公益財団法人日本国際フォーラム

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第4回定例研究会合
  1. 日 時:2023年11月8日(金)午前2時-午前3時半
  2. 形 式:ZOOMによるオンライン会合
  3. 出席者:17名
[主  査] 廣瀬 陽子 慶應義塾大学教授/JFIR上席研究員(担当、コーカサス)
[メンバー] 宇山 智彦 北海道大学教授(担当、中央アジア諸国)
遠藤  貢 東京大学教授(担当、アフリカ地域)
畝川 憲之 近畿大学教授(担当、東南アジア・オセアニア地域の政治(経済))
小柏 葉子 広島大学教授(担当、島嶼海域)
ダヴィド・ゴギナシュヴィリ 慶應義塾大学SFC研究所上席所員(担当、ジョージア及び黒海地域)
高畑 洋平 JFIR常務理事・上席研究員*(担当、日本外交)
三船 恵美 駒澤大学教授/JFIR上席研究員(担当、中国)
[JFIR] 渡辺  繭 理事長
伊藤和歌子 常務理事・研究主幹 ほか8名
  1. 議論の概要

(1)開会挨拶

冒頭、高畑常務理事と廣瀬主査より開会挨拶がなされた。高畑常務理事からは、前回の研究会では、畝川メンバーから太平洋島嶼国の三つの脆弱性や、政治的アクターについて報告され、今回は、小柏メンバーに、太平洋島嶼諸国の内在メカニズムはどのようなものなのかを報告していただく、と語られた。

(2)小柏葉子メンバーより報告

<はじめに>

オセアニアは、オーストラリア、ニュージーランド、そして太平洋島嶼諸国[1]からなる地域であり、台頭する中国とそれを抑止しようとする西側諸国とが互いに太平洋島嶼諸国の取り込みを図ろうとするせめぎ合いの場として非常に近年注目されるようになってきた。確かに中国の台頭はオセアニアにおける地域秩序に変容をもたらした非常に大きな要因である。しかし、太平洋島嶼諸国の視点からオセアニアの地域秩序の変容をとらえる必要があると考える。太平洋島嶼諸国がどのような利害関心を抱いてきたのかに焦点を当てた報告を行い、近年の事象のみならず、一定のタイムスパンに基づいた考察を行う。

<オセアニアにおける地域秩序>

太平洋島嶼諸国は、植民地時代にオーストラリア、ニュージーランド、アメリカ(ANZUS諸国)の宗主国と密接な関係を築いてきた。そして、第二次世界大戦後、太平洋島嶼諸国の脱植民地化後もこの密接な関係は様々な形で引き継がれてきた。例えば、ANZUS諸国との個々の自由連合協定は、越境労働移動の自由を島嶼諸国に与え、送金経済[2]という島嶼諸国に特殊な経済構造を支えている。また、脱植民化後も、旧宗主国と太平洋島嶼諸国は、南太平洋委員会(現:太平洋共同体)という形での地域協力を保ち続けた。
 しかし、徐々に太平洋島嶼諸国は旧宗主国に対して不満を持つようになり、フランス領ポリネシアの核実験に対する抗議が却下された経験を機に、太平洋島嶼諸国は南太平洋フォーラムという新しい地域枠組みを結成した。南太平洋フォーラムには、外交的な影響力を担保するために、オーストラリアとニュージーランドも招かれた。核問題や海洋問題を「共通課題」とする南太平洋フォーラムの外交活動を通じて、独立国および自由連合国からなる太平洋島嶼諸国とオーストラリア、ニュージーランドという「国家」によって結成され、「共通課題」をめぐって域外に向け共同で外交活動を展開する政治単位としての地域という地域概念が構成国間にて、次第に共有されていった。

<転換点としての気候変動問題>

太平洋島嶼諸国にとって、気候変動による海面上昇は居住地や耕作地に浸食や水没、ひいては国土水没などを引き起こすとされる非常に重要な問題である。しかし、気候変動問題をめぐって、南太平洋フォーラム内で気候変動問題に対する基本的立場の違いが存在し、この対立は京都議定書交渉で顕在化した。オーストラリアとニュージーランドは自国の産業を守るために、温室効果ガス規制をゆるく設定することを希望したのに対し、太平洋島嶼諸国は温室効果ガス規制を厳しく取り決めることを希望した。結果的に、京都議定書には太平洋島嶼諸国の主張が反映されず、オーストラリアとニュージーランドに有利なものとなる。この経験は、太平洋島嶼諸国に不満と失望が残し、気候変動問題をめぐって、オーストラリア、ニュージーランドとともに域外に向けて共同で外交活動を展開することは困難であると認識させた。

