当フォーラムの「海洋世論の創出」研究会(主査:伊藤剛当フォーラム上席研究員・明治大学教授)は、さる12月18日、定例研究会合をオンライン開催した。講師として招いた佐藤考一桜美林大学教授より、「南シナ海紛争の現状とアメリカ・日本」と題して報告を受けたところ、その概要は以下のとおりである。
- 日 時:2020年12月18日(月)16:00-18:00
- 場 所:Zoomによるオンライン会合
- 出席者:
[主 査] 伊藤 剛 JFIR上席研究員/明治大学教授 [顧 問] 坂元 茂樹 同志社大学教授 [メンバー] 石川 智士 東海大学教授 合田 浩之 東海大学教授 鎌江 一平 明治大学国際関係研究所研究員 小森 雄太 笹川平和財団海洋政策研究所研究員 西谷 真規子 神戸大学教授 山田 吉彦 東海大学教授 渡邉 敦 笹川平和財団海洋政策研究所主任研究員 渡辺 紫乃 上智大学教授 (五十音順) [報告者] 佐藤 考一 桜美林大学教授 [JFIR] 渡辺 まゆ 理事長 菊池 誉名 理事・主任研究員 ほかゲストなど多数 - 協議概要
(1)佐藤考一・桜美林大学教授による報告概要
中国は、漁業資源・エネルギー資源・戦略潜水艦の活動上の必要から南シナ海に進出している。漁業資源に関して言えば、南シナ海で毎年1千万トンほどの水揚げがあるが、中国において最大の水揚げは南シナ海ではなく東シナ海である。南シナ海のエネルギー資源に関して言えば、石油および天然ガス資源量に関する中国の見積もりと米国の見積もりとの間には約20倍の差があり、明確な数値は明らかでないが、大きな数値を掲げている中国側のデータを挙げるなら、最大2200億バレルの原油と2000兆立方フィートの天然ガスがあることになっている [1]。また、南シナ海進出の背景として対米核抑止(戦略潜水艦の活動)の必要性もあり、南シナ海は深度のある海域であるため中国の戦略原潜にとって重要である。中国の政策は、宣戦布告なくこれらのものを得ようとする膨張政策と言える。南シナ海で起きている事象はいずれ東シナ海でも起こり得ることに注意すべきである。
南シナ海紛争の現状として、2009年頃から8つの島礁を埋立て、3か所に滑走路を建設しているが、地耐力の問題などと推定される理由から埋立てを中止した島礁もある。台湾やASEAN諸国もそれぞれが支配する島礁に滑走路を建設している。スカボロー礁に関して言えば、中国の埋め立て計画に対してオバマ大統領が警告を示した(Obama’s Redline)との報道もあり、現状埋立てを行っていない。中国海軍はスプラトリー諸島の南端のジェームズ暗礁等でも演習を行っている。また、パラセル諸島などに地対空ミサイルを設置するとともに、中国本土から対艦弾道ミサイルを発射するなどし、海軍艦隊と組み合わせて運用し始めている(J・ホームズのいう要塞艦隊的な運用) [2]中国海警は、島礁の警備と、中国の資源開発探査船や漁船の護衛、ASEAN諸国の資源開発の妨害などを行っているが、3分局から6分局に拡大したように見える [3]。また、海上民兵の漁船も多く(サイズ平均550t)、それらは島礁の周辺で活動し、周辺海域の偵察やASEAN諸国の漁船の操業に圧力をかけている。ASEAN諸国の海上法執行機関の船艇も活動しているものの、中国海警より小型なため対抗ができておらず、場合によってフリゲート艦やコルベット艦等の軍艦で対抗している。米国海軍はFONOPを実施するとともに、単独演習や日米豪の合同演習を実施している。しかし、こうした各国の行動の活発化で、サンゴ環礁での座礁事件も増えている。また、中国が海南島に潜水艦の海底基地を2008年に建設し、運用していることも明らかになっている。
