■ 南シナ海やCLMで軍事的影響力を強化している中国
ASEANの後発国であるカンボジア・ラオス・ミャンマーの3カ国(CLM)は、いわゆる「チャイナ・プラス・ワン」や「タイ・プラス・ワン」として日本でも注目されている。その一角であるカンボジアには親日的なイメージがある。しかし、中国から多額の支援に頼ってきたカンボジアは、中国への従属を強めており、東南アジア諸国の中でも特に中国寄りの姿勢を鮮明にしている。2022年にカンボジア開発評議会が承認した投資案件のうち約9割が中国関連のものであった。カンボジア経済財政省(MEF)によれば、カンボジアの対外債務100億ドルのうち40%以上は中国に負っており[1]、カンボジアは中国の「債務の罠」[2]で捕らわれている。2024年5月6日には、同月中旬から下旬にかけてカンボジアで中国・カンボジア合同軍事演習「ゴールデン・ドラゴン2024」を実施し、両軍の戦略的協力レベルを高める、と中国国防部が発表している。
カンボジアが中立政策や全方位外交を標榜したところで、カンボジアの中国への過度な依存関係が懸念されている。リアム海軍基地の一部を排他的に使用させる密約をカンボジアが中国と結び、南シナ海およびCLMで軍事的影響力を強化するための手段として、中国が半永久的に軍艦を配備し始めたのではないか[3]、と世界的に報道されている。中国のねらいには、カンボジアが地政学的な要衝に位置しているという点ばかりでなく、CLMを中国の「駒」にしておくことで、南シナ海などをめぐる中国政策でASEANを一枚岩にまとめさせないようにASEAN内部のCLMから動かそうとしている思惑もうかがえる。
以下、本稿は、中国寄りの姿勢を進めているカンボジアが中国との間の「鉄壁の友情」を「ダイヤモンド・ヘキサゴン」協力の枠組み(“钻石六边”合作架构)で深化させていること、また、カンボジアのリアム港ならびにリアム港から65km北西にあるダラサコールの空港における中国プレゼンスについて論じ、それらが南シナ海や日本の安全保障環境に及ぼすと思われる含意から、日本の対カンボジア外交について考察していく。
■ 「中国寄り」が進むカンボジアによる「日本特区」の提案
カンボジアは、中国の勢力圏拡大構想のプラットフォームである「一帯一路」構想と両国間の「ダイヤモンド・ヘキサゴン」協力の枠組みの下で、中国との協力を拡大している。2000年代半ば以降、中国からカンボジアへの援助は急速に拡大し、2010年には中国が日本に代わってカンボジアにとっての最大の二国間援助国となった。中国はカンボジアの援助と外国直接投資(FDI)で大きなシェアを占めており、カンボジア政権は中国への依存関係を強めている[4]。
その一方、カンボジア南部のシアヌークビルから多くの中国の不動産関連企業が撤退し、数百もの未完成や未使用の幽霊ビルが増え、「債務の罠」にもがいているなかで、カンボジアは同国へのFDI促進のためとするに2国間協力をベースとする経済特区構想を日本、イギリス、インド、マレーシア、タイなどに提案してきている。
カンボジアの首相は2023年8月に世襲で38年ぶりに交代し、フン・マネット(HUN Manet)氏がフン・セン(HUN Sen)氏の後継に就いた。そのフン・マネット首相が日本・ASEAN友好協力50周年特別首脳会議へ出席のために訪日していた2023年12月18日、同首相と会談した我が国の岸田文雄首相は、安全保障分野において人的交流や寄港等の部隊間交流を通じて関係を強化したいと述べた。両首相は、同年11月に第1回会合が開催された外務次官級協議に加え、防衛次官級協議を創設し、安全保障分野での協力強化を進めていくことで一致した。また、日本企業に特化した経済特区設置が提案された。
この特区構想を、カンボジアと日本の2国間のビジネス関係からだけでなく、インド太平洋の地政学からも見据え、日本は対カンボジア政策を展開していく必要がある。
■ 中国とカンボジアの「ダイヤモンド・ヘキサゴン」協力枠組み
