公益財団法人日本国際フォーラム

覇権国アメリカの衰退

冷戦期はアメリカとソ連の双極構造、冷戦後の時代はアメリカの単極構造という状況が続いている。しかし、ポスト冷戦期のアメリカは次第にその影響力を衰退させている。特に2010年代になると、中国の急激な台頭もあり、その傾向が強まっている。世界の警察官としてアフガニスタンやイラクに介入してきたが、両地域で大きな成果を上げることができずに撤退したことはアメリカの衰退を強烈に印象付けた。

アメリカの覇権国としての力が衰退してくると、同盟国の行動様式にも影響が及ぶようになる。覇権国の力が盤石であれば同盟国は覇権国に群がり(フロッキング)、覇権国のために敵対する国に対して武力や経済制裁を用いたハード・バランシングを展開する。しかし、覇権国の力が衰退してくると、同盟国は次第に異なる行動様式を採るようになる。それがソフト・バランシングと戦略的ヘッジングである。

ソフト・バランシングから戦略的ヘッジングへ

ソフト・バランシングとは、超大国であるアメリカの能力が優れていることを受け入れた上で、他国がアメリカのパワーの乱用に警笛を鳴らす、またはその能力を制限しようとし、強引な単独行動を減じさせるというものである。ソフト・バランシングの比喩として、頻繁に用いられるのが、小人たちにがんじがらめにされるガリバーである。レイン(Christopher Layne)やパイプ(Robert Pape)は、非覇権国による覇権国の行動を拘束する具体的な方法として、国連や国際制度を活用、地域機構の結成や定期的に開催される首脳会談や非公式の協約、領域使用の不許可などを指摘している。経済力やソフトパワーを活用して覇権国の行動を制約しようとすることが特徴の1つであった。

戦略的ヘッジングは、ソフト・バランシングよりもさらに覇権国との関係が希薄な行動様式である。国家行動の重要な源泉は安全保障の確保である。(ハード/ソフト)バランシング、戦略的ヘッジング、さらには脅威となる国家に対して対抗するために他国と同盟するバランシングとは全く逆に、脅威となる国家に服従するバンドワゴニングのいずれも、安全保障の確保のための非覇権国の行動である。戦略的ヘッジングは「バランシングとバンドワゴニングの中間に位置する戦略」で、同盟関係にある大国との関係を維持しつつ、近接する大国とも良好な関係を模索ものである。覇権国の影響力が衰退すると、同盟国は地理的に近い潜在的脅威に対してどのように行動すればよいか再考することになる。覇権国との関係を維持しながら、潜在的脅威となる大国にも協調する必要が出てくる。覇権国との地理的距離が遠く、潜在的脅威となる大国が強大で地理的に近い場合、それは喫緊の課題となる。戦略的ヘッジングの概念が中国にほど近い東南アジア諸国の行動を事例として発展したのは偶然ではないのである。

覇権国のオフショア・バランシング

もちろん、衰退を自覚する覇権国もその影響力を維持しようとする。覇権国は自国の国益維持を最優先し、世界的に展開する自国の軍を撤退し、経済的な負担を減らそうとする。ポール・ケネディが言うところの過剰拡大を避けようとするのである。もちろん、軍の撤退は覇権国の国際的な影響力を低下させることになる。これを防ぐために、覇権国は「オフショア・バランシング」を展開する。端的に言えば、オフショア・バランシングとは当該地域の同盟国に地域の防衛と安定を委譲してもらう政策である。

ここまでいくつかの概念を紹介しつつ論じてきた。要するに、非覇権国は戦略的ヘッジング、覇権国はオフショア・バランシングを展開する現在は、非覇権国の行動の予想が付き辛い。言い換えれば、非覇権国、特に地域大国の行動選択の幅が広いということになる。以下では、このことを筆者の専門であるトルコ外交を例にとり、見ていきたい。

<要点>

  • 覇権国アメリカが衰退傾向にある中、非覇権国は戦略的ヘッジングを採り始める
  • 非覇権国は覇権挑戦国である中国や、関連地域の潜在的脅威への協調を高める一方で、自国の国益を重視し、ケースバイケースで最善の選択をする傾向にある
  • 非覇権国は覇権国アメリカが衰退化する中で、必ずしも覇権挑戦国である中国の行動にバンドワゴン(一方的に依存)するわけではない。

