで、参考になる国際判断が二つある。一つは、2007917日ガイアナ・スリナム海洋境界画定事件(CGX事件)とその仲裁判断である。ガイアナとスリナムの大陸棚の境界画定をめぐる係争海域で発生し、スリナム海軍がガイアナから許可を得たカナダ船に対して警告を行った。仲裁判断では、法執行活動というよりは軍事活動による威嚇に近いとして、国連海洋法条約や国連憲章、一般国際法のもとで禁じられた「武力による威嚇」を構成すると判示した。この仲裁判断を参考にすると、海上での権限行使の国際法による性格決定は、①いかなる状況で、②いかなる法的評価のもとに、③いかなる目的の権限行使がなされているかなどの基準によって決せられる。

もう一つの国際判断として、ウクライナ艦艇抑留事件(ウクライナ対ロシア)についての国際海洋法裁判(ITLOS)による暫定措置命令である。ウクライナ海軍の艦船3隻がロシア沿岸警備隊に拿捕・抑留される事件に対して、ITLOSは軍事的活動と法執行活動を区別する基準として次の3つの基準を掲げた。活動に従事している船舶が艦船(naval vessels)であるか法執行船舶(law enforcement vessels)であるかは、二つの活動の区別に関連はするものの、唯一の判断基準ではない。②紛争当事国による活動の性格決定に依存するのではなく、問題となる行為の客観的評価に基づいて行われる。③拿捕・抑留が二つの活動のいずれの文脈で発生したかを明らかにする必要がある。ITLOSはこれらの基準を踏まえて、ロシアによるウクライナ艦船の拿捕・抑留は、法執行活動の文脈で行われたことを認定した。日本として、尖閣に関わる問題について、これらの判断を参考に考えていくことが重要である。

海上法執行活動による事態対処の射程を考えるうえで、日本の尖閣に関する事態対処が、国際法の観点から海上法執行活動として評価できるような「実質」を備えているか否かが重要である。事案・事態に適用のある国内法令が整備され、海上法執行機関が当該国内法令の適用・執行として事案・事態に対処しているからといって、当該権限行使が、国際法上、当然に法執行活動にあたることになるわけではない。

例えば、中国海警の隊員が尖閣諸島への上陸を試みるような事態への対処として、「防衛出動の発令による対処」と「海上法執行活動による対処」とがある。しかし、中国の官憲や軍人が武器や武力を用いることなく尖閣諸島を侵略しようとする場合、防衛出動の発令要件に関するこれまでの日本政府の解釈を踏まえると、その発令は困難である。なぜなら、日本政府は防衛出動の発令には、「我が国に対する外部からの組織的かつ計画的な武力の行使」が必要と解釈してきたからである。このような解釈は、日本領域に対する外国からの武力を用いた本格的な侵略が発生した事態を想定したものである。

そのため、こうした事態に切れ目なく対処しようとすると法執行活動によって対処することとなり、日本の出入国管理法の適用・執行による対応となる。中国の官憲や軍人による尖閣諸島への上陸を出入国管理法違反の問題と捉えて、海上保安庁や沖縄県警などの警察機関が犯人の逮捕や犯罪の捜査などの法執行活動で対処することになる。警察機関では対処が不可能または著しく困難な場合には、自衛隊法に基づき海上警備行動や治安出動が発令され、対処の主体は警察機関から自衛隊に変わることになる。しかし、活動の性質は同じく法執行活動で、自衛隊員も警察官職務執行法の武器使用規定に基づいて事態対処にあたることになる。警察官職務執行法に基づく武器使用になることや中国海警船舶の拿捕はできないことを考えると、実効的な対処という点で課題がある。

法執行活動は、権力機関とその管轄下にある人間に対して法を執行する垂直的なものである。一方で、国家の安全保障や軍事活動は国家間で行われる水平的なものである。前者から後者に切り替える時期、法的には武力紛争法の適用の始期が問題となる。武力紛争法の適用のある事態では、例えば、犯人を逮捕するのではなく捕虜待遇を与えることになる。日本の対応のあり方が大きく変わることになる。

事態認識・評価に対応した対処方法として、外国の官憲や軍人による尖閣諸島への上陸を、日本の国内法令違反(出入国管理法違反)の問題と捉えることは法的には可能である。しかし、そもそもそのような事態認識で良いのか、検討する必要がある。上陸しようとするのは、尖閣諸島の領有権を主張する外国人活動家ではなく、国家意思に基づいて行動する外国の官憲や軍人である。彼らが上陸しようとする際に武器や武力を行使しないとしても、そのような行為は日本の領土保全の侵害であり、日本が有している領域主権の侵害であり、国際法違反である。上陸事態については、「国とその管轄下にいる人」という構図で捉えて法執行活動に基づき対処するのではなく、「国と国」という構図で捉えて国際法違反の事態として対処すべきである。