中国とカンボジアの国交樹立65周年であった2023年を、両国は「中国・カンボジア友好年」としていた。当時のカンボジア首相であったフン・セン氏は、同年2月9~11日、中国を公式訪問した(首相の長男と三男も公式に同行した)。両首相は、両国の緊密な関係を相互に確認し、カンボジアと中国の「包括的戦略協力パートナーシップ」をさらに推し進め、両国の運命共同体を協力して構築すると誓った共同声明を発表し、「1つの立場、6つの協力、2つの回廊」を通じて二国間協力をさらに進めることに合意した[5]。
「1つの立場」とは、「国際情勢がどのように変化しようとも、中国とカンボジアは揺るぐことのない鉄壁の友情を深め、互恵的で双方に利益をもたらす実務協力を行い、未来を共有する共同体の構築を推進する」と共同声明[6]に記されている「鉄壁の友情」のことである。これが、「新時代」[7]の「中国・カンボジア運命共同体」を構築するために取り組むにあたっての立場である。
「6つの協力」とは、「ダイヤモンド・ヘキサゴン協力枠組み」という名称の下で、政治、製造、農業、エネルギー、安全保障、人文交流の領域における協力のことである(「ヘキサゴン」は六角形の意)。「ダイヤモンド」は、フン・セン氏がそれまで習近平氏に伝えてきた「カンボジア国民は常に中国国民と固く結ばれていることの明確なメッセージ」であるとされている。
「2つの回廊」とは、シアヌークビル州を中心とした「産業開発回廊」およびトンレサップ湖地域の「魚・米回廊」の2回廊である。習近平氏はフン・セン氏に対して、「産業開発回廊」を構築するために、中国はより多くの中国企業のカンボジアへの投資を奨励し、シアヌークビル経済特区(SSEZ)を促進すると語った。「魚・米回廊」とは、習近平がフン・セン氏に対して促した湖周辺での農業協力の取り組みのために、両国が共同で構築することに合意した近代的農業システムを備えた魚と米の回廊のことである。
鉄は衝撃に対する耐久性が強い。ダイヤモンドは硬度が高い。両国が「鉄壁の友情」と呼ぶ「1つの立場」、「ダイヤモンド・ヘキサゴン」と呼ぶ「6つの協力枠組み」。これらが「新時代」の「中国・カンボジア運命共同体」を構築する基礎にある(※ ただし、ダイヤモンドは特定の方向からの力に弱かったり、衝撃を加えると割れてしまったり、油によって輝きを失ってしまうなどの脆弱性もある)。
■ 空母を収容できる喫水の深い桟橋と中国艦船
カンボジア南西部のリアム海軍基地内にアメリカの資金で建設された施設が壊されて中国資本での開発が進められて以来、数年にわたり、アメリカの国務省や国防総省は、中国がリアム海軍基地の一部を独占的に支配する計画について「深刻な懸念」を抱いており注視している、と度々警鐘を鳴らしてきた。シアヌークビル空港から近くにあるリアム港に軍民両用の施設を作り中国の拠点にしていくことができれば、南シナ海、マラッカ海峡、ロンボク海峡、タイやベトナムへ中国海軍が地政学的に睨みをきかせることができるようになる。
「改修」が間近とされるリアム港では、「中国の空母・福建[8]を収容できる喫水の深さ」と報じられている桟橋を備えた新しい施設が既に建設されている。2023年12月上旬にそこへ最初にアクセスした外国艦船は、中国人民解放軍の少なくとも2隻の艦艇であった(護衛コルベット「文山」と「巴中」)。直前の11月27日にカンボジアで寄港したロシア海軍の対潜駆逐艦「アドミラル・パンテレエフ」は、そこから約20km離れたシアヌークビル港に停泊した。2024年2月22日に寄港した我が国の海上自衛隊の護衛艦「すずなみ」と練習艦「しまかぜ」が入港したのも、シアヌークビル港であった。
