公益財団法人日本国際フォーラム

2025年初頭、中国のAI企業DeepSeekが発表した大規模言語モデルは、世界のAI業界に大きな衝撃を与えた。米国による先端半導体の対中輸出規制が続くなか、中国企業が高性能な生成AIモデルを開発したことは、中国のAI開発能力の高まりを改めて印象づけるものとなった。

こうした中国のAI技術の台頭を支えている要因の一つが、長年にわたる研究開発(R&D)基盤の整備と人材育成である。中国政府は2017年にAIを国家戦略として明確に位置づけて以降、基礎研究への投資、AI関連学部・学科の新設、産学連携、若手人材の育成などを体系的に進めてきた。近年は、小中学校から大学、職業教育に至るまでAI教育を組み込むなど、「自主育成」、すなわち自国で高度なAI人材を育成するための基盤をさらに強化している。

その射程は、国内の人材育成にとどまらない。さらに2026年9月13日のBRICS首脳会議では、習近平国家主席が「オープンソースで包摂的なAIに関するイニシアティブ」を提起し、中国がBRICSのAIオープンソース・プラットフォームを率先して構築するとともに、大規模言語モデルの開発・応用協力やAI専門研修を進める方針を表明した。あわせて「科学技術人材育成イニシアティブ」を掲げ、BRICS諸国によるエンジニアの共同育成や若手科学技術人材の交流を進める方針も示している。中国のAI戦略は、国内の技術・人材基盤を引き続き強化する一方、オープンソースを軸とした国外との技術協力や人材育成・交流にも、その射程を広げつつある。

こうした動きを踏まえ、本稿では、中国のAI技術の発展を支えてきたR&D・人材育成政策を振り返るとともに、「自主育成」を軸とした国内の人材育成基盤の強化と、グローバルな人材獲得の双方から、中国のAI人材戦略の現在を整理する。

1.中国のAI技術のR&D戦略と人材育成戦略

中国でAI戦略が本格化するのは、2017年7月に国務院より「次世代AI発展規画[1]」が発表されてからである。AI技術は元々「科学技術・イノベーション第13次五カ年規画」の「産業技術の国際競争力の向上」という項目において、「産業革命に資する破壊的技術」として分類されていたが、「中国の国家安全保障を効果的に維持し、国際競争において優位性を確保するにはAIの開発を国家レベルで主導しなければならない」との認識の下、国家戦略に格上げされた。

その内容は下表のとおりである。2030年までの戦略を示した本文書では、2030年までに世界トップレベルのAI科学技術革新と人材育成拠点を形成することが謳われている。

表7-10 次世代AI発展規画の概要[2]

段階 目標
2020年までにAIの総合技術とその応用を世界の先進国水準にする

●次世代のAI理論と技術で重要な進展を遂げる。

>ビッグデータのAIへの活用、トランスメディアのAIへの活用、スウォームインテリジェンス*、人間と機械のハイブリッドによる知能強化(Hybrid-Augmented Intelligence)、自主的なAIシステムにおける基礎理論やコア技術での重要な進展を遂げ、AIのモデル構築方法、コアデバイス、ハイエンド設備やインフラソフトウェアの分野でメルクマールとなるような成果を得る。

●AI産業の競争力を国際的にトップレベルにする:AI技術標準、サービス体系、産業生態系を初歩的に完成させ、AIにおける世界リーディング企業を育成し、AIコア産業規模1,500億元超、関連産業規模1兆元超を達成する。

●AIの発展環境の改善:重要な領域で全面的に革新的応用を実施し、高水準の人材チームと技術革新グループを結集し、一部の領域におけるAI倫理規範と政策・法規を初歩的に完成させる。

*:群知能ともいう。個々は単純で局所的な情報しか持たない人工知能が集団として振る舞うことで知的判断を可能とする人工知能。

2025年までにAIの基礎理論において重大なブレイクスルーを実現する

●次世代AI理論・技術体系を初歩的に完成させ、自主学習能力を備えたAIにおいてブレイクスルーを実現し、多くの領域で主導的な研究成果を得る。

●AI産業が世界のバリューチェーンのハイエンドに参入する:次世代AIをスマート製造、スマート医療、スマートシティ、スマート農業、国防建設等の領域で広く利用し、AIコア産業規模4,000億元超、関連産業規模5兆元超を達成する。

