公益財団法人日本国際フォーラム

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緊急座談会「ロシアのウクライナ侵攻を考える:国際社会に与えた衝撃と今後の課題」

標題の緊急座談会が、下記1.~3.の日時、場所、参加者にて開催されたところ、その議論概要は下記4.のとおり。

  1. 日 時:2022年3月8日(火)17時半より19時まで
  2. 形 式:ZOOMによる公開ウェビナー
  3. 参加者:604名(以下、パネリストのみ五十音順)
    [パネリスト] 今井 宏平 北アジア経済研究所地域研究センター中東研究グループ研究員
    宇山 智彦 北海道大学教授
    杉田 弘毅 共同通信特別編集委員
    常盤  伸 JFIR上席研究員/東京新聞元モスクワ支局長
    名越 健郎 拓殖大学教授
    袴田 茂樹 JFIR上席研究員/青山学院大学名誉教授
    廣瀬 陽子 慶應義塾大学教授
    松嵜 英也 津田塾大学専任講師
    山添 博史 防衛省防衛研究所主任研究官
    渡邊 啓貴 JFIR上席研究員/帝京大学教授
    [JFIR] 兼定  愛 特任研究助手
    高畑 洋平 主任研究員
    ハディ・ハーニ 特任研究助手
    渡辺  繭 理事長
  4. 議論概要:

(1)渡辺理事長より挨拶

ロシアによるウクライナ侵略は、戦後の国際秩序の根幹を揺るがす深刻な事態である。国際社会および日本はこの事態をどのように考え、向き合っていくべきか。この問いに答えるべく、当フォーラム常設の「ユーラシア・ダイナミズムと日本外交」「ロシアの論理と日本の対露戦略」両研究会の合同、および北海道大学スラブ・ユーラシア研究センターの後援を得て緊急座談会を開催し、多角的な視座からこの問題について考える。

(2)ヴォロディミル・オフルィズコ(Volodymyr OGRYSKO)元ウクライナ外務大臣からのメッセージ(英文より邦訳)

昨日ロシアは、ウクライナと日本を他の民主主義国と共に敵国リストに追加した。しかしそこに驚きはない。自由、民主主義、幸福、人権、これらすべての価値はロシアの敵である。ロシアは野蛮で非人間的な国・社会だからである。この国は市民社会に対する占領、殺人、爆撃を実行し、あらゆる国際規範に反する。故にロシアは罰せられなければならず、またそうなるだろう。そしてウクライナは現在最前線にあって、その軍隊はウクライナのみならず、世界の民主主義の秩序を英雄的に防衛しているのである。我々の力を結集すれば、必ず、我々は勝利するだろう。民主主義世界は、この腐敗したプーチン政権よりもはるかに強い。

そして友好国である日本には、以下のような支援が可能だろう。

  • ① 日本に存するロシア系銀行の資産凍結。
  • ② 日本の対ロシア投資の禁止、およびロシア直接投資基金(RDIF)に対する制裁。
  • ③ ロシアからのガス、石油、石炭の輸入禁止。
  • ④ ロシアからのソフトウェア製品の輸入禁止。
  • ⑤ ウクライナに攻撃したロシア系サイバー組織の鎮圧。
  • ⑥ アエロフロートおよび他のロシア系航空会社の乗入拒否。
  • ⑦ ロシア系船舶の入港禁止。
  • ⑧ 国際機関やスポーツ・文化イベント、またスポーツ連盟等へのロシアの加盟・参加を停止する国際的取り組みに加わること。
  • ⑨ ロシアの外交旅券所持者に対し、日本入国時の査証取得を課すこと。
  • ⑩ ロシア政府関係者およびその家族の査証ならびに居住許可を取り消し、新規に発行しないこと。
  • ⑪ 駐日ロシア人外交官の大幅削減。
  • ⑫ ロシア・トゥデイ」および他のロシア系プロパガンダ・メディア、またSNS「フコンタクテ(Vkontakte)」ならびに「アドナクラースニキ(Odnoklassniki)」、インターネット・ポータル「ヤンデックス(Yandex)」、電子メールサービス「mail.ru」に対するブロッキング。

