公益財団法人日本国際フォーラム

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シリーズセミナー「中国を如何に捉え、どう向き合うか  中国の対外行動を突き動かしているダイナミクスを読む」(第8回)

当フォーラムは、「変わりゆく国際秩序における日本の外交戦略―中国の対外行動分析枠組みの構築を踏まえて―」(主査:加茂具樹慶應義塾大学教授・当フォーラム上席研究員)プロジェクトの一環として、シリーズセミナー「中国を如何に捉え、どう向き合うか 中国の対外行動を突き動かしているダイナミクスを読む」を開催しているところ、その第8回「ロシアによるウクライナ侵攻後の中東・中央アジアと中国の関係をどう捉えるのか」をさる202284日に開催した。その概要は以下のとおりである。

1.日 時:2022年8月4日(月)18時~19時

2.開催形式:Zoomウェビナーによるオンライン

3.プログラム

開 会

モデレター兼コメンテーター

加茂 具樹  日本国際フォーラム上席研究員 / 慶應義塾大学総合政策学部教授、学部長

報 告

稲垣 文昭   秋田大学大学院国際資源学研究科教授

「中央アジアを取り巻く国際秩序と中国」

田中浩一郎   慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授

「ウクライナ危機を受けた中東諸国の対中国外交」

討 論

3.出席者:約160

4.議論概要:

本セミナーは、モデレター兼コメンテーターの加茂具樹教授による進行のもと、稲垣文昭教授および田中浩一郎教授による報告、討論(聴取からの質疑応答含む)、の順で議論が行われた。それらの概要は次のとおりであった。

(1)稲垣文昭・秋田大学大学院国際資源学研究科教授による報告「中央アジアを取り巻く国際秩序と中国」

中央アジアの特徴は、内陸国家ということである。特にウズベキスタンは世界に稀にみる二重の内陸国家であり、海に出るまでに2つの国の国境を越えなくてはならない。こうした中央アジアの国々にとっては、貿易のため、海洋に隣接する周辺国との関係が非常に重要である。では中央アジアの四方をみると、まず南部は南アジア、特にアフガニスタンになるが、タリバンに支配された混乱の中で海洋ルートへのアクセスは限定的にならざるをえない。西部の欧州は、間にカスピ海やコーカサス地方があって距離が遠く、こちらも海洋への通商路としては脆弱である。よって結果として、中央アジア諸国にとっては、北部のロシアおよび東部の中国へのルートが現実的な選択肢になっているのである。

では、そのロシアと中国にとって、中央アジアはどのような存在なのか。ロシアにとっては、中央アジアはソ連の構成国家であり、自国の勢力圏として認識されてきた。中国にとっては、ソ連が存在しいてた時代は中ソ対立の影響で中央アジアとの交流は殆どなかったが、現在は一帯一路構想のもと経済的な関係が強くなっている。今や中国にとって中央アジアは「フロンティア」になっている。

こうしたなか中央アジア諸国にとって、ロシアと中国の間にあって自分たちの立ち位置をどのようにつくり出すかが課題となっている。ロシアには、この度のウクライナ戦争のように、自国の勢力圏とみなす国家を属国としようとするリスクがある。中央アジア諸国は、中央アジアにおけるロシアの影響力を減らすために、ウクライナ戦争においてはロシア支持ではなく中立的な立場を維持し、さらにはロシアを通さずに欧州につなげるパイプラインの構築にも関心を示している。また、中央アジア域内の国家間関係を強化し、南アジアも含めながら地域協力を推進している。

このように、中央アジア諸国はロシアへの依存度を減らそうとしているが、その一方で中国がより不可欠な存在になってきている。例えば中央アジア諸国の電力システムは、今や中国による支援がなければ維持できなくなっている。つまり、前述の域内協力においても、中国のインフラ支援がなければ進めることが困難なのである。タジキスタンで現地の学生に聞くと、ロシアには一度も行ったことはないが、中国には2~3回ほど行っているという話を多く耳にした。また、ビジネスのために中国語を履修する学生も増えてきてるようである。今後中央アジアでは、こうした若者が中心となる世代交代が進むと、今以上にロシアの影響力が減退し、中国の影響力が増大していくのではないだろうか。ただその場合、中央アジア諸国は、今度は中国の影響力を管理していく必要に迫られるであろう。中央アジア諸国は、ロシアや中国のような国からの支援を必要としているが、とは言え特定の国の影響力が過度に強くなること、ロシアと中国のどちらかの勢力圏に入ることを良しとはしていないからである。そこで重要となるのが、上海協力機構などの多国間枠組みである。タジキスタンの外交関係者と協議した際に、上海協力機構の意義は中国の暴走を抑えることにあるとの旨の発言をしていた。これはロシアについても同じことが言え、中央アジア諸国によって多国間枠組みを強化することは、いずれの国の暴走も抑えることにつながり、主要な外交政策となっている。

(2)田中浩一郎・慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授による報告「ウクライナ危機を受けた中東諸国の対中国外交」

中東では、米国に安全保障を委ねてきた国が多く、それらの国の指導者は概ね親米路線であったが、それがこの度のウクライナ危機によって変化しているのかどうかについて言及していきたい。まず、中国と国境を接しているアフガニスタンとパキスタンについてである。両国は、ともに上海協力機構に加盟しており、中国をロシアと並ぶSCOの雄として認識してきた。また、仮に「中国経済圏」というものがあるとするならば、自分たちはその内側に位置しているという自己認識をもっている。しかし一方で、中国の影響力が強まることについては警戒感を抱いてきた。

