公益財団法人日本国際フォーラム

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「ユーラシア・ダイナミズムと日本外交」研究会

このほど、当フォーラムが令和2年度より実施している研究事業「『多元的グローバリズム』時代の世界の多極化と日本の総合外交戦略」の分科会「ユーラシア・ダイナミズムと日本外交」の一環として、初年度の成果を発信する機会としてZoomウェビナー「ユーラシア・ダイナミズムの現状と日本外交の展望」を下記1.~3.の通り開催したところ、その主な議論概要は、下記4.のとおり。

  1. 日 時:2021年4月5日(月)18:00-20:00
  2. 開催形式:Zoomウェビナーによるオンライン配信
  3. プログラム:

    議長(報告含む)

    「ユーラシア・ダイナミズムと
    日本外交」
    渡邊 啓貴 日本国際フォーラム上席研究員 /
    帝京大学教授

    報告

    「第2次ナゴルノ・カラバフ紛争」 廣瀬 陽子 慶應義塾大学教授
    「ユーラシア・ダイナミズムと
    米国外交」
    杉田 弘毅 共同通信特別編集委員
    「ロシアと中国の地域主義から
    再考する勢力圏・影響圏」
    宇山 智彦 北海道大学教授
    「現代ロシアの軍事戦略」 小泉 悠 東京大学先端科学技術研究センター
    特任助教
    「新型コロナをめぐる国際政治」 詫摩 佳代 東京都立大学教授
    「サイバーグレートゲームと
    二つのハートランド」
    土屋 大洋 慶應義塾大学教授
    「ユーラシア政治学と中国」 三船 恵美 駒澤大学教授

    質疑応答、討論

    総括

  4. 報告概要

「ユーラシア・ダイナミズムの現状と日本外交の展望」は渡辺繭理事長からの挨拶によって始められ、その主な議論概要については、次のとおりであった。

(1)渡邊啓貴 当フォーラム上席研究員/帝京大学教授

現在の国際社会におけるユーラシア・ダイナミズムとは、米中対立や二極対立と言われる状況と裏腹の関係にある。日本は日米外交重視という戦後一貫したリアリズムに依拠した外交選択を最優先しており、それは1つの選択として国民の多くが支持している。しかし、新冷戦のような状態の継続は本来我々にも良いことではないとすれば、インド・ヨーロッパも含むユーラシアを考えた際、どういう選択肢や立ち位置があり得るかを考えるべきであろう。本研究会では、ユーラシアのダイナミズムについて、それぞれの関係を議論し、勢力圏の狭間にある国に日本がどうコミットできるかを話してきた。大きなアクターは中国であるため対中認識や対中外交が自ずと問題となる。

その上で、ヨーロッパにも注目すると、最近、英国は空母をインド太平洋に、ドイツはフリゲート艦を派遣することになり、フランスはもともとニューカレドニアに基地を持つなど積極的である。そこには戦略的発想がある。英国はブレグジットで欧州と一線を画すことになり、グレートブリテンのような世界戦略によりインド太平洋の重要性が増した。そして中国とインド太平洋に対するパワーシフトは仏独も共有している。方針の急変というより、世界観が広がり傍観者でいることはもうできないという関心ゆえの選択である。現在EUでは独仏に英国とオランダも加わり、欧州の世界戦略に向けた広がりが見られる。論点は中国への対応である。英国は日米と共に中国を脅威と見做すが、ドイツは中国を敵視せず中国を含めたインド太平洋を強調する。フランスも中国を敵視しないが、軍事戦略上の理由でドイツより敏感である。欧州主要国間でも対中認識、インド太平洋の位置づけが多少違う。英国は大英帝国、英連邦の歴史的背景ゆえに広い枠組みを持ち、EU離脱後はグレートブリテン構想も出し、その一環で捉えている。ただ、インド太平洋と接する全ての地域、ユーラシアの多くの国が含まれる点は日本の見方と異なる。ドイツの文書曰く、米中対立という新冷戦に巻き込まれたくないという主張が主流で、背景には多極的世界観がある。これを最も強く主張するのがフランスで、戦略的自立という言葉を、環境やデジタルの問題を含む広義で使い始めている。その際、中露との関係、インドを含むユーラシア全体との関係に注目している。