ASEANの会議外交に関して言えば、東南アジア友好協力条約(TAC)の高等評議会による紛争解決メカニズムは機能しておらず、中国は会議外交の政策決定方式の特徴である全会一致制を利用して、自国に不利な政策決定を、中国寄りのカンボジア・ラオスを使って阻むなどして行動規範の無力化を狙っている。2016年の仲裁裁判所の裁定はフィリピン側の勝利であったが、その後のフィリピン側の対応は中国に接近したり離れたりするなど揺らいでいる。他のASEAN諸国においては、ベトナムが南シナ海問題で中国に抵抗しているが、陸上国境やトンキン湾の国境線に影響しないような対応をしている。マレーシアは、海において中国と対立しても経済協力を進めるなどしたたかな外交を行っている。フィリピンは、中国との間で天然ガス田に関して共同開発の可能性を示している。これがまとまった場合、中比の共同開発を護衛することを口実に、中国海警船艇や海上民兵の乗った中国漁船が、大手を振って共同開発海域に入ってくる可能性がある。そうなると、競合するベトナムの権益は無視されることになる。そうなるとASEAN諸国の外交は、親米・親中に二極化する可能性がある。
米軍の軍事戦略に関して言えば、2007年に協調的戦略として、南シナ海に限らず海軍・海兵隊・沿岸警備隊を合同で動かすことで国防と法執行とを連携させようとした(テロ・海賊対策・環境問題)。現在の米国とASEANとの間の海上演習(maritime exercise)もこうした発想のもとで行われている。また米軍は、2018年に紛争への対応として競争継続概念を導入している(対中国) [4]。さらにインド・太平洋の大国間競争などへ対応することを目的に海兵隊を再編し、強化しようとしている。こうした背景のもと、日本政府も、日米豪印の協力や、海上自衛隊および海上保安庁の外洋への展開を進めている。
公海航行の自由は、もしこれを定期的に行使しなければ通行権は効力を失する。航行の自由作戦をやめた場合、中国がセルデンの亡霊を甦らせることになる。また、海の予防外交(予防展開)を実施するべきであり、南シナ海での合同演習やFONOPへの参加、海洋状況認識(MSA)の強化が必要である。日本は、ASEANとの協力の一環として、ASEANに海洋安全保障情報共有センターを設立すべきである [5]。
(2)自由討議
佐藤考一教授の報告を受け、参加者との間で、以下のような協議が行われた。
参加者:海警も含め、中国の艦艇の能力向上をどう捉えているか。中国の地理的・機能的拡大に対し、現状を維持するためには既存の枠組みだけでは困難となっている。長期的にみて中国の進出が進んでいることを考えると、日米豪印の協力、またASEANを交えた形での国際協力をどのように進めるべきか。海洋安全保障情報共有センターのように幅広く海の情報の共有が必要であるなか、少なくとも南シナ海の現状を知らせていくことが重要である。
佐藤教授:中国は船を作る能力を十分に持っており、技術的にもソ連のノウハウを吸収してきたことから量だけでなく質でも良い部分がある。ただし、それは、ソ連が教えた以上の技術ではないということだ。また、ソ連から得られなかった技術もあり、特に装備の材質について課題が残っているようだ。問題は、日本から技術が流出していないかどうかであり、技術流出の防止を重視する必要がある。現状、海警の艦艇は海保の艦艇よりもスピードは出ないが、海外からエンジンを購入している点など注視する必要がある。海保は、国防と法執行をこれまで分離させて、法執行のみを分担してきたが、今後対応は難しくなるだろう。日本の法執行機関の在り方も今後変えていく必要がある。この点に関して日米間で大きな問題はないが、ASEAN諸国がこうしたシーマンシップの変化をきちんと受け止めてくれるかが重要である。
参加者:今後バイデン政権になった際に、米国の南シナ海へのコミットメントで変わるものと継続するものは何か。また、尖閣に関して、中国が核心的利益と明言したという意見と明言していないという意見とがあるが、どう考えているか。