<地域秩序の変容>

太平洋島嶼諸国は、太平洋諸国フォーラムを主要の外交チャンネルとみなさなくなり、外交チャンネルの多角化を図った。例えば、G77+中国、小島嶼諸国連合、高い野心連合を通して、気候変動枠組み条約締約国会議(COP)に参画し、気候変動に関する自らの声を届けようとしている。また域内では、オーストラリアとニュージーランドを含まない、太平洋島嶼開発フォーラムが出現した。気候変動をめぐるオーストラリア、ニュージーランドと太平洋島嶼諸国との亀裂という内在的要因が、「南太平洋」地域概念の消滅と太平洋諸島フォーラムの求心力の低下を招いたと言える。この内在的要因と前回の研究会で話された、中国の台頭という外在的な要因が組み合わさり、オセアニアにおける地域秩序が変容してきたとまとめられる。

<新しい地域秩序構築の試み>

太平洋島嶼フォーラムは、2050年までに青い太平洋を実現することを掲げた「青い太平洋」の策定を行い、新しい地域秩序の構築が謳われた。これに対するANZUS諸国の取り組みは、「インド太平洋」の戦略的一部としての「太平洋」への取り組み、青い太平洋への支援、太平洋諸島フォーラムをはじめとする地域的一体性の強化といった三点にまとめられる。
 現在の太平洋島嶼諸国のスタンスは三点にまとめることができる。第一に、太平洋島嶼諸国はインド太平洋の戦略的一部と太平洋島嶼諸国を位置付ける見方をANZUS諸国とは共有していない。第二に、ANZUS諸国による「青い太平洋」へのコミットメントの持続性に対して懐疑的である。第三に、地域制度を通じた地域的一体性を求めている。しかし、ミクロネシア諸国が2021年に太平洋諸島フォーラムからの離脱を一時表明したことに見られるように、地域制度の吸引力として地域概念が現在は不在であるといえる。

(3)質疑応答

Ⅰ オセアニアの国々は自国のアイデンティティ、太平洋島嶼諸国としてのアイデンティティ、そして、太平洋全体の中でのアイデンティティと、重層的なアイデンティティを持っていると思うが、それらはどのようなものか。 (廣瀬主査)
⇒オセアニアの国々のアイデンティティは多様であり、宗主国、他国との経済的結びつき、地理によって異なる。多様なアイデンティティを持ちながらも、核実験問題や環境問題というイシューを基に一つの共有するアイデンティティを構築することを太平洋島嶼諸国は試みてきた。しかし、近年、一つのアイデンティティは共有できていないと考える。(小柏メンバー)

Ⅱ 島々や地域協力を通して太平洋島嶼諸国を見る方が、この研究会では有効な分析単位か。(高畑常務理事)
⇒個々バラバラで見ていくよりも、一つのまとまりとしてみていくほうが良いと考える。(小柏メンバー)

Ⅲ 前回の畝川メンバーは、中国はほとんど気候変動問題に関与していないと報告していたが、この点についてどう考えるか。(遠藤メンバー)
⇒中国は、太平洋島嶼諸国との外相会議で、気候変動アクションセンターの設立を約束するなど、気候変動問題に関して太平洋島嶼諸国に対する支援を打ち出している。ただし、こうした支援は中国だけではなく、ANZUS諸国などほかの国々も行っているものである。一方、太平洋島嶼諸国は外交ツールの多角化を行い、G77+中国を通してCOPに自らの声を届けようとしている。G77+中国では、中国が大きな役割を担っているため、太平洋島嶼諸国は名指しで中国を非難することは難しくなっている。(小柏メンバー)

Ⅳ 太平洋島嶼諸国ではロシアの影響はあるか。
⇒現在は、ロシアは太平洋島嶼諸国にアプローチをかけていない。しかし、過去には、ラブロフ外相が島嶼諸国を回った結果、南オセチアを承認する国が増えたという因果関係は存在する。ロシアは、太平洋島嶼諸国を票集めの場として見ていると考える。

(文責、在事務局)

[1] 一般的に日本では太平洋島嶼国と呼ばれるが、発表者は、独立した国々という意味を強調するため、太平洋島嶼諸国と呼んでいる。
[2] 太平洋島嶼諸国の人々は、外国に住む島嶼諸国からの送金に生活が大きく支えられている面がある。このような、移民の送金に頼る経済を送金経済と呼ぶ。