公益財団法人日本国際フォーラム

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「『自由で開かれたインド太平洋』時代の チャイナ・リスクとチャイナ・オポチュニティ」研究会

当フォーラムの実施する「『自由で開かれたインド太平洋』時代のチャイナ・リスクとチャイナ・オポチュニティ」研究会内、日米班の第1回定例研究会合が、 下記1.~3.の日時、場所、出席者にて開催されたところ、その議論概要は下記4.のとおり。

  1. 日 時:2021年7月5日(月)20:00-21:30
  2. 場 所:オンライン形式
  3. 出席者
    [主査/班長/司会] 神谷 万丈 JFIR副理事長/防衛大学校教授
    [メンバー] 小谷 哲男 明海大学教授
    佐橋 亮 東京大学准教授
    中西 寛 京都大学教授
    森 聡 法政大学教授
    [JRSP] 石田 智範 防衛研究所研究員
    越野 結花 国際戦略研究所(IISS)研究員
    中村 長史 東京大学特任助教
    村野 将 ハドソン研究所研究員
    [他班オブザーバー] 合六  強 二松学舎大専任講師
    中村 優介 慶應義塾大学助教
    [JFIR] 伊藤和歌子 研究主幹
    鎌江 一平 主任研究員
    佐藤 光 特別研究員
    岩間 慶乃亮 特任研究助手
    大林 健司マテイ 特任研究助手
    田辺 アリンソヴグラン 特任研究助手
    矢部 美咲 特任研究助手
    [外務省オブザーバー] 3名 (五十音順)
  4. 議論概要

冒頭、神谷主査・班長から本研究会の主旨について説明が行われた後、村野将メンバーによる報告および質疑応答、意見交換が行われたところ、報告概要はつぎのとおり。

(1) 村野メンバーによる報告「バイデン政権における国防・対中政策見直しの動向」

イ) バイデン政権における国防政策の見直し

米国の安全保障・国防政策の見直しに関連するものとして、①大統領の就任ごとに見直されるものと、②その時々の情勢に合わせて変更するものの2種類があるが、その最も上位にあるのが国家安全保障戦略(NSS)である。NSSはNSCにより作成され、大統領によって議会に報告される。法律上、NSSは新大統領就任の150日以内に議会に提出することが義務付けられているが、これまで必ずしも期限内に提出された訳ではない。ただし、今回のバイデン政権では、発足からわずか1ヶ月ほどという異例の早さで暫定版(INSSG)が策定された。

ロ) バイデン政権のNSSの特徴

正式版のNSSは年内に改めて策定される予定だが、既にINSSGは事実上のNSSとして扱われている。バイデン政権下のNSSの特徴として、まず「中間層のための外交」が挙げられる。この背景として、米国が国際社会で指導的影響力や優位を維持すべきであり、そのためには米国の強さと活力の源泉である国内の中間層(労働者)が豊かであることが不可欠である、という問題意識がある。またもう一つの特徴として、「国内政策との一体性・NSCによる戦略の主導」が顕著である。バイデン政権のNSSにおいて、外交政策と国内政策、国家・経済・衛生・環境等の安全保障との区別が意味をなさなくなっている点が指摘されている。また、安全保障を確保する手段として軍の役割も相対化されている。本来、NSSは関係官庁との密接な連携を経て作成されるが、INSSGは短期間で作成されており、ここでもNSCと国務省が安全保障戦略を主導しようという意図が垣間見られる。逆に、現時点での国防省の関与は薄い。INSSGの発表と同日に行われたブリンケン国務長官の演説では、米国が直面する「8つの優先課題」が列挙されたが、優先順位付けをしたというより、全ての課題を詰め込んだというのが実態に近い。