そのような状況で、中露、中央アジア、南コーカサスの立場から、世界全体での位置づけ、中国との関りや、サイバーや情報戦や感染症などのグローバルイシューに向けた中国やユーラシア内でのライバリティなどは、今後の日本とユーラシア諸国との関係においてヒントになるであろう。ユーラシアに関して日本ではシーパワーに偏りがちの議論が多いが、ランドパワーを含めた議論をしていきたい。

(2)三船恵美 駒澤大学教授

反中・嫌中でも親中でもない立場から現在のユーラシア地政学における中国外交を分析する前提として4点挙げる。第一に、習近平の演説以降重要概念となった「人類運命共同体」とは、自由民主主義ではない国家体制も尊重される世界観で、パクス・シニカによる国際秩序再建のヴィジョンである。第二に、「一帯一路」とは、中国主導の人類運命共同体(パクス・シニカ)構築のための勢力圏拡大構想で、中国の標準化を進めるツールである。中国と同じ規格のインフラを広め、将来的にデジタルシルクロードを築き北斗衛星のネットワークを構築することを目指すなど、経済・安全保障を含めた包括的戦略構想である。第三に、中国と習近平のタイムラインについて。習近平の長期政権になるであろう。2027年までに中国の台湾侵攻の可能性を懸念するのは予算がほしい軍関係者ばかりではない。米連邦議会諮問議会の先月公表の最終報告書でも、台湾が中国に吸収されることによる台湾製半導体への依存リスクが指摘された。アジアの地政学は2027年に向かって、緊張していくであろう。第四に、ユーラシア地政学を、膨張する中国と日本外交という視点から展望する。世界の国々は、中国依存型のサプライチェーンからの脱却を声にしながらも、中国の重要性と規模の大きさからも脱却はなかなか実現していない。アジアにおける米国の影響力低下に伴い、アジアの中小国は存続のためにバンドワゴンや二者択一ではなくいわゆるフィンランド化による中立を模索する可能性がある。その際ミドルパワーとしての日本には、中国からの脅威を責任転嫁、バックパッシングできるパワーが不在である。インドは責任転嫁されるバックキャッチャーにされないように、日米豪印によるQuadで慎重な姿勢を見せている。日本も米国やインドにバックキャッチャーにされないよう外交を展開しつつ、日米同盟を基軸に中国との勢力均衡策を模索する必要がある。

