公益財団法人日本国際フォーラム

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日米班 第1回定例研究会合

当フォーラムの実施する「『自由で開かれたインド太平洋』時代のチャイナ・リスクとチャイナ・オポチュニティ」研究会内、日米班の第一回定例研究会合が、下記1.~3.の日時、場所、出席者にて開催されたところ、その議事概要は下記4.のとおり。

  1. 日 時:2022年8月18日(木)20:00~22:00
  2. 場 所:オンライン形式 (ZOOM)
  3. 出席者:
[報  告  者] 村野  将 ハドソン研究所研究員(JRSPメンバー)
[コメンテーター] 小谷 哲男 明海大学教授
[司     会] 神谷 万丈 JFIR副理事長/防衛大学教授(主査/日米班班長)
[日米班メンバー] 中西  寛 京都大学教授
森   聡 慶應義塾大学教授
石田 智範 防衛研究所主任研究官(JRSPメンバー)
越野 結花 英国国際戦略研究所研究員(JRSPメンバー)
中村 長史 東京大学特任助教(JRSPメンバー)
[他班メンバー] 合六  強 二松学舎大学准教授(JRSPメンバー)
ギブール・ドラモット JFIR上席研究員/仏国立東洋言語文化大学准教授
伊藤 亜聖 東京大学准教授
[JFIR] 伊藤和歌子 研究主幹
安井 清峰 特任研究員
佐藤  光 特別研究員
岩間慶乃亮 特任研究助手/慶應義塾大学院
[外務省オブザーバー] 15名
  1. 議論概要:

(1)村野メンバーによる報告「台湾をめぐるチャイナ・リスクと日米同盟―米中の戦略的安定性対話と相互脆弱性問題」

①台湾有事と日本の対応

日米の安全保障コミュニティは台湾の防衛をめぐる問題に長年注目してきた。この問題の取り上げ方としては、大きく2つの方向性に整理することができる。1つは宣言政策をめぐる論争、もう1つは、台湾に対する軍事的侵攻の可能性が高まるのがいつ頃かを問う、時間軸を巡る論争である。いずれにせよ、台湾有事は、国家間のパワーバランスや「意思」や「能力」の相互作用のなかで生じるものであり、いま我々が何をすべきか/何をしないのかに従属する事象である。したがって、特に後者のように、いつ台湾有事が起こるのかと「占い」をするのではなく、「今何をする必要があるのか」という行動基準を考えるための情報分析および情勢判断が我々には求められている。

では、台湾をめぐり抑止が失敗する要因とは何か。これは、米国の防衛コミットメントの「意思」と「能力」の強弱/高低により、概念的に四象限でとらえて分析できる。その内、現実的には2パターンの抑止の失敗が想定される。それは、①米軍が台湾防衛に十分な「意思」を持っていたとしても「能力」が足りない場合(「事態対処失敗のリスクの増大」)と、②逆に十分な「能力」を持っていたとしても介入する「意思」がない場合である。特に後者の場合、たとえ米国に介入意思があったとしても、中国が米国の介入意思を読み誤ることで、台湾有事が起こるケースも想定される。この事前策としては、米国が台湾防衛に必ずコミットすることを中国に示すなど、シグナリング手段の改善(曖昧政策の見直し)が必要である。

他方で、中国が台湾本島への侵攻に発展しうるような武力行使を決断する場合、中国指導部にとって失敗の許されない非常に大きな利益のかかった作戦となる。したがって、中国指導部は「米国が介入してこなければ幸運である」とする楽観的な見積もりでは台湾進攻をおこなうとは考えにくい。中国が本格的な武力侵攻を決断する時は、中国側は米国の介入を所与のものとして想定しており、なおかつ武力衝突に至ったとしても実力で米国の介入を排除できると自信をもった時ということになる。そうだとすれば、最も重要となるのは、米国の介入意思ではなく、米国の介入能力である。

②台湾危機シナリオ

その上で、台湾をめぐるシナリオは烈度の低い順に次のように整理される。すなわち、[1] 武力行使に至らないレベルでの圧力・不安定化、[2] 情報・物理面での封鎖による更なる圧力と外交交渉の強制、[3] 離島への限定侵攻・限定的武力行使、[4] 航空・ミサイル戦力による奇襲、[5] 水陸両用作戦を含む全面着上陸侵攻、である。一般的には、海上封鎖をおこなうシナリオが最も現実的に起こると想定されており、他方で、大規模着上陸による台湾への軍事侵攻は、軍事的に比較的困難であるため可能性は低いと現時点では見られている。

③台湾有事と日本の対応

なぜこれまで台湾侵攻がおこなわれなかったか。その要因としては、米国が介入してくる可能性と、中国の着上陸能力の欠如が指摘できる。この2点は、今後も継続するのだろうか。まず、中国は米国に対する介入阻止能力を着実かつ急速に増強している。その一方で、台湾に対する着上陸能力は当面不足するであろうと考えられる。ただ、これ関しては2つの見方がある。第一に、それゆえに、中国は大規模着上陸能力を必要としないシナリオを重視しているとの見方である。第2に、我々が想定している以上に中国の着上陸能力は高く、例えば民間の造船も軍民両用の基準で作られているとの見方があり、海上輸送能力を見積もる際、人民解放軍が保有するものだけを考慮するので果たしてよいのか、と疑義が呈されている。

