公益財団法人日本国際フォーラム

1 はじめに

海運は,私企業によって営まれる商行為である。国益の追求・実現のために,政府をして私人・私企業に法を以て働きかける場合,国籍が問題になる。海運における国籍については,船の国籍,船の乗組員の国籍,法人企業としての船会社の国籍が問題となる。論理的には個人事業主が海運業を営むことも考えられるが,現実的ではないので,本稿では法人企業を前提とする。

2 船会社と船会社の国籍

(1)船会社

船会社は,運送人として,船を用いて(航海を指図して),海上運送という用役を荷送人(荷主)に提供し,その成就の対価としての運賃・用船料を収受して利益を獲得する。このこと(実務上「オペレーション」(あるいは,「コマーシャル・オペレーション」)と呼ぶ)が,海運なる事業の根幹である。

もっとも,運送人としての船会社は,船を自社で所有してもよいが,他社から賃貸借(用船)してもよい。それゆえ,今から船会社は,船主(船舶を所有する主体,オーナー)と用船者(船舶を賃借する主体,ただし営業実務ではオペレーターと呼ぶことが多い)とに機能が分離している[1]

(2)船会社の国籍

船会社の法人企業としての国籍は,その企業が,どこの国の会社法に基づいて設立されたか,ということで判断される。

船会社が日本籍船(「日本船舶」)を所有するためには,船会社が日本の会社法に基づいて設立される必要があり,役員(代表取締役・執行役員)についての国籍要件が船舶法(明治32年法律46号)1条(3号・4号)にて規定されている。

3 船の国籍

船会社が,会社設立における準拠法国とは,別の国に船舶を登録し,当該国から船籍付与をうけることは,ごく普通に行われている。そのような船を便宜置籍船と呼ぶ。2020年1月1日,世界の商船の輸送能力(載貨重量トン)の71.6%が外国置籍されている[2]

便宜置籍船については,古くから弊害があるとして批判があったが,今日では,その弊害は克服され,その批判の根拠はなくなった[3]

ちなみに,便宜置籍船を利用するには,船会社が,親会社として船籍登録を求める国の会社法に従い,外国子会社・外国関連会社を設立し,当該会社に船舶を所有せしめることで,当該国から船籍付与を受ける。そしてそのような船を,親会社は外国子会社・外国関連会社から用船(賃借)するのである。

4 本商船隊

(1)日本商船隊

日本の海事行政においては,日本商船隊(Japanese Merchant Fleet)という言葉がある。これは,貨物輸送の引き受けてとしての日本の船会社に着目するもので,その船隊の構成は,日本籍船(Japanese flagged Vessels当然,法人して日本国籍を持つ船会社が所有することになる)と,日本の船会社が外国船主から用船する外国籍船の「外国用船(Chartered Foreign Vessels)」からなる。そのいずれもが日本の船会社(オペレーター)によって運航管理され,貨物輸送に供され,荷主からの運賃・用船料を獲得することに従事する。

(2)日本商船隊に於ける外国用船

日本商船隊は2020年の時点で2411隻ある。日本籍船(船舶法1条のいう「日本船舶」)が273隻(11.3%)外国用船は2138隻(88.7%)である。外国用船は,純然たる外国の船会社から用船(借船Charter -In)しているもの(「単純外国用船」)が538隻(22.3%),差引き,日本の便宜置籍船(実務界では「仕組船(Sikumi-sen)」と称する。)が160隻(66.4%)ということになる[4]

(3)日本商船隊に含まれない「日本の船会社」の関係船の存在

日本の船会社が,自社あるいは外国子会社/外国関連会社が所有している船でありながら,如上の日本商船隊には含まれない船も存在する。それは,基本的には運航管理をする主体が,日本の主権の及ばない外国に所在する企業(船会社に限らず,石油ガス会社・穀物商社等も含まれる。)による。