(3)小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター特任助教

2014年のウクライナ危機以降、欧州におけるロシアへの脅威認識が高まっている。特に今年は紛争地域ドンバス周辺で緊張が高まり、予測不可能なエスカレーションが懸念される。ロシアは2015年にシリアに軍事介入し、地域情勢を大きく動かすプレイヤーとなり、今後の秩序を考える上で重大なファクターである。しかし、ロシアの軍事力を計量的に見ると、101万人ほどの定数を満たさず90万人ほど、または75万~80万人と言われる。北朝鮮の人民軍は100万人、中国人民解放軍は200万人、インド軍は100数十万人、米軍も180万人ほどであることを踏まえると、数の面でロシアは軍事大国ではなく、核兵器以外の兵器の性能やパイロットの平均飛行時間を見てもそうとは言えない。それなのに実際に軍事力で甚大な影響力がある理由について、ロシアの軍事思想や参謀本部内の人々の議論を検討すると、まず、彼らは軍の弱さを率直に認識し、「負けない期間を引き延ばす」方法に関心を寄せていることが分かる。通常戦争では数でも性能でも西側に劣るが、ロシアの戦争継続に重要な能力(核、指揮通信、国家指導部、味方の野戦軍)を守りつつ持てるものを全部投げつけて敵の戦力発揮を妨害する。サイバー戦、通常の戦闘、対宇宙作戦など、我々がクロスドメイン作戦、領域を横断した作戦と呼ぶものを、ロシア側は負けない為の戦略としている。敗北を避けられない場合についての議論も発展し、トランプ政権以降米国が非常に懸念して来た、核の積極使用戦略である。限定的核攻撃をなるべく損害が出ない形で行うことで、敵にそれ以上攻撃をさせない。つまり、全面核戦争に至らぬ内に戦闘継続のデメリットを相手に理解させようとする。これが2000年代くらいの主流な議論であった。最近は、非核の巡航ミサイルなどで警告を与えることに注力しており、近々、極東でも精密誘導兵器や極超音速ミサイルを配備するであろう。これは日本が対露の防衛を考える上で重要な視点であり、正面戦力では米国に劣るにせよそれなりのものを持っているというロシアの能力は、中国やイランに対する戦略を考える際の参考になる。また、ハイレベルの戦争をしても簡単に負けない能力ゆえに、ウクライナで行ったような介入をしてもそう簡単に米国は実力で阻止してこない。またはシリアで行ったような民兵や民間軍事会社を大量に投入する紛争をしても、簡単に軍事介入されないという目論見に繋がっている。古典的な戦争で負けない能力が低強度紛争を支えている。

(4)宇山智彦 北海道大学教授

中小国目線で見た世界秩序、国際関係という視点から、ロシアと中国の勢力や影響力をどう考えるか。古典的な地政学のランドパワー、シーパワー、ハートランド、リムランドという概念の学問的有効性は疑わしい。批判地政学の視点は有益だが、政策志向的な研究のためには別の角度からの再考も必要である。

あらゆる国が関係を結ぶ現在、独占的・排他的勢力圏は実際には形成されていない。中露主導の地域主義的動きは勢力圏形成の意図を含んでいるが、実態としては新しい地域主義、つまり、多極的世界やグローバル化の文脈で、多様なメンバーで開かれた協力の形を作ろうとするものになっている。これは中露が中小国との二国間ではしばしば強圧的でも、多国間では欧米中心の国際秩序の独善性を批判する姿勢ゆえに新しい地域主義的な建前を重視するからである。ロシア主導の地域協力は主に旧ソ連諸国間の関係強化を目指すが、旧ソ連内でも親欧米的な国々は取り込めず、元来親露的で欧米の影響が限定的である国だけが協力している。しかしそれらの国も簡単にロシアに従うわけではなく、対等性を原則とせざるを得ない。また、反米的と言われがちな中国の上海協力機構も、新しい地域主義的な組織である。これが停滞した時期に提唱されたのが一帯一路で、中国の大国外交路線に位置づけられるが、話が大きくなりすぎて拡散し、地理的勢力圏にはならずに、むしろ地域を形成せず二国間関係の束を拡大している。これは、グローバルパワーになろうとする中国の野心が地域主義の殻を破って世界に広がっているとも言えるが、同時に、中国は反発を買いやすい国なので、特定の地域で影響力を安定的に維持できていないとも言える。

ただし、地域的な組織以外の形での中露の影響力は無視できない。ロシアは旧ソ連地域の殆どにおいて存在感が大きい。また、中東諸国に対しては非常に巧みな外交力を発揮している。軍事力や天然資源に由来する国力、いくつかの地域に対する活発な関与、一定の地域やカテゴリーの人に広がる共感により、関与圏や共感圏を獲得している。一方、中国は経済を中心に多数の国に積極的に関与するが、努力に見合った親近感・共感を世界に広げているとは言い難い。しかし、中国が米国やその同盟国に対抗する際には、支持する国も少なくない。米国は長年の超大国として比較的安定した勢力圏・影響圏を維持するが、独善的行動への反発や同盟国以外との心理的距離感があるため、中露に支持拡大の余地を与えている。

