当フォーラムの「海洋世論の創出」研究会(主査:伊藤剛当フォーラム上席研究員・明治大学教授)は、さる9月14日、定例研究会合をオンライン開催した。メンバーの渡邉敦・笹川平和財団海洋政策研究所主任研究員より、「沿岸環境価値の持続可能な利用を通したブルーエコノミー実現に向けて」と題して報告を受けたところ、その概要は以下のとおりである。
- 日 時:2020年9月14日(月)16時00分~18時00分
- 場 所:Zoomによるオンライン会合
- 出席者:
[主 査] 伊藤 剛 JFIR上席研究員/明治大学教授 [顧 問] 坂元 茂樹 同志社大学教授 [メンバー] 石川 智士 東海大学教授 鎌江 一平 明治大学国際関係研究所研究員 小森 雄太 笹川平和財団海洋政策研究所研究員 西谷 真規子 神戸大学教授 山田 吉彦 東海大学教授 渡邉 敦 笹川平和財団海洋政策研究所主任研究員 渡辺 紫乃 上智大学教授 (五十音順) - 協議概要
(1)渡邉敦先生の報告概要
ブルーエコノミー(以下、BEという)に関しては、2010年代半ばから国際的に活発な議論がなされてきた。BEとは、海洋および海洋資源の持続可能な利用を社会経済発展と調和的に推進する概念、施策あるいはそのツールである。SIDSやLDC諸国の持続可能な海洋経済の発展に貢献することも重要な中心テーマであり、BEはSDGsの相乗的達成につながる。ジャパンブルーエコノミー技術研究組合(JBE)では、4つの方法論①環境価値の定量的評価(科学的方法論)、②新たな資金メカニズムの導入(経済的方法論)、③環境価値の創造と増殖(技術的方法論)、④社会的コンセンサス形成(社会的方法論)を開発しながら研究を進めている。
ブルーカーボン(以下、BCという)の保全は、BEの基盤である。BCは、SDGsに対する正の影響が強く、目標達成に繋がる。BC生態系を活用した例として、岡山県備前市の活動が挙げられる。備前市は、国の施策(法整備)と地域の取り組み(漁業者等による再生活動や教育)を通じて、減少したアマモを回復させ、モデルケースとして外部へ発信している。
JBEの将来的な出口戦略として、パリ協定のNDCとしてBCを反映させることが中長期的目標である。方向性として、BCの反映に積極的な豪州との連携や、海藻のBC導入に向けたアジア地域での連携強化が重要である。
(2)自由討議
渡邊メンバーの報告を受け、参加者と渡邉メンバーの間で、以下のような協議が行われた。
参加者:BEの議論は、循環型経済の海洋版と捉えられるのか、あるいは海洋独特のものなのか。また、日本や中国の場合、海洋に対して正と負のどちらの影響が大きいのか。
渡邊メンバー:海洋版と考えられるが、陸との間に相違点がある。海の場合、他自治体の活動の影響や陸からの影響を受け易い。BEの場合、陸が海に及ぼす影響を織り込んで進めることが必要である。日本の海洋への影響に関して、これまでの環境問題解決に対する海外からの高い評価・関心がある。一方、環境へ負の影響を及ぼしている面もあり、今後解決することができれば将来的に海外に日本の取り組みを発信することも可能である。
参加者:BEをより明確にすることで途上国等からの協力が得やすくなる。環境保全の場合、保全が強くなりすぎる面もあり、地域の合意形成が難しい場合がある。また、途上国など自然豊かな国における海に対する認識が、保全や利用促進に負の作用を及ぼすこともある。この意識を上手く利用する(変化させる)ことで環境や経済に良い影響を及ぼすことができるため、それを理解してもらうことが課題である。日本の場合、津波対策などの防災基準と環境保全との基準にズレがあり、その穴を埋めることも課題である。国内的に行うアプローチと国際的に行うアプローチとを分けて考えることも必要である。
参加者:環境負荷の少ない養殖に関して、取り組みによってどの程度の期間で回復するのか。また、マングローブの植林等によって生態系による吸収率はどの程度期待できるのか。中国の海藻養殖に関して、環境への負荷は現状見られるのか。
渡邊メンバー:備前市では10年ほど結果が出なかったが、廃棄する牡蠣殻を海底に撒く等の環境整備の結果、アマモの回復が見られた。吸収率に関して、海を利用した緩和策で20%ぐらい貢献するが、その内の2%程度が生態系による吸収である。温暖化対策としてはわずかだが、それ以外のベネフィットが考えられる。中国において、現時点で大きな負荷はないが、養殖量が大量の場合、他の海洋産業との空間利用で問題が生じるなどの可能性はある。
参加者:中国は以前から、政府レベル等でBEを取り入れていたが、なぜ早くから可能だったのか。BEの技術に関して、中国が比較優位を持つ技術分野は何か。
渡邊メンバー:中国の研究者との対話でも、藍色経済という言葉はよく使われていた。環境へ配慮している点をアピールするためというより、海洋経済を促進するためにBEを謳う場合もある。比較優位に関して、海藻養殖は食用だけでなく、肥料やエネルギーへの利用も考え研究など進めていると考えられる。また、珊瑚礁など自然科学分野の研究も発展している。
参加者:BEの分野において、各国で独自に取り組みは行われている一方、技術移転など国際的な協力はどの程度進んでいるのか。
渡邊メンバー:現状、まだ具体的な協力事例は少ない。そのなかで、BE分野の大学建設を考えているナミビアから、JICAなどを通じて協力の要請があり、現在対話が進められている。
参加者:BC分野において、中国が現在リーダーシップを担っている。BC分野における中国人研究者の科学的影響力と政治的影響力をどう評価するか。BC分野の国際的スタンダードの設定に関して、中国人研究者および政治家がリーダーシップをとる可能性がどれだけあるのか。BCについて、なぜ日本は慎重な姿勢なのか。ESG投資のなかでBEあるいはBCに対するものは増えているのか。
渡邊メンバー:海藻のBCについて、将来的にパリ協定のNDCに反映される可能性もあり、この分野に注力する中国は大きな関心を持っている。日本の場合、科学的厳密さ(資源量の正確なモニタリング等)がないものに対して慎重であり、そのため科学的方法論等の開発が重要である。BE・BCに対するESG投資は、海外では増えているが、日本においてはない。
参加者:環境問題も含めて社会全体(あるいは地球全体)のコストを下げる議論が、個人レベル(あるいは各国レベル)になると議論が進まない。BEの議論において、専門家の間で共有される認識が社会の諸個人にも広がる方法や環境があれば、社会的コンセンサスを得るためのコストも下がると考えられる。
渡邊メンバー:諸個人の行動様式や固定観念を変えるには難しさもあり、事例を増やす必要がある。BE・BCは、いくつかの自治体の活動を通じて徐々に理解が広まり始めている。事例を蓄積することで、国の政策に反映させることにもつながる。
参加者:備前市の例も含めCO2の吸収率に関して、この基準を下回ると持続可能性を維持できないという国際的基準はあるのか。基準を下回ることを回避するうえで、国際的な連携の障害となるものや、その反対に連携を促進させるものは何か。
渡邊メンバー:海を利用したCO2対策の多くは、排出するものを削減するものである。しかし、他と異なりBCの場合、CO2を吸収させる対策になる。備前市の場合、基準となるものはあるが、現在の対策によって将来的にどれだけ吸収可能かを示したロードマップである。途上国においてBCの吸収率を上げるための国際的なプロジェクトが行われているが、一方で地域住民の利害認識(BCに逆行した経済活動によって短期的に利益が得られる等)が障害となり得る。
以上、文責在事務局