具体的には,液化天然ガスに代表される外国向けの資源輸送プロジェクトに供される船,純然たる外国の船会社に用船(貸船Charter-Out)されている船,日本の船会社の海外現地法人が運航管理する船などである。2020年の日本郵船株式会社が全世界で運航する船748隻のうち,日本商船隊に含まれない同社運航船は,筆者の推計では247隻(33.0%)に達する。

日本の外航の船会社は,海外市場への対応をこれまで以上拡大することは明らかだから,「日本商船隊に含まれない日本の船会社の船隊」は,言い換えれば,日本の主権の及ばない日本の海運会社の関係船は,今後,増え続けることになることは明らかである。そして,このことは,日本の船会社の収益の源泉は,親会社から,海外の連結子会社・連結関係会社へとその中心が移っていくことを意味している。

(4)準日本船舶

仕組船の内,海上運送法(昭和24年法律187号)39条の5が規定する準日本船舶は,国会の質疑の中で,2015年6月末の段階で41隻という数字が明らかになったように,とても少ない[5]

準日本船舶とは,外航の船会社の子会社が所有する日本船舶以外の船舶(要するに仕組船)で,国土交通大臣が認定するものである。

国土交通大臣の認定は,他にも条件はあるが,海上運送法26条1項の航海命令が国土交通大臣から発せられたら,外航の船会社は,外国子会社から遅滞なく船の譲渡ないし貸渡し(これは裸用船という形態の用船契約をいう。)を受ける契約が締結されていること(39条の5,2号)が兎も角重要である。

仕組船を所有する外国子会社は,親会社が大抵の場合,100%資本支配し,役員も全て親会社の従業員であることが普通であるから,譲渡や裸用船を予定する契約の締結自体は造作も無いことである。問題は,航海命令が発せられたら速やかに,譲渡や貸渡しをして,船籍を転じることが,可能なのか?ということで,結論から言えば,それは,一般には難しい。

それは,外国籍船で,外国政府がSOLAS条約等を実施する当該国の国内法に合致した機器類を搭載して,建造されているとされていたとしても,その搭載された機器類は,日本でSOLAS条約等を実施する船舶安全法(昭和8年法律11号)6条の4に規定する型式承認を得たものとは限らず,別途,検定を受けて承認を得るとか,承認を得た機器に載せ替えるとか,といった,規模の大きな工事(すなわち費用)が発生するからである。

したがって,最初から何れ日本籍に転籍することを予定していることを,新造段階で造船所に因果を含めて船を建造する,そして,建造した外国籍船を,準日本船舶として国土交通大臣に認定申請するすることが,船会社の実務に照らし合わせれば,現実的な話となる。

ただし,荷況の旺盛を予測できなければ,国策として日本船船舶・準日本船舶を増やすといっても,民間企業としては,(税制上の優遇を受けたからといって,)ただちに新造船の建造を決断するということにはならない。

5 船員の国籍

日本商船隊に配乗されている船員の国籍は下図の通りである。日本の海運は人的には96.2%を外国人に依存している。とりわけフィリピン人には71.5%も依存している。

船員は職員(専門職)と部員(単純労働)に大別される。日本の海運会社は,1960年代後半から労働賃金を勘案して,船内単純労働に従事する部員を外国人に置換せしめてきたが,1990年代初頭から,職員についても,下級の職員から徐々に外国人に置換するようになった。職員についての外国人船員の登用は,下級の職員については,労働賃金の低さという理由もあるが,船長・機関長といった職位でも外国人船員が登用されるようになったのは,2000年頃になると,日本人で商船大学・商船高専を卒業して,船員になろうとする若者がそもそも少なくなったことが,最大の理由となって今に到る。

日本の海運会社は,ちょうど1990年代初頭から,フィリピンにフィリピン側パートナーとの共同で,専修学校レベル以上の船員養成学校を自営するようになっている。日本郵船株式会社並びに株式会社商船三井に至っては,フィリピン高等教育庁から学士号を付与する大学として認可を受けた私立商船大学を擁するに至った[6]