佐藤教授:バイデン政権に関して、オバマ政権の南シナ海政策とつながる面はあるだろう。具体的に言えば、戦争につながるようなギャンブルはしないが、航行の自由作戦は継続するだろう。中国に対しては説得と盾で対抗する形であろう。ただし、実行する現場では中国に対して怒りもあることから、何かの拍子に衝突する可能性はある。政権が変わろうとも、現場はシーマンシップに則りこれまで通り行動するだろう。尖閣に関して言えば、中国は核心的利益に関わる問題という表現を使用した。日本の一部のメディアは、中国側が尖閣は核心的利益だと明言したと報道しているが、実際は含みのある表現である。この背景には問題を穏健に留めたいという意識が働いているが、現場が過熱した場合や現場の動きに沿って問題の意味するところが変化する可能性がある。現状、海警の統制はとれているものの、中国漁船が日本側と問題を起こした場合何か起こる場合がある。多様な要因が絡み合ってこの問題の意味合いは変わっていくだろう。
参加者:トゥバタハ岩礁で米海軍の掃海艦が座礁した4ヵ月後、フィリピン漁船が同じ場所で座礁している。その後、IMOが特別敏感海域に指定した。これに関して、フィリピン周辺における座礁事故の後、米国の掃海艦がなくなったことにより違法漁業が活発化したのかどうか、またIMOの設定した海洋保護区が機能するのかどうか。海洋状況認識(MSA)は、海洋状況把握(MDA)とは異なるものか、また中国側のMSA能力はどの程度か。
佐藤教授:IMOはそれなりに機能すると考えられるが、重要なのは珊瑚礁が生き物であり、形が変わることである。海図がいつ作成されたものなのかということに加えて、南シナ海全体で等深線をきちんと引けるように海図が作成されているのかが重要であろう。また、各国が珊瑚の成長をどのくらい意識できているのか考える必要がある。MDAに関して言えば、全体として、大きな変化があるわけではないと考えている [6] 。中国のMSA能力に関して言えば、かなりの数の衛星を活用するなど力をつけてきており、加えて中国版のシステムを構築し始めている。
参加者:中国との経済協力を重視するインドネシアやフィリピンを取り込むうえで、日本はどう対応すればよいか。王毅外相が一方的に行った尖閣諸島に対する領有権の主張に対して、日本側が適切な対応を取らなかったと報道されたが、実際の舞台裏では日本政府はどのような対応を行ったのか。バイデンが口を出さないだろうという想定のもと中国船の領海侵入が増加しているが、これに対して日本側は有効な対応策を考えているのか。
佐藤教授:インドネシアの高速鉄道の例のように、インドネシアは日本への協力を要請しながら中国からより良い条件を引き出そうとしている。ジャワの鉄道は帝国陸軍が建設した日本規格の鉄道であるため、日本が鉄道建設に協力することは難しくない。そのような場合に中国よりも適したやり方ができればよい。例えば、建設時は赤字でも、メンテナンス等で利益を出すような方法も考えられる。海外での中国の高速鉄道計画は上手くいっていないことが多く、中国がミスをした際に日本が上手く拾っていくことが重要であろう。王毅外相の発言に関して言えば、あの記者会見は中国で生放送されていたため中国国内向けであり、実際には穏健な話し合いだったようである [7]。
参加者:中国は、表向き多国間対話を重視すると主張するが、都合の悪いことに関してはバイの場で対応している。中国は、トランプからバイデンへ変わるこの4年をチャンスと捉えている可能性もある。
佐藤教授:民主党はTPPのようなメガリージョナリズムには基本的に反対であり、共和党の方が賛成であることが多かったが、トランプ政権はそれと異なる対応をした。秩序のないなかで取引を行うトランプのやり方は難しく、ある程度レジームに乗せて行う必要がある。中国がTPPに興味を示しているが、その場合米国が黙っているのか注視する必要がある。
参加者:日本は、ブルーオーシャンビジョンで海洋環境保護に関してASEANと共同で情報共有センターを作ると宣言している。海洋安全保障情報共有センターの場合、どの範囲までの情報を安全のものとして含めていくのか。こうしたセンターをASEAN+3で作っていく場合、中国は参加するのか。
