公益財団法人日本国際フォーラム

アメリカと中国が互いに不信感を強め、戦略的競争と呼ばれる関係に入るに連れ、経済面及び技術面での中国との相互依存関係は「安全保障化」されてきている。中国は、外国製技術を買い、学び、盗むことで外国製技術への依存度を低下させ、軍事・産業・情報面での優位のためにそれらの技術を活用する戦略を展開してきた。これに対してアメリカは、オバマ政権の頃より対応をとり始め[2]、トランプ政権期に対抗策を劇的に拡大させた。政策担当者らの間では、いまや中国との相互依存関係をアメリカの脆弱性とみなすに至っている。米中間で往来するモノ、技術、データは各種の規制に服すようになり、両国の政府は、研究・開発予算を増額し、相手への依存を低下させる取り組みを進めている。こうした中で、「技術的デカップリング」という用語が一般化するようになった。

日米は中国に対して安全保障上の懸念を強めつつも、依然として中国との経済関係を保っており、日本国際フォーラムの緊急提言が指摘したようなリスクが生じている。ネットワークがグローバル化し、相互依存の構造が存在する中で安全保障上の競争が激化したため、いわゆる軍民融合を進め、政治的な目的のために経済的な手段を利用して他国を恫喝する中国への対応は、一筋縄ではいかなくなっている。こうし複雑な状況において、日米は少なくとも二通りの大きな取り組みを進める必要が生じている。第一に、日米の科学技術エコシステムの連接性向上を含む、研究・開発面での協力を深化する必要がある。第二に、日米が中国の軍民融合発展戦略を踏まえて、中国の科学技術分野での接点の管理について調整を進めていく必要がある。

1.日米間の研究・開発協力の深化

日本とアメリカは、技術分野での競争力を高め、イノベーションを促進するために、すでに各種の協力を進めている。直近の例では、2021年4月に発表された日米競争力・強靭性(CoRe)パートナーシップがある。このコア・パートナーシップには、5GオープンRANと6G、グローバル・デジタル連結性パートナーシップ、世界的な情報通信技術の標準の開発、サプライチェーン協力、バイオテクノロジー、量子情報科学・技術などに関する協力イニシアティヴが含まれている。 [3]また、2022年1月6日の日米安全保障協議委員会(2+2)の共同発表によれば、閣僚らは、「人工知能、機械学習、指向性エネルギー及び量子計算を含む重要な新興分野において、イノベーションを加速し、同盟が技術的優位性を確保するための共同の投資を追求することにコミットした。」[4]日米は、極超音速技術に対抗するための将来の協力に焦点を当てた共同分析を実施することでも一致した。

今後の研究・開発面での協力として、いくつかの取り組みが考えらえる。第一に、日米両政府はそれぞれ自国内において民間セクターの技術イノベーションのエコシステムのマッピング(いかなる企業・組織がどのような技術の研究・開発に従事しているかを示す)を行い、越境的な研究・開発協力の可能性を特定しやすくすべきである。日本は現在、経済安全保障推進法案の一環として、AI、量子、宇宙、海洋などに関する特定重要技術の官民伴走支援を進めようとしているが[5]、日米間で官民連携事業に関する情報を共有し、相乗効果や補完性を期待できる協力分野を特定していくべきであろう。技術標準を設定する取り組みは、アメリカの他の同盟国やクアッド下の協力枠組みも巻き込んだマルチパートナーシップのアプローチをとるべきである。

2.中国の軍民融合(MCF)への対応

中国のいわゆる軍民融合発展戦略は、アメリカ政府の重大な懸念となっている。[6]軍民融合の射程が広がるにつれ、中国の誰に何を売るべきではないかという判断がますます難しくなってきている。[7]アメリカ当局は、軍民融合への関与を根拠として、中国の企業や学術団体をエンティティ・リストや未検証リストに掲載したり、中国人学生や研究者へのビザの発給拒否や撤回を行ってきた。[8]それ以上に重要な影響をもたらしているのは、いわゆるデミニムス・ルールや直接製品ルールなどを第三国からの再輸出に適用して規制をかける動きが活発化していることである。その結果、輸出管理の分野では、軍事エンドユーザーや軍事エンドユースに関連する規制の射程が近年広がってきた。中国はこうした動きに反応して、独自の輸出管理法を2020年10月に制定した。