日本籍船に外国人船員を乗せる,乗せないという問題は,法制の問題ではなく労使合意の問題に過ぎない。したがって,日本籍船といえども,その「船員の全てが外国人(全乗)」という船舶も,今では珍しくなくなった。

日本の大手船会社の船員(職員)採用は,今日では,日本の商船大学・商船高専,フィリピンにおける自社の船員養成学校,一般大学卒(いわゆる自社養成)がほぼ,1/3ずつとなっている。

6 トン数標準税制

外航海運に関しては,海運国ではトン数標準税制を用意することが一般的である。トン数標準税制は,法人所得の多寡ではなく,船会社の船の運航規模という「外形」に対して課税するという税制である。その背景は,海運市況が大きく乱高下することにある。外形課税であれば,市況の変動があろうとも,企業は船隊規模に応じて納税することになるが,その納税額は安定する。裏を返せば,好況の時に法人所得に比例しない課税だから,このタイミングで資本蓄積を進めて,市況が暗転したときに備えさせるということにある。他方,外形課税であるから,法人所得が赤字となっても,納税が必要となる。

トン数標準税制は,日本においても海上運送法38条によって制度導入がなされている。しかし,日本においては,諸外国と異なるところがある[7]。第1にトン数標準税制の対象となる船会社の船隊とは,全ての運航船ではなく日本船舶と準日本船舶に限られる(租税特別措置法(昭和32年法律26号)59条の2)

第2にトン数標準税制の適用を求める船会社には,その引き換えに,船会社に日本籍船の増加,日本人船員の雇用の増加を,日本政府が求め,その目標達成を監視する(同35条3項5号/38条)。諸外国のように無条件のトン数標準税制の適用ということにはならないのである[8]。これは政府の論理からすれば,船会社に税制上の優遇をするのだから,日本籍船を増やし,日本人船員を増やせということである。日本人の若者が船員になりたがらないことは前述(5.))の通りである。船の建造は,荷況の見通しに左右される事も,既に述べた(4.4))。

裏を返せば,日本人船員の雇用の増加・日本籍船の増加という義務を課されることを望まない船会社は,トン数標準税制の適用を求めない。実際のところ,トン数標準税制の適用となっている船会社は,6社に過ぎない[9]

このことは,日本が,世界2位の商船隊を擁する海運大国でありながら,税制面では,他の海運国の企業に比べて,日本の船会社は不利にあるということの,1つの証である[9]。さらにいえば,企業への法人税への課税は,タクスヘイブン対策税制の発動(例えば便宜置籍船の所有によって,船籍国から海外収入への非課税措置を受けることへの日本政府の対処)を除けば,基本的には,日本の船会社(親会社)単体で,納税するのである。他方で,日本の船会社の収益は,徐々に連結子会社・連結関係会社からの収益が増える事を意味することは,先に述べた通りである(4.3))。

ということは,純然たる経済計算だけを考えると,法人としての国籍に日本を選択し続けるべきなのか,という思考が,船会社の経営者の中に芽生えても不思議ではない。

7 日系海運会社の近未来 - むすびにかえて -

日本の海運会社(オペレーター)の中には,シンガポール会社法に基づき実体のある船会社をシンガポールに設立した企業も現れた。日本郵船株式会社・株式会社商船三井・川崎汽船株式会社(以下,「邦船3社」)のコンテナ船部門を統合した新会社Ocean Network Express Pte.Ltd.が該当する。この企業は,東京に設立されたオーシャンネットワークエクスプレスホールディングス株式会社(以下「持株会社」)が100%所有し,邦船3社が,この持株会社の株主となっている。

言い換えれば,邦船3社は,コンテナ船事業に関しては,コンテナ船を海外のオペレーターに定期用船する以外は,利益配当を期待するだけの無機能資本家に純化したということもできる。

海外の現地法人に営業やオペレーションが完全に移管された事業部門は,石油製品タンカーやケミカルタンカーといった分野も,既に存在する。日系の船会社が,日系といわれる所以は,いずれ企業の歴史的起源という追憶だけで説明される時代が到来するであろう。