公益財団法人日本国際フォーラム

はじめに 沖ノ鳥島とは

沖ノ鳥島は日本の最南端の領土で、北緯20度25分、東経136度04分に位置する。日本で唯一北回帰線の南にある領土である。香港や台湾よりも南にあり、ハワイとほぼ同じ緯度にある。沖ノ鳥島はいずれも米軍基地のある沖縄本島とグアム島のほぼ中間に位置する。
 沖ノ鳥島は東西の長さは約4.5キロメートル、南北の長さが約1.7キロメートル、外周は約11キロメートルの細長い円形のサンゴ礁島である。沖ノ鳥島には北小島と東小島という2つの海洋地形があり、満潮時に海面に露出している。
日本政府は、沖ノ鳥島は歴史的に島としての地位が確立しており、沖ノ鳥島を基点にして排他的経済水域(EEZ)を設定することができるとの見解を示している。日本政府は1922年に沖ノ鳥島に海軍の測量船「満州号」を派遣して初めて調査を行い、1931年に内務省告示により東京都小笠原支庁に編入した。
 日本は1977年に「漁業水域に関する暫定措置法」を制定し、沖ノ鳥島の低潮線を基線として、基線から200カイリに及ぶ海域に漁業(水産動植物の採捕または養殖の事業)に関する管轄権を有する海域として「漁業水域」(いわゆる「漁業専管水域」)を設定した。1996年に国連海洋法条約の批准にあわせて「排他的経済水域及び大陸棚に関する法律」を制定し、沖ノ鳥島についても、同島の低潮線を基線として、基線から200カイリに及ぶ海域にEEZを設定した。2007年3月には船舶の航行安全や漁船の安全操業などを目的に設置した灯台の運用を開始した。

1 日本の大陸棚延長申請

国連海洋法条約は大陸棚限界委員会(CLCS)による審査で大陸棚が200カイリ(約370km)を超えて地形・地質的につながっていると認められた場合には、200カイリを超えて大陸棚を設定することができると規定している。日本は1983年から大陸棚の調査を開始し、2008年に CLCS に大陸棚の延長を申請し、2012年に CLCS の勧告を受領した。CLCS の勧告では、日本が申請した 7 海域のうち、4 海域について延長が認められ、日本の国土面積の約 8 割に相当する約31万平方キロメートルの延長が認められた。
 日本は勧告を受けて、「沖大東海嶺南方海域」と「四国海盆海域」の2海域について、延長大陸棚の範囲を定める政令(「排他的経済水域及び大陸棚に関する法律第二条第二号の海域を定める政令」)を制定し、2012年10月に施行した。これにより、沖大東海嶺南方海域の約0.3万平方キロメートルと四国海盆海域の約17.4万平方キロメートルの合計17.7万平方キロメートルの大陸棚が拡大された。同じく延長が認められた「南硫黄島海域」と「小笠原海台海域」の2海域については、アメリカの北マリアナ諸島を基点とした延長大陸棚と重複する可能性があるため(その場合はアメリカ政府との間で大陸棚の境界画定交渉が必要となる)、現時点では日本の大陸棚とはなっていない。「南鳥島海域」と「茂木海山海域」の2 海域については、日本の申請どおりには勧告がなされなかった。

2 日本の申請に対する中国および韓国の口上書

他方で、沖ノ鳥島の南に位置する「九州パラオ海嶺南部海域」については、中国政府と韓国政府による口上書で言及された事項、すなわち、沖ノ鳥島の国際法上の地位(国際法上「島」か「岩」か)に関する問題が解決されるまで、CLCS は同海域について勧告を出すための行動をとる状況にはないとして勧告は先送りされた。
 中国政府は国連事務総長に宛てた2009年2月6日付の口上書(CML/2/2009)で、「いわゆる沖ノ鳥島は、実際には、国連海洋法条約121条3項で規定されている岩である。」「沖ノ鳥岩は、利用可能な科学的データによれば、自然の状態では人の居住や独自の経済生活を維持することはできず、それゆえ排他的経済水域(EEZ)と大陸棚を有することはできない。」と述べた。
 また韓国政府も国連事務総長に宛てた2009年2月27日付の口上書(MUN/04/09)で、「沖ノ鳥島は国連海洋法条約121条3項で規定されている岩であるので、領海の幅を測定する基線から200カイリを越えた大陸棚を有することはできない。」と述べた。
 仮に、中国政府と韓国政府が主張するように、沖ノ鳥島は国際法上「島」ではなく「岩」で、沖ノ鳥島を基点としてEEZと大陸棚を設定することが許されない場合、沖ノ鳥島の周辺海域の日本のEEZと大陸棚である海域は純然たる公海となる。つまり、沖ノ鳥島を中心とする西太平洋海域において、各国が「公海の自由」に基づき「海洋の科学的調査」(MSR)や軍事演習などの活動をひろく自由に行うことができるということになる。
 中国政府と韓国政府は沖ノ鳥島を日本の領土であるとすることに異議を唱えているわけではない。両国政府は、日本が沖ノ鳥島の周辺海域に設定している広大なEEZと大陸棚、さらに200カイリを超えて延長しようとしている広大な大陸棚に異議を唱え、日本が主権的権利や管轄権を有することに異議を唱えている。EEZの沿岸国は、海の天然資源(海洋生物資源と海底鉱物資源)に対する主権的権利を有し、またMSR、人工島などの設置と利用、海洋環境の保護と保全を規制する管轄権を有する(国連海洋法条約56条)。

