公益財団法人日本国際フォーラム

はじめに

海の環境に関する話題としては、最近では海洋ゴミの問題が世界的に注目を集めている。海洋ゴミの殆どが陸上で発生した廃棄物や流出物であるが、一度海に入ったこれらのゴミは、海流や波によって広範囲に運ばれ、回収することは極めて困難である。国連海洋法条約では、EEZにおける海洋汚染の防止の義務は沿岸国が有するとされるが、海洋ごみの様に広範囲に広がる環境問題は、各国単独での対応は不十分であり、その解決には多くの国の協力と協調が不可欠である。この問題が有する越境性は、海洋「世論」の創成と拡大の重要性や必要性を強く示唆するものと考え事ができる。
 2015年にJambeckが海洋プラスチックゴミの問題を提起して以降、海洋ゴミ問題としては、海洋プラスチックゴミがその中心にあると言える。2016年に開催された世界経済フォーラムの報告書には「このまま何の対策もとらなければ、海洋に漂うプラスチックゴミの総量は、2050年には魚の重量を上回る」との認識が記載された。これらの海洋プラスチックゴミ問題への危機感は、すでに世界で議論されており、20196月に大阪で開催されたG20サミットにおいて、海洋ごみ問題の解決に向けた大阪ブルー・オーシャン・ビジョンが採択されるなど、世界的な関心は高まってきている3
 海洋にはすでに大量のゴミが存在しており、また毎年800万トンのゴミが海へと流出をつづけているとされる1。したがって、海洋ごみの問題の解決には長い年月とたゆまぬ人の活動が必要である。では、どうすれば海洋ゴミの問題が忘れられることなく注目を集め、その解決にむけて世界が活動をし続けることにつながるのだろうか。ここでは、海洋ゴミ問題に関する動きが一過性のブームで終わるのではなく、具体的な問題解決へとつながるような国際的海洋世論の形成へと発展するためには、どのような視座が重要なのか述べてみたい。

I 科学的知見の蓄積とその利用

海洋にはすでに1500万トンにも及ぶ大量のプラスチックが漂流・蓄積しているとされている。これは国内で排出されるプラスチックゴミの約3.5倍もあり5、これに加えて毎年800万トンのゴミが海へと流出をつづけている1。しかしこれらの数値がどれだけ確かなものであるかは誰にも言えないのではないだろうか?環境省によれば、日本沿岸の漂着ごみは令和元年で約3.2万トン、平成29年には約5.5万と報告されています。プラスチックゴミは全体の約20%とされていることから、プラスチックゴミだけでは6千4百マントンから1.1万トンくらいになる。他のいずれの国においても、このようなゴミ総量の概算とそのごみに占めるプラスチックの割合を基に海洋プラスチックゴミの量を算出している。従って、データの漏れやその正確さについては、はっきりとは言えないのが現状であろう。
 一方で、私のグループは、2019年から2021年にかけて、静岡県清水港の真崎海岸において砂浜におけるプラスチックゴミの量を経時的に調べた。この結果、同じ海岸でも水分含量や植生などの微細な環境の違いでゴミ(特にマイクロプラスチックなど)の量や種類は大きく異なり、また、同じ場所であっても毎月ゴミの量と種類が大きな変化していることを確かめた。特に、台風などの極端気象の前後では、漂着ごみの量や種類は激変していた
 海水中のマイクロプラスチックについては、ニューストンネットを持ちるような手法の統一が進められている。しかし、海岸における漂着ごみについては、国内であっても基本的な調査方法やゴミの算出方法は、まだ標準的手法も定められていない。したがって、気象や波浪の影響で大きく変化する漂着ごみの状況を踏まえれば、実際のゴミによる汚染状況や被害状況を科学的に抑えることを難しい状況にあると言えるだろう。今後、具体的な対策を講じるためにも海洋の漂流ゴミと沿岸の漂着ごみの双方について、国際的に標準的手法を定め、比較可能なデータの収集及び分析を進める体制の強化は急務である。

