公益財団法人日本国際フォーラム

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第1回定例研究会合
  1. 日 時:2024年5月16日(木)午後5時-午後6時半
  2. 形 式:ZOOMによるオンライン会合
  3. 出席者:28名
[外部講師] 堀本 武功 国際政治学者/岐阜女子大学客員教授
[主  査] 廣瀬 陽子 慶應義塾大学教授/JFIR上席研究員
[メンバー] 遠藤  貢 東京大学教授
畝川 憲之 近畿大学教授
ダヴィド・ゴギナシュヴィリ 慶應義塾大学SFC研究所上席所員
高畑 洋平 JFIR常務理事・上席研究員*
三船 恵美 駒澤大学教授/JFIR上席研究員
[JFIR] 渡辺  繭 理事長
伊藤和歌子 常務理事・研究主幹  ほか19名
  1. 議論の概要

(1)国際政治学者の堀本武功氏より報告

<大国化する経済>

現在世界最大の人口を誇り2027年には世界第3位のGDPも見込まれるインドだが、その人口ボーナスも2040年頃には消滅するとの見方も示されており、中国と同様に「未富先老」、すなわち少子高齢化の兆しが既に始まっている。GDPに占める各産業の割合について、モディ首相は2014年の首相就任時に「Make in India」を掲げ、GDPに占める製造業の比率を25%まで引き上げるとしたが、世銀データでは、2022年の比率は13.3%で、中国(27.7%)よりもはるかに低い結果となっている。就業調整機能として注目される農業も、そのGDPに占める比率は独立時に半分だったものが、2011年には約3分の1にまで減少している。インドのGDPを成長させている要因はIT関係等の第三次産業であるが、その性質上、労働人口を吸収することは難しく、人口増に雇用創出が追いつけない状況がある。今後も農業、第二次産業の立ち後れという課題を抱え続けていくことが見込まれる。
 こうした状況下で、貧富の格差が拡大している。1人当たりの名目GDP国別ランキングでは、ルクセンブルグが首位、日本は34位、インドは144位で1人あたり2500ドルという結果となっており、中国の12,670ドルと比較しても遅れをとっている。インドの中立的雑誌である『India Today』誌が2024年2月に実施したMood of the Nationでは、モディ首相の失政として、1位インフレ24%、2位雇用18%と発表された。私と農村研究家のサイナート氏の中央公論(2024年1月号)による対談においても、人口に対する雇用不足、低所得が続く農業問題が強調された。
 さらにこの問題の構造的な側面に注目すると、Crony Capitalism(縁故資本主義)が見えてくる。縁故資本主義とは、資本主義の根幹となる市場経済による効率的な資源配分、競争力の向上、技術革新を阻害する一方で、特定階層による経済支配を固定化することで経済的格差を助長する、政府官僚や政治家と大企業との癒着による経済支配である。The Economistが2023年5月2日に発表したCrony Capitalism(縁故資本主義)指数によると、43ヶ国中インドは10位となっており、政府高官や大企業、富農が権力構造の一端を担い、国家運営を有利に進めている現状がうかがえる。この問題は1947年のインド独立後から1980年代も抱えていたが、1990年代以降の経済自由化により拍車がかかった。この代表的な人物として、インドの新興財閥アダニ・グループ創業者のアダニ氏が挙げられる。アダニ氏はグジャラート州出身のモディ氏と同郷であり、2011年同州の州首相を務めていたモディ氏と結びついて財を成したとされる。

