公益財団法人日本国際フォーラム

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第1回定例研究会合

令和4年5月24日

「日本のハイブリッド・パワー」

1回定例研究会合メモ

日本国際フォーラム事務局

標題研究会合が、下記1.~3.の日時、場所、出席者にて開催されたところ、その議論概要は下記4.のとおり。

  1. 日 時:令和4年4月22日(金)15時より17時まで
  2. 形 式:ZOOMによるオンライン会合
  3. 出席者:26名(以下、五十音順)

 

[外部講師] 青木 保 元文化庁長官/前国立新美術館館長
[ 主  査 ] 渡邊 啓貴 JFIR上席研究員/帝京大学教授
[ 副  査 ] 渡辺 まゆ JFIR理事長
[メンバー] 鈴木 美勝 ジャーナリスト
中嶋 聖雄 早稲田大学教授
[JFIR] 高畑 洋平 JFIR主任研究員
[外務省オブザーバーなど] 20名

  1. 議論概要:

開催趣旨:日本のハイブリッド・パワー研究会は世界における日本の存在感を高めるため、従来の経済力、軍事力など数値化できる指標だけではなく、ソフトパワー・文化力など数値化できない非定量的な指標を組み合わせ、日本の潜在的な国力を最大限発揮することを深く考え、世界における日本の存在感を示すことを狙いとする。ソフトパワーの中核に文化の力があると思われるため、2022年度初回には元文化庁長官、大阪大学名誉教授、前国立新技術館館長であられ、文化論、文明論を始め日本を代表する青木先生をお迎えし、戦略的学術文化の拠点を世界に広げていく議論のためお話をいただく。

(1)青木保講師より報告:「日本の文化外交を考える」

文化力を考えていくうえで、自身が現場主義、現地主義ということもあり、まず自らの経験として海外の美術館の事例紹介と国立新美術館の国際巡回展について紹介していきたい。

・ルーブル・アブダビ<アラブ首長国連邦(UAE)、アブダビ>

3月まで多くの来場者でにぎわったドバイ万博の開催地でもあるアラブ首長国連邦(以下UAEUnited Arab of Emirates)とする、)であるが、その首都アブダビでは、2017年フランスのルーブル美術館の分館を建立した。これはアブダビ政府の強い要望とフランスの戦略的な外交がかみ合わさり実現したものである。フランスを代表する建築家のジャン・ルーベルが設計しただけでも非常に価値があるが、巨大な敷地に、ナポレオンの肖像画など、日本にも根強いファンがおりナポレオン展の際には東京に来ると思われていた肖像画が、東京ではなくルーブル・アブダビで展示されていたなど、戦略的に一級品の絵画を集めて展示している。この度フランス政府はUAE政府と30年間の契約を結び、30年間ルーブルの名前の使用権および展覧会の主要なものをフランスが支援するという内容の契約を行った。そのため、フランスの主要な美術館関係にUAE政府から1千億円ほどの資金がフィードバックされた。ルーブルがアブダビに設置されたことは、フランスの中東戦略の要になるという外交判断があったと思われる。

また、UAEには世界中から大学の分校が来ている。アメリカのニューヨーク大学、スタンフォード大学、パリからもソルボンヌ大学、その他イギリスや各ヨーロッパ諸国からも大学が出てきている。ただ日本の影が何もないことが問題である。中東は日本の外交的戦略的にも非常に重要であるが、依然として日本の影が薄い。

その他、シェイク・サイード・グランド・モスクを視察し、素晴らしいイスラム建築に圧倒された。中東のイスラム建築はヨーロッパにも大きな影響を与えた知識の源泉でもあるが、非常に美しい建築美があり、砂漠の中にどうしてこのようなものを作るのかということを考えることは外交的観点からも重要であろう。

