公益財団法人日本国際フォーラム

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公開ウェビナー「ウクライナ軍事侵攻の行方―今問うべき日米欧の役割とは」

当フォーラムの実施する「『自由で開かれたインド太平洋』時代のチャイナ・リスクとチャイナ・オポチュニティ」研究会内、欧州班公開ウェビナー「ウクライナ軍事侵攻の行方—今問うべき日米欧の役割とは」が、下記1.~4.の日時、場所、出席者、参加者にて開催されたところ、その議事概要は下記5.のとおり。

 

  1. 日時:2022824日(水)16:00-18:00
  2. 場所:オンライン形式(Zoom
  3. 登壇者:
    鶴岡 路人                  慶應義塾大学准教授(班長代理)
    岩間 陽子                  政策研究大学院大学教授(アドバイザー)
    合六  強                  二松学舎大学准教授
    東野 篤子                  筑波大学教授
    細谷 雄一(司会)    JFIR上席研究員/慶應義塾大学教授(班長)
  4. 参加者:411名(登録者数)

5. 議論概要:

冒頭、渡辺まゆ日本国際フォーラム理事長より開幕挨拶、細谷雄一欧州班班長より趣旨説明がなされた後、登壇者による報告および全体討論が行われた。概要はつぎのとおり。

(1)登壇者による報告

①鶴岡班長代理による報告

NATO(北大西洋条約機構)諸国によるウクライナへの武器供与は、ウクライナでの戦争にいかなる影響を与えたのか。2月下旬の開戦の時点では、ウクライナがロシアからの攻撃にどれほど持ちこたえられるのかについて懐疑的見方が強かった。ロシアは、キーウを陥落させた上でゼレンスキー政権を転覆するという短期決戦を想定していた。だが、ロシアの想定通りには戦争が進まず、誤算続きの6か月となった。ウクライナが長期戦に持ち込むことに成功したのである。ロシアに対する無条件降伏を避けるべく、この6か月間、ウクライナは抵抗し続けてきた。

それを可能にしたのは、西側諸国からの武器供与である。開戦当初、米国が強力な兵器をウクライナへ送ることを躊躇していたのは、ウクライナがロシアからの攻撃に持ちこたえられると考えていなかったからである。ところが、戦闘を通じてウクライナ軍の組織としての能力が証明され、米国はウクライナに対し、より大きな武器支援を行うようになった。西側の武器支援は戦闘におけるロシアの優位を弱めた。他方で、武器支援のモメンタムを維持するためにも、ウクライナは戦果を出し続ける必要があるという構造もある。

また、ウクライナによるクリミアへの攻撃が報道されている中、ウクライナが戦争をエスカレートさせているという批判が生まれかねない。戦争が長期化すれば犠牲者は増えるが、ウクライナはあくまで自衛戦争を行っているのであり、戦い続ける以外に未来はないとウクライナ国民と政府は認識している。

 

②合六メンバーによる報告

開戦から6か月が経つが、同時に今日(2022824日)はウクライナが独立を宣言してから31年目の記念日でもある。今回は世論調査の結果を用い、この戦争に対するウクライナ国民の認識について述べる。

まず、「自分自身を何者と自己規定しているか」という質問では、8割以上がウクライナ国民であると回答している。1991年の独立以来のスパンで見ても、今回の戦争は過去最大にウクライナ国民としてのアイデンティティを強化させていると言える。「ウクライナ国民であることに誇りを持っているか」という質問に対しては、9割以上の回答者が誇りであると答えている。これまでの調査では、同様の質問に対して回答困難(hard to tell)としていた人が一定数存在していたので、今回の結果は驚きである。地域別に見れば、ロシア寄りと考えられていた南部や東部でもウクライナ国民としてのアイデンティティを有すると回答する人々が多い。さらに、属性別の調査でも、ウクライナ国内のロシア語話者であっても同様の傾向がみられる。これらは、ウクライナ・アイデンティティを破壊したかったロシアのプーチン大統領にとっては皮肉な結果だ。