④展望と課題

オバマ・トランプ両政権下では中国を軍備管理に巻き込めないか模索されたが、いずれに対しても中国はのってこなかった。中国は大陸間弾道ミサイル(ICBM)のサイロの大量建設や核弾頭を増産させているが、この背景としては、米中間に相互脆弱性が存在していることを米国政府に認めさせ、戦略核レベルでの安定性を追求したいとの思惑があると指摘されている。

歴代の米政権は、中国との間に相互脆弱性は存在しないとの認識を示してきた。ただし、米国が相互脆弱性を認めようが認めまいが、中国はますます対米打撃能力が高めており、客観的な事実として、米中間で物理的な相互脆弱性が生じようとしている。そのため、米国の戦略コミュニティ内には、一方で相互脆弱性を前提として中国と対話を始めるべきだとの議論があるが、他方でそれは同盟国の信頼を損ねるため頑なに拒否しつづけるべきであるとの議論も存在しており、米中間の相互脆弱性をめぐっては考え方が二分している。

また、米中間で戦略核レベルでの安定性が確保されたとしても、日米側が東アジア地域において通常戦力では劣勢にあることに変わりはなく、「安定・不安定のパラドックス」が生じる懸念は高まる。したがって、通常戦力レベルで日米が優位を回復することが対処方針として正攻法であるが、数年来続いているリソース不足がここに重くのしかかってくる。この状況は、1950年代から60年代にかけての欧州正面と類似しており、かつてNATO軍がソ連軍に対しておこなったのと同様に、東アジア地域において通常戦力の差が容易に埋まらない間は、米国の核兵器の役割を一時的に拡大させざるを得ない。しかし、バイデン政権はそうした措置を取っておらず、このことが戦略コミュニティ内で問題視されている。

核戦力・通常戦力・グレーゾーンは相互に連関し合う問題である。ここでのバランスの不均衡を是正するために、我々は「安定・不安定のパラドックス」等の問題を念頭に置きつつ、東アジア地域でのベストな抑止態勢を構築していく必要がある。

小谷メンバーによるコメント

米国の能力も非常に重要なポイントであるが、台湾が自衛意思を維持できるのかも、非常に重要な点である。昨年のアフガニスタンの例を見ると、タリバンがカブールへ向かった際、大統領と国軍が戦うのをやめたことを受け、バイデン大統領は自分の国を守らない当局を守る必要はないとの見方を示した。同様の状況を台湾で作ることができれば、米国の介入意思を削ぐことができるであろうと中国は推測し、様々な手段を用いて台湾の自衛意思を挫こうとするだろう。また、昨今のウクライナ戦争においても、米軍は武器の支援はしているものの直接介入はしていない。米国の介入を武器の支援に留め、なおかつ海上輸送を困難にするような行動を取り、中国は台湾の継戦能力を削ごうとするであろう。

あるいは、今回のペロシ(Nancy Patricia Pelosi)米下院議長訪問を逆手に取る形で、中国は台湾周辺での軍事演習を常態化してくるかもしれない。そして、本格的な侵攻か分からないような状況を、長期間続ける可能性は高い。また、海上封鎖の演習が続くことで、台湾への経済的なダメージが蓄積されていく。ましてや、世界中でインフレーションが進行している最中である。今年の後半には、台湾において統一地方選挙がおこなわれるが、経済的なダメージが増えるなかで、民進党を支持する声を維持できるのかどうか、我々は注目する必要がある。

相互脆弱性に関して、米国が中国に対してこれを認めることは、同盟国としては先延ばしになることが望ましい。その一方で、中国の核弾頭の保有数が増えると、相互脆弱性というよりも米中間で相互確証破壊(MAD)の状況が生まれるかもしれない。そこまでを念頭に置いた議論を、日米間でおこなうことが肝要である。そうなった際に、いまの拡大抑止協議の体制で果たして十分なのかを、いま一度考える必要がある。

いずれにせよ、米国は中露の二正面から迫る戦略核と向き合わなければならない。加えて、北朝鮮が戦略レベルでの核兵器の能力を向上させていることは、戦略レベルの安定性の根幹を揺るがしうる問題となる。

日米は限られたリソースを有効活用していかなければならない。その一つのメルクマールとして、今年秋頃から行われる戦略三文書の改定は重要な動きとなる。他方で、イージス艦に長距離巡航ミサイルを搭載するといった、費用対効果があるのか疑問視せざるを得ない動きもある。政府には、リソースの制約の問題をもっと真剣にとらえて議論をしてもらわなければならない。

⇨北朝鮮の核の位置づけは難しい問題である。現実的に持ちうる防衛態勢は二つに一つのため、北朝鮮の米国に対する攻撃能力が向上しているなかで、中国からの攻撃には脆弱だが、北朝鮮からの攻撃には鉄壁の防御を続けるという本土防衛態勢の追求には矛盾が生じる。そうなると、本土防衛能力を増強するか、ロシアと同様に北朝鮮との間にも相互脆弱性を認めるかである。しかし、後者を選択した場合、日本や韓国に対する安心の供与は低下する。この点について米国の戦略コミュニティ内での明確な答えはなく、同盟国側から問題提起していく必要がある。(村野メンバー)

(以上、文責在事務局)