3 西太平洋海域への中国の進出

中国は1970年代から南シナ海に、80年代からは東シナ海に進出し、そして21世紀に入ってからは西太平洋に進出してきている。西太平洋の中心にある沖ノ鳥島の周辺海域において、中国はMSRや軍事演習を頻繁に行っている。
 近年では、2020年7月9日、海上保安庁巡視船が沖ノ鳥島の北北西約310キロメートルの日本のEEZにおいて、中国の海洋調査船が観測機器を海中に投入しているのを確認した。EEZの沿岸国の同意を得ずに行われるMSRは国際法違反である。国連海洋法条約246条2項は「排他的経済水域及び大陸棚における海洋の科学的調査は、沿岸国の同意を得て実施する。」と規定し、MSR実施国(者)に対してEEZの沿岸国の同意を得てMSRを実施する義務を課している。海上保安庁は、中国の調査船に対して、「我が国の排他的経済水域において、我が国の事前の同意のない調査活動は認められない。調査の中止を求める。」とする警告と要求を行った。同調査船は観測機器を揚収し、日本のEEZの別の海域に移動して再び観測機器を海中に投入するなどの行動を繰り返し行った後、同年7月27日に日本のEEZから出域した。
 西太平洋海域には米国海軍の原子力潜水艦の基地のあるグアム島がある。中国は、沖ノ鳥島は島ではなく岩であるとすることで、同島周辺海域の日本のEEZにおける日本の管轄権行使を否定し、同島周辺海域で海底地形、水温や潮流などのデータ収集をひろく自由に行い、それにより、台湾有事などの局面における米国海軍の出撃を確実に阻止することを企図していると考えられる。

おわりに 海洋の科学的調査を規制する国内法の整備の必要性

日本にとって重要なことは、沖ノ鳥島周辺の日本のEEZで中国の海洋調査船に自由に調査活動をさせないこと、そのために、日本のEEZでのMSRを日本の法律によって規制すること[1]、当該規制の執行を確保するために沖ノ鳥島周辺海域での哨戒を強化すること、そして、沖ノ鳥島の「島」としての地位を維持するために適切に管理することである。
 現在は、日本の国内法令でEEZにおけるMSRを直接に規制する国内法は存在せず、1996年7月20日付けの日本政府関係省庁合意「我が国の領海、排他的経済水域又は大陸棚における外国による科学的調査の取扱いについて」(ガイドライン)に基づき、MSR実施国(者)に対して、調査開始予定日の6ヶ月前までに、外交ルートを通じた事前の同意申請を求めて、調査の可否を判断している[2]。このガイドラインについては、2011年3月、内閣官房総合海洋政策本部によって、ガイドラインに基づく事前の同意申請に係る制度を適切に運用しつつ、ガイドラインの見直しをはじめ、制度の整備について関係府省が連携して検討していくことが決定された[3]
 2009年以降、日本の領海またはEEZでは、毎年約30件の外国船舶(外国政府の公船を含む)によるMSRが日本政府によって確認されているが、そのうち約10件が、ガイドラインに基づく事前の同意申請のないMSR、あるいは、事前の同意申請があり同意を付与しているが、事前の同意申請とは異なる海域あるいは異なる内容で行われているなど何らかの問題のあるMSRである。なかには、エアガンとストリーマーケーブルを使用するなど、鉱物資源探査の疑いのある活動もある。海上保安庁はこれらの何らかの問題のあるMSRを行う外国船舶に対して調査の中止要求などを行っている。
 2012年8月に可決・成立した海上保安庁法の一部改正で2条の任務規定および5条の所掌事務規定に追加された「海上における船舶の航行の秩序の維持」という規定は、外国政府の公用船舶に対して日本の領海外への退去要請や日本のEEZにおいて事前通報なく行われているMSRの中止要請を行うなどの海上保安庁による執行権限の行使についての組織法・作用法上の根拠の明確化を図ったものである。
 ただ、沖ノ鳥島は、今後、気候変動による海面上昇で水没してしまう可能性もある。沖ノ鳥島が水没した場合、日本は同島を基点としたEEZと大陸棚を維持できず、同海域の海洋生物資源(カツオ・マグロ類など)と海底鉱物資源(マンガン団塊やメタンハイドレートなど)に対する主権的権利などを失うこととなる。

[1]日本のEEZにおけるMSRを規制する国内法令を制定する意義については、cf. 鶴田順, 2015, 「排他的経済水域における「海洋の科学的調査」」『海事交通研究(年報)』第64集, pp.63-72.

[2]ガイドラインの内容については、cf. 坂元茂樹, 1999, 「排他的経済水域での沿岸国の同意なき海洋の科学的調査」『海洋の科学的調査と海洋法上の問題点 海洋法制研究会 第一年次報告書』(日本国際問題研究所), pp.56-57., 榎孝浩, 2013, 「排他的経済水域及び大陸棚における海洋の科学的調査」『海洋開発をめぐる諸相(調査資料2012-5 科学技術に関する調査プロジェクト 調査報告書)』(国立国会図書館調査及び立法考査局), pp. 132-134.

[3]Cf. 2011年3月11日付けの内閣官房総合海洋政策本部決定「排他的経済水域等における鉱物の探査及び科学的調査に関する今後の対応方針」.