続いて、ウクライナのNATO加盟に関する国民意識の調査を概観する。従来、NATO加盟に関してはウクライナ国内においては反対派が多数を占めた。しかし、今回の侵略後では、NATOへの加盟支持率が過去最高のレベルに達している。6月には76%が支持した。地域別にみても、NATOに反感を覚える人たちが多いとされてきた東部や南部でも、NATO加盟への支持が多数を占めている。NATO加盟に代わる選択肢としては、支持率は低いながら、諸外国の有効な保証によって安全が確保される非同盟的地位という選択肢を選んだ人が約10パーセント存在している。

 

③東野メンバーによる報告

まず初めに、この戦争に対する報道の在り方について言及したい。ウクライナが反転攻勢にある、あるいは劣勢に置かれている、といったような矛盾する報道が入り混じっている。最終的に一人でも多くのロシア兵をウクライナの国境から追い出すという長いプロセスがあることを認識しなくてはならず、日々の報道に一喜一憂しないことが必要である。

この戦争における主要な問題は2022年の3月頃にはすでに明らかになっており、主に4つの論点がある。1つ目は停戦の難しさだ。停戦交渉と同時並行でブチャでの虐殺のような人道的な惨劇が起きてしまっているという現実がある。現時点でウクライナがロシアと交渉するのは、こめかみを頭に突き付けられながら交渉するのと同じだと指摘するウクライナ政府関係者もいる。停戦交渉の間に、ロシアが力を蓄えて再度攻撃を強めることも十分考えられる。第2の問題は、人道回廊の設置といった民間人の避難の難しさだ。この戦争において、「人道」という言葉に惑わされがちだが、マリウポリの例を見ても明らかなように、実際には避難のための一時的な停戦の確保すら難しく、民間人の避難が実現するまでには多くの困難を伴っている。第3には、ロシアにより制圧されたウクライナの地域は「ロシア化」の危機にさらされるという問題がある。ヘルソンやメリトポリなど、3月の時点でロシアが制圧した地域では、ウクライナの通貨や言語が奪われ、ロシアへの帰属を問う国民投票をいつ行うかという議論が展開されていた。その地域に住む人々が、ウクライナ人としてのアイデンティティを持ち続けて生きるのは難しいことが明らかになっている。

最後の大きな問題は穀物だ。穀物供給を巡る問題は日本では5月中旬頃から報道されるようになった。しかしながら既に3月の時点で、穀物輸出のための船がウクライナから出発できないという厳しい情勢が明らかになっていた。現時点でもマリウポリから穀物の輸出が再開できない状態が続いている。このような問題に対して、早い時期からもう少し注意を喚起できればよかったのではないだろうか。7月末の国連・トルコ・ウクライナ・ロシア間の穀物輸出に関する合意は、最初のとっかかりに過ぎない。罰則規定もない。戦争の勃発以降長期間にわたって事実上放置されてしまった小麦粉の品質も懸念されるが、これをチェックすることは国連の業務外である。一方で、同合意の翌日から小麦もトウモロコシも価格が下落傾向になりつつある。しかし、このように不十分な合意ではあるが、ひとまず合意が成立したということが重要で、国連の役割が再確認されたとも言える。

 

④岩間アドバイザーによる報告

ドイツを中心に、この戦争の半年間を振り返りたい。直近のドイツの世論調査では、市民政党を支持する人々の7割以上がウクライナへの支援を支持している。他方、「1年後にあなたの経済状況はどうなりますか」という質問に対しては「変わらない」という回答が減り、「悪くなる」という回答が増えている。経済問題に対するドイツ政府への不満は高まっている。

パイプラインのノルドストリーム1については、ロシアが開けたり締めたりすることを通してドイツに脅しをかけている。ロシアによるガスの武器化は一年以上前から始まっていた。この戦争はこれまで棚上げしていたエネルギー問題を突きつけた。エネルギー問題は常に国際秩序を動かしてきた。石炭から石油への展開もその例だ。1970年代と今日の状況は似た様相を呈している。食料とエネルギーの問題は、冬が近づくにつれて蓄積されていくだろう。原発の再稼働もドイツ国内で大きな議論となっている。再稼働を選んだとしても、この冬を乗り切るための短期的な手段であって、中長期的な視点ではドイツの脱原発の姿勢は変わらないのではないだろうか。