日本は米中露のような大国ではないので勢力圏形成は現実的ではない。米英などと連携して中国に対する備えを強化することは必要だが、その他の世界各国との関係を考える際、米欧中心の世界秩序が善で、それを脅かす中国は悪という価値観が必ずしも共有されているわけではないと認識する必要がある。日本は歴史的に欧米との協調とアジアへの関与という2路線で、特に戦後は旧敗戦国の遺産克服のために、アジアを中心に多くの国と友好関係を結び、経済協力を通じて建設的な関与を行った。しかし、近年はその関与が伸び悩み、経済・技術面での優位性も自明ではない。今後は、文化や民主主義における模範としての力の維持・向上に努めながら、多くの国に建設的な関与をすべきである。ユーラシアに対しては、ある程度認識を共有できる国の間で成り立つインド太平洋戦略と、そうではない国々を含む、アジア外交の歴史的経験を生かして地域の実情やニーズに合わせたユーラシア外交とを、使い分ける必要があろう。

(5)廣瀬陽子 慶應義塾大学教授

昨年ナゴルノ・カラバフ紛争が再燃した。大規模な紛争としては2回目で、1回目はソ連末期に始まった。アゼルバイジャンに、アルメニア人が多く居住するナゴルノ・カラバフという地域があり、アルメニア人がアルメニア本国との統合や独立を目指す過程でアゼルバイジャンと紛争になった。1994年の停戦後もアゼルバイジャン内のアルメニア系住民が、アゼルバイジャン領の約20%を占拠し続け、小競り合いが度々起きていた。重要な地点として、州都ステパナケルトや、アルメニアからステパナケルトへの道にあるシュシャがある。シュシャはナゴルノ・カラバフの補給路であるとともに、ステパナケルトを見下す立地にあり、制圧されたらアルメニアに勝ち目はない。同時にアゼルバイジャン人の心の故地でもあり、様々な意味でアゼルバイジャンはシュシャを奪取したい。また、アゼルバイジャン領のラチンにはアルメニアからナゴルノ・カラバフへ行くための回廊がある。

第二次紛争の背景には、新型コロナウイルス問題による社会不安、アゼルバイジャンにおけるアルメニアのパシニャン首相への鬱積、トルコの支援、ロシア・ファクター、ベラルーシの抗議運動、新型コロナウイルス問題と米大統領選挙による欧米の混乱がある。

第一次紛争と第二次紛争の違いとしては、まず、地域大国の関わり方が異なっていた。第二次においては、ロシアは中立、イランは公的にはアゼルバイジャンを支援、トルコは軍事的にアゼルバイジャンを全面支援した。また、紛争の性質は現代戦に変容した。各種軍用無人機(UAV)が用いられ、サイバー攻撃も多数展開され、両国が様々な情報工作をし、自国には情報統制をし、SNSでもフェイクの動画やニュースが飛び交った。

11月10日に突然完全停戦を迎えた。11月9日にアゼルバイジャンがシュシャを制圧、また、アゼルバイジャンがアルメニア領内でロシア軍ヘリを誤射したため、アゼルバイジャンはロシアの平和維持軍付きの停戦パターンを飲まざるを得なくなった。停戦内容として、ナゴルノ・カラバフの約6割がアルメニアに、残りの領土および緩衝地帯はアゼルバイジャンに戻された。領土が縮小したナゴルノ・カラバフにはロシア軍が平和維持に入る。また、シュシャを通る道路に代わってアゼルバイジャン領を通る新たな補給路を作る。その代わりにアルメニアはアゼルバイジャンの本土と飛び地ナヒチェバンを結ぶ回廊を渡す。これにより、ナヒチェバンと地続きのトルコは、アゼルバイジャンとカスピ海を経由して中央アジアに繋がる。

