公益財団法人日本国際フォーラム

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「米中覇権競争とインド太平洋地経学」研究会 第6回定例研究会合

標題研究会合が、下記1.~3.の日時、場所、出席者にて開催されたところ、その議論概要は下記4.のとおり。

  1. 日 時:令和41110日(木)1710分より1840分まで
  2. 場 所:オンライン形式(Zoom)
  3. 出席者:18
[報  告  者] 岡部みどり 上智大学教授
[主査] 寺田  貴 JFIR上席研究員/同志社大学教授
[顧問] 河合 正弘 JFIR上席研究員/東京大学名誉教授
[メンバー] 伊藤さゆり ニッセイ基礎研究所研究理事
櫻川 昌哉 慶應義塾大学教授
益尾知佐子 九州大学准教授
[JFIR] 伊藤和歌子 研究主幹
大﨑 祐馬 特任研究助手
日向友紀恵 特任研究助手
[オブザーバー] 9名

 

  1. 議論概要:

岡部メンバーによる報告「EUとインド太平洋地経学」

① EUの「インド太平洋アプローチ」

EU(欧州連合)のインド太平洋アプローチの特徴は、対中強硬姿勢の明確化と表裏一体の形で展開されていることである。さらに、そのアプローチに地経学的要素が色濃く見られる点が米国のインド太平洋政策との違いである。第1に、EUは連結性を重視し、リベラル国際秩序圏域へのアジア太平洋諸国の囲い込みを目的としている。この点は中国への対抗と目されるが、同時に中国の包摂も意図しているのではないかと考えている。第2に、EUは軍事安全保障と非軍事安全保障の接点を重視している。現在のウクライナ危機が象徴するように、伝統的な戦闘行為に加えてサイバー空間などへの対応が意識されている。他方、環境問題、人間の安全保障やエネルギー、バリューチェーン、貿易関係、ビジネスと人権いった、いわゆるソフトパワーを構成するようなイシューも外交のツールとして用いられつつある。このようなアプローチは、金融危機、難民危機、コロナ危機、ウクライナ危機といった度重なる危機に襲われ、現在の国際構造において相対的なパワーが低下したEUの生き残り戦略ともいえよう。

 

② 対アジア戦略の中の日EU関係

上述のEUの生き残り戦略は決して所与のものではない。日EU関係の推移を振り返れば、日EU協力の意味が少なくともEUにとって徐々に変わりつつあることが分かる。まず初めに冷戦直後(1991年)では、当時のEC(欧州共同体)は西側による国際秩序の維持を目的とし、その秩序のアジアにおける牽引役を日本に期待していた。それが2019年の段階では対中連携へと目的が変容し、EUは日本に対しアジア諸国をリベラル国際秩序に包摂する上でのリーダーシップや協力を求めていると解釈できる。他方、EUは中国の経済成長を利用する必要もあり、対中と対日の2方面を意識したバランシング外交を展開している。

 

③ 分析(1)EUの対外戦略

EUのパワーは規範力あるいは規制力として評価されてきたが、果たしてそういった力・魅力とは一体何なのか、軍事力を伴うものなのか否かといった点については、これまで十分に検討されてきたとはいえない。一般的な議論としては、欧州等が示すところの国家間の相互依存関係が密であればあるほど参加国に有利であるという理解が共有されている。この理解を前提とすれば、EEA(欧州経済領域)諸国やEU加盟候補国に対しては、規制力を展開するのではなく、これらの国々が将来的なEUへの加盟やそれに相当する連携から恩恵を受けることができるというような関係でうまく両者の協調がなされてきた。

一方、そのさらに外側の国々、例えばアフリカ諸国、米国や日本などはEUへ加盟することができないため、EUが投じうる規範力や規制力は相対的に低く、外交力で埋め合わせる必要がある。ところが、大きな外交力、つまり何をもってして相手国の行動変化をEUに有利な形で引き出すかということについては活発な議論がなかった。乱暴な言い方をすれば、EUの規範力や規制力はそのまま適用可能であり、仮に交渉の結果、妥協を強いられたとしても、EUが甘受できるレベルにとどまるであろうという前提が実務の側にも分析する側にも暗黙の了解としてあった。

 

④ 分析(2)EUパワーについての議論の展開

EUの対外的影響力について上述の前提を再検討すべきとなってきたのが最近の動きだ。EUパワー論は実際のところEUの海外戦略、グローバルアプローチに端を発するが、実態がない、あるいは実行力に対する実証が伴っていないと言われるようになってきた。例えば、複数の危機を経験したEUはグローバルアクターとしての力が相対的に弱まっているのではないか、EUのパワーは国際構造変動との関連において相対的に理解するべきではないのか(Rosato 2012)、といったような主張がなされている。また、EUの対外関係構築は広域地域形成を図るものか、あるいはEU統合の限界を正当化する手段なのか、という問題提起もある(岡部編 2022年)。

 

⑤ 分析(3)米中対立、新型コロナ・パンデミック、ウクライナ危機とEU

デカップリング、パンデミック、ウクライナ危機によるダメージは非対称的である。つまり、2008年以降の複数の危機からの復興を自力では行えないような国家にとっては危機の影響が非常に大きい。昨今のウクライナ危機では、食料価格、燃料価格の上昇に端を発するインフレ、GDP成長率の低下や貿易面への影響が各国にとって共通のダメージであった一方、経済制裁の影響は経済構造の差異に応じて各国で非対称的であった。

次にウクライナ危機の政治的影響、とりわけEUのインド太平洋アプローチに対する影響の一つとして、EUは今年の3月に “EU strategic compass” という文書を発表した。これまで欧州は主に危機管理の分野において共通の外交防衛政策を展開してきたが、その連携の度合いをある程度高める方向へと転換したのである。この文書でアジアとの関係において重要な点は、中国は引き続き「経済的な競合相手でありシステミック・ライバル」であると改めて明記されたことである。EUは2019年に欧州委員会が初めて中国を「システミック・ライバル」と呼んだのを再度強調したかたちだ。

しかし、このことが欧州諸国の連携の緊密化を意味するかどうか見極めるのはまだ難しい。エリートレベルでは、2018年の段階でも中国との経済的な結びつきの効果への期待が安全保障上の脅威に対する警戒心を上回っていた。ウクライナ危機がそれを抜本的に変えることはないだろう。また、市民レベルを見ても、例えばウクライナ戦争の終結に関し、早期終結を望む者(平和派)やウクライナの主権回復を重視する者(正義派)など国家間で意見のバイアスが存在し分断状態にある。

 

⑥ 展望―日EU関係の行方

以上を踏まえると、弱体化した欧州が統合を強化するか否かについては、解体こそないだろうけれども、緩い連携への逆行はありうる。中国との関係では、米国のような対立ではなく、EUの生き残り戦略として「システミック・ライバル」と「脅威」の間を行き来しながら外交を展開するだろう。その中でインド太平洋アプローチは、より広いレベルの安全保障戦略(strategic compass)におけるバランシングとして展開されると考えられる。つまり、潜在的脅威としての中国への警戒は続くが、短期的にはウクライナ戦争の停戦後を視野に入れても経済復興を優先する必要がある。そこでは、従前のような「EUパワー」の誇示は戦略上不利に働くだろう。最後に、日EU関係の行方を見通せば、「蜜月」関係は返上される可能性があるものの、対中、親アジア外交を目的にEUは日本と戦略的なパートナーシップを維持する意向だと考えられる。EUの外交は、米国政治の将来や岸田外交の展開などに応じて変化する途上にあると言えよう。

 

(以上、文責在事務局)