カンボジア国防大臣のティア・セイハ(TEA Seiha)氏は、父親で前任者のティア・バニュ(TEA Banh)[9]氏とともに「北京の援助で現在建設中の同基地を訪問した」「計画に従って積極的に進められているインフラ建設を視察した」「中国艦船はカンボジア海軍職員に船上および港内で訓練を提供した」「海軍の能力をより高いレベルに引き上げるだろう」とSNSに投稿した[10]。これは人民解放軍海軍がカンボジアに軍事的に深く関与していることを示している。リアム港の軍事的・政治的な意味づけは、今後数年にわたる中国艦艇のアクセス頻度や他国の海軍・海自に対する寄港の有無を観察しているアメリカをはじめとする西側の衛星画像の報道などによって明らかにされていくことになろう。
それに併せて米日をはじめ世界社会が注意していくべき点は、「一帯一路」事業でココン州に建設されたダラサコール空港がいかに使われていくのか、という点である(2021年初頭に運用開始の予定であったが、コロナのパンデミックなどで延期の公表が繰り返され、2023年半ばに設定されていた予定日にも開港されず、本稿脱稿日の2024年5月9日時点でもまだ開港されていない)。
ダラサコール開発事業は、中国の天津に本拠を置くUDG社が、経済特別区に国際空港、深海港、工業団地、高級リゾート施設を建設する99 年間のリース契約をカンボジア政府と結んだ2008年に遡る。UDGによるダラサコール事業は、カンボジアの沿岸地域の約 2割のエリアを利用する複合施設設計事業であるが、「開発」が進んでいるのは空港や深海港に偏っている。また、ダラサコール空港には3,300 メートルの滑走路と、3,800メートル、3,200メートルの各1本の滑走路増設計画もあるとされている。アメリカの国防総省は、ダラサコール空港が中国の軍民両用の飛行場として機能する可能性があるとの懸念をこの数年間繰り返してきた。その長さの滑走路があれば、爆撃機H6、Y-20大型輸送機などの離発着も可能になる。
ダラサコールでのヒトやモノの利用予想量を日本の空港と比較すると、ダラサコール空港の使用目的に疑念が生じる。日本の成田空港のA滑走路は4,000m、B滑走路は2,500mである。年間発着容量を50万回に拡大することを目的として2029年3月31日までの完成予定の増幅計画では、B滑走路を2,500mから3,500mへ延伸、3,500mのC滑走路の新設、計7,471mの誘導路の新設整備などが計画されている。この成田空港の数字を参考にして、カンボジアの経済や観光業の規模からダラサコール空港の発着容量考えると、その滑走路の長さや機能は果たして合理的なものと言えるのであろうか。
インド太平洋の安全を考えれば、リアム港からダラサコールにかけての地政学的要衝における中国の使用目的について、我が国の政府や世論も警戒していくことが必要である。
■ 問われる「中国に傾斜するカンボジア」への日本の開発協力のありかた
日本外交は、長年、国際社会の平和と繁栄を希求し、政府開発援助(ODA)を中心とする開発協力を通じ、途上国の開発の後押しに取り組んできた。その文脈で、我が国の「開発協力大綱」は、開発協力の軍事的用途及び国際紛争助長への使用を回避するとの原則を遵守しつつ、国際社会の平和と安定及び繁栄の確保に積極的に貢献するものとされてきた。
カンボジアは安全保障領域において中国との関係を深めている。南シナ海有事や台湾有事になれば、リアムやダラサコールをはじめとする重要インフラが中国軍に利用される可能性は小さくない。現時点においては日本の対カンボジア開発援助が直接的には軍事的用途への使用には関わってはいないとは言え、日本からカンボジアへの開発支援の策定にあたっては、中国による開発プロジェクトとの関連を慎重に検討していく必要があろう。
日本の総人口に占める高齢者人口の割合が2023年に29.1%と過去最高を更新し、75歳以上の人口割合が16.1%と過去最高となり、財政が厳しくなっていく日本において、対外援助のあり方は、これまで以上に日本の国益、特にインド太平洋の平和と安全に寄与するものでなければならない。米・中露の勢力圏競争が激化している時代のインド太平洋における日本の対カンボジア外交は、中国・カンボジアの「ダイヤモンド・ヘキサゴン」関係の展開を見据えながら進められていくべきであろう。
(2024年5月9日脱稿)