公益財団法人日本国際フォーラム

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「米中覇権競争とインド太平洋地経学」研究会

標題研究会合が、下記1.~3.の日時、場所、出席者にて開催されたところ、その議論概要は下記4.のとおり。

  1. 日 時:令和3年11月26日(金)17時より19時まで
  2. 形 式:ZOOMによるオンライン会合
  3. 出席者;
    [報告者] 櫻川 昌哉 慶應義塾大学教授
    [主  査] 寺田  貴 JFIR上席研究員/同志社大学教授
    [顧  問] 河合 正弘 JFIR上席研究員/東京大学名誉教授
    [メンバー] 伊藤さゆり ニッセイ基礎研究所研究理事
    久野  新 亜細亜大学教授
    益尾知佐子 九州大学准教授
    [JFIR] 伊藤和歌子 研究主幹
    大﨑 祐馬 特任研究助手
  4. 櫻川昌哉メンバー・慶應義塾大学教授による報告「中国経済停滞とインド太平洋地域への影響」

本報告では、第一に中国恒大集団の債務危機について、第二にバブルの一般理論について、第三に中国の信用膨張及びデジタル中国元への示唆について概観する。

①中国恒大集団の債務危機

まず、中国恒大集団とは何か。中国最大の不動産開発業者であり、事業の多角化が進んでおり、国際的に有名なサッカーチームのオーナーとしても有名である。有利子負債は2兆元以上あると言われ、自己資本は20%程度で支払い満期の負債を多く抱え、いつ破綻するのかと言われている。実際、隠れ負債や資産が流動化できるか等、不明な点が多い。重要な点は、これが氷山の一角か否かであるが、同様の問題が業界全体で起きていると考えるのが自然である。政府のいわゆる「バブル潰し」の政策である不動産市況抑制策により、同集団はいよいよ追い詰められたが、そうなると金融不安が懸念されるため、どのように救済されるのかが注目される。仮に住宅バブルが崩壊したとしても、中国では金融市場が規制されているため、リーマン危機とは異なり国際的リスク波及は限定的になるだろうが、国内経済への影響は避けられないだろう。

②バブル・金融危機の一般理論

次に、1980年代の北欧3カ国や日本、90年代の東アジア、2000年代の米欧諸国における23のバブル崩壊事例から平均データをとり、バブル・金融危機の一般理論から分析してみる。

バブル崩壊時に概して何が起こったかというと、ブームから不況にかけて、経済成長率は4.4%から-0.1%へ下落した。最も重要な点として、危機時のGDP累積下落率は6.3%であった。資本流入の途絶、1.6%の経常収支赤字(対GDP比)から、危機後は2.0%の黒字へ転換した。資金は国内から逃げていくので、為替レートは1年で22.7%の下落(通貨安)となる。

以上から、一般的なバブル崩壊時、経常赤字国の資金流入型バブルにおいては、資本流入→資産価格高騰→バブル崩壊→資本流出→金融危機という経路を辿る。これはあくまでも平均的なイメージであり、小国バブルと大国バブルにおけるGDP累積下落率や為替レートの下落率を比較すると、大国ではそれほど大きな下落が見られないが、小国では落ち込みが激しい。中国は明らかに経済大国であり、GDP下落率はそれ程大きくないと予想される。

次に、先進国型か新興国型で分類すると、中国は新興国型バブルとなる。GDP下落率は大きいが、元々、成長余力も高いので復活も早いというデータが出ている。経常収支の赤字・黒字でみると、中国は経常収支黒字国と分類される。