アゼルバイジャンの指導部にとって今回の圧倒的勝利は最善の結果であった。権威主義体制は隣国と軋轢があれば国民の不満を振り向けられるため、完全な問題解決は望まない。ゆえに、問題を残しつつシュシャなど重要地域を奪還できたのは良かった。また、旧ソ連でのプレゼンス向上により、トルクメニスタンと長年係争地であった油田の問題が共同開発ということで解決、アフガニスタンを通る回廊計画も現実的になった。一方、アルメニアは厳しい状況で内政も混乱している。ロシアは平和維持軍を置くことができたが、費用の負担がある。他方、トルコは不利益を殆ど被らず、中央アジアへの地域的な影響力を得た上に、ウクライナなど多くの国がトルコとの軍事協力を強めたりトルコからUAVを購入したりしている。

戦争で取られた領土を戦争で取り戻すという非現代的結果が受け入れられていることは問題であり、このような方法が一般化することを防ぐべきである。また、勢力地図への大きな影響が出たので今後注意深く見守る必要がある。更に、難民・避難民の問題、死傷者と遺族・家族への補償とケア、文化・建造物の問題など課題も多く、何より、ナゴルノ・カラバフの地位が先送りされ、戦争の火種が残ったことは重く認識されるべきである。早期に国際社会、地域大国がコミットして双方の合意点を見出し、問題の完全解決を成し遂げる必要がある。

(6)杉田弘毅 共同通信特別編集委員

米国の外交には、ユーラシアで起きているダイナミズムへの認識の遅れがある。冷戦時代はユーラシア内部の対立が激しかったので、主要国とのバイの関係で対応できた。オバマ元大統領が中東への関与を進言した補佐官に、中東の部族的な争いに関わらない方がいいと言ったが、これは価値観が大きく異なる地域は遠くから見守るべきという典型的な米国の対ユーラシア認識である。それでも色々な事象に関与するが、冷戦期、ソ連のアフガン侵攻、湾岸戦争、9.11、イラク戦争、クリミア戦争、今の中国の問題、いずれも状況対応的で長続きせず目的も成果も不明である。米国内でもユーラシアのダイナミズムへの軽視に警鐘を鳴らす議論はあるが、政策には結び付いていない。現在のユーラシア対応を象徴する2つのことがある。第一に、3月末に発表された、中国とイランの25年間の経済安全保障合意への対応である。これはユーラシアにブロックができる懸念となるが、米国の対応として、イランへの制裁、中国への政策は変わらない。第二に、ロシアからドイツへの天然ガスの輸送パイプライン建設に対して制裁を発動するか否かについての対応は議会主導で、これも長期的戦略というより状況対応的である。

ユーラシア側にもダイナミズムと表現されるような動きはあるが、中露の首脳がブロックにならないと常々言っているし、イランではイランを中国に売り渡すのかという民族主義的反発がある。ダイナミズムは複合的な要素で動いており、米国が関与し得る3つのアプローチがある。第一に、経済安全保障的アプローチで、強制行動としての金融制裁、代替措置としてのサプライチェーン、先端技術を巡るデカップリングなどである。第二に、軍事安全保障的アプローチは勢力均衡型で、インド太平洋、Quad、NATOの立て直し、サウジとの関係維持などである。第三に、バイデン政権が打ち出す、民主主義対専制主義という価値観のアプローチである。価値観は、ユーラシア側にある対米関係断絶への躊躇いの中の要素である。また、行政府は受動的でも議会は積極的で、制裁関連の法律をどんどん作りホワイトハウスを縛っていくなど、漸くユーラシアの動きに気付いて巻き返しつつある。

日本は米国以上に状況対応型にしかなり得ないが、ユーラシアのダイナミズムの勢いの中、状況対応的抑止のアプローチで日本の国益が叶うか否かは問題である。米国か中国かという考え方を越えた議論が必要で、また、日本の価値観の問題を、ウイグルなど様々なイシューにどうはめ込むかが課題である。