●初歩的なAIに関する法律・法規、倫理規範、政策体系を制定し、AIの安全評価と管理制御能力を形成する。

2030年までにAI理論、技術、応用すべてにおいて世界のトップ水準を達成する

●成熟した次世代のAI理論・技術体系を形成する:脳型AI、自主学習型AI、人と機械のハイブリッドによるAI、スウォームインテリジェンス等の領域で重大なブレイクスルーを実現し、国際的なAI研究領域に重要な影響を持つようになる。

●AI産業競争力が国際的なトップ水準に達する:生産、生活、社会管理、国防建設等の分野でAIの応用範囲と深さを拡大し、コア技術、重要システム、支持プラットフォームとAIの利用をカバーした完全な産業チェーンとハイエンド産業群を形成し、AIコア産業規模1兆元超、関連産業規模10兆元超を達成する。

●世界トップレベルのAI科学技術革新と人材育成拠点を形成し、さらに完全なAI法律・法規、倫理規範、政策体系を構築する。

本計画の発表を受け、関連省庁も具体的な行動計画を発表した。

工業情報化部(日本の経済産業省に相当)では、2017年12月に「次世代人工知能産業発展三年行動計画(2018-2020年)」を発表し、①自動運転車、サービスロボット、ドローン、医療映像診断、音声・翻訳システム、スマート家電等のAI搭載製品の育成、②半導体チップや開発プラットフォーム等コア部品の強化、③AIの製造業への深度融合(スマート製造推進)、④データリソースや標準・知財・ネットワーク安全といった支援体制整備を4つの柱に据えたAI技術の産業化・応用化と製造業の高度化をめざした[3]。人材育成については、「製造業人材発展計画指南」(2016年12月に教育部、人的資源・社会保障部、工業情報化部の3省庁が公布)に基づき、重要プロジェクトの実施を通じた産学連携の促進、高等教育機関におけるAI関連学部学科の創設支援、職業学校における産業発展に急務な技能人材育成への誘導などによる人材育成の加速化に言及している。

一方、科学技術部では、競争的研究資金制度の一つである「国家重点研究開発計画」にて、「次世代人工智能」重大プロジェクトを立ち上げ、基礎理論や共通技術の研究開発に資金を投じている。そのほか、2017年11月に「国家次世代人工知能オープン・イノベーション・プラットフォーム」を立ち上げ、百度(自動運転「アポロ計画」)、アリババクラウド(都市AIインフラ「シティブレイン(城市大脳)」)、テンセント(騰訊)(医療イメージングオンライン診療サービス)、アイフライテック(科大訊飛)(音声認識)の4企業をプラットフォーム企業に指定した[4]。さらには2019年以降、北京、上海、深セン、広州等に「国家次世代AIイノベーション発展試験区」「国家AIイノベーション応用先導区」を指定し、省市レベルでのAI実証・産業化の推進を図っている。

AI分野の人材育成については、2018年に教育部が「高等教育機関AIイノベーション行動計画」を発表した[5]。本計画では、AI人材育成と研究力強化に向け、以下の3段階の目標を掲げた。

● ~2020年:次世代AI発展に対応した高等教育機関の科学技術イノベーション体系と学問体系の最適化配置を基本的に完成させる。大学は次世代AIの基礎理論やコア技術研究において新たなブレイクスルーを実現。

● ~2025年:高等教育機関における次世代AI分野の科学技術イノベーション能力及び人材育成の質を著しく向上させ、国際的に影響力のある全く中国独自のイノベーション(原創)成果が多く生まれ、一部の理論研究や革新技術や応用モデルが世界の先進水準に達する。

● ~2030年:高等教育機関が世界の主要なAIイノベーションセンター構築の中核的存在となる。次世代AIの発展を牽引する人材拠点となり、中国がイノベーション先進国の上位に入るための科学技術面での支えと人的保障を提供。

また、同計画では、大学のコンピュータサイエンス学部や技術系学部におけるAI学部設置を奨励する他、「AI+X(AI技術を教育・製造・医療・都市管理・金融・司法・国防等あらゆる分野と結び付ける研究応用)」の複合学部の新設を推奨した他、2020年までに世界トップ水準の学部・大学院向け教材を50冊、50のAIオンライン公開講座の開設を掲げた。

