公益財団法人日本国際フォーラム

  • メモ

    メモ

公開ウェビナー「ウクライナ危機後のインド太平洋秩序ー持続可能な日印関係を目指して」

当フォーラムとインドのオブザーバー研究財団(ORF)の共催により、公開ウェビナー「ウクライナ危機後のインド太平洋秩序: 持続可能な日印関係を目指して」が、下記1.〜4.の日時、場所、登壇者、参加者にて開催されたところ、その議事概要は下記5.のとおり。

1. 日 時:2022年8月29日(月)15:30-17:30

2. 場 所:Zoomによるオンライン開催

3. 登壇者:

[JFIR側] 渡辺 まゆ JFIR理事長
Purnendra Jain アデレード大学名誉教授
河合 正弘 JFIR上席研究員/東京大学名誉教授
岡部みどり 上智大学教授
寺田  貴 JFIR上席研究員/同志社大学教授
三浦 秀之 杏林大学准教授
[ORF側] Sunjoy Joshi ORF会長
Preeti Seran 国連経済的・社会的及び文化的権利に関する委員会メンバー/元駐越インド大使
Nandan Unnikrishnan ORF上席フェロー
Jhavi Tripath ORFアソシエイト・フェロー
Mihir Swarup Sharma ORF経済・成長プログラムディレクター
Srabani Roy Choudhury ジャワハルラール・ネルー大学教授

(※発言順)

4. 参加者:133名(登録者数)

5. 議論概要:
冒頭、渡辺まゆ JFIR理事長及びSunjoy Joshi ORF会長の開会挨拶がなされた後、セッション1「ウクライナ危機と日印パートナーシップ」、セッション2「IPEFと日印パートナーシップ」、全体討論、総括の順で議論が行われた。それらの概要は次のとおり。

セッション1「ウクライナ危機と日印パートナーシップ」

①Purnendra Jain アデレード大学名誉教授による基調報告

ウクライナ戦争に対する日印の見解の違いや、ロシアに対する両国のアプローチの違いは、20年近く上昇気流に乗ってきた日印関係の周辺に構築された戦略的ストレスの出現として読むことができるかもしれない。本基調報告では、このストレスが2019年のインドの地域的な包括的経済連携(RCEP)協定離脱時のストレスと同様、管理可能なものであり、日印関係の軌道を狂わせる可能性は低いと主張したい。もちろんこの場合の利害関係はRCEP問題よりもはるかに高く、日本とインドのロシアとの関係の歴史は複雑である。

日本の場合は1945年以降、インドの場合は1950年代以降、それぞれロシアとの異なる道筋を辿ってきた。その背景には、日本が米国と安全保障条約を結び、西側クラブの一員であったことがある。インドの場合は、非同盟であり、現在は戦略的自立、あるいはマルチアライメントという文脈である。日本は太平洋戦争後、ロシアとの平和条約締結を過去に試み、2020年まで安倍元首相の集中外交とロシア側との20回を超える会談を行ったが、平和条約を締結することができなかった。一方、インドはソ連・ロシアと戦略的・経済的に緊密なパートナーであった。ソ連・ロシアは、近隣諸国との戦争や、インドが経済的に困難な状況に陥ったとき、何度もインドを支援した。隣国との戦争や、ソ連・ロシアが常任理事国として拒否権を持つ国連など、多くの困難な場面でインドを支えてきた。2000年以降、日印関係を結びつけたのは他の困難な戦略的配慮と機会であったため、ソ連崩壊後のロシアは日印関係の妨げにはなっていない。

しかし、ウクライナ戦争後、インドの日本からの離反、さらには米国と豪州という他の2つのクアッドパートナー、そしてインドが近年緊密なパートナーシップを築いてきた欧米諸国との離反は、日本も含めた欧米諸国と緊密なパートナーシップを築いてきたインドとの関係に亀裂を生じさせた。インドの説明は、国連での投票、直接的な非難の回避、輸入の増加など、国益に関わるものであり、この論理は国家が国益を追求するというもので、その意味ではインドも例外ではない。しかし、そこには論理的な誤りがあるように思われる。原則として、インドはルールに基づく秩序を支持し、特に武力による一方的な現状変更には反対である。それにもかかわらず、ロシアをめぐる国連の投票を棄権し、日本とは異なり、ロシアの軍事行動を直接批判したり、ウクライナを支持する立場をとったりしなかった。中国を中心とするインド太平洋地域では上記の原則に従うが、他の地域においては従わないという論理である。こうしたロシアへの対応は、日本や欧米といったインドのパートナーにとって理解しがたいことであるかもしれない。