中国のバブル崩壊後の帰結を予想するにあたり、参考となるのが日本の経験である。第一に、経済成長率において、落ち込みが4.8%から0.5%に止まり、マイナス成長になっていない。第二に、「カネ余り型バブル」の経常収支黒字国の典型である。第三に、極めて稀だが為替レートが増価した。日本はバブル崩壊後、通貨高が生じた唯一の国といえる。他方、それではなぜ不況が長引いたのかをめぐり議論があるが、二つの遅れが指摘できる。第一に、不良債権処理の遅れがある。1992年には金融危機が起きず、そのため通常の不況対策(金融緩和、財政拡大)で対応した。第二に、円国際化の遅れである。1990年以降、対外資産は世界一であるが、その国際的信用を活かせなかった。90年代の円高が製造業から体力を奪い、生産拠点を海外に移転せざるを得なくなり、国内製造業の空洞化を招いた。

③中国の信用膨張

それでは、中国の住宅価格にはどのような動きがみられたのか。価格上昇率をみると、1)リーマン危機後、2)大規模な財政支出が行われた2010年頃、3)2015年頃、の3つの時期に大きな上昇がみられる。住宅価格上昇の背景には、信用膨張(貸出残高がGDPに比べて速く成長する現象)がある。総貸出と銀行貸出の対GDP比を見ると、2010年前後から乖離が起きているが、過去10年銀行以外の貸出、すなわちシャドー・バンキング(銀行以外の民間貸出)の拡大が目立つ。中国の信用膨張を理解するにあたり、経済成長率と比較してみるとわかりやすいが、GDP成長率は2010年以降減速している中、貸出成長率は高水準を維持して成長率を上回っており、典型的な信用膨張の現象の様相を呈している。

信用膨張は、以下の3点を示唆している。第一に、バブル崩壊から金融危機へと長期不況への兆候、第二に、生産性の低迷を示唆している。貸出増額の一方でGDPが増えないということは、資金が生産性の低い企業(不動産業など)へ流れていることを示唆しており、長期停滞の恐れがある。第三に、シャドーバンキングの拡大は中国の金融仲介システムの不透明性とリスクの温床となり、一国単位で貸出をコントロールできない事態を招きかねない。バブル期前後の信用膨張と収縮に関する21カ国の平均データをみると、信用膨張、すなわちバブル期は貸出成長率がGDP成長率を上回る。この状態が続くと、いずれ信用収縮が起き、バブルが崩壊する。貸出は低迷、金融危機、不良債権問題を反映している。

中国のバブルは大国バブルとして金融政策の自由度が高く、不況緩和の手段を備えている。経済成長率の高い新興国型経済の下での新興国型バブルであるため、一旦失速しても、早期に成長トレンドに回復すると予想される。また、中国は経常収支の黒字国であり、新興国にありがちなパニック的な資本流入の途絶(サドンストップ)に陥る恐れは少ないと考えられる。

ただし、バブル崩壊後の中国リスクとして、高貯蓄であること、銀行主導の金融システムであること、輸出主導型の経済成長であること、政府による民間部門への広範な介入があること、といった経済構造の特徴はバブル当時の日本と似通った点が少なくない。しかし、バブルが「金余り型」であるため、バブル崩壊後、即パニック的な金融危機には至らないだろう。危機の影響をある一定期間、覆い隠すだけの「力」がある。ただし、信用膨張が激しく、不良債権処理や構造改革が遅れ、長期不況に陥る危険性もある。

また、中国特有の問題として、不動産所有権と使用権の問題がある。中国では土地の所有権は政府に帰属するが、土地の使用権を購入できる(居住用:70年、工業用:50年、商業用:40年)。不動産デベロッパーは、地方政府から土地区画を借り受け、その区画に住宅を建設し、個人に売却する。個人は購入した住宅に住むのみならず、他人への貸出や売却が可能である。しかし、貸与期間の終了する70年後に土地と上物である住宅の所有権が一体どうなるのかは誰にも分かっていない。