・ビルバオ・グッゲンハイム美術館<スペイン・ビルバオ>

古く鉄鋼などで栄えた港湾都市であったが近代衰退の一途をたどり、20世紀終盤になってビルバオ市が起死回生の手を考えたときに打ったのが文化であった。ニューヨークのグッゲンハイム美術館を招致するという案であり、有名なフランク・O・ゲリーに建築を依頼し、中世的なヨーロッパの街並みの中に突如現代的な建築物が現れるといったように、現代美術を徹底的かつ魅力的に配置した。これを契機にバスク地方が世界的に有名な観光地となり、地方再生のひとつの典型例となった。これ以降美術館、博物館は誰が建築デザインをするかが非常に重要だという認識が広まった。

日本でも建築デザインが集客に貢献している例がある。黒川紀章さんが手がけた六本木の国立新美術館やまた、妹島和世さんが設計した金沢21世紀美術館は年間200万人が来場している。何を所蔵するかより、建築の重要性がより高まってきており、建物物で人を呼び寄せる取り組みの走りがビルバオのグッゲンハイム美術館である。このように集客のために外装の仕掛けをしていく時代になった。

・ナショナルギャラリー<シンガポール>

シンガポールは経済、貿易の中心として栄えてきたが、文化としては近年まで無策であった。しかしながらナショナルギャラリーを数年前に建設したことから、オペラハウスを始め文化の発展に力を入れ始めている。内装は全く斬新なデザインであり、アジアで最大級の美術館を建設した。

Bangkok Art and Culture Center BACC、バンコク芸術文化センター)<タイ・バンコク>

バンコクも近年まで観光地としては有名であったものの、文化発信はおろそかであったが、バンコクにBACCを造り、現代的な斬新な美術館として人々の注目を集めている。

続いて日本の美術館として国立新美術館が国際巡回展を行った経験を紹介する。こういった経験は日本ではまだなく、今後の日本外交に示唆する多くのことを得ることができた。

まずは、海外の美術館と連携して、「アーティスト・ファイル2015『隣の部屋――日本と韓国の作家たち』」を国立新美術館と韓国国立現代美術館が日本と韓国の合同企画として開催した。さらに海外で人気を博している建築家やファッションデザイナー、アニメの展覧会を企画し実施した。「『MIYAKE ISSEY展』三宅一生の仕事展」、「国立新美術館開館10周年『安藤忠雄展―挑戦-』」、「『ニッポンのマンガ*アニメ*ゲーム』展(『MangaAnimeGames from Japan』)」<六本木、ミャンマー・ヤンゴン、タイ・バンコク>、『MANGATOKYO』展(会場:ラ・ヴィレット<フランス・パリ>)、「国立新美術館国際展:ジャポニズム2018」などである。

三宅一生の作品はパリコレで展示を行うものの、東京など国内で展示をすることがなかったため、企画・実施したところ、ニューヨークから1泊で日本に来て展覧会を見に来るなど海外のファンの集客に成功した。次回は、ニューヨークタイムズなど海外の新聞や広告で事前に宣伝するとさらなる効果があるという示唆も得た。

マンガやアニメ展は海外での巡回に持っていく事例がこれまでなかった。国内で展示会を実施すると海外から引きの問い合わせが多数あり、香港、サンパウロ、アジア、インド、モスクワなどと世界各国の美術館との間で交渉を行った。そこで、複数候補地を検討し、日本にとって重要な場所ということでミャンマーの首都ヤンゴンにあるミャンマー国立博物館にて開催するに至り、大盛況のうちに修して、その後バンコクやパリでの実施へと繋がった。

フランスでは当時の安倍政権が実施していたジャポニズムイヤーに賛同する形で、『MANGATOKYO』展を実施することとなった。大規模な会場が決まり、明治大学マンガ専門家の森川喜一郎先生とマンガの作品と東京の地図がリンクする仕掛けを入れた巨大東京都市模型での展示内容を構想していった。関係者からの高い関心を得て、4か月くらいの開催期間の延長の打診を受けたが、リソースなど現実的なところで一月半のみの開催となり惜しまれた。ヨーロッパの美術展は常に世界を巡回しているように、マンガなどの良いコンテンツの展覧会は国内だけで終えるではなく、全世界に巡回していくことで注目度が上がる。