<権威主義化するインド政治>

上記のような内政の結果、インド政治において権威主義化が懸念されており、近年、2つの顕著な特徴がある。1つはインドのヒンドゥー至上主義を強調する動きだ。インドの宗教構成はヒンドゥー教徒約80%、ムスリム約15%である。ネルーなど国民会議派は、政教分離主義を強調し、多民族国家であることを前提に「多様性の中の統一」をスローガンとして掲げてきた。対照的に、現在国政与党を担っているインド人民党は、その母体が民族義勇団であり、インドはヒンドゥー国家であることを主張する。2002年、当時モディが州首相を務めていたグジャラート州において約1000人のムスリム虐殺事件が発生しており、この事件へのモディ州政権の関与も報道されている。
 このような動きの中で、以前よりインドが表明してきた「世界最大の民主主義国」というかつての立場が揺らいでおり、世界各国の研究機関によってインドの民主主義度・自由度が低下しているとの調査結果が報告されている。(米フリーダムハウスによる『世界自由度報告』(2021年)において、インドは従来の自由から一部自由へ格下げとなった。The Economist(EU)による調査でも、インドの民主主義度は2014年の7.92から2020年には6.61に引き下げられた。また、スウェーデンの独立機関V-Demoは、2022年報告でインドの政治状況を「選挙独裁」に分類した。さらに、Index RSF(国境なき記者団)による「報道の自由」指標(180カ国)では、2019年の140位から2023年には161位まで後退している。)特に報道機関の規制について、国外の報道機関に対し、都合の悪い報道をした場合はインド政府傘下のプレス局が発行する記者証を剥奪するなどの抑え込みが行われている。その背景には、国内の新聞媒体についてもその運営は政府公告による補助金に依存している状況がある。
 2014年から与党となったモディ政権は、主要政策として、ムスリムの多い州を廃止し連邦直轄にするなどヒンドゥー至上主義・アンチムスリム政策を推進してきた。また、2018年からElectral Bond(選挙債)と呼ばれる制度が導入された。この制度は、SBI(ステート・バンク・オブ・インディア)の債権を個人が匿名で購入して寄付することができ、かつ受領政党はその使途を開示する必要がないという特徴を持つ。2024年に最高裁による違憲判決が下されるまで、19億USドルという巨額になり、その半分以上がインド人民党に渡っている。さらに、最高裁刑事の任命に介入するなど行政による司法の介入も行われた。その他、コロナウイルスを理由とした国勢調査の未実施などの問題があり、インドの統計への信頼度の低下を招いている。
 2019年の第17次総選挙では、543議席中友党も含めて353議席を獲得したインド人民党だが、2024年には第18次総選挙が控えており、インド人民党がどの程度の差をつけて勝利するのかが1つの焦点なっている。

<インド外交-戦略的自律外交・実利外交>

インドは非同盟外交期、印ソ同盟外交期、ソ連崩壊による外交模索期を経て、2000年代からシン政権期からモディ政権期に戦略的自律外交を掲げるようになった。しかし、その実態はウクライナ戦争下にロシア産の原油を輸入することで原油輸入コストを大幅に削減するなど、実利外交ともいえる動きを見せている。また、1990年代からの経済自由化や人口ボーナス期、その地政学的な利点に基づくグローバルサウスの盟主としての立場を強調し、G20の議長国も務めている。
 その歴史的な被支配経験から同盟関係を好まないインドは、独立後ソ連・ロシアと「持ちつ持たれつ」の関係を経済・防衛両面において築いてきた。印中ロそれぞれの思惑がある中で、インドはクアッド(四カ国枠組み)にも参加するなどある種のバランス外交を展開している。
 また、米中の覇権争いに関して、インドのクワッドへの寄与度が注視されている。アメリカは中国の抑え込みを狙い2017年からQuad2.0を始動している。フィリピンが中国の台湾侵攻を恐れて日米豪に接近している状況もあり、インドの今後の動きが注目される。
 日印関係について、インドはマウリヤ朝時代から実利論が提唱されていた過去を持ち、現在、実利優先ともとれる外交を展開している。また、その外交は上下観(カースト観)に基づくものである。そのため、インドが2027年には日本のGDPを上回るなど今後国力が逆転する日印関係において、従来のような関係を続けていくかが注目されている。中国との国境紛争を抱えるインドは、基本的に日本との関係を維持すると見込まれるが、今後、印米が接近すると日本に対してアメリカ経由で圧力をかけることも考えられる。一方でインドに対する南アジア諸国のイメージが低下している現状もあり、インドが焦りを感じている可能性もある。

<結び>

インドの大まかな流れとして、これまでは、1947年インド独立から1980年代までを前期、1990年代以降を後期とする見方が示されていたが、2024年の選挙結果次第では、80年代までをIndia1.0、90年代以降をIndia2.0、続投するモディ政権をIndia3.0とみる可能性もある。さらに世界的な多極化状況下で民主主義・リベラリズムの後退も見受けられている。大国化し、経済力をつけたインドの影響力を踏まえ、過小評価・過大評価することなく、今後の動きに注目していく必要があるだろう。

(編集部注:インドの総選挙が2024年6月に実施され、インド人民党は過去二回の総選挙で維持してきた単独過半数を維持できず、与党連合全体で過半数を維持し、第三次モディ政権が誕生した)。

(2)質疑応答

(イ)旧ソ連諸国ではロシアとの軍事同盟が危うくなっていることを背景に次の軍事的協力者を探しているが、インドのユーラシアにおける軍事的な存在感は高まっているか。(廣瀬主査)
 ⇒ 2つの側面から見る必要がある。1つはインドと西側の国々(イスラム圏・ヨーロッパ・東欧)との関係である。インドの国際収支において、在外国民からの本国への送金はIT分野と並んで大きな割合を占めており、西側諸国との経済的関係を重視する必要性がうかがえる。また、対中国・対アメリカへの牽制という意味においても、インド以西諸国との友好関係は重視される。しかしその道筋をパキスタンに阻まれている現状があり、インド-イラン-アゼルバイジャン-ロシアをつなぐ南北回廊の建設が動き始めている。もう一つが軍事的な側面である。インドは軍事兵器の国産化をすすめ、軍事産業へ進出したい考えだ。現在外資技術を導入する場合、その条件として国産化許容を要求しており、インドを代表するアダニ財閥・リライアンス財閥が軍事産業に意欲を見せている。既に西側ではアフリカやスリランカ、東側ではベトナムやフィリピンに国産の戦闘機を輸出している。(堀本氏)