他方、日本のインドに対する関心は、ウクライナ戦争やロシアを越えて、より深く、より広範なものである。日本にとってインドは、特別かつ戦略的なパートナーであり、中国に対する防波堤であり、インド洋における安全保障の提供者であり、潜在的な市場でもある。インドは、日本が掲げる三カ国連携枠組みの中で最も重要な柱であり、自由で開かれたインド太平洋のビジョンの鍵を握る。ロシア問題を契機に、インドとの関係を悪化させたり、離反させたりすることは、あまりにも多くの不利益がある。したがって、本ウェビナーの英語タイトルにある質問 (Is the India-Japan Partnership Sustainable?) への答えは「イエス」である。とはいえ、ロシア・ウクライナの断絶だけでなく、日本の国内政治や安倍元首相のような人物の不在もあり、今後の日印関係は低強度の時代に入るかもしれない点には留意が必要だろう。

②Preeti Seran 国連経済的、社会的及び文化的権利に関する委員会メンバー/元駐越インド大使による基調報告

ロシア・ウクライナ戦争が始まって6ヶ月が経過したが、紛争の終結は見えていない。ロシアに対して展開された前例のない制裁措置は、世界のエネルギー、金融、貿易の秩序を著しく乱し、紛争当事国でもない国々に壊滅的な経済的影響を及ぼしている。コロナ禍の壊滅的な影響から立ち直ろうとしていた世界にとって、ウクライナ危機は新たな課題となった。

西側諸国がロシアを孤立させようとしたもう一つの副次的効果は、ロシアと中国がより緊密な戦略的関係を構築したことである。このことは、特にロシアが、アジアとインド太平洋において中国にその領域を譲り渡した場合、我々にも影響を及ぼすだろう。日本にとってロシアは、中国や北朝鮮に対抗するために重要であると同時に、インドにとっても重要な軍事装備の供給源であるため、こうした動きを無視することはできない。

インドと日本は自然なパートナーである。スズキのインド進出40周年を記念し、グジャラート州にEVバッテリー生産工場の礎石を据えた際、モディ首相は、「この8年間で、インドと日本の関係は新たな高みに到達した。グジャラート州・マハラシュトラ州の新幹線からウッタル・プラデーシュ州バナーラスのルドラークシュ・センターまで、多くの開発プロジェクトが日印友好の例となっている」と述べた。

今年、日印国交樹立70周年を迎えるタイミングで、両国はロシア・ウクライナ戦争という、私たち全てに多大な影響を及ぼす問題に直面している。今年初めにウクライナで戦争が起こって以来、インドと日本の首相は二度会談している。2022年3月に、岸田首相が第14回日印首脳会談のためにインドを訪問した。その後、2022年5月にはモディ首相が訪日し、多様な分野で協力を進めるための二国間パートナーシップの枠組み全体について協議した。また、モディ首相の訪日時には、2度目の対面でのクアッド首脳会議が東京で開催された。さらに、モディ首相は、「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けて両国を結びつけた故安倍晋三首相の国葬に参列するため、再び日本を訪れる予定である。2007年に出版された著書『美しい国へ:私の日本へのビジョン』の中で、安倍元首相は「日印関係が日米関係や日中関係を追い越しても不思議ではない」と書いている。本当にそうなるかどうかは将来の課題であるが、ウクライナ危機はインドと日本が協力し、平和的・外交的解決を図る好機となる。これは、私たち自身の立場や、紛争当事者との関係を考えれば、遠い話ではない。ウクライナの問題では、これまでインドと日本は異なる立場をとってきたが、日印関係が良好な状態にある現在では、ウクライナの問題を解決することができるだろう。米国の同盟国である日本は、西側諸国を支持する立場を取ることが義務付けられており、2014年のクリミア危機、そして今回のウクライナ危機の際でも同様だが、こうした動きはインド太平洋地域における我々の利益を損なう動きである。