次に対中国境を持たないGCC、イラン、イラク、北アフリカなどの国である。これらの国々は、アフガニスタンで失態をおかしたNATOの対応、またこの度のウクライナ危機における米国の対応から、NATOや米国がいざという時に頼りにならない存在だと捉えるようになってきている。エネルギーにおいても、米国が自給の方向に舵を切って内向きになるなか、中国は大きな市場で重要なエネルギー資源需要国であり、米国にはない魅力がある。ただし中東の多くの国は、ウクライナが中国の一帯一路構想に組み込まれているにも関わらず、そうした中国との関係性がロシアのウクライナ侵略を抑止することには役に立たなかったことから、中国と関係を強化すること、また中国の影響力に対して全幅の信頼をもつことはできないでいる。

このように、中東の国々は必ずしも中国を信頼しているわけではないが、グローバルサウスの文脈からみると多少異なる存在になる。中東諸国の多くは、同じ権威主義体制の中国が世界第二の経済力を持ち安定した統治を維持していることに対して、権威主義体制の成功例として憧憬をもってみている。中東諸国は、人権などの価値観を西側から押し付けられることをよく思ってはいない。中国はそうした価値観を押し付けてこないばかりか、常々「内政不干渉の原則」を主張しており、中東諸国はそれらに魅力を感じているのである。また、中国が米ドルに代わる基軸通貨と国際決済システムの要になることを期待している。この度のロシアに対する国際社会による経済制裁は、国際金融が米ドル支配にあるために実施することが可能なのであって、中東諸国はこのように米国によって支配されている体制をよく思っていないのである。

以上、ウクライナ危機勃発以降の中東諸国による中国への認識を述べてきたが、全体として、中東諸国は米ロ、米中といった対立において、一方の陣営への帰属を迫られたくはなく、ましてやその巻き添えで被害を受けることを懸念している。そのため、米国、ロシア、中国のどの国に対しても、ある意味面従腹背で対応することを当然視している。

(3)討論

以上の報告のあと、加茂具樹・慶應義塾大学総合政策学部教授からのコメントおよび質問を受けて、さらにチャットに寄せられている参加者からの質問も受け付けながら、次のような討論を行った。

加茂教授:中央アジアや中東諸国は、この度のウクライナ侵攻におけるロシアへの経済制裁に参加していないが、その理由などをどう考えるのか。

稲垣教授:中央アジア諸国にとっては、ロシアもウクライナも重要なパートナーということである。中央アジア諸国は、ロシアとの経済的な結びつきが強すぎるために、仮に制裁に参加すれば自国の経済が立ち行かなくなるだろう。ただ一方で、この制裁を機会として、中央アジア諸国の金融ネットワークのハブとしての地位が、ロシアからカザフスタンに移行する可能性もあり、カザフスタンにとってはチャンスでもある。

田中教授:中東諸国は、ロシアへの制裁によって資源価格の上下変動が大きくなることを懸念し、その制裁に参加していない。これまで中東諸国は、OPEC+から経済的恩恵を受けていたので、ロシアへの制裁によってその体制が瓦解する可能性があることを良しとはしていない。

 

加茂教授:中東諸国にとって、一帯一路構想に参加していたウクライナと中国の関係性が、ロシアのウクライナ侵攻を抑止することにつながらなかったことへの不安があるとのことであったが、中央アジアは一帯一路構想をどう評価しているのか。

稲垣教授:中央アジア諸国にとって、中国、また一帯一路構想は、かつてのソ連に代わってインフラを整備してくれるものとして評価しており、軍事的な抑止力としては期待していないだろう。ただ、一帯一路構想のゴール地点の一つとしてウクライナが組み込まれたことにロシアが反発し、それがこの度のロシアとウクライナの軋轢の一つになった部分があるのでは、という見方も可能である。

 

加茂教授:グローバルサウスの文脈において、中東諸国からみた中国への評価が高いとのことであったが、中東諸国は、中国がこれまで米国が果たしてきた役割を代替できるとみているのか。今後の中国の可能性をどう評価しているのか。

田中教授:中東において親米国家と呼ばれるような国々では、先のバイデン大統領の中東訪問による首脳会議などの評価として、まだまだ米国の中東への関与が復活したといった好意的な文脈ではとらえてはいない。しかしとは言え、中国に対しての評価が高いわけではなく、中国が米国の代替になるとまでは期待していない。ただ中国も含めて、米国を補完する役割を担う国家の登場は模索されているといえよう。特にエネルギー資源の輸出先として中国は有難い存在である。中東諸国は、今後仮に米国と不仲になり、現在の米ドル支配の金融体制によって経済制裁などを受けるような事態に陥った際に、その逃げ道を用意しておきたいと思っており、代替の決済システムを構築したいという希望をもっている。

 

加茂教授:中央アジアで中国への親近感が高まっているとのことであるが、新疆ウイグル問題について、中央アジア、中東ではどのように受け止められているのか。

稲垣教授:中央アジアはもともとウイグル人に対する同胞意識を強くもっていた。しかし近年ウズベキスタン人に聞いた話では、中国に留学したウズベキスタン人が、基本的に中国贔屓になって帰国するので驚いていると述べていた。今後、中央アジア諸国では、このような世代が増えるとともに、中国贔屓になる可能性がないとはいえない。ただその一方で、中央アジアでは原理主義ではないイスラムへの回帰も目立つようになってきており、このあたりもどうなっていくのか、注目していく必要がある。

田中教授:中東諸国は、ウイグル問題に対して一様に口を噤んでいる。イスラムの盟主として振舞っているサウジアラビアの皇太子でさえも、北京を訪問した際にウイグルを中国の内政問題と発言している。この傾向はイランも、トルコも同じである。

 文責在事務局