公益財団法人日本国際フォーラム

ハマスとイスラエルの衝突で「第5次中東戦争」の危機が生じている。日本のメディアや専門家の多くはパレスチ批判よりイスラエル批判の傾向が強い。また、反イスラエル勢力の背後に、イランの存在があるが、その問題に具体的かつ明確に触れる論者も少ない。それに疑問を呈するのが本論の主旨である。
 それについて述べる前に、十年余り前のことだが、長年ドイツに在住していたロシア知識人が、ドイツのメディアや一般世論がイスラエル批判に傾き過ぎていることに疑問を感じて、それを批判しているロシア紙の記事を紹介したい。今日の日本のことを述べているようにも聞こえるからである。国際的には、ロシアはアラブ寄りとの一般的イメージがあるが、このロシア知識人によるとロシア人のイスラエル観はドイツ人のそれよりもはるかにイスラエルに好意的だという。以下は、ロシアの主要紙『独立新聞』(2011年11月1日)のその記事の書き出し部分である。
 「ドイツで長年働いたロシア人として、ロシアとドイツのイスラエルに対する姿勢を比較してみたい。ホロコーストの過去があるにもかかわらず、ドイツ人は、特に近年は、イスラエル批判の傾向が強い。ドイツの世論調査機関Forsaによると、49%のドイツ人は、イスラエルを攻撃的(侵略的)な国だと見ている。左翼政党支持者の間では、この傾向はもっと強い。Die Welt紙によると、大部分のドイツ人が、多かれ少なかれイスラエルを世界にとって脅威とみている。それどころか、パレスチナ人への対応を、大戦中のドイツ人のユダヤ人への対応に擬えている。ドイツ人は他のどの国に対してよりもイスラエルに対して厳しいと同紙は報じている。ドイツ国民と比べると、ロシア人の大部分(69%-2011年、56%-2008年、65%-2003年)はイスラエルを好意的に見ている。その理由の一つは、国民の支持を得たイスラエル軍の能力が高く、アラブのテロリストから領土や自国民を断固として守っており、国民が団結して士気が高く、集団的な責任感も強いから、ということである。」
 ドイツ国民がイスラエルに批判的な背景としてこのロシア人は、Die Welt紙が報じていることとして、ドイツの主要教科書が中東紛争に関して、一方的にパレスチナ側を犠牲者、イスラエル側をパレスチナ人の貧困や災害の責任者として描いているからだと伝えている。

次に、イランについて。イランでは親米的な王政が1979年2月、ホメイニ師主導のイスラム革命によって崩壊し、イスラム原理主義とそれを世界に広めることが国家の基本方針となった。そのイスラム国家とその基本方針は今日のイランまで続いているが、同国憲法の前文には次のように述べられている。

「イラン・イスラム共和国憲法は、イスラム社会の真の熱望を反映したイスラム的原理と戒律に基礎を置くものである。
イラン革命(1979):イラン国民の良心は、イマム・ホメイニ師の指導の下で、真のイスラム哲学に従う必要性を理解した。
軍隊:イランにおけるイスラム軍および革命軍は、単に国境を防御し安全を保障するためばかりではなく神の名において全世界に神の法が打ち立てられるまで、聖戦を闘い抜くためにも組織されるのである。」(西修訳)

イランにおいては、このイスラム革命の理念が今日まで続いていることは、在日イラン大使館のサイトを見てもはっきりと判る。以下は同大使館のサイトからの引用である。
 「シオニスト政権イスラエルによる占領からのパレスチナ解放と、自らの運命の決定する権利は、1960年代にホメイニ師の運動が始まった時から、その基本的なスローガンや理想のひとつでした。ホメイニ師はパレスチナにおけるシオニスト政権(イスラエル)の樹立を悪魔の行為だとしました。……イスラム共和国の建国者、ホメイニ師は、シオニストの占領に対するパレスチナ人の合法的なすべての権利を実現させるためパレスチナの問題や理念を、イスラム世界の第一の問題としたのです。……そして現在、ホメイニ師のイニシアチブにより、西アジアからアメリカ大陸、アフリカ大陸にいたる地球上の各地で、パレスチナ人と聖地を支持する声が響いています。」(https://japan.mfa.gov.ir/jp/newsview/595779)

この10月28日の読売新聞は第8面に「基礎から分かるイスラエル・パレスチナ」と題して今日の中東問題を取り上げている。そこには第1次世界大戦以後、今年の10月のハマスによるイスラエルへの大規模攻撃まで中東をめぐる主な事件の年表も掲載されている。非常に驚かされるのは、この年表には、1979年のイラン革命が載せられていないのだ。イランに対する記述は、ガザ地区のハマスやイスラム聖戦、レバノンのヒズボラなどの過激派に関して「これらの組織は、イランが資金・武器の供与や戦闘員の訓練で支援している点が共通する」という指摘、1979年に設立されたイスラム戦線が「イラン革命に大きな影響を受けたとされる」との指摘、そして「中東の武装勢力と各国の関係図」の中で、武装勢力の支援国としてイランが図示されているだけだ。この特集記事の掲載された読売新聞の第8面は、特別面として広告も掲載せず、全面を今日の中東問題に宛てている。この特集記事掲載の努力には敬意を払うが、中東紛争におけるイラン革命の役割を過小評価していないか。
 イランは、イスラエルの建国を今日でも「悪魔の行為」と断言し、同国を地図上から消去することを、国是というより世界の課題として、多くの反イスラエル運動と反イスラエル主義を鼓舞してきた。イスラエルが「自国の抹殺運動」に対して全力で戦うのは、自衛権として当然ではないか。また、パレスチナ政権指導部の腐敗問題も日本では殆ど報じられない。
 イスラエルの文学賞「エルサレム賞」を受賞した村上春樹も、その受賞演説(2009年2月)で一方的にイスラエルを批判した。彼はその講演の中で次のようにも述べた。この事も、わが国におけるイスラエル観をよく示している。「日本でかなり多くの人に、エルサレム賞授賞式に行くべきではないと助言されました。一部の人には、もし行くなら私の著作の不買運動を起こすとさえ警告されました。」
 最近わが国のあるメディアは、「イスラエルに対する抵抗勢力」という表現を使っている。イスラエルが「攻撃」をし、それに対しハマスやヒズボラ、イランやシリア、様々な反イスラエル組織などが「抵抗」している、といった認識が背景にあるのではないか。
 私は、極右的なネタニヤフ首相を支持しているのではない。また、イスラエル建国によって排除されたパレスチナ人が怒るのは当然で、彼らの怒りには強い共感を抱いている。イスラエル・パレスチナ問題は、原理的あるいは絶対的な二律背反が含まれている。そのことを理解した上で、イスラエル国家の存続を賭けた同国の自衛権を理解すべきだと思っている。