(7)土屋大洋 慶應義塾大学教授

ユーラシアとサイバーとの接点をお話しする。グレートゲームとは、ラドヤード・キプリングが小説『少年キム』の中で示した言葉であり、大英帝国と帝政ロシアのインテリジェンス活動にキム少年が巻き込まれていく話である。それが地政学に受け継がれた。当時、陸の勢力・帝政ロシアに対抗していたのが海の勢力・大英帝国であった。1904年に日露戦争が起きるなどロシアの拡張が英国に懸念された。後に、ソ連は実際にアフガニスタンにまで来た。ハートランドの重要性が議論されたが、現代においてはリムランドこそが重要であるという議論が出て来た。一方、サイバースペースはどうか。ユーラシアの国々がサイバー攻撃をしている。リムランドでネットワークが厚く引かれている。トランプ大統領が当選した2016年の大統領選挙にロシアが介入したと言われ、米国防省は事前に仮想敵国のネットワークに侵入してサイバー攻撃を阻止し始めた。昨年の大統領選でも米国のサイバー軍が阻止したものの介入があったと見られる。米中間にも問題があり、サプライチェーン問題を背後に、2018年12月にファーウェイの創業者の娘がカナダで逮捕されるなどサイバーが大きな問題になっている。近年は米国・香港間に引かれるはずだった海底ケーブルが阻止された。海底ケーブルは日米欧の3社が9割以上を占めるが、中国のHMNテック(元ファーウェイ)がシェアを拡大しようとしていると言われている。2020年8月にはポンペオ国務長官がクリーン・ネットワーク計画として中国排除の動きを鮮明化した。バイデン政権でも類似の政策は続いている。

このようなサイバーグレートゲームにおけるハートランドはデータセンターと認知スペースである。我々の金融資産は硬貨や紙幣ではなくデジタル化したデータになっており、それがデータセンターに収められている。まずはこれをサイバー攻撃から守らなければならない。そして、我々が何を常識とするかが外国勢力によってかき乱される事態が起きており、それは我々の認知スペースが攻撃されていることを意味する。今使っているIT機器やインフラはそうしたデータセンターや我々の認知スペースにつながるアクセス路であり、この防衛が課題である。

(8)詫摩佳代 東京都立大学教授

保健協力は歴史的に国家間の協力が進み易い分野であったが、新型コロナに関しては、トランプ大統領が新型コロナを武漢ウイルスと呼んだり、WHOを脱退したりと、米中対立が激化し、国際協調を重視するバイデン政権発足後も改善されていない。武漢での発生源調査の報告書が先日発表された直後には、日米など14の国々が報告書の遅れと調査の透明性について訴えた。

冷戦後の感染症は、人間の健康を害する公衆衛生上の危機に留まらず、経済や防衛など広域に影響するグローバルな危機となったため、感染症対応は政治と切り離せない。2000年以降はサミットでも国連安保理でも感染症は安全保障として対応された。グローバルに利害が絡み合い国家間の協力が難航する。客観的に見れば協力した方が互いに利益を高め合えるのに、自国第一で対立の方が顕在化している現状には複数の要因が影響し合っている。要因は第一に、新型コロナが始まった頃既に米中が史上最悪な関係にあったこと、また、国際保健の分野を率いて来た米国で自国第一主義のトランプ大統領が現れたことなど、国際政治上の要因である。第二に、WHOに強制力がないことなど以前の構造的問題を含むグローバル保健ガバナンス上の要因である。第三に、状況評価や行動指針の提示をすべきWHOが初動の対応で躓いて不信が生まれその後の勧告が順守されなかったという国際機構としての問題である。

コロナを巡る米中対立の解決の見通しは立たないが、目前にあるパンデミックを収束に導き、次に必ずやって来るパンデミックに備えるという課題がある。WHOの制度改革など国際社会で物事を進めるためには加盟国の積極的関与が不可欠である。米中対立の煽りを受けることは否めない中でも前進するためには、保健協力への政治的影響を抑えるための体制の確保が重要である。財政面で米国など特定少数者に依拠する体制の見直しや、強制力の問題に関する米中の交渉において日本や欧州が仲介的な役割を果たすなどの方法が現実的である。

以上、文責在事務局