II 自然災害とゴーストギア問題

海洋にゴミが流れ出る原因は、陸域における不適切なゴミ処理や違法投棄に加え、自然災害によってガレキが流れ出るケースが考えられる。環境省の推計では、東北大震災では約500万トンのガレキが海に流れ出たと算出されている。沿岸から流れ出るガレキには様々なものが含まれており、特に漁業が盛んな東北沿岸地域であれば、陸域に保管されていた漁具も大量に海に流れ出たと考えられる。日本のみならず、世界で漁具の流出は生じており、アメリカのチェサピーク湾では毎年16万個のカニかごが流出しており、カナダでは5年間で70kmにも相当する刺し網が流出したとされています。また、太平洋ごみベルトと呼ばれる北太平洋旋廻のゴミのたまり場では、浮遊するプラスチックゴミの約46%は漁具に関するものである7

海に流れ出た漁具は、波浪や紫外線によって分解されマイクロプラスチックとなって被害をもたらすだけでなく、元々海水に強い素材でできている漁具は長い時間海中に存在し、多くの水産資源を捕獲し餓死させるゴーストフィッシングを生む。また、海中の漁具は、魚類のみならず海洋哺乳類や鳥類及び爬虫類を捉え溺死させるゴーストギアになることも指摘されている
 ゴーストギアは、漁業者の漁具の不法投棄やIUU漁業(違法・無報告・無規制漁業)が主要因と考えられることから、漁業の問題として取り上げられるケースが多い。このため水産業界に海中の漁具の撤去などの対策が求められる。水産庁によれば、日本の排他的経済水域からこの10年間で約1万トンの漁具が回収された。この費用は約10億円とされている。回収された漁具は、外国の漁船から生じたと思われるものも多く含まれた。ゴーストギアの処理をすべて漁業関係者のみで回収しようとすれば、その膨大なコストを負担することができずに、問題が放置されかねない。もしくは、その費用を売上で負担しようとすれば、ゴーストギアの撤去費用は最終的には日本の消費者が負担することになる。ゴーストギアの発生に自然災害や海外漁業者の不法投棄が含まれていることを考えれば、他の海洋プラスチックゴミ同様、人類全体の問題としてその解決に取り組む必要がある。海洋の水産資源がこれ以上むしばまれる前に、世界的な枠組みでのゴーストギアの調査と撤去を進めなければならない。これは資源管理よりも場合によっては優先されるべきであろう。

III 食料安全保障と海洋ごみ

20227月に国連が発表した「世界の食料安全保障と栄養の現状2022年版」では、世界で82800万人が飢餓の状態にあるとされている。一方で、国連食糧農業機関(FAO)によれば、世界の穀物生産量は年間265千万トン以上あり、世界の人々が食べられる量は存在しているとされている。したがって、現在の飢餓は、分配の問題であると考えられる。しかし、この状況が今後も続くかは定かではない。世界人口は現在でも増え続けており、2080年には104億人まで増加すると推定されいる。この増加する世界人口を支えるためには現状の60%以上の食料の増産が必要とされている。
 これまでにも世界的な食料不足については何度か警鐘が鳴らされた。古くはマルサスの人口論や1972年のローマクラブの提言などがそれにあたる。過去においては、耕作面積の拡大や人工肥料の開発などの技術革新によって食料が増産され、問題は回避された。しかし現代において、すでに多くの土地が利用されており、森林の減少が問題視される中ではさらなる農地拡大は期待できない。化学肥料の使用や遺伝子組み換え食材の問題などもあり、技術革新のみで食料の増産も難しいと思われる。これらに加え、地球規模で生じる異常気象や砂漠化の問題は、農業生産の不安定化と減産を引き起こしている。すでに各地で指摘されている淡水資源の減少およびその枯渇も今後の食料増産が難しいことを示している。このような状況において、海洋における食料生産には大きな期待がかかっている。特にこれまであまり利用されてこなかった沖合や外洋域における増養殖の展開は、技術開発と経済発展を巻き込みながら拡大が期待されている
 この外洋域における水産資源の持続的利用拡大には、海洋プラスチックゴミ問題の解決は不可欠であろう。なぜならば、微細化したマイクロプラスチックやナノプラスチックが海洋生物に取り込まれることで、その再生産を阻害する危険性が示唆されているためである。特に海洋生態系で重要な位置をすめる動物プランクトンの体内にプラスチックが取り込まれ、その再生産が阻害されることは大きな問題であるととらえるべきである10。基礎生産を水産資源へとつなぐプランクトンの減少は、海洋全体のバイオマスの減少につながりかねない。世界人口の増加に伴い食料不足が予測されている中で、海洋生産性の低下は今後の食料安全保障的観点からも大きな課題であると言える。加えて、微細なプラスチックの表面において多様な微生物や細菌が繁殖することが確かめられており、プラスチック汚染の広がりが食料の安全性と人の健康のリスク増大へと被害が拡大する危険性も考えられている。