そのためには、日本の安全保障のための法執行活動を適切に位置づけ、そのうえで、グレーゾーン事態に確実に切れ目なく対処できるようにすべきである。日本に対する「外部からの組織的かつ計画的な武力の行使」に至らない権利侵害行為に、自衛隊が対処できるようにするべきである。具体的には、自衛隊法を改正して、あるいは新たな法律を制定して、自衛隊が外国勢力による「外部からの組織的かつ計画的な武力の行使」に至らない権利侵害行為を中止できるように、自衛隊の新たな活動として「領土保全侵害排除行動」を創設すべきである。グレーゾーン事態対処のために、自衛隊法761項の防衛出動の発令要件の解釈を政府内で変更するという方法もありうるが、日本の安全保障に関わる事態への対処方法という重要な事項に関することであり、国民の代表者が集う国会による審議を踏まえて、民主的正当性が担保された方法で、自衛隊法の改正あるいは新規立法を行うことが望ましい。

(2)自由討議

鶴田准教授の報告を受け、参加者との間で、以下のような協議が行われた。

 

参加者:国際法の観点からの事態認識・法的評価・対応の枠組みとして、国際法違反(国家主権の侵害)と国連海洋法条約違反(無害でない通航)とがあるが、実態として両者の違いにはどのようなものがあるのか。例えば、軍艦のような船が無害通航権を主張して航行している場合に対しては、国連海洋法条約による法的スキームの適用となるのか。また、防衛出動も含めて、日本の現状の法的評価・対応は行き過ぎていると考えているのか、あるいは、不十分であるため自衛隊が新たな活動できるよう法改正・新規立法が必要と考えているのか。

鶴田准教授:国際法違反(国家主権の侵害)に基づく対応と国連海洋法条約違反(無害でない通航)に基づく対応の違いとして、国連海洋法条約違反の場合、沿岸国の保護権の行使で対応することになり、無害でない活動の是正を求める、具体的には進路変更を求めるなどの対応になる。国際法違反(国家主権の侵害)の場合、国際法上の国家責任法による対応となり、違法行為の中止・停止要求が行われる。相手が違法行為の中止・停止要求に従わない場合、通常は行うことが許容されない物理的強制性のある措置(国際法上の対抗措置)を講じることができるようになる。このような措置を海上保安庁がどこまで講じることができるのかという問題がある。海上保安官には戦闘資格がないため、武力紛争法の適用下において戦闘行為を行うことはできない。

日本では防衛主導の発令要件が厳格であるため、実効的な事態対処が困難である場面が起きうる。その不十分な部分を早急に埋める必要がある。不十分な部分を担うことができるのは自衛隊であり、防衛出動とは異なる新たな軍事的活動(military activity)を設けるべきである。

 

参加者:提言の中にある「領土保全侵害排除行動」について、外国の軍隊や武器を持った人間が上陸することを前提としたものになるのか。日本漁船や日本人が乗船した漁船が領海内で攻撃された場合や拿捕された場合、この新たな活動の適用範囲となるのか。その場合、上陸を前提としないものとして考えられるのか。

鶴田准教授:領土保全侵害排除行動は、武力を使用しない上陸(侵略)への対応を前提としている。日本政府による国際法上の自衛権の解釈はひろい。領土保全侵害排除行動の国際法的根拠について、自衛権の範囲内のものとして考えるのか、国際法上の対抗措置として根拠づけるのかは、検討すべき点である。日本漁船への接近や追尾については、法執行活動として対処すべきである。中国海警の隊員が中国の法執行活動と称して日本漁船に立ち入り検査や日本人の逮捕、日本漁船の拿捕をさせないことが重要である。中国海警による日本漁船への接近・追尾は、中国国内の法令に基づく法執行活動の「実績」となっている。そうした実績が積み重ねられることによって、中国の実効的支配の根拠につながる可能性がある。尖閣諸島海域での日本漁船の活動は正当な活動であるものの、中国にそのような根拠を与えかねないという点については留意すべきである。

 

参加者:現在行われている尖閣諸島海域での漁業について、生活権のための漁業であるのかについては疑問もある。しかし、それを阻止するような政府の行動があれば、それも問題が残る。尖閣諸島海域で正当な活動を行うことは重要であり、中国側は日本漁船が海域で操業するしないにかかわらず、活動を進めるだろう。中国側は、法執行活動という観点を超えた観点で動き出している可能性がある。本来漁民ではない人間を漁民として乗船させることには法的に問題があるため、これについては差し止めることも必要になるかもしれない。

鶴田准教授:日本政府による日本漁船の出航差し止めなどは行うべきではない。しかし、出航することによって生じるさまざまなリスクはある。

 

参加者:資源管理や海洋汚染防止に対して行動することも重要である。尖閣諸島海域に民間漁船が行くことより、実効支配の一つの契機として海洋観測や資源管理などのための活動が、今後必要になるだろう。

参加者:現状、グレーゾーン事態に対して、日本は法的評価として国際法を広く解釈しているが、具体的な対処を行う段階ではかなり選択肢が限定されている。言葉と行動との間に齟齬があり、その意味で不十分な部分が残っているため、こうした不十分な点について今後議論することが必要となる。

鶴田准教授:自衛権について、日本政府による国際法上の解釈はひろいが、そのひろい解釈と具体的な活動との間には相当なギャップがある。自衛隊法は、日本の安全保障が脅かされる事態において、自衛隊が適切に活動できるような内容となっていない。現在の日本の安全保障環境を踏まえて早急に見直すべきである。

以上、文責在事務局