現在ドイツに存在するガスパイプラインは1970年代に作られた。これは外交安全保障の文脈で考える必要がある。今日のNPT(核拡散防止条約)体制は、核保有国の特権的地位を認める代わりにIAEA(国際原子力機関)が認める形での核の平和利用を認めたものであり、ドイツもそれを受け入れた。ブラントの新東方外交におけるエネルギーは、ハイポリティックスを変えるための下からのステルス戦略であった。相互依存体制を通じ、NATOと核に縛られた自分たちを解放しドイツを統一したいという意思があった。その中に、アメリカ中心の秩序を変化させたいというモメンタムがあったことにも着目しないといけない。2000年代初めの独シューレーダー政権は、ロシアからのガス輸入を通して脱原発を推進し、最終的に再生可能エネルギーへと転換するというグランドデザインを描いていた。このデザインの中には、潜在的にはアメリカ中心の秩序に反対する側面が存在しており、脱原子力も脱NPTを模索する機運の中に存在していた。また小型の原子炉も安全保障や環境の面から重要になってくると考えており、日本政府は原発を巡る問題がエネルギー・食料・国際秩序の問題と絡み合っているということを認識して政策形成に努めていく必要がある。

(2)自由討議

①日本政府や国際社会はこの戦争の停戦に向けてどのような政策を取るべきであるのか。(細谷班長)

⇨論理的にはこの戦争を終わらせる方法は明確だ。それは、ロシアがウクライナから撤退することだ。だが、このシナリオの実現可能性は残念ながら極めて低い。次に、ウクライナが諦めて戦闘を止めることである。しかし、ウクライナにその意思はないし、外国からそれを押し付けるべきでもない。であれば、ロシアを追い出せるほどの武器提供を西側諸国がウクライナに提供するのが残された選択肢だ。この点において問題となるのは、どこまでアメリカがコミットするのかと、戦争のエスカレーションへの懸念である。長期戦を嫌う声は米国の安全保障専門家からも上がっている。彼らの一部は、戦車や戦闘機の供与を含め、徹底的にウクライナに肩入れしてロシアを短期間で追い出すべきだと主張している。今回の戦争で明らかになったのは、ウクライナの徹底抗戦が米国の武器供与をより多く引き出したということだ。攻撃された国がしっかりと抵抗を見せることは、他国からの支援を引き出す上で重要な要因であることが明らかになった。(鶴岡班長代理)

⇨第二次世界大戦時の英国も、戦争継続への姿勢が米国からの支援を引き出すことに成功した。戦争を継続する上では十分な資金が必要である。日露戦争においても、米国からの金銭的支援は日本の勝利に大きく貢献した。軍事的に劣勢な国が国際的な支援を獲得することの必要性をこの戦争は示している。(細谷班長)

⇨ウクライナの歴史的経験から、プーチンが停戦合意を提案してきたとしても、仮初の合意ではだめであるとウクライナ人は認識している。この戦争における勝利の定義は国によってばらつきがある。ウクライナ国民の半数は、クリミアや東部地域を完全に奪還することを勝利だと考えている。必ずしも力による奪還を意味しているわけではないが、西側はこのようなウクライナの主張を尊重しなくてはならない。(合六メンバー)

⇨この戦争で明らかになったのは、ロシアに軍事侵攻をやめるようにと物を申せる国が、日本を含めて限られているということだ。日本は制裁の実施においてG7(先進7カ国首脳会議)の結束を崩すようなことはしなかったが、それ以上のことは行っていない。停戦の展開に関しては、どこまで抗戦するかを戦争の行方を決めるのはウクライナ人であることを認識しなくてならない。(東野メンバー)

⇨ウクライナでの戦争が早く終わるべきだと主張する人々は、日本とロシアの戦争もまだ終わっていないことを認識すべきではないだろうか。1945815日以降もロシアは日本への戦争を続けていた。シベリア抑留や北方領土の問題が今日まで残っているように、ロシアは日本に行ったことをウクライナにも同様に行うだろう。勝利でも敗北でもない国際政治の状況は常に存在している。ドイツは冷戦期を通してそのような状況にあり、下から変えようとしたのがブランドの東方外交であった。間違っていると思うことを認め続けないことが、100年後に認められることはあり得るのであり、あきらめないことが大事だ。この戦争における中期的な課題は、非人道性を減らすよう努めることだ。日本は人道支援や医療支援をできる範囲で続けるべきだ。原発・穀物輸出の安全性において、国連がパワーポリティックスを理解して関与することが望ましいのではないか。(岩間アドバイザー)