ハ) 国家防衛戦略(NDS)見直し作業の変遷

  • ①トランプ政権:トランプ政権下では、中国・ロシアとの長期にわたる戦略的競争を最優先事項として掲げ、そのために統合軍レベルでの戦力見直しや配備体制見直しが図られた。トランプ政権下のNDSは比較的肯定的に捉えられることが多かったが、一方で朝鮮半島やイラン、米本土でのテロ攻撃等の事態に対処するうえで予算不足が指摘された。
  • ②バイデン政権:2021年5月から、国防省・各軍内でWGを作り、キャスリーン・ヒックス国防副長官らを中心に見直し作業が開始された。軍事戦略を重視していた従来の「国防」とは異なり、現政権では「統合的抑止力」において外交を重視するとともに、気候変動やバイオテクノロジーなど広範な分野に亘りながら「国防」を捉えている。また機能別の文書として、核態勢見直し(NPR)やミサイル防衛見直し(MDR)なども策定中である。

ニ) バイデン政権のNPRの方向性と注目点

NPRは本来、国防省および統合参謀本部、エネルギー省等が中心となって策定するが、バイデン政権では軍縮を望むNSCおよび国務省、プログレッシブ系の政府外組織の影響力が大きくなる可能性がある。バイデン政権のNPRでは、「戦略的安定性」概念を強調し、危機や紛争における誤算のリスクを低減することが中心となっている。戦略的安定性においては二国間の国家間関係の安定が重視され、安定した関係を確保するためのすべての要素(宇宙・サイバー・情報・AI)を取り込んで政策見直しを行っている。また、トランプ政権時の核政策を否定しようとするモメンタムが働き、核の役割低減を目的とした見直しが進められている。

ホ) 文書枠組み外の政策見直し

国防省において対中政策見直し (China Task Force)も進められ、同盟国・パートナーとのネットワークの活性化や新しい作戦構想、新たな能力、近代化された軍民の能力開発に対して指示が出されている。また、世界規模での米軍の態勢見直し(GPR)も行われているが、中東からの兵力削減と予算とのバランスを考えた場合、実際にはそれほど大きな変更はなされない可能性もある。対中国が最重要であるものの、欧州における対ロ抑止なども考慮すると、どの程度の兵力をインド太平洋地域に向けられるかは不透明である。

ヘ) 太平洋抑止イニシアティブ(PDI)

PDIは「欧州抑止イニシアティブ」をモデルに国防権限法に基づき策定されたものであり、事実上「中国向け」に組まれた予算である。その用途を決めるのは基本的に軍であり、インド太平洋軍の主な要求項目として、統合軍の戦闘力強化、戦力設計、同盟国・パートナーの強化、演習・実験・イノベーション、兵站・安全に関する機能増強などがある。また、今年度予算が51億ドルまで倍増しており、米国の対中意識の高まりとして日本国内において好意的に捉えられた。しかし、長期的な研究開発重視の国防省と早期の戦闘力強化重視のインド太平洋軍とで優先順位にギャップが見られ、混乱も生じている。このようなギャップの背景として、台湾有事に対する米軍内での認識の差などが挙げられる。

ト) 今後の日本への含意と課題

戦略環境全体としてみれば、日本の国家安全保障戦略は2013年から変更されておらず、防衛大綱や中期防の見直し時期も含めて新たな戦略を考える必要がある。次回の総選挙に向けた自民党の公約として「防衛予算の増額」が掲げられているが、増額を含む防衛費の見直しは重要である一方、コロナ禍で経済低迷が指摘されるなかで防衛予算の増額が認められるかは疑問である。そのため、見直は時期的に容易ではない。さらに、海兵隊も含む在日米軍の意義や位置づけの再定義、さらにはホストネーション・サポートの見直しなども重要である。一方、バイデン政権固有の課題としては、リソースが制約されるなかで幅広い関心事項をどこまで実行できるか不透明である。また、核の役割を低減させたいと考えている政権と、どのようなコミュニケーションをとるのかも重要である。バイデン政権において気候変動問題などの米国の直面する課題と安全保障が多元的にリンクするなかで、日本が今後どのように戦略や大綱を策定するのかが問われる。

以上、文責在事務局