軍民両用の新興技術の輸出管理をめぐって日米が歩調を揃えていくのは難しい課題となろう。先端技術をめぐる米中競争は永らく続くとみられるが、技術分野における全面的かつ完全な分離はおそらく困難であろう。事実、中国で操業するアメリカ、ヨーロッパ、日本の企業の大多数は、米中競争が激化するなかにあっても、中国での事業を続行する方針を維持している。[9]米中間の学生や研究者の人的往来は減少したものの、消え去ったわけではない。[10]アダム・シーガルとエルサ・カニアが指摘したように、「協力と競争の比重は、政治的・地政学的な事情の変遷に応じて変化するのであり、科学技術の各種分野によっても異なる。」[11]

日米が純粋な安全保障上の考慮に基づいて、中国との経済的・学術的交流を完全に遮断することは、日米両国の経済的繁栄とイノベーションの基盤を損なうことになりかねない。こうした現実を踏まえ、アメリカでも政策専門家、企業、研究者らは、技術的・経済的な競争力を維持するのに適した、より洗練された精緻な対応を提唱している。[12]戦略的考慮に基づいた安全保障上の利益と、自由で開かれた商取引や越境的な交流から生まれる経済的な利益を、各種の政策を通じていかに均衡ないし最適な形で両立させるかという根源的な問題は、個別具体的な課題に応じて答えが導き出されるべきであろう。

3.日本へのインプリケーション

以上のような米中技術競争の傾向は、日本のビジネス界に先行き不透明感をもたらしている。本邦のシンクタンクが2021年11月~12月に日本企業100社を対象に実施したアンケートによれば、回答企業の75パーセントが、最大の課題は「米中関係の不透明性」と回答し、60.8パーセント(回答した97社のうち59社)は、米中対立によって自社の事業に影響が出ていると答えた。[13]回答した企業の59.5パーセント(74社のうち44社)は、アメリカの規制強化(関税含む)によるコスト増の影響を受けていると答えたのに対し、33.8パーセントは中国の規制強化によるコスト増の影響を受けていると回答した。[14]また、回答企業の12.5パーセント(96社のうち12社)は、これまでに米中どちらかを選ばなければならないという、板挟みになったことがあると答えている(詳細の説明はない)。[15]米中それぞれにおいて事業を展開する上でいかなる懸念を有しているかという事について、以下のような回答が出ている。[16]

出典:アジア太平洋イニシアティヴ、「経済安全保障に関する100社アンケート:
調査結果に関する主要データ」、10,13頁。

こうした懸念は、回答企業の47.4パーセントをして日本政府に政策の方向性を明示して欲しいと回答させ、18.6パーセントは企業利益確保を念頭においた政策決定を期待すると回答させた。[17]

以上のような状況を踏まえれば、アメリカの域外で適用される規制が過剰なものとならないように担保する日米間の協議メカニズムを設置し、輸出規制に関して合同で決定していくような仕組みが必要であろう。こうした協議メカニズムがあれば、アメリカは、日本のような同盟国の同意を得た上で各種規制を実施した方が一層の実効性を得られるし、日本は自らの商業利益を最適な形で確保しながら規制を実施する道筋を探ることが可能になる。すでに経済版の2+2が設置されたが、将来的な目標は、総意に基づいて関係国が輸出規制を調整するミニラテラルあるいはマルチラテラルな規制枠組みを確立することであろう。[18]合意に基づいた決定とガイドラインは、参加国の企業や学術団体に予測可能性をもたらすと考えられる。

ただし、日本が意味のある形でアメリカ当局と協議して規制を戦略的に実効化させていくためには、①日本国内で多義的な新興技術を探索・調査するメカニズムを確立し、②将来的には、国家技術戦略を策定すべきであろう。国家技術戦略においては、日本が守り、一定の割合を自給し、一定の割合を信頼できる国に依存する技術とは何か、そして国際市場で競争するための技術とは何かを明示すべきである。また、中国がアメリカに対抗するためにグローバルな規模で科学技術人材の獲得に乗り出すとみられるため[19]、国家技術戦略には、日本なりの国際頭脳の獲得ないし循環のための戦略も含むべきであろう。バックボーンとなる戦略がなければ、日本は米中両国の規制にアドホックに反応して振り回されることになるため、安全保障上の考慮と産業戦略上の考慮を踏まえた国家技術戦略を策定し、中国との技術競争に長期的に臨んでいくべきであろう。[20]