とはいえ、極東における日本の安全保障、投資、エネルギーの利益を視野に入れ、近年日本がロシアとの関係を改善するために行ってきた努力にも注目したい。欧米の制裁にもかかわらず、日本はロシアとの関わりを持ち続けてきた。また、最近の対ロ制裁にもかかわらず、日本は2022年8月の人事異動で対ロ経済協力担当大臣を留任させ、新たに就任した西村大臣は、ガスプロム、シェル、三井物産、三菱商事が展開してきた世界最大級の統合石油ガスプロジェクトであるロシアのサハリンII石油・ガスプロジェクトの権益維持に方針転換はないとしていることも注目される。ロシアと敵対関係にあるバルト諸国を除き、ドイツ、フランスなどの欧州主要国もロシアとの関わりを持ち続けてきた。最近では、同じく米国の同盟国である韓国が、ロシアの国営企業と22億5000万ドルの契約を結び、エジプトで原子力タービンを建設することになった。

ロシアは、インド太平洋地域におけるインドと日本にとって、中国の強引な台頭に対抗するための重要なパートナーになる可能性を秘めている。インド太平洋において、ロシアに積極的に関与することは、我々の相互利益となるであろう。ウクライナについて、インドは敵対行為の即時停止と、この状況を解決するための対話と外交の道筋を強調した。この状況を解決するためには、対話と外交の道が唯一の道である。インドと日本は、互いの成功のために利害関係を有しており、自由民主主義の価値観を共有し、アジアでこれほどまでに大きな協力関係にある国々は他にない。歴史的な不満がなく、戦略的収束が進み、アジアの安定を形成しており、今世紀中にアジアの安定、安全、繁栄を形成することになるだろう。

③Nandan Unnikrishnan ORF上席フェローによるコメント

まず、不確実性の高まる中でも、印日両国とも変化の激しい環境においてそれぞれしっかりと国益を追求しているという点で共通している。西側諸国はある程度歩調を合わせているが、不透明な状況の中で、その他勢力のインドはある種の恩恵を得ている。インドはすべての選択肢をオープンにしておかなければならず、国連憲章の謳う国連システムと(本来、それとは正面から両立し得ない)西側の言うルールに基づいた国際秩序のそれぞれと密接につながっている必要がある。また、印日関係はインド太平洋地域の中で、ますます重要になっており、この二国間関係の支柱は経済関係であったが、今日においては安全保障・戦略的な包括性が両国の一層の関係深化に重要であり、この点にウクライナ情勢を含め、特段の障害は見当たらない。

④岡部みどり 上智大学教授によるコメント

⽇印関係について、Jain教授の基調報告では⽇本のインドへの関⼼は変わらないだろうとの見通しが示されたが、少なくとも⽇本にとってのインドの戦略的重要性という観点から見ればとても説得的である。他⽅で、インドの⽇本への関⼼はどうか、ウクライナ危機を経て変わるだろうか。ポスト・ウクライナ危機において、より明確に⾒えてくる国際構造あるいはパワーの分布のあり⽅は、中国の強⼤化、ヨーロッパの相対的衰退、⽶国覇権の動揺等だろう。欧州は⾃発的に衰退せずとも、中国やアジアの成⻑ぶりに⽐べて相対的に⼒を失っていくと見られている。ロシアのエネルギーや⾷糧安全保障戦略の影響が⾮対称的に発⽣しうるアフリカやその他の途上国、特にインドにとっては英連邦圏の国々が重要だと思われる。以上のような国際構造の変化の中で、インドが今後どのようにマルチ・アライメント戦略を打ち出していくのか。そして、とりわけ⽇本に向けた外交が、変わるとすればそれはどのように変わるだろうかという点を基調報告者に問いたい。