こうした中、住宅バブルはなぜ10年以上も持続するのか。その理由説明としては以下の5つがある。

第一に、貸出市場が厳しく規制され、民間の不動産デベロッパーや個人は厳しい資金割り当てが課せられ、価格高騰の際には、中央政府は住宅ローンの条件や購入資格に制限を課して需要をコントロールしている。第二に、政府が土地使用権の売却額の制御をつうじて市場への住宅供給をコントロールしている。第三は、為替政策や資本管理など、中国独特の金融市場に関する対外政策が、結果としてバブルを存続させているというものである。例えば、2015年6月の上海市場の株価暴落に対し、政府が付け焼き刃的な株式市場改革(機関投資家の空売り禁止、国営企業の配当の強制的な引き上げ)で対処したところ、市場に失望感が広がった。これに対し政府は、資本流出規制を強化して資本逃避を抑止し、通貨危機を回避した。その結果、国内金融市場の金余りを助長し、資産バブルはむしろ膨張した。第四に、独裁国家の方が民主主義国家よりも金融危機が頻繁に起きていないという実証結果がある。独裁国家のリーダーは、民主的意思決定の下で容易に実施できない政策(金融機関への公的資金注入、貸出抑制、不動産市場への直接介入など)を迅速に進めることができると言われている。第五に、持続的な経常収支黒字を背景に、世界最大規模の外貨準備を保有しているからという見解がある。外貨準備の取り崩しによる為替介入で2015年の危機を回避したことは、1997年のアジア通貨危機と対照的である。中国には、外貨準備を持たない経常収支赤字国のような資本逃避のリスクは小さい。

④デジタル人民元

次の問題として、デジタル人民元は国際化できるのだろうか。これまで、国際通貨の決定要因はどう変化したかを振り返ると、もはや金の保有量は要因ではない。自国通貨建資産の海外保有を促進するためには、金融インフラの必要性が重要である。透明性の高い為替制度や、流動性が高く厚みのある金融市場、国際的担保となる対外資産、経常収支黒字、利回りの安定した国債、財政規律等が重要となる。

一方、中銀デジタル通貨と国家主権の確保という点からみると、通貨を巡る主導権争いの問題がある。暗号資産(ビットコイン)やリブラなどが台頭する中で、中銀デジタルの動きは、国家が貨幣発行の独占権を確保したいという思惑の表れと見ることができる。すなわち、中央銀行を中心に、デジタル決済は管理されるべきだが、集権的に決済情報を把握するシステムを構築するのは技術的に時間がかかりそうである。国内デジタル決済については中国が先行しているが、既存の銀行決済制度との関係が補完か代替か、という点が今後の注目点となろう。

最後に、中国の通貨覇権は強まるだろうか。金融市場の制度の質と国際的信用という観点では、まず資本規制や為替制度の不透明性を解決する必要がある。この点が解決されないと投資家は価値貯蔵手段として中国元資産を保有しないだろう。米ドルに対峙する国際通貨となるためには、決済技術だけでは不十分である。他方、通貨覇権と経済成長のジレンマという問題もある。国際金融市場で信用を得るということは、中国元の増価を受け入れるということであり、割安な中国元(貿易)の利益を享受してきた中国は、政策の転換ができるかどうかという問題を突きつけられると考えられる。通貨覇権という点では、一帯一路の通貨版として、アジア・ユーラシア地域を中心とした中国経済圏の拡大で中国の元通貨圏を拡大することに強い関心を持っていると思われる。概して、米国主導のグローバル・ルールは各国に主権の制約を求める傾向があり、この点、日本はある種、鈍感な面もあるが、中国が非常に敏感に反応する。日本に関しては、デジタル中国元経済圏が拡大すれば、日本円の地位は低下し、ビジネスがやりにくくなるということも予想される。デジタル通貨は一般に、SWIFT外しと言われるが、このネットワークは米国が敵対国の資金源を断つ金融制裁(予算凍結など)に利用してきた経緯があり、米国主導の金融制裁の効果を弱める狙いがあると考えられている。一部の新興国に台頭する非民主化の動きを、デジタル人民元を使って中国が支援すれば、非民主主義国家の勢力を背景に、中国が米国に対峙して覇権を求めるといった動きは十分に予想できるだろう。

(以上、文責在事務局)