ロシアの無法者たちが我が国を蹂躙し、多くの都市が廃墟となった。我々の勝利の後には、破壊されたインフラ再建が特に必要となる。これについて、日本は以下の措置が開始されるよう、G7メンバーとして声を上げることができるだろう。

  • 国際金融機関の主導によるG7のウクライナ復興基金(マーシャル・プラン)の立ち上げ。
  • JICAによるウクライナ復興事業の実施。
  • ウクライナとのFTA締結(ウクライナ経済の回復のため、追加的に重要な手段となる)。

ロシアは自らの手で、その野蛮な体制の終焉へと至るカウントダウンを開始した。我々はこれを不可逆的なものとするべく、最善を尽くさなければならないのである。

(3)各パネリストの報告

(イ)松嵜英也氏からの報告

今回のウクライナ侵攻は突然始まったのではなく、ウクライナ視点では、2014年から継続してきた。すなわちクリミア併合や東部地域の分離主義運動もロシアからの何らかの支援のもと発生してきた。ウクライナはこれに対し対テロ作戦を実行してきたが、それが激化しているのが現状である。またウクライナでは、ゼレンスキー大統領の前任者ポロシェンコの時代にはすでに、軍事ドクトリンおよび国家安全保障戦略においてロシアを脅威として認識し、長らく敵対関係にあった。

そのうえでウクライナと西欧の関係について考え、今回の戦争の構造的問題について検討する。第一に、ウクライナ独立後の約30年を振り返ると、ウクライナにとっての「西洋」とは必ずしもEUやNATOを意味してこなかった。独立後の歴代ウクライナ大統領の中でも、初代のクラフチュクはEU加盟を目指してはいたが、エネルギー面ではロシアに依存し、その中でロシアと西洋の軍事的な架け橋となることを目標としていた。また米欧との関係が深まったのはオレンジ革命後のユシチェンコ政権期だが、東方拡大に伴う欧州近隣諸国政策に同意したりEUおよびNATO加盟を目標に掲げるなどしつつ、憲法・政治体制に変化が生じたが、完全な民主化が実現したわけではなかった。さらにユシチェンコが革命後に失脚し、政敵ヤヌコーヴィチの地域党主導内閣が発足したことを踏まえれば、ある意味では国内政治が大統領の外交政策を制約してきた状況も浮き彫りとなる。加えて、ヤヌコーヴィチ政権期にはNATO加盟を掲げつつもEUとの連合協定署名を撤回し、同時にロシア主導の完全同盟にも加入しなかった。すなわち程度の差はあるが、2014年以前のウクライナは西洋にもロシアにも与さない独自の国家像を模索してきた。

しかし2014年のウクライナ紛争後、状況は変化した。クリミア併合や、その後過熱した東部地域の分離主義運動は、ウクライナにとっては領土や主権の侵害であり受け入れられないものであったが、ロシアとの軍事力の差に鑑みれば単独での回復は困難だった。このため西洋諸国からの多額の支援を得て、NATOやEU加盟を目指しながら軍などの改革を8年にわたり実行してきた。これにはポジティブな面もあったが、西洋の支援への依存体質の定着にもつながった。この状況が現在の戦争の大きな背景の一つである。そして、これまで日本を含む西洋社会がウクライナのこの状況を真摯に理解し、対応を模索してきたとは言い難い。現在、連帯感を示す姿勢が広くみられるが、この8年間、西洋とウクライナは対等ではなかった。今後は大国中心の秩序観を追求するのではなく、小国の主体性にも注目する必要があるだろう。

(ロ)袴田茂樹氏からの報告

プーチンはウクライナの非武装中立化を達成すると宣言し続けてきたが、その可能性はあるのか。この要求は端的に言えば、かつてソ連が第二次大戦で敗戦した日本に対してさえ要求しなかったほどの非常識である。1951年のサンフランシスコ講和条約の原案は英米が作成したが、ソ連も修正案を提出した(最終的には受け入れられなかった)。ソ連の修正案では、日本の非武装化ではなく、当時では寛大ともいえる軍備制限が提案された。つまりソ連でさえ、通常国家の非武装化はあり得ないという認識があった。またソ連修正案には日米安保条約を容認しない条項が含まれ、中立国化を求めていた。一方、現在プーチンはゼレンスキー政権をナチ・ファシスト政権と断じ、その排除を主張する。仮にロシア軍支配下での樹立された政権が「親ロシア・中立政権」と称されても、それは事実上の傀儡政権であり、中立国とはなり得ない。また人口約4000万人を擁する傀儡国家の維持は政治・経済的に不可能だろう。政治的には、ゼレンスキーの支持率急上昇に鑑みれば、国民のボイコットやパルチザン闘争の発生が予想され、国際社会も容認しない。経済的には、ウクライナは旧ソ連圏で最も生活水準の低い国の一つであり、それを抱え込むことに対するロシア国民の反発を招く可能性が高く、また対露経済制裁の激化も加わればロシア経済の維持は困難であろう。