セッション2「IPEFと日印パートナーシップ」

①Mihir Swarup Sharma ORF経済・成長プログラムディレクターによる基調報告

本基調報告では、インド太平洋経済枠組み(IPEF)が印日関係において意味するものは何か、について述べたい。

まずIPEFは、国際的な経済関係について、特に米国中心の懸念に応える米国主導の構想である。これらの懸念は、必ずしもインド、日本、オーストラリア、ASEAN(東南アジア諸国連合)が共有するものではない。国際的な経済関係に対する米国の懸念には、米国企業や労働者を海外との競争からさらに保護したいということ、国家安全保障を正当化するために革新的な分野を支配すること、またインド太平洋地域における米国の指導力を誇示することなどが挙げられる。この点を踏まえれば、IPEFはインドと日本の両方にとって、まさに次善策であり、日本は米国がCPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)のような伝統的な貿易協定に戻ることを望んでいる。一方インドは、多くのASEAN諸国と同様に、米国が市場アクセスに関して具体的な譲歩をすることに、より関心を寄せている。

とはいえ、インドと日本が個々に、あるいは共に、IPEFに含まれるアイデアから利益を得ることができる方法がある。米国が貿易を恐れているということは、国際経済関係において多くの非伝統的な行動を必要とすることを認識しなければならない。例えば、日本を含む G7 は、最近「気候クラブ」に合意したが、2023年に日本がG7議長国として、この構想をどのように展開していくかに注目したい。

大規模な貿易協定の時代は終わり、今や十分に安全でないと見なされている。その代わりに将来のパートナーは、より大きな協力から恩恵を受けると思われる特定の分野に焦点を当てる必要がある。これらの部門は、低炭素社会の実現や技術革新にとって重要である一方、現在、中国への過度な依存によって損なわれている可能性もある。

ウクライナ戦争が欧州に与えた影響は、一国への過度な依存の危険性を浮き彫りにした。この点で、インドと日本にはいくつかの共通の利害がある。まず、両国政府は中国への経済的依存度を下げたいと考えている。しかし、政府の方針とはいえ両国とも市場経済であり、市場の反応は鈍い。そのためIPEFは、今後の投資や規制の方向性をインドと日本の国益に合致するように形成するための有用なメカニズムとして捉えられるべきである。特に、インドと日本はIPEFの議論がより環境に優しい高品質なインフラ、物流や貿易の脱炭素化、セメントや鉄鋼などの高炭素産業の緩やかな移行を可能にする適切な金融を支援する規制へと向かうようにすべきである。インドは中国を含むRCEPなどの伝統的な貿易協定に参加することができないが、インド政府はオーストラリアなど個別の国と質の高い貿易協定を締結する新しい意志を持っている。つまり、インドと日本はIPEF が特定のセクターに焦点を当てた目標を持つだけでなく、最終的に新しい市場開放メカニズムに移行することで共通の利益を得ることができる。これは、ASEANのパートナーに対する私たちの責任でもある。

②寺田貴 JFIR上席研究員/同志社大学教授による基調報告

本年5月のIPEF立ち上げはバイデン政権のアジア(再)回帰として象徴的な出来事であった。一部の専門家には、市場アクセスの欠如をIPEFの欠陥点として指摘する声もある。しかし、米国の平均輸入関税率は0%と既に低く、逆に言えば、米国市場は十分に開かれており、IPEFが市場アクセス分野を持ったとしても、どこまで米国市場へ輸送費もかなりかさむアジアから輸出できるかは実は不透明である。米国が通商政策に自国市場の自由化を含めるかについては国内政治情勢次第であり、今秋の中間選挙の結果次第という事になるだろう。

IPEFを考える上で、重要な転換点は2021年9月に中国がCPTPPに正式に加盟申請をしたことである。目下、CPTPP加盟国は英国の加盟交渉に集中しており、中国の直後に加盟申請した台湾と合わせて、その加盟がいつ果たされるかどうかは現時点では不明瞭だが、いずれにせよ、今年中の話ではない。他方、中国はRCEPを「太平洋の西側において、米国の覇権を終わらせる」重要な方策として捉えており、米国が抜けた状態のままで中国がRCEPとCPTPPに入るような事になった場合、米国不在のままの地域経済秩序は一体どの様なものとなるかということを、IPEFを考察する際に我々は第一に考える必要があるだろう。