小中学校におけるAI普及教育の導入も掲げ、あらゆる教育段階におけるAI教育を強化した。2024年、教育部は小中学校におけるAI教育の強化に関する通知を発出し、産学研の連携による推進を奨励している。また、北京市では2025年の秋学期より、小中学校にて、年間8時間のAI事業を導入している[6]

こうした小中学校から高等教育に至るAI人材育成の枠組みは、2026年4月、教育部・国家発展改革委員会・工業情報化部・科学技術部・国家データ局の連名による「『AI+教育』行動計画」(教科信〔2026〕1号)として体系的に更新された[7]。同計画は2018年の「高等教育機関AIイノベーション行動計画」の後継にあたり、2030年までにAIと教育の深い融合を実現するとの目標を掲げ、①中小学段階でのAI通識教育の全面実施、②大学の公共基礎科目としてのAI必修化と学際融合学科の新設、③職業教育における「AI+」高技能人材の集群育成、④全社会的なAIリテラシー向上、の4段階を通じた人材育成の全学段一貫体制を打ち出している。

その他、地方政府独自のAI人材強化政策も実施されている。

例えば北京市では、全国初の人工知能人材に特化した政策を打ち出し、「北京中関村学院」を設立、革新的なモデルによって35歳以下の優秀なAI人材の育成に注力している[8]。 
上海市では、浦東新区にてAI人材発展のための10の支援措置を掲げた。その内容は、同区において、起業を志すAI分野のハイレベル人材および高ポテンシャルな若手人材に対して、最大14日間の人材用アパートと1年間の起業支援工房を無償提供する「浦東国際人材ステーション」や、世界トップレベルの大学での合同就職説明会やクラウド採用プラットフォームなどを通じて、AI分野の企業と優秀な大学卒業生をマッチングさせ、インターンや実務研修の機会を提供する「世界名門大学人材エクスプレス」、同区の張江科学城ではAI人材の戸籍取得(取得すると定住が可能)の必要年数を3年に短縮するほか、AI分野の外国人高度人材に対しては、最長10年のRビザ取得を支援する。さらにAI分野のハイレベル及び若手人材に対し、月額1,000元~3,000元の住宅補助を提供している[9]

深圳市では、AI教育連盟が形成され、香港中文大学がAI学部を開設し、深圳技術大学とファーウェイは共同で未来技術学院を建設するなど、8つの高等教育機関がAI関連学部・学科を開設している[10]

民間のAI企業や産業界も、人材育成において重要な役割を果たしている。特にBAT(百度・アリババ・テンセント)企業は、自社の研究開発力と資源を活かし大学との連携プログラムを展開しており、例えば百度(Baidu)では、復旦大学や武漢大学など全国200以上の高等教育機関と連携してディープラーニングやAIに関する共同カリキュラムを開発し、清華大学、北京大学、浙江大学、哈爾浜工業大学等の400校以上の大学から選抜された1000名超の教員に対しAI専門研修を提供している[11]

こうした試みの結果、2023年3月時点で、400以上の大学にAI学部・学科が開設され、人材数は世界第2位となり、2022年末時点で、世界のAI企業27255社のうち、中国は4227社と16%を占めるようになった。AI集積地が長江デルタ地帯、京津冀(北京・天津・河北省エリア)、珠江デルタに形成された。また、BAT企業やファーウェイ、京東、アイフライテックらによるAIオープンプラットフォームが産業発展の土台を築いた[12]

以上のとおり、中国では中長期的な戦略の策定、AI学部・学科の新設とカリキュラムの刷新による高等教育改革、地方独自のインセンティブ付与策、産業界と教育機関との連携、という4つの側面が組み合わせることで、自前のハイレベルなAI人材を輩出できるようになったと考えられる。

この「自主育成」路線は、2025年8月に公表された「国務院「AI+行動」深化実施に関する意見」でも「AIの全学段教育および全社会的な通識教育を推進し…(中略)…高水準人材の育成に一段と力を入れ、リーダー的人材育成の新モデルを異例の速度で構築する」との方針として再確認された[13]。さらに2026年3月に承認された第15次五ヵ年計画(2026-2030年)でも、AIを量子科学技術・バイオテクノロジー等と並ぶ最先端科学技術攻略の対象と位置づけ、「AI・集積回路等の新興分野で急務となっている学科・専攻を異例の速度で配置する」との方針が明記されており、同路線は今後5年間で継続・強化される見通しである[14]