(ハ)廣瀬陽子氏からの報告

最近のロシアの行動は、これまでのセオリーに反する非論理的なものである。勢力圏構想の観点からも説明がつかない。この理論では、ロシアにとっての最重要地域は「近い外国」すなわち旧ソ連圏である。中でもベラルーシ、ウクライナは民族的にも近い東スラブ系で、ソ連時代の仲間意識があり、キエフ・ルーシに代表される長い歴史も共有している。またEUがポーランドやバルト三国に接近する中で、この2地域がロシアにとっての緩衝地帯となっていることも重要である。この「近い外国」を縛り付けるため、ロシアは未承認国家・政治経済・エネルギーという3点を利用してきた。まず国家の体裁を整えつつも多くの外国から承認を得ていない未承認国家は旧ソ連に6つ存在するが、ロシアはこれらに影響力を行使することで、(未承認国家を擁する)本国を不安定化させてきた。従って今回、ロシアがドネツク及びルガンスクの独立を承認したことも驚きであり、その後の侵攻も非論理的である。故に自分はロシアの侵攻は無いと考え、国境への軍事力終結は外交的脅迫が目的とみてきた。しかも侵攻直前の時期にはロシア側の外交的勝利を示す要素が複数存在していた。このため独立承認及び侵攻開始はこれらの成果を捨てる選択でもあった。振り返るとこうした不合理の最初の例は2008年にもあった。2008年のロシア・ジョージア戦争の切掛けは、主に欧米によるコソボ承認と、ウクライナ・ジョージアに対する、「NATOの登竜門」とも言われる加盟行動計画「MAP」の適用を検討する議論の高まりであった。MAP適用は年末に持ち越され、その間に戦争状態に陥ったため、この件は立ち消えとなり、NATO加盟は遠のいた。この戦争後、ロシアはアブハジアと南オセチアを国家承認した。国家承認はジョージアに影響力を行使する足掛かりを失うことを意味するため不可解であり、あくまで欧米への強い怒りによる例外的行動だと思われたが、そうではなかったのかもしれない。2014年のクリミア併合を見ても、強い怒りが生じたとき、従来のセオリーでは把握できない例外的行動をプーチンが起こすようにも見える。ソ連崩壊から30年が経過してなお、国際秩序はロシアにとり都合の悪い状態にあり、NATOが迫る中で、米大統領がバイデンに変わったことを秩序に挑戦する契機と見た可能性もある。自身の高齢化なども含め、様々な要素が考えられる。当初、今回の事態はフィンランドとソ連の「冬戦争」の結果、ロシアがカレリア地方を獲得したように、ドンバス地域を獲得して中立化を強いるというシナリオが想定されたが、ロシアは非武装化まで求めていることからも状況はより深刻である。このため別のシナリオである「アフガン化」、すなわちウクライナの背後に欧米を見据えた代理戦争の様相を呈している。その場合、軍事的に勝利しても国際政治上の勝利はあり得ず、かつてのアフガン侵攻がソ連崩壊の序曲となったように、ウクライナがプーチン・ロシア崩壊の切掛けとなるかもしれない。

(ニ)常盤伸氏からの報告

ウクライナ侵攻をロシアの行動の源泉から読み解き、今後のプーチン体制が辿るシナリオについて検討する。現在、侵攻を決定したプーチン大統領は精神の変調により暴走しているのでは、という意見がある。