バイデン大統領の打ち出したIPEFは実際には、中国を排除してさらに囲い込む意図が明確に打ち出されている。では、なぜ中国は経済的な枠組みであるIPEFにおいて政治的、戦略的な標的となっているのだろうか。背景には、中国がこれまでに「経済相互依存の罠」と称される状況を用いて、これまで日本を始め、韓国やシンガポール、フィリピンやオーストラリア等に対して、経済的強制、つまり自国依存の貿易を動かして他国に自らの意向を飲ませるという行為、を行なってきたからである。この点、CPTPPが対中依存を低減させる方策となっていることは重要である。RCEPはこの中国依存を強める可能性が高い。他方で、米国とインドは、CPTPPにもRCEPにも参加しないということを現時点では宣言しており、こうした観点からも両国はIPEFを他国より重要視する。さらに、一部専門家はIPEFを通じた米中デカップリングを強調するが、リカップリング、つまり乖離は難しいが、中国依存の度合いを他国との調整で減らしていくという効果も、期待できるのではないか。さらに、フィジーの参加がIPEFの地理的な射程を広げたことで、従来、政治的にも経済的にもあまり重要視されてこなかった太平洋島嶼国において、米中が関心を向けることにつながったことも、IPEFの守備範囲を広げる意味で興味深い展開である。

次に、インドがIPEFに参加することの意義を改めて考察したい。インドは、中国依存を減らすことをその通商政策において重要視しており、現在、インドの最大貿易相手国は米国が中国にとって代わっているということも地域の経済秩序を今後どのような方向へ導いていくかを考察する上で重要な要素である。さらに、インドは英国やEU、オーストラリアとのFTA交渉に積極的になっている。IPEFが市場アクセス分野を含まなくても、特に最大輸出相手国の米国との共通の経済ルールを形成できれば、IPEFはインドに恩恵をもたらすとされているのである。

最後に2023年は、米国がAPEC議長国であり、日本がG7を、インドはG20を開催し、さらにインドネシアがASEAN議長国となる巡り合わせである。これらは全てIPEFに参加する主要国であり、各国が参加する首脳級、閣僚級会合は交渉の行方を左右する上でとても重要になってくるため、これらの国々の間でのIPEFに関する綿密な政策協調が求められるだろう。こうしたモメンタムを形成し、維持していくことはバイデン政権以後の米国にとっても重要となる可能性がある。また、本年より日米二国間には日米経済政策協議委員会(経済版「2+2」)が設置されたが、日印間にも経済版2+2のような協議体を設置することが望まれる。こうした措置で、中国の地経学的挑戦に対抗していく方策をあらゆるレベルで論じることが、今後の地域経済秩序にも決定的に重要となる。

③Srabani Roy Choudhury ジャワハルラール・ネルー大学教授によるコメント

IPEFについて、柱としているものは接続性、強靭性のあるサプライチェーン、グリーン経済、持続可能な経済開発である。興味深い点として、クアッドが安全保障分野を中心として展開していたのに対し、IPEFによりインド太平洋地域でも経済面での政策分野ができたことに加え、CPTPP/RCEPとは違うアプローチが可能になった点である。これまでの市場アクセスを中心的に取り組むという幅広い通商協定ではなく、個別セクターのみに取り組むという新しい地域統合の在り方となっていくだろう。

IPEFは米国主導で立ち上げられた枠組みであり、日本とインドはそれぞれに果たす役割がある。仮に、この枠組みの中で承認したくない部分ができれば日印が連携していくべきだろう。例えば、ASEAN諸国にとってクアッドの枠組みでは中心性の問題があったが、インド太平洋の枠組みに入れるという考慮をできる点が日印の役割として果たせるポイントだろう。将来的には、IPEFではヘルスケアが重要となってくることも重要な点である。コロナ禍の影響のみならず、サプライチェーンの強靭性という観点からも、新しいガバナンスルールを取り入れていかなければならない。こうした議題を協議する一種のフォーラムを形成し、中国も巻き込んだルールを踏襲できる場にしていくことが鍵となる。IPEFは、セクター別の関与を行うことが可能となる枠組みであるため、それぞれにより良いガバナンスを持ち込むことができる点が、IPEFのインド太平洋地域における重要な役割となっていくだろう。