また、美術館に国際巡回展に特化したセクションを持ち、常に戦略的に世界での巡回を計画・実施していくということも検討材料である。コストがかかるので実現が難しいように思われるが、常にそういうことをしておくことが日本の地位、経済的な発展にも繋がる重要な意味がある。それぞれの美術館が国際巡回のセクションを新たに設置することは大変であるが、日本の中に中心的にそういうことができる機関を創設する意義は大きい。文化外交はこのような積み重ねであるので、ささやかであっても積み重ねることで、将来的な経験的な効果が発揮してくると思われる。

現在日本は円高であり、今後世界での相対的地位の低下について懸念がなされている。80年代はハーバード大学でも日本語就学生が多く、講師の数が足りないことから旅行者まで駆り出されていたほどであった。現在、各地の日本研究学科、日本研究専門家が姿を消しつつある状況である。

アメリカを見ると経済低迷した折にもハリウッドが文化の発展を推し進め、求心力として世界中から優秀な人材を集め、イスラム世界までアメリカのカルチャーに魅了してきた。また、大学の世界ランキングに注目が集まった時期に、東南アジア諸国の大学は一目散に注目し対応してきたが、日本の多くの大学はそれをないがしろにしてきた節がある。現在、経済力を大きく回復するような目を引くカードがない状況の中、日本に関する学術・文化的な関心を高めることが、日本の地位向上に資する。

なぜ、文化力なのかというと、現在の対ロシアの経済制裁でもわかるように、工業製品の販売をとっても国全体のイメージが経済に関わってくる。イメージの向上というのは経済の発展に欠かせないものである。現代は経済もデータ主義であり、その良い点もあるが、データを集めていてもロシアのプーチン大統領の決断までは予想できなかった。現場と動向というものは対応できる体制を作っておくことが重要であり、社会科学、人文科学など、現場主義が軽んじられている中で、経験的なことをベースにやっていくことも重要である。文化力は実際に人をひきつけ動かす力がなければならず、イメージを作り出す力が文化外交の中でも大切である。

さらに日本は、歴史的には中国、近大はヨーロッパの文化を受信し、取り寄せて自分のものにしてきた。一方で発信ということをほとんどやってこなかった。ジャポニズムはヨーロッパのアーティストが江戸時代の日本芸術を見て驚き伝わったものが、ピカソやゴッホにも影響を与えたと言われているが、日本が主体的に何か発信したというのではない。現在はクールジャパンの動きもあるが、発信づくりを強化することも重要である。

発信していく際には、世界の情勢を見ながら、美術館の国際巡回などを戦略的に決定する拠点も必要であろう。国際交流や国際発信など、包括的に何らかの影響力をある司令塔のような組織の創設に意義がある。文化の専門家は経産省にはいないが、かといって文化の研究者が担うというのでもなく、国際的な文化のプロデューサーが必要である。国際的な文化のプロデューサーは、英語、中国語など多言語を話せる人材であり、ハイブリッド企画を実施する行動力が求められ、どこかに所属し、その役割で生活できる必要がある。また、それは国家資格とするのか、人材育成プログラム、組織の基盤はどうするかなどの検討が必要である。どこで育成し、どこに配置し、文化外交として海外と交渉し、どのように日本の文化力を高めることを実現していくか、このような実行力のある文化外交に関する研究センターが必要であり、それは将来的にも巨大な利益に繋がる文化娯楽空間が広がっていく可能性を含んでいる。ただし、経済界としてもまだその観点から文化人材を育成するには至っていないのが実情であり、仕掛ける人、具体的に行動する人がいないことが課題である。外務省でもジャパンハウスを設立するなどの努力がはらわれている。今後さらに効果的な文化発信をする際の課題となっている。

海外と入館数を比較してみても、まだまだ日本が文化に対して取り組むことができることがわかる。東京国立博物館の年間入館数が100万人~150万人で200万人も来ていない。他方でルーブル美術館は900万人から1000万人、大英博物館が800万、ロンドンの現代美術館であるテートモダンは600万人である。2017年オランダの大学にある組織が世界の美術館を評価する機関を設立し、世界を代表する美術館18館を選定した。国立新美術館が16位と日本で唯一選ばれた。アジアでは中国の上海博物館が18位であった。年間入館数が200万人以上という選考基準があることからも、文化で人をひきつけ、来場者数をあげていくということは重要な指標となっている。