他方で独裁体制の論理による合理的な国権発動、すなわち純化されたプーチン主義の帰結であるとの仮説も成り立つ。ここでは後者の視点から、今回の事態を説明する。

まず、プーチン・ロシアの内外行動を支える思考様式は、①レーニン以来の闘争的・ゼロサム的世界観、②欧米的リベラリズムの敵視と伝統的価値観の重視、③歴史修正主義、④大祖国戦争(独ソ戦)の勝利史観を絶対視する攻撃的な愛国主義といった4要素から成り立ち、これが今回の行動の基盤にもなっていると考える。

ここでいう伝統的・精神的価値観の重視はプーチン氏だけでなく、今回のウクライナ侵攻でも重要な役割を果たしているたといわれニコライ・パトルシェフ安全保障会議書記が政府系メディアなどでしばしば主張してきたものである。またプーチンは帝国復活への妄執ともいえる感情を抱いており、あたかもロシアに課された「歴史の天命」を果たそうとするがゆえに、今回の行動に踏み切ったように見える。そして現在プーチンが侵略正当化のためにウクライナに突きつけている「非武装化」と「非ナチ化」は、まさにプーチン政権における国定思想である大祖国戦争勝利史観を象徴しており、「ナチスに対する行動であればいかなる行動も許される」という含意が読み取れる。侵攻を決断した具体的な理由としては、短期決戦での勝利で既成事実化を図る思惑があっただろう。プーチンは完全に誤った事実認識に基づき、ウクライナ侵攻はあたかも、これまでプーチン政権や、遡ればソ連、ロシア帝国が行ってきた「勝利をもたらす小さな戦争」の拡大バージョンととらえ、ロシアはごく短期間で勝利できると考えていたのではないか。ウクライナ政権の転覆は容易であり、国内の情報統制にも強い自信があり、さらにはアフガン撤退などにみられる米国の影響力低下や欧州の足並みの乱れなど国際要因もロシアにプラスで、全面制裁にはならず部分制裁なら耐久力を有しているとの過信も、今回の行動の背景にあるのだろう。

今後のシナリオとしては、①「民主化革命」、②「宮廷クーデター」そして③「要塞国家化」というの3つを想定した。①は最も期待されるが可能性は最も低く、②も可能性は低いと思われる。警戒心の強いプーチン氏は5年ほど前からクーデター防止措置を完璧に講じている。可能性が高いのは③である。プロパガンダの影響もあり、支持率は1週間で7ポイントも上昇した。プーチン主義体制には社会的基盤がある。リベラルな政治思想家パストゥーホフ氏によれば、帝国的な虚栄心と、専制主義への傾倒、そして父権主義への慣れという要素がロシア人の深層心理に存在している。

それでも、長い目で見れば今回の事態はプーチン政権の「終わりの始まり」となるのではないか。帝国復興への妄執から今回の侵攻に踏み切ったロシアだが、野望達成の可能性は低い。短期的に政権を維持できても、中長期的な展望が不透明である。社会・経済的な危機が波状的に到来するだろう。また今後は平均的ロシア市民の意識変革にかかっている。楽観視はできないが、革命嫌悪主義者であるプーチンは、ウクライナ侵攻によって皮肉にも体制崩壊へ向かうトリガーを引いたのかもしれない。仮に独裁体制を維持しても、ロシアの威信・名誉を失墜させ、国力衰退を決定づけた人物として後世の歴史家は厳しい審判を下すことになろう。

