公益財団法人日本国際フォーラム

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2022年度第1回定例研究会合

当フォーラムの「変わりゆく国際秩序における日本の外交戦略―中国の対外行動分析枠組みの構築を踏まえて―(主査:加茂具樹慶應義塾大学教授・当フォーラム上席研究員)は、さる6月30日、定例研究会合を開催した。講師として招いた渡邉真理子・学習院大学教授より「中国共産党は創造的破壊をどこまで抱きしめられるのか:プラットフォーム企業の規制の評価」と題して報告を受けたところ、その概要は以下のとおりである。

 

1.日 時:2022年6月30日(木)19時~21時

2.場 所:日本国際フォーラム会議室およびZOOMによるオンラインを併用

3.出席者:     

[主 査] 加茂 具樹 慶應義塾大学教授 / 日本国際フォーラム上席研究員
[顧 問] 高原 明生 東京大学教授 / 日本国際フォーラム上席研究員
[メンバー] 飯田 将史 防衛研究所地域研究部米欧ロシア研究室長
井上 一郎 関西学院大学教授
林  載桓 青山学院大学教授
江口 伸吾 南山大学教授
大澤 武司 福岡大学教授
熊倉  潤 法政大学准教授
小嶋華津子 慶應義塾大学教授
下野 寿子 北九州市立大学教授
城山 英巳 北海道大学教授
諏訪 一幸 静岡県立大学国際関係学部教授
廣野 美和 立命館大学准教授
真家 陽一 名古屋外国語大学教授
Vida Macikenaite 国際大学国際関係学研究科講師
山﨑  周 キャノングローバル戦略研究所研究員      (五十音順)
[ご報告者] 渡邉真理子 学習院大学教授
[JRSPメンバー] 新田 順一 慶應義塾大学特任助教/日本国際フォーラム特別研究員
[JFIR] 菊池 誉名 理事・主任研究員 ほかゲストなど

4.報告内容:

習政権のもとでの対プラットフォーム企業政策の評価を考えていくうえで、枠組として規制の経済的論理とのずれがあれば政治的問題を疑う必要がある。2020年以降のプラットフォーム規制の経済的論理として、ネットワーク外部性が鍵となる概念となる。通常の経済規制は分野別になっているが、2020年以降の規制は、①金融規制、②競争規制、③データ規制、の3つのロジックによりプラットフォームを抑え込んだ。デジタル分野では、「利用者の増加自体が利用者に価値を生む」というネットワークの外部性が強く働く一方、利用者の多さが参集障壁となるため、アリババやテンセントはこの技術的特徴のために国有企業に買収されることはなく、現在の地位を築くことができた。

プラットフォーム企業とは、ネットワーク外部性を管理し、価値を生む企業である。ネットワーク外部性の評価は、アリババが起業した直後と2018年以降では学問上も規制上も評価が変わってきた。プラットフォーム企業に対する立ち上げ直後の評価として、利用者が多ければ多いほど利用者にメリットがあるため、勝者総取り的になることを致し方ないものとして受け入れられる。しかし、大きくなりすぎて独占的になると規制の必要性が主張される。これは中国に限らず、EUGAFAに対して行った主張に見られるように世界的に同時進行している現象である。

2020年以降に生じた規制として、まず金融規制がある。発端は202011月のアントフィナンシャルの上場延期であり、アントが行っていたアリペイを入口として入ってきた消費者に対する与信に関して、規制の必要性があったためである。その後、金融規制にとどまらず、独占禁止法上の違反行為を受けて、競争政策においても規制(制裁金や企業統合の禁止など)が行われた。結果として、独禁法の規制当局の格上げ(国家独占禁止局)された一方、プラットフォーム企業のトップが退任する事態となった。さらに、3つ目の規制として、中国独特のデータ安全規制も行われた。党ネットワーク安全審査弁公室がデータ規制の担当であるが、2021年に滴滴出行のNY上場後、データ安全法違反を問われ、最終的には米国上場廃止にまで至った。2021年は、中国においてデータ保護3法を含めた「データの国家安全法制」の整備が完了した年であるが、当局はデータの国家安全法制が整う前に、滴滴の上場を阻止しようとした。

これらの規制への評価として、まず競争規制については、①調査・処分のスピードが早い、②行政指導の活用が多い、③イノベーションとのバランス確保には気を配ったものであったと評価されている。金融規制に対する評価として、アントの行為には問題があったことは事実であり、中国国内の金融法制のもとでは人民銀行の主張に正しい部分があった。データ安全規制に関して言えば、政治の論理の方に法律の運用論理として問題があった。「ネットワークの外部性にどのように向き合うのか」ということについて、中国の姿勢は、外部性のもたらす弊害に対する規制の必要性という世界的な姿勢変化に合致している。