戦略的な文化発信の拠点について、駐UAE大使と協議を行った際、「アブダビでこれまでの文化外交の様な茶道や華道をやっても効果がない。ぜひ新しい文化外交の拠点を作りたい。」という話になった。アジアは21世紀に現代アートに目覚め、現在では現代アートはニューヨークだけに限らなくなった。独自の文化を発展させてきた日本がもっと世界に出て行き、戦略的に仕掛けていくことで日本のプレゼンスを高めていくことは可能である。その候補地として、一つは経済的・地理的な優位性を誇るUAEのアブダビ、もう一つは地理的・文化的な独自性を有するアゼルバイジャンのバクーが考えられる。

(2)自由討論

上記(1)を踏まえて自由討論が行われ、テーマ別に下記(イ)~(ハ)の論点が提起された。

(イ)これからの文化外交について

・文化外交行政に関連して、在仏日本国大使館での公務の経験で、当時は文化外交専門官という外交官の肩書は地域担当の人が担っており、他国のように文化外交官が専門的に位置づけられていたわけではなかった。自身の経験は『フランスの「文化外交」戦略に学ぶ』でも著している。(渡邊啓貴主査)

・文化外交研究所の存在も重要である。文化外交の研究は一つの大学でできる時代ではなく、例えばドイツは中心的な機関として文化外交研究所を設置し、メルケル首相を呼ぶなど活発に活動している。フランスやドイツまたは中国などの他国の文化外交の経験を知っていくことも重要である。(渡邊啓貴主査、青木外部講師)

・文化に加えてスポーツを通じて人脈を繋いでいくスポーツ外交も有効である。スポーツ好きな人は多く、共通の話題を持つと外交の局面でも有効に働くことがある。そのため在ナイジェリア日本国大使館でもサッカーであればJリーグと組んだり、その他柔道着や空手着などそれぞれの連盟との協力の元、日本で集めた使用済みユニフォームをナイジェリアに寄付する活動を行った。そうしたところ、億をかけていた他の重要な支援事業より、現地の報道ぶりに注目が集まり、ニュースやYouTubeなどを通じて情報がどんどん拡散されていった事例がある。(外務省オブザーバー)

 

(ロ)文化司令塔としての役割を果たす人材育成・組織づくりをどうしていくか

・文化発信に関して、プレーヤーが政府機関、企業、NPO、日本国際フォーラムなどのシンクタンクなど多数考え得るが、省庁間でも経産省、外務省で視点が異なったり、政府機関、民間企業で目的やゴールなど見ている方向が異なるなど、それぞれ別のモチベーションを持ち合わせている。そこをどうすり合わせ、連携を持たせた横の関係性を築き、文化司令塔として中心的な役割を果たしていけるは課題である。(中嶋メンバー)

・文化プロデューサー、発信する人材育成に関連して、アメリカではアーツマネジメントがあり、アーティスト以外にもキュレーター育成、語学力、交渉力、会計能力を含めた人材の教育体制がある。日本ではどのような機関でどのように人材育成を然るべきかが問われている。日本でもキュレーターを育成しているが、それは美術や文学に限って造詣が深い人材であり、経営的な視点は持っていない。また、修士を修めている学芸員が海外に比べて非常に少ないという点も課題として挙げられる。また既存のビジネススクールでも文化をプロデュースする視点が欠けている。そのため、文化政策研究会などの取り組みですでに始められているように、芸術文化・人文系にとどまらず、経済・工学系などを含み、また海外の大学の研究者なども積極的に包括する形での、多様な層で構成される分野横断的なプログラムを大学でも意欲的に作っていく必要がある。(青木外部講師、中嶋メンバー)

・ナイジェリアでも漫画やアニメが大人気であるが、日本のコンテンツ産業は海外マーケットへの関心が低く、海外で日本映画祭をやるにも予算の問題など制限がでてきてしまう。そこで、ナイジェリア大使館では、NETFLIXジャパンと共同でバーチャルな日本映画祭を企