(ホ)宇山智彦氏からの報告

クリミア併合はプーチンの国家威信に関する感情が鍵となっており、今回の行動もその延長線上で捉えられる部分と、そこからさらにエスカレートを遂げた部分がある。それを解く鍵はプーチンの歴史観にある。NATOの東方拡大、例えばバルト三国の加盟を取っても、それによってロシアに危険をもたらしたわけではない。政権プロパガンダを担う人物らもそれは承知の上で、プーチンはウクライナ問題という歴史的責任を引き受けたのであり、安全保障は二義的だという見方がある。そしてプーチンはウクライナに対するこだわりをかねてから示してきた。2008年のグルジア紛争前にはすでに、プーチンがブッシュに対しウクライナは正統な国家ではないと主張し、NATOに加盟すればウクライナは存在しなくなると脅す発言をしたとされている。2014年のクリミア併合の際は、その歴史的正当性を主張しつつ、それ以上に、欧米の世界各地への介入やロシア封じ込めに対する非難を展開していた。当時はまだウクライナ東部・南部についてのプーチンの歴史観は粗削りだったが、2021年にプーチンは「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性について」と題した「論文」を発表し、ロシア帝国時代の民族観に基づきロシア人とウクライナ人が「ひとつの民族」だと主張した。また両民族の共通点を強調しつつ差異を無視し、ウクライナに対する西方文化の影響を異質なものと切り捨て、一貫してウクライナ人はロシア人意識を保持してきたとした。ロシアの対ポーランド戦争の意義も、ロシアがウクライナを抑圧から解放したとの認識を示した。ロシア革命後の独立国建設も少数のナショナリストによる運動として扱い、独立国を外国の関与により作られた偽国家と決めつけた。そして現在のウクライナはソ連の誤った民族政策の産物であり、ソ連崩壊後には欧米がウクライナを「アンチ・ロシア」化したと主張した。ウクライナの主権を否定し、「本当の主権」はロシアとのパートナーシップの中で可能になるとも述べた。こうした言説はソ連・ロシアで学ばれる歴史観とある程度共通し、ロシア市民にも受け入れやすい。今年のドネツク・ルガンスク独立承認時の演説においても歴史について長々と語り、様々な角度からウクライナの独立国家としての正統性を否定した。このように2014年ごろからの連続した動きがあったが、クリミア併合については現地での混乱に付け入って介入したのに対し、今回の侵攻ではそのような混乱が事前に生じていたわけではない。また侵攻開始翌日にウクライナ軍人にクーデターを呼びかけ、その後もゼレンスキー政権とウクライナ人は別物だと発言するなど、ロシア軍が解放者として歓迎されると考えていた可能性が高い。つまり「歴史的」ロシア再統合を自分の使命だと強く思いこんだプーチンが、過去8年の介入を経てもなお言うことを聞かないウクライナに対してしびれを切らしたのではないかと思われる。クリミア併合はプーチンの国家威信に関する感情が鍵となっており、今回の行動もその延長線上で捉えられる部分と、そこからさらにエスカレートを遂げた部分がある。それを解く鍵はプーチンの歴史観にある。NATOの東方拡大、例えばバルト三国の加盟を取っても、それによってロシアの敵国化したというわけではない。政権プロパガンダを担う人物らもそれは承知の上で、プーチンはウクライナ問題という歴史的責任を引き受けたのであり、安全保障は二義的だという見方がある。そしてプーチンはウクライナに対するこだわりをかねてから示してきた。2008年のグルジア紛争前にはすでに、プーチンがブッシュに対しウクライナのNATO加盟を強くけん制する発言をしたとされている。2014年のクリミア併合においても、その歴史的正当性を主張しつつ、それ以上に、欧米の世界各地への介入やロシア封じ込めに対する非難を展開していた。当時はまだウクライナ東部・南部についてのプーチンの歴史観は粗削りだったが、2021年にプーチンは「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性について」と題した「論文」を発表し、ロシア帝国時代の民族観に基づきロシア人とウクライナ人が「ひとつの民族」だと主張した。また両民族の共通点を強調しつつ差異を無視し、ウクライナに対する西方文化の影響を異質なものと切り捨て、一貫してウクライナ人はロシア人意識を保持してきたとした。ロシアの対ポーランド戦争の意義も、ロシアがウクライナを抑圧から解放したとの認識を示した。ロシア革命後の独立国建設も少数のナショナリストによる運動として扱い、独立国を外国の関与により作られた偽国家と決めつけ、ソ連崩壊後には欧米がウクライナを「アンチ・ロシア」化したと主張した。ウクライナの主権を否定し、「本当の主権」はロシアとのパートナーシップの中で可能になるとも述べた。こうした言説はソ連・ロシアで学ばれる歴史観と共通し、ロシア市民にも受け入れやすい。今年のドネツク・ルガンスク独立承認時の演説においても歴史について長々と語り、様々な角度からウクライナの独立国家としての正当性を否定した。このように2014年ごろからの連続した動きがあったが、クリミア併合については現地での混乱に付け入って介入したのに対し、ドンバスではそのような混乱が事前に生じていたわけではない。また侵攻開始翌日にはウクライナ軍人にクーデターを呼びかけたり、ゼレンスキー政権とウクライナ人は別物だと発言するなど、ロシア軍が解放者として歓迎されると考えていた可能性が高い。つまり「歴史的」ロシア再統合を自分の使命だと強く思いこんだプーチンが、過去8年の介入を経てもなお言うことを聞かないウクライナに対してしびれを切らしたのではないかと思われる。