トルコのS-400購入

トルコは2013年以降、老朽化した防空ミサイルシステムの購入を検討していた。トルコは北大西洋条約機構(NATO)加盟国なので、当然NATO加盟国、特にアメリカやフランスといった国々から防空ミサイルシステムを購入すると思われていた。しかし、トルコがまず交渉したのは中国であった。このトルコの行動は、アメリカをはじめとするNATO加盟国からより良い譲歩を求めるソフト・バランシングと考えられた。実際にトルコが中国から防空ミサイルシステムを買うことはなかった。しかし、トルコが次に交渉したのもNATO加盟国ではなく、ロシアであった。そして、トルコは2017年9月にロシアの防空ミサイルシステムS-400の購入を決定したと発表した。このトルコの行動はアメリカをはじめとするNATO加盟国にとっては衝撃でロシアに機密情報が洩れるのではないかと懸念された。トルコはS-400の購入理由として、ロシアの提示した金額が最も良心的だったと説明している。2020年10月にトルコは黒海沿岸でS-400のテストを行い、設置が現実的となっている。2013年夏にバラク・オバマ政権がシリアのアサド政権への空爆を示唆しながら、最終的にロシアの仲介で実施に至らなかった時からトルコとアメリカの関係にはひびが入り始め、シリア内戦におけるアメリカのクルド勢力への支援、2016年7月15日クーデタ事件などでその関係はさらに悪化していた。アメリカとの関係悪化、さらにアメリカの中東からの撤退志向を受け、トルコはアメリカとロシアの間で戦略的ヘッジングを展開した。しかし、アメリカもこのトルコの行動がレッドラインを越えたと考え、2020年12 月 14 日にドナルド・トランプ政権は「敵対者に対する制裁措置法(CAATSA)」に基づく措置をトルコに対して発動した。

トルコのアフガニスタンへの関与

戦略的ヘッジングを採り始めたトルコであるが、アメリカとの関係を必要以上に悪化させることもマイナスであった。とりわけS-400購入によってNATOにおけるトルコの立場は肩身の狭いものとなっていた。そうした中、アメリカのアフガニスタンからの撤退はトルコにとってNATOにおいて存在感を取り戻すチャンスであった。というのも、トルコはアフガニスタンとの関係は深く、アフガニスタン戦争後のアフガニスタン国際治安支援部隊(ISAF)および「確固たる支援任務」(Resolute Support Mission)にも参加していた。また、トルコはタリバンを含むアフガニスタンの全ての政治勢力と対話できる数少ない国の1つであった。そのため、2021年4月13日にジョー・バイデン大統領は、同年9月11日までにアメリカ軍がアフガニスタンから完全に撤退することを宣言し、他のNATO諸国もその動きに同調した。そうした中、同年6月のNATOサミットでのバイデン大統領とトルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領の会談で、アメリカ撤退後のアフガニスタンの治安維持、特にカブールの空港の防衛を期待し、トルコ政府もこの期待に応えることに前向きであった。これはアメリカのオフショア・バランシングに対し、同盟国であるトルコがその責任の一端を委譲され、前向きに検討したと解釈できる。

ただし、不安もあった。タリバンはムスリムが多数を占め、歴史的にアフガニスタンと関係が深いトルコを尊重する一方で、NATOの一員であるトルコはアフガニスタンから撤退すべきと主張していた。2021年8月にタリバンがカブールを含む全土を掌握する中で、トルコはタリバンと交渉したり、トルコ軍がアメリカ軍、イギリス軍と共にカブール空港の防衛に貢献したとしてイェンス・ストルテンベルグNATO事務総長から称賛を受けたりした。8月27日にはタリバンとの交渉が実現し、タリバンから空港の運営で技術的な支援を求められたようである。一方で国内世論の反発もあり、トルコ軍の撤退も進められている。ただし、タリバンと交渉可能な国は、ムスリムが多数で外交上のつながりが深いパキスタン、カタル、トルコの3カ国と見られている。トルコはパキスタン、カタルとの関係も良好であり、国際社会とタリバンの間の仲介を行なえる可能性のあるアクターとしてその存在感は増しているようにも見える。

<要点>

  • 現状(2021年9月5日現在)、トルコのアフガニスタンでの行動はアメリカのオフショア・バランシングに応えるものである
  • トルコのS-400およびアフガニスタンでの行動を見ると、自国の国益を優先しつつ、覇権国であるアメリカと潜在的脅威であるロシアとの間で戦略的ヘッジングを展開
  • 覇権国が衰退する中、地域大国の存在感は増していると言える

<政策提言>

  • 米国の覇権衰退、中国の覇権挑戦国としての存在感が高まっている現在、地域大国の動向は非常に流動的でイシューごとで異なる。よって、米中の動きだけでなく、当該地域の地域大国の細やかな行動に注意を向ける必要性がある。
  • 軍事力、経済力だけではなく、地域大国が活用できるナショナリズム、宗教的ネットワークなどにも注意を向ける必要性がある。

(2021年9月5日脱稿)