2.米国における中国の訪問者数及び学生ビザ発給数の推移の背景要因と考えられる中国の人材政策

中国から米国への訪問者数は2009年から2017年にかけて急増し、2017年をピークに減少に転じている。また、2016年以降、エリート校への入学者は別としても、全体としては学生ビザ発給数が減少しているが、この背景要因と考えられる中国側の政策について整理したい。

中国では改革開放以来、「支持留学、鼓励回国、来去自由」(留学を支援し、帰国を奨励し、行き来の自由を保障する)という基本方針を掲げ、海外留学を推奨してきた。

2003年に「人材強国」戦略が国家戦略として打ち出され、海外からのハイレベル人材誘致(千人計画など)と国内人材の育成(万人計画など)を両輪とする体系的な戦略が打ち出された。

本戦略を受けて、2010年には、「国家中長期教育改革・発展計画綱要(2010−2020年)」[15]では、公費留学制度を刷新し、全国レベルで優秀な学生を公開選抜のうえ、海外のハイレベル大学や研究機関に派遣する方針が打ち出された。自費留学に対しては優秀な自費留学生に対する奨励金や助成措置の拡充が盛り込まれた。

これにより、政府奨学金による留学生派遣枠が拡大するとともに、自費留学の奨励策が講じられた。特に公費制度については、国家留学基金委員会(CSC)による公費留学プログラムが拡充され、多くの中国人大学院生・研究者が国費で米国を含む海外へ派遣されるようになった。また、1992年以降、改革開放政策が本格化し、2010年には日本を抜きGDP世界二位となるほどの経済大国となり、富裕層が増加したことも要因として考えられるだろう。

このように、留学を奨励し、得た知見を持って帰国してもらう、という政策が奏功し、中国では最大の帰国ブーム(帰国潮)が起きた。統計によると、2016年末時点で、中国に帰国した留学経験者の累計は265.11万人に達し、海外留学を終えて帰国を選択した人の割合は2012年の72.38%から2016年には82.23%に上昇した[16]。なお、帰国人材を中国国内に定着させるべく、優遇政策の享受が困難、住民登録や子どもの就学手続きの煩雑さ、銀行口座の開設や資金調達の困難さ、知的財産の活用の難しさ、政策の制限などの問題を解決すべく、戸籍取得にかかる制限の緩和、帰国人材の子女の就学支援、起業のための資金調達支援など、省庁横断的に多角的な措置を講じた。

中国の留学奨励政策により、過去10年ほど、中国は米国への留学生の最大の送り出し国となり、2018~2019学年には中国人留学生は37万人、アメリカの全留学生の3分の1を占めた。

しかしながら、2016年以降、米国における中国人への学生ビザの発給数が減少している。無論、却下率の増加もあろうが、申請自体も減っていると考えられる。

その背景には、米国におけるビザ審査が厳格化され、中国人学生にとってのビザ取得のハードルが上がったことも考えられるが、その一方で、リスクヘッジを図るべく、国内教育の拡充や、他国への交流分散が進められていることも、その後押しとなっている可能性もある。

習近平は「新時代の人材強国戦略」を掲げ、人材の海外派遣・育成に関し、次のような方針を示している[17]

「双一流大学(世界一流大学・学科)」プロジェクト(北京大学や清華大学等を対象に、中国を21世紀半ばまでに高等教育強国とすること)を基礎研究人材の育成の中核とし、イノベーション人材育成を強化する等の、「自主育成(自国での人材育成)」を重視しつつも、「海外人材の招致」と、「中国人材の送り出し」の双方を実施することで、多様な手段を用いて海外での人材育成の新たなルートを開拓し、育成チャネルを多元化し、人材の備蓄を拡充する、というものである。自国での人材育成を基盤としつつ、海外への中国人人材の送り出しと外国人材の招致を継続するも、その人材育成の方法を多元化し、新規ルートを発掘する、というのである。自前で高度人材を育成することで、過度な海外留学への依存を回避でき、また人材育成ルートを開拓することで、特定の国への依存も回避できる、という思惑も背景にあろう。