プラットフォーム規制の政治的意味として、プラットフォーム企業と共産党の間には緊張関係があった。中国からのエクセレント企業は、プラットフォーム企業からしか出現できなかったが、その背景として国内の経済体制の問題があった。中国の基本経済制度は、公有制を基礎とし、民営企業の発展を奨励するものである。製造業の時代、国有企業は民営企業を資金力で圧倒し、買収などを通じて周辺化してきたが、プラットフォームの時代になって初めて国有企業が支配できない業界が生まれ、中国のイノベーションを担うようになった。しかし、政府は国有企業のように民営企業を支配することはできなかったため、新たに生まれた業界を危険視していた。「インターネット・ガバナンスを誰が担うのか」が定まらず、緊張関係が続いていたなかで、アントフィナンシャル事件を発端に抑え込みにかかったと考えられる。

絶対主義政権と経済成長の関係として、制度は企業のインセンティブと技術選択を左右するため重要である。産業発展を阻む政治体制として、中央集権の欠如と絶対主義があるが、絶対主義政権は、自らの政治基盤を切り崩すようなイノベーション・創造的破壊を排除しようとする。この問題を解決する方法として、まず中央集権を確立することが重要である一方、強力な政府は同時に市民の富を没収するのに十分な力を有しているという根本的な政治的ジレンマがある。

中国は共産党による中央集権体制を確立し、統一したルールのもとで国土を支配することに成功した。鄧小平は、国有企業の生存を脅かす民営企業の参入を許し、改革・破産・労働者の再配置を断行したものの、国有企業を民営化することは拒否した。創造的破壊が必要であるなかで、国有企業への対応として「抱きしめる」という姿勢を示したのが鄧小平であった。結果として、企業間の身分格差が制度化されるという特殊な状況が生まれた。中国では基本経済制度として公有制企業が優先されており、公有制企業を残すためのコストを民営企業や市場、外資に支払わせている。

結果として、中国の市場は3つのタイプがあり、非効率なタイプが2つ、可能性のあるタイプが1つ生まれてきた。非効率なタイプとして、1つは行政独占産業(石油、鉄道、銀行など)であり、政治と結びつき法律の制約を超越している。そのため、独占による経済厚生の消失や環境汚染問題の源泉となっている。もう一つは、「不健全な」混合市場(カラーテレビや鉄鋼など)であり、非対称な競争条件のために生産能力が過剰になっている。3つ目のタイプは、「健全な」混合市場および純民間市場であり(携帯電話、電子商取引、ドローンなど)、市場競争と分業の仕組みの継続的な改善によって良性の競争を生む市場である。また、インターネット企業の台頭の結果、民営企業の存在空間が格段に広がった。

中国では国有企業の行動への制限が徐々に進められており、2015年までは、イデオロギーとして国有企業は必要なものの、市場に歪みをもたらさない存在であった。しかし、習近平政権になってから、余計な政治的意図が働き、混合市場での競争で国有企業の資金力に負けて、市場で民営企業が淘汰されることがしばしば生じている。

中国でプラットフォーム企業が発展した背景として、ネットワークの外部性により国有企業の参入が妨げられたことで、プライベート企業の繭が生まれ、そのなかでイノベーションが発展したからだと考えられる。中国のプラットフォームは、世界で生じたイノベーションをリードできており、これら企業の価値が死なない限り、中国のイノベーションは進み続けると考えられる。

規制が、経済的な規制の論理の範囲で行われているならば、政治的意図がどのようなものであれ、経済発展と政治の動きは独立しているため経済発展は進む。2020年以降のプラットフォーム規制に関して、その背景には政治的ものの働きがあったと考えられるが、一連の規制はプラットフォーム企業の行動が政治的領域への介入として政府や共産党に捉えられたために生じたとも考えられる。創造的破壊と政治権力の動きが無関係の場合やルールが公平に運用されている場合であれば、経済は安泰である。政治の論理が経済活動を抑制したかどうかについて、どのように評価するかが重要である。

一連の規制において重要な働きをしたのは、中央インターネット弁公室であった。中央インターネット弁公室の権限が広がった印象であるが、どのような考えをもった役所であるのか不明瞭である。中央インターネット弁公室がどのような役所であるのか理解することが、プラットフォーム企業が今後どうなるかを考えるうえで一つのポイントとなる。

文責任在事務局