佐藤教授:安全と言った場合、船の安全の問題に加えて、環境汚染に関する問題も含まれる必要がある。中国の船が外洋に出てくる背景として環境汚染が関係しており、中国沿岸部は汚染が進んでいる。そのため、汚染の問題を軽減して、水産資源を増やすという点で中国に協力を求めていくことが必要である。水産資源が減っているにもかかわらず数値上中国の漁獲量が減っていないのは、漁業海域を拡大させているからである。南シナ海において、回遊魚のなかには卵を産む海域と、獲れる海域が、別の国の管轄水域という場合がある。協力しないと資源は枯渇する。だから、中国からの協力を得るうえで、まず協力の得やすい環境問題などから始めることが重要である。安全保障分野で中国との交渉を維持し続けるうえで、環境問題のような分野が重要となる。
参加者:海洋安全保障情報共有センターに関して、ReCAAP情報共有センターを念頭に置いたものなのか。ReCAAPの場合、中国が参加しているため、海洋安全保障情報共有センターに関しても中国を含めた組織として考えているのか。呉士存・中国南海研究院院長が南シナ海は共通の庭という表現を使用しているが、中国は南シナ海で他国と協調しようとしているのか、南シナ海を自らのものとし紛争などを考えない段階にあると認識しているのか。つまり、中国は南シナ海問題について終わったものとして考えているのか、まだひっくり返される余地がある問題だと考えているのか。
佐藤教授:ReCAAPは機能協力のため中国としても参加している。しかし、インドネシア海域に海賊が多いことで責任を追及されないためなどの理由からインドネシアは参加していない。海洋安全保障情報共有センターに関して言えば、あらゆる国にまず声をかけ、出せるものを出してくれればよい形である。協力が進めばより大きな利益へと繋がる。南シナ海に関する中国の姿勢について、中国人研究者の間でも意見が異なっており、多くの研究者は南シナ海を中国のものとして考えているが、南シナ海における協力を重視する研究者もいる。南シナ海の海警船の乗組員の多くは漁政出身であり、元々海上民兵だった者たちもいるためルールが通らない。海監から海警になった者たちの方がシーマンシップはしっかりしている [8]。そのあたりで対応の違いはあるが、徐々にルールを整備し、誰もが同じように対応できるようにしていくことを考える必要がある。
参加者:協調的戦略として競争継続概念の導入という話があったが、合同演習に関して、何らかの概念上あるいは構想上整理されたものに基づいた演習なのか。あるいは、なんらかのシナリオベースの演習であり、参加することに意義のある演習なのか。日本が合同演習に参加するうえでどのように理解したらよいのか。
佐藤教授:協調的戦略は海軍・海兵隊・沿岸警備隊の司令官が連名で出したものであり、統合参謀本部の出した競争継続概念とは別のものである。繋がって出されたものではない。合同演習において、まず行うことは戦術運動や同じ信号を使用するなどである。その次に、艦艇間で物のやり取りや洋上給油を行うなどである。シナリオベースといったものではなく、むしろ技術の問題である。日米間では潜水艦の探知訓練や攻撃・防御訓練などのシナリオベースの演習を実施可能だが、その他の国を交えた演習はその段階にはない。すぐに可能なものとしては、サーチ&レスキューである。日米豪印に関しては、今後作戦のためのシナリオベースの演習を実施するかもしれないが、情報として表には出てこないだろう。
参加者:喧嘩をしても意味はないことは確かだが、中国がそのように捉えてくれるかどうかが問題となる。香港問題のように、先進国は批判こそしてもそれ以上の対応は困難である。米軍の対応についても、FONOPは実施するが、それ以上の行動は困難である。一方、中国は王毅外相の例で明らかなように、あのような行動を取ることにメリットが生まれる社会となっている。国内に問題を抱えているからこそ外に向かっていくのは共産党の特徴であるが、それをそのまま放置したままでいると徐々に進出が進んでいってしまう。それに対応するためには、公海航行の自由を定期的に行使するということも重要となるだろう。
以上、文責在事務局