(ヘ)杉田弘毅氏からの報告

今回のアメリカの対応について、また今後のアメリカによるユーラシア政策について検討する。バイデン大統領の発言からわかるのは、米軍が直接の戦争はしないということ、またロシアへの対応は経済制裁または外交的孤立を狙うことである。これは今後の米による対ユーラシア政策のプロトタイプになるだろう。冷戦後の米のユーラシア関与を振り返ると、94年ボスニア、95年コソボなどでの介入事例がある。両地域とも米の同盟国ではなく、ウクライナとも国際法上の関係性は同じだが、相手がセルビア人なのか、核保有国であるロシアなのかという相違があり、同盟国かどうかという点は形式的なものに過ぎない。90年代には人道目的の軍事介入を掲げていたが、9.11以降のアフガンやイラク戦争については、本土防衛が理由となった。しかしその後アラブの春におけるNATOのリビア空爆にも米は参加した。さらに2014年にはシリア、イラクにて対IS空爆を実行した。旧ユーゴスラビアと合わせてこれらは人道目的が理由となっている。2013年、オバマ大統領はシリアでの化学兵器使用に際しても介入せず、これによりオバマ・ドクトリンが浮き彫りとなった。つまり米の軍事介入は、①米本土の防衛、②同盟国の防衛、③テロリスト・ネットワークの壊滅、④大量破壊兵器の拡散阻止という4つの目的に限定される。その特徴は、人道・人権・民主主義の防衛や促進のための軍事介入という、ネオコン的発想が含まれていない点にある。また軍事介入の代わりに制裁を用いる点も特徴で、実際にイラン・北朝鮮に対し実行された。その後さらに象徴的な動きとしてアフガン撤退が起こった。これもオバマ・ドクトリンを具体化した措置である。つまりタリバンには米本土や防衛国を攻撃する能力はなく、大量破壊兵器保有の懸念もないという理解によるものだった。一方、女性の人権問題や少数民族の弾圧等の問題については、金融制裁による圧力形成を図っている。

今年のウクライナ侵攻に対しても、上記のような政策を適用している。すなわち非軍事を貫きつつ同盟国を結束させ、経済制裁を用いるというもので、米のユーラシア対応の特徴が如実に反映されている。ただし制裁によってもプーチン体制は短期では揺らがず、制裁は長期化し、ロシア経済を相当程度痛めつけることになるだろう。これらの傾向に鑑みると、米の対ユーラシア政策の目的とは、第一に民主主義影響圏の結束とNATOの防衛で、そのために1万2千人の米軍をすでにNATO各地に派遣している。ウクライナには米軍を投入しないが、制裁によってロシアにダメージを与えることで、ウクライナを超えたNATO加盟国への師侵攻はさせない狙いがある。また権威主義国家の怖さや指導者の精神的問題などを喧伝することで、ロシア以外に中国も対象と見据え、自由民主主義陣営の価値や魅力を相対的に向上させている。台湾有事に関しても注目が集まっているが、米はウクライナ侵攻とは異なる対応に出るだろう。ロシアは核保有国だが、経済面などを見ると潜在的な力は弱く、米の覇権を脅かす存在ではない。ロシアはユーラシア中央部で勢力圏を広げるかもしれないが、これは米の影響圏としての重要性は低い。一方、中国は明らかに高い潜在能力を有しており、軍事力を総動員する異なる対応になると思われる。

(4)ディスカッション&質疑応答

上記(1)を踏まえてディスカッションおよび質疑応答が行われ、テーマ別に下記(イ)~(ホ)の論点が提起された。

(イ)ウクライナの状況、今後の展望について

  • ウクライナはロシアからの圧力に大きな影響をうけつつ、西側や日本からの支援に依存しており、選択肢が限られ、主体性の獲得が難しい。2014年以前はどちら側にも与さない立場だったが、そのような状況が主体性獲得のために必要だろう。(松嵜英也氏)