⇨ロシアは負けたと思っても戦争をやめない。第二次大戦時にも、モスクワ包囲が近づいてもロシアは戦い続けた。ロシアが敗れた戦争の場合、戦争継続を不可能とする国内政治的な変動が起きていた。日露戦争やアフガン侵攻がその例だ。現在のロシアは、外部からの介入に対する過剰な警戒心から、戦争継続が可能な強固な政治体制を作り上げている。外から不透明な政治体制が戦争の行方を占うことを難しくしているのは確かだ。(細谷班長)

②NATOのウクライナへの武器支援があるが、戦争が長期化する中で日本への軍事支援の要請はあるのか?(視聴者)

⇨日本は限定的な形ながら自衛隊の装備品を供与した。しかし、NATO諸国による武器支援とは比べ物にならない。殺傷兵器の供与の可能性については、具体的な検討すらまだの段階だ。他方で、ロシアが核兵器・生物化学兵器を使う事態になれば、また違う文脈で日本の役割が問われるかもしれない。開戦当初は、ロシアによる生物兵器や核兵器の使用が懸念されていたが、最近そのような議論は下火になっている。NATOは生物化学兵器使用に対する警告を3月以降発しており、ロシアがNATOによる介入を恐れ、抑止が効いている可能性がある。(鶴岡班長代理)

⇨2015年に成立した平和安全法制により、「武力行使の一体化」といった面で日本政府の姿勢は大きく変わったと考えている。武器輸出三原則の見直しもその例だ。自衛隊に何が可能で何が不可能のかという議論を、政府内でより検討する必要がある。(細谷班長)

③ウクライナの世論調査でEU(欧州連合)加盟支持はどの程度なのか。また、ウクライナの西側や戦争に対する姿勢がこの6か月でどれほど変わったのか。(視聴者)

⇨ウクライナ国民のEU加盟に対する認識は、NATO加盟とは異なり支持がずっと高い。しかしながら6月の世論調査では、NATO加盟を87%が支持している。NATO加盟に関しては、ウクライナ政府とNATOとの間では全く進展はなかった。戦争の6か月の間を通し、ウクライナはNATO加盟を長期的な目標として持ち始めているのではないか。西側が飛行禁止区域を設定しなかったことや北欧2カ国が急遽NATO加盟を果たしたことを受けて、ウクライナのNATOに対する幻滅がより増すのではないかと考えていたが、調査を見ればNATO加盟への支持は依然高い。一方で現実的には、NATO側が受け入れる準備ができなければウクライナの加盟手続きは始まらない。法的で拘束力のある、ウクライナの安全保障の枠組みの構築が中期的な目標となるのであろう。(合六メンバー)

④エネルギー問題を含めて、西側は今年の冬を乗り切れるのか?(視聴者)

⇨気持ちだけでウクライナへの西側諸国による支援が成り立っているわけではない。どの国にしても、この戦争が終結してくれないと困ると考えている。終結を目指しているからこそ、西側諸国は支援を続けている。現時点では、エネルギー問題の面で来る冬が厳しいことは認識しているが、支援をやめるべきだという声は顕在化しないだろうと考えている。(東野メンバー)

⇨イタリアやスペインといった国々は、ウクライナへの支援に対する支持が脆弱である。これらの国は、コロナによるパンデミックに続き戦争による物価高騰などによって経済的に困難な状況にある。ドイツやフランスといった経済的にしっかりしている国がウクライナへの支援を続けている印象がある。一方で東欧諸国は対ロ脅威認識の下で支援を続けている。地中海の国々は、国内のインフレ対策も長期的な視点においてウクライナへの支援の1つととらえている。(岩間アドバイザー)

⇨英国の保守党代表選挙においては、エネルギー価格高騰とインフレ対策が議論の中心にある。国内の電気代は3倍から4倍に上がっており、世論の不満が強くなっている。一方でブチャでの虐殺以降、ロシアへの怒りがヨーロッパ内で生まれているのも確かだ。この二つの矛盾が、冬に到達した際にどうなるのかが政治的課題だ。ロシア政府は、戦争を秋まで粘ればヨーロッパ諸国がウクライナ支援で倒れるだろうと考えており、それに賭けていると言える。(細谷班長)

(以上、文責在事務局)