おわりに

海洋の環境問題としては、富栄養化と赤潮の問題や石油や化学物質による水質問題などが広く議論され、マールポール条約やロンドン海洋投棄条約などすでにいくつかの条約も存在する。しかし、海洋プラスチックごみの問題は、その越境性と発生原因の多様性ならびに被害の不確実性という点で従来の海洋環境問題とは大きな違いがあるように思う。特に外洋域で発生するマイクロプラスチックやナノプラスチックによる生態系および水産資源への悪影響は、日常的には認知されづらく、世界的な議論を行うのは難しいのかもしれない。
 目に見えない問題や日常的に認識されない問題は、忘れられがちである。一時的に話題となっても、それらの問題が解決するまで世論の関心を集め続けることは難しい。環境問題は、他の経済的問題や安全保障の問題と比べても、この持続性は大きな課題であると言えるだろう。これまでもオゾンホールや環境モルモンの問題などは、一時期大きく取り上げられ世界的な関心事となった。これらの問題は、すべてが解決したわけではないが、ブームが去ってしまえば国際的に議論されることは少なくなった。
 海洋プラスチックゴミ問題は、間違いなく世界で取り組まなければ解決しない大きな問題である。この問題を解決するためには、多くの人の関心を集め続け、長期にわたる努力が求められる。このためにも、世界の注目を集めている今、十分な調査体制と科学的データの蓄積とその利用体制の確立し、常に新しい情報を発信し続ける必要がある。
 ただし、環境問題に関しては、科学的データを集めるだけでは、人々の関心をつなぎとめ、そして問題解決にむけた行動変容を導きだすのは難しい。実際に、地球温暖化や気候変動の問題に関しては1980年には世界気候研究計画(WCRP)が組織され、その後世界的な気象研究が行われた。また、生物多様性の危機に関する問題については1987年に地球圏・生物圏国際共同研究計画(IGBP)が組織され、様々な研究が行われた。科学的データが蓄積され科学的発見も成し遂げられた。しかしこの間、地球環境が改善されることはなく、社会システムも変換点を迎えることはなかったように思われる。その後の地球システム科学パートナーシップ(ESSP)やFuture Earth11の場で指摘された様に、科学的データの提示と不安や危険性の提示だけでは、広域の環境問題の解決につながる動きを継続することは難しい。常に新しい情報を発信し続けながら、それそれの課題や問題が各個人や国家にとっての重要課題として認識される必要がある。この点、健康や食料安全保障の問題との関係性の明示は強い社会への浸透力を与えてくれるものと期待したい。同時に、海洋ゴミ問題の解決が個人と社会に利益となる仕組みも考える必要があろう。このためには、調査や分析が単に研究者や行政が行う作業ではなく、様々な人(ステークホルダー)がかかわる超学際な活動として認識されることが重用である。世界的に注目が集まっている今だからこそ、その体制作りと情報発信そして解決に向けた活動が利益を踏める仕組みを作ることが重要なのだと考える。ごみ処理が単なる経済活動の後始末ではなく、新たな産業となる仕組みとそれを支える科学と技術の共有(規格化)を期待したい。