(ロ)ロシア側の行動と今後の展望について

  • プーチンは戦争の大義名分も、兵士に対する十分な保護も与えていない点が不可解である。つまり損得計算がこれまでと異なり、理解を難しくしている。(山添博史氏)
  • ロシアでのクーデターや革命の可能性は低く、要塞化が進み、それが終わりの始まりとなるとの指摘があったが、ロシア人はむしろ要塞化によって安住するのではないか。プーチンは体制維持のために憲法を停止して戦時大統領として戒厳令を敷くレベルに至る可能性もある。(名越建郎氏)
  • ロシアでのクーデターや革命の可能性は低く、要塞化が進み、それが終わりの始まりとなるとの指摘があったが、ロシア人はむしろ要塞化によって安住するのではないか。プーチンは体制維持のために憲法を停止して戦時大統領として戒厳令を敷くレベルに至る可能性もある。(名越建郎氏)
  • 対露経済制裁や、欧米諸国からウクライナへの武器供与などの状況は、アフガン紛争を彷彿とさせる。制裁の威力は甚大で、いくら情報統制を徹底しても、国内からの反発は不可避であろう。(廣瀬陽子氏)
  • ロシアでの情報統制や、国民に刷り込まれた専制主義のパターナリズム等に鑑みると、残念ながら民主化革命の可能性は短期的には低いだろう。またプーチンはクーデター予防で大統領直属の国家親衛隊を固めあげ、仮に一部の治安部隊の反乱が起こっても、内部で鎮圧できる体制を構築しており、宮廷クーデターの可能性も低い。軍事クーデターも、ショイグ国防相がプーチンの大親友であることや、プーチンが連邦軍を最も優遇していること、政治不介入の伝統などから、可能性はさらに低い。長期的には今回の侵攻がロシアの体制転換のトリガーとなる可能性はあるが、この状況下で国民の意識が変化するにはよほどの社会・経済的大変動が必要である。所得水準の劇的な悪化や、社会保障制度の崩壊等の危機的状況が前提で、反対勢力の主体性も重要となる。(常盤伸氏)
  • ロシアやトルコでは中間層が成長している。これが権利として民主主義を主張しデモ等の実施に発展し得るが、体制そのものの崩壊には臆病になる、という見方もある。(渡邊啓貴氏)
  • ロシアは西洋諸国から不当な扱いを受けてきたという歴史観を根強く持ってきた。米欧との関係においては、それでも理性的に行動してきたが、近年ウクライナに関しては以前にもまして強いこだわりを見せている。そうした状況下で、バイデンやゼレンスキーが「弱い」と見たことにより、今回の行動に出たのだろう。また今回の動きは民族紛争であり、カラー革命がその背景にあるとの意見もあったが、ウクライナ人・ロシア人は両国にて概して共存してきたのであり、民族対立ではない。ウクライナが西洋側かロシア側かという対立である。そしてこの議論が過熱したのは2013年から14年にかけてであり、米欧側がこれを煽った側面もなくはないが、主にプーチンがウクライナに立場の明確化を迫ったことが重要だった。ロシアのエリート内部には疑問を感じている人もいるはずであり、今後の動きにとって重要であろう。(宇山智彦氏)