(ロ)南北回廊について、ロシアも中央回廊に対抗できるルートとして熱心に推進している。地政学的な観点から、インドとロシアは協調できる関係にあるのか。(廣瀬主査)
 ⇒ インドも、南北回廊を中国の一帯一路構想に対抗できるルートであるとして実現を切望している。(堀本氏)

(ハ)インドが採るプラグマチズムについて、長期的な戦略に基づくものか、プロジェクトごとの利益に基づくものか。(ゴギナシュヴィリメンバー)
 ⇒ インドは、自国にとって経済的・外交的にプラスになるかによって判断している。そのため、諸国のインド外交に対する信頼は疑問視される。また、インドの経済力・技術力もまだ十分でなく、インドが自国にとってどの程度ポジティブファクターになるかという点も疑問視されている。(堀本氏)

(ニ)ガザ地区の混乱に乗じてソマリア沖の海賊が活動を活発化させた際に、インドの海軍が出動し、拿捕された船舶から船員を救出したという報道を見かけた。この行動の理由や背景は何か。(遠藤メンバー)
 ⇒ インドは資源の潤沢なアフリカに注目している。インドは旧英領であった国々を中心に約300万人もの在アフリカ・インド国民を有しており、こうした歴史的な遺産を有効活用してアフリカでの活動を拡大したい考えだ。これは自国の為であるとともに中国に対抗するためでもある。現在はアメリカが1つの大きな拠点だが、これをアフリカ、中東においても進める意欲を見せている。(堀本氏)

(ホ)①(現在インドが中国の「一帯一路」に対抗する狙いをもつ国際南北輸送回廊(INSTC)もやがては中国の一帯一路と接続されることになると中国の著名な専門家が論じている記事をみた)INSCTメンバー間におけるロシアの発言力と影響力を考えれば、インドがCPECを警戒しているほど、中国側はINSTCを警戒していないし、警戒する必要もない。いずれは、INSCTと「一帯一路」が接続することになるのではないか。②インドはRCEPやCPTPPといった国際的なレジームに入ることさえできず、ルールメーカーにはなれないといった点を踏まえ、どのようにグローバルな大国として台頭していこうとしているのか。(三船メンバー)
 ⇒ ①インドとイランの関係は非常に良好である。インドは外交においてタイムスパンが長く、現段階で南北回廊の実現が厳しくとも、イランをはじめとする中東・西側において権益を拡大していくように進めていくことは確実だろう。②現状、インドはルールメーカーではなくルールフォロワーである。しかし、インドは国連安保理入りも諦めておらず、これが実現した場合、ルールメーカーになる可能性もある。国際的な多極化状況を有利に活用し、今のうちにできる限り国力を増強したいという基本的な姿勢があると見ている。(堀本氏)

(ヘ)①インドにおける気候変動の影響、それにともなう経済的・政治的リスクはどのようなものか。②インドと安倍元総理の関係は強固なものだったが、日印関係を強化するために岸田政権が対インド関係において具体的にするべき対策や取り組みはあるか。(高畑メンバー)
 ⇒ インドでは気候変動によりヒマラヤ山脈の氷河が融解し農業生産や水資源の問題が生じるなど、その影響を大きく受けている。しかし、現在のインドのエネルギーの約7割は石炭を用いた火力発電が占めており、このシステムを変更するまでには至っていない。②インド自身の立場、日米関係、印米関係が変化する中で、日本の対インド関係は非常に難しくなる。インドの日本との関係の柱は対中政策であるため、当面の問題は台湾問題である。(堀本氏)

(ト)インドとイランの間でチャバハール港のリースに関する10年間の協定が調印されたという報道があった。しかし、INSTC(南北輸送回廊)はイラン・アゼルバイジャン内で鉄道が繋がっていないという現状がある。この鉄道整備にインドが今後協力することは考えられるか。(外部参加者)
 ⇒ 大いに考えられる。インド国内の新聞でもINSTCが動き出したという報道がされた。しかしイランとの関係についてはアメリカとの関係から慎重にならざるをえず、具体的な援助についての方針は固まっていないような印象を受ける。インドは関心をもって南北回廊に取り組んでいるという姿勢を示しているのではないか。(堀本氏)

(文責、在事務局)