これに先立ち、2010年代より、欧州や一帯一路沿線国との教育協力が強化されている。

2016年時点でドイツ、フランス、ハンガリー、ポルトガル、イタリアなどEU加盟国19ヶ国と高等教育の学位・資格相互承認協定を締結しており、2015年末時点で中国からEU諸国への留学者数の総数は30万3,451人と海外留学者全体の24%を占める。うち、2015年単年では、その留学者数は12万3,018人と前年比29%増で、留学者全体の23%を占めるという[18]。前後の推移をみる必要はあるが、少なくともEUへの留学者数が2014-2015年の1年だけでも飛躍的に伸びていることはみてとれる。

さらに近年、欧州では積極的な留学生誘致政策が進んでおり、中国人留学生(研究者含む)の割合も増えているという。Eurostatの統計によると、ドイツにおける中国人研究者数は過去10年で倍増し、現在3.7万人に達している。英国でも、別の調査によると、中国人学生が留学先として英国を選択する割合が20%に達し、米国の17%を上回っている。2019年秋の英国大学への出願は前年より23.5%増え、過去最高となりました。2018年の英国における留学生のうち、3分の1が中国となったという[19]

また、「一帯一路」構想の一環として、中国は沿線国との教育・人材交流を強化した。2016年8月には教育部より「『一帯一路』教育行動の共同建設の推進」を発表し、4つの推進計画の筆頭に、「シルクロード留学推進計画」を打ち出した。今後5年間で毎年1万人の一帯一路沿線国の学生に中国政府奨学金を提供して来華留学を促進するとともに、今後3年間で毎年2,500人の中国人留学生を沿線国に公費派遣するという計画である[20]

本計画が打ち出された2017年の統計を見ると、中国から一帯一路沿線国への留学者数は6.61万人で、前年比15.7%増と全体平均(11.7%)を上回る伸びを記録した(このうち公費派遣は3679名で、37ヶ国の沿線国に送り出されている[21]。同年の中国人による海外留学者数は60.84万人と発表されており、約1割強の留学先が沿線国ということになる。

以上のように見てみると、中国人による米国でのビザ申請数が2016年以降減少している背景には、米国のビザの審査厳格化に起因するも、その後の欧州・アジアを中心とした多様な留学先の確保と、留学せずとも中国国内で質の高い教育や研究環境を得られるように制度整備を進め、自国で世界トップレベルの人材育成基盤を構築しつつあることが考えられる。

さらに近年、この人材戦略は、中国人材の「自主育成」と海外への「送り出し」にとどまらず、外国人材の「受け入れ」にも広がりつつある。その象徴的な動きが、2025年10月1日に導入されたK字ビザである。K字ビザは、外国の若手科学技術人材を対象とする新たなビザであり、従来のビザと比べて入国回数、有効期間、滞在期間などで便宜が図られるほか、中国国内の雇用主や招聘機関を必要としない[22]。中国政府は、その導入を「新時代の人材強国戦略」の一環として位置づけ、海外の若手科学技術人材の受け入れと国際的な人材交流を促進する方針を明確にしている。

興味深いのは、K字ビザの導入とほぼ同時期の2025年9月、米国では一定の新規H-1B申請に10万ドルの支払いを求める措置が打ち出されたことである。同措置はその後、司法判断によって実施が差し止められ、2026年9月現在も係争中であるため、両国の制度を単純に対置することはできない。しかし、外国の高度人材をめぐる国際競争が強まるなか、中国が国内での人材育成を強化するだけでなく、外国人材をより積極的に呼び込むための制度整備にも乗り出していることは注目される。こうした動きまで視野に入れれば、今日の中国の人材戦略は、自国での「自主育成」を基盤としながら、海外への人材派遣の多元化と海外からの人材獲得を組み合わせる方向へと展開しているといえよう。

(了)