(ハ)周辺諸国・地域の動きや関係について

  • トルコはNATO内部で最もロシア寄りの立場だったが、このような事態に陥ったことでさすがにNATO側に立っている。今後のトルコ側の認識も改めざるをえないだろう。しかし天然ガスや観光業等での対露依存は根強い。仲介に向け積極的ではあるが、言い換えれば中立政策を取らざるを得ないということでもある。(今井宏平氏)
  • ヨーロッパ諸国は戦争にならないよう動いていたが、いざ始まるとなすすべがない。またNATOとの間でウクライナが主張する飛行禁止区域の導入については、NATOはロシアの直接対決を避けるために受け入れないだろう。またフィンランドやスウェーデンのNATO加盟が急務として浮上した。またウクライナは2014年頃にもEU加盟を求めてきたが、ヨーロッパ最貧国であることも影響し、簡単には受け入れられない。EUの対応は冷たいが現実的である。(渡邊啓貴氏)
  • 対露制裁の効果については、目的をどこに見出すかによって評価が変わる。強力な制裁をちらつかせてもロシアに対する抑止力とはならなかったし、侵攻後の厳しい制裁もプーチンの行動を変えることには今のところならず、この意味では効果は無かった。一方、長期的にロシアの体制を弱体化させプーチンのさらなる侵攻を抑止する力としての影響はあり得る。つまり国内の反発や側近の離反等に繋がる可能性はある。(杉田弘毅氏)
  • 今回の侵攻は、民主的選挙により選出され、EUやNATOへの加盟を目指すウクライナに対する侵攻であり、それを防衛しない米国は民主主義的価値へのコミットメントという面で揺らいでいる印象を世界に与えている。。これはウクライナをどう位置付けるかという基本的問題が米国内で解決していないことによる。一方NATO・EUの現加盟国に対する防衛をコミットする形で、ここのところ緩んでいた影響圏の結束が再確認された。しかし米政策の基本的な判断基準は、プーチンの戦略のスローダウンのための制裁、および核戦争の回避という点にある。また中国はロシアを支援するが、政治的に露骨な支援の動きには出ない。また経済面の支援といっても2014年のクリミア併合の際の資源の買取価格は国際価格を大幅に下回り、価格戦争においてプーチンは習近平に完敗した。。今後はさらに買いたたかれるはずで、中国が資源を買うといってもロシアの収入が安定するかどうかは不明である。(杉田弘毅氏)

(ニ)日本の動向と今後の展望について

  • 日本のリベラルにはプーチンを評価する見方がある。しかしプーチンの行動は国粋主義であり、であればこの評価はあり得ない。またプーチンはソ連の指導者に批判的であり、社会主義の影響でもない。とすると反米主義の文脈における評価か。(名越建郎氏)
  • 日本での親プーチン観の背景には、知識人層の中で共有された反米主義が要素としてある。また一般国民や一部政治家の間では、一時期のマスメディアによるプーチンの親日的側面(柔道好き等)を持ち上げた報道によって、好イメージ形成がなされた。さらに安倍政権は、自分たちの時代に北方領土問題を解決するべく、性善説に基づく親露姿勢を強めたことも一つの背景と思われる。(袴田茂樹氏)
  • 日本は、ウクライナを西側諸国の一員をみなし多額の支援を続けてきたが、こうした事態に陥ったことも踏まえれば、小国の主体性を回復させる上でも、その支援のあり方を見直す必要があるだろう。(松嵜英也氏)
  • 日本は安倍政権期には形式的にG7に歩調を合わせてきたのであり、真の意味で制裁すべきときに制裁しなかった。今こそ日本の将来の安全保障のために対応していく必要がある。(袴田茂樹氏)
  • 大国が国益のために軍事力を動員することは、巨大な軍事力を持たない日本の国益に反する。この点を強調しない限り日本に生きる道はない。日本は非軍事の国家として、EUやウクライナのように非軍事面により発展してきた地域に連帯を示す必要がある。(杉田弘毅氏)
  • ヨーロッパ首脳は直接プーチンと対話するが日本は違う。もちろん日本も何もしていないわけではなく、各側面で尽力しているが、これは現政権や外務省の課題というより、歴史的な日本外交の構造的問題が問われているのだろう。(渡邊啓貴氏)

(ホ)今回の侵攻の終着点について

  • 非武装・中立化が実現するまで、プーチンは行動を止めないだろう。実際には傀儡政権の樹立であるが、これが維持できる可能性は低い。(袴田茂樹氏)
  • このままいけば、軍事的にはロシアが勝利するだろう。ロシアがやめれば戦争は終わるが、ウクライナ側がやめれば、ウクライナが無くなるということになるため、最後まで戦うだろう。それでもロシアは国際政治的文脈で勝利することはない。厳しい制裁の中で孤立し、新しい国際関係のパラダイムが生まれると思われる。冷戦後に語られた覇権安定論や民主主義論などが崩壊する可能性があり、新しい国際政治論を考えなければならない。(廣瀬陽子氏)
  • ロシアは電撃的制圧を意図したはずだがそうはならず、長期化が予想される。米欧はそれを予見してはいたが、準備は十分でなかった。より深く介入する可能性も出てくる。停戦交渉にも欧米諸国やOSCEなどより多くの国が関わり、より対等な形で交渉が進められる必要がある。(宇山智彦氏)