④三浦秀之 杏林大学准教授によるコメント

Sharma氏が冒頭、IPEFは「特に米国中心の懸念に応える米国主導の構想である」点を強調されていたが、これがどの様な懸念であるかというと、寺田教授が指摘したように、「中国の経済的強制」である。この点、米国が中国の囲い込みだけを意図しているのか、それとも協力も模索しているのかという疑問が浮かんでくる。

また、Sharma氏がIPEFはインドと日本の両方にとって、まさに次善策である点を指摘していたが、完全に同意する。従来の貿易協定とは異なり、市場アクセスを含まない点に関しては、寺田教授の既に米国の関税は低いという指摘に加え、米国議会の批准プロセスを経る必要がない点も重要であろう。

さらに、数多くの新興経済国を参加国に含むという点も、これまでの経済枠組みと異なる。そのため、市場アクセスという実利のない中、どの様にしてこれらの国々の異なる思惑をまとめていけるかという点も問題となってくる。実際、民主主義指標ではベトナムが中国と近しい位置付けとされており、人権指標や知財指標、GDP及び一人当たりGDPでも、多種多様な状況が垣間見える。

最後に、寺田教授が指摘していたデカップリングに関しては、現在、米国が重要鉱物や半導体等一部の戦略資源に限って経済的な分断を志向しているとされるが、IPEF参加国の全てがフレンド・ショアリングの担い手となれるのか、そのためにはどの様な基準が必要となってくるのか、という問題もある。

全体討論

①Purnendra Jain アデレード大学名誉教授

岡部教授のコメントで提起された質問に、インドにとって日本がどの程度、戦略的に重要なのかという点があった。歴史的にインドの日本への関心は非常に強く、これがRCEPからの離脱やウクライナ戦争といった環境の変化が生じても、対日協調路線から脱線していくことはないと考える。他方、印日関係において幾らかのストレスが生じていることは確かであるため、上手くナッジする必要がある。また、Seran大使が指摘されたように、印日関係は今後、単なる二国間関係を越えて、三カ国、四カ国等のミニラテラルな枠組みを構築していく中でも重要となっていく点を強調しておきたい。

②Preeti Seran 国連経済的、社会的及び文化的権利に関する委員会メンバー/元駐越インド大使

印日関係はある一定の水準まで関係が成熟している。コロナ禍における日本の対印投資は重要であった。インド太平洋地域において、ある一国がその強力な力を行使するのではなく、インドと日本が同地域おけるパワーバランスを均衡化させる上でも、二国間関係をさらに深化させることが重要となってくる。

③Mihir Swarup Sharma ORF経済・成長プログラムディレクター

IPEFに参加するメリットに関して、まずは個別セクターでの協力の深化があるだろう。技術や資本の流れが、参加国の共通の産業政策として機能していく必要がある。これは、参加国が多種多様にわたるため、経済全般のレベルで達成することは難しいだろうが、経済安全保障を実現していく上でも個別具体的なセクターに絞った上でならば、十分に可能性はある話だと考える。また、多様性を抱えたまま共通の経済秩序構築ができるのかという点に関しては、経済が武器化されないといったことや過度の経済依存状況を強制的に利用しないといった確保されていく必要があるだろう。

④寺田貴 JFIR上席研究員/同志社大学教授

三浦准教授の、各国の多様性という指摘に関して、それが障害であるならばAPECやCPTPPは実現しなかっただろう。中国の経済的強制がインド太平洋地域では非常に大きな問題となり、域内各国はこれを回避したいという共通のインセンティブを持つに至った。数十年前は、誰も経済相互依存の深化がこうしたリスクを生むとは指摘していなかったわけであり、当時は、政治的戦略的利益を実現するために一方的かつ恣意的な経済力の行使という現象はなかった。今後、中国の対外行動様式が変わってくるのであれば、IPEFも中国とより接点を見出すようにその性質が変わってくる可能性がある。

(文責在事務局)