[1] 中国では、「第11次五カ年計画」以降、中国語の表現を「計画(計劃)」から「規画(規劃)」に変更している。中国語の「計画(計劃)」は、計画経済で用いられ、国家からの「指令」としてのニュアンスが強いが、「規画(規劃)」は見通しに基づく実現目標という意味合いであり「計画(計劃)」よりも柔軟性があり、独立企業体の活力を織り込むことができる。
また中国語の「綱要」は日本語の「要綱」に相当し、方向性と目標を示した文書である。中長期計画は方向性と目標(綱要)と見通しに基づく実現目標(規画)をまとめたものである。
[2] 「新一代人工智能发展规划」2017.7.8 中央人民政府ウェブサイト<http://www.gov.cn/zhengce/content/2017-07/20/content_5211996.htm>を基に筆者作成。
[3] 「工业和信息化部关于印发《促进新一代人工智能产业发展三年行动计划(2018-2020年)》的通知」、中央网络安全和信息化委员会办公室、https://www.cac.gov.cn/2017-12/15/c_1122114520.htm。
[4] 2018年9月、センスタイム(商湯集団)による画像認識技術プロジェクトも追加。
[5] 「教育部关于印发《高等学校人工智能创新行动计划》的通知」中華人民共和国教育部、http://www.moe.gov.cn/srcsite/A16/s7062/201804/t20180410_332722.html
[6] “Beijing to introduce AI courses across primary, secondary schools,” the State Council of the People’s Republic of China, March 12, 2025.
https://english.www.gov.cn/news/202503/12/content_WS67d18e9ec6d0868f4e8f0c40.html
[7] 「教育部等五部门关于印发《”人工智能+教育”行动计划》的通知」教科信〔2026〕1号、2026年4月10日、中華人民共和国教育部、http://www.moe.gov.cn/srcsite/A16/s3342/202604/t20260410_1433240.html
[8] 「央视新闻深度解码:北京“人工智能第一城”是如何炼成的?」2025年6月26日、国際科技創新中心、https://www.ncsti.gov.cn/kjdt/xwjj/202506/t20250626_208750.html
[9] 「浦东推出支持AI人才发展十项措施」2024年7月8日、上海市人民政府、https://www.shanghai.gov.cn/nw15343/20240708/1e0d8b56e5154f18b512e30b78548c6e.html
[10] 「权威发布|深圳这场重磅发布会信息量大、干货满满」2025年2月23日、深圳新聞網、https://www.sznews.com/news/content/2025-02/23/content_31471991.htm
[11] 「百度:未来5年再培养AI人才500万」2020年6月、百度、https://ai.baidu.com/forum/topic/show/960360
[12] 「人工智能产业迎来发展新机遇 2022年核心产业规模达5080亿元,同比增长18%」2023年3月15日、中華全国工商業聯合会、https://www.acfic.org.cn/fgzs/fgdt/202303/t20230315_189163.html
[13] 「国务院关于深入实施”人工智能+”行动的意见」国发〔2025〕11号、2025年8月26日、中華人民共和国中央人民政府 https://www.news.cn/politics/20250826/21f5785636b14373af2e5d85ef383344/c.html
[14] 「中华人民共和国国民经济和社会发展第十五个五年(2026-2030年)规划纲要」2026年3月、国家発展改革委員会
[15] 「国家中长期教育改革和发展规划纲要(2010-2020年)」2010年7月29日、中華人民共和国中央人民政府、https://www.gov.cn/jrzg/2010-07/29/content_1667143.htm
[16] 「多部门联合破除留学归国人员创新创业壁垒」2018年1月30日、中華人民共和国中央人民政府、https://www.gov.cn/guowuyuan/2018-01/30/content_5261996.htm
[17] 「习近平:深入实施新时代人才强国战略 加快建设世界重要人才中心和创新高地」2021年12月15 日、中華人民共和国中央人民政府、https://www.gov.cn/xinwen/2021-12/15/content_5660938.htm。戦略の具体的内容に初めて言及されたのは、2021年9月の中央人材工作会議。
[18] 「我国已与19个欧盟成员国签署高等教育学历学位互认协议」2016年10月9日、中華人民共和国中央人民政府、https://www.gov.cn/xinwen/2016-10/09/content_5116144.htm
[19] 「中国赴美留学生增长十年最低,美国有点急欧洲忙笑纳」2019年11月25日、第一財経、https://www.yicai.com/news/100415300.html
[20] 「教育部有关负责人就《推进共建“一带一路”教育行动》答记者问」、2016年8月11日、中華人民共和国中央人民政府、https://www.gov.cn/xinwen/2016-08/11/content_5098853.htm
[21] 「教育部:出国留学人数首次突破60万人 高层次人才回流趋势明显」2018-03-30、https://www.gov.cn/xinwen/2018-03/30/content_5278559.htm
[22] 「司法部、外交部、公安部、国家移民局负责人就《国务院关于修改〈中华人民共和国外国人入境出境管理条例〉的决定》答记者问」2025年8月14日、外交部、https://www.mfa.gov.cn/wjb_673085/zzjg_673183/lss_674689/xgxw_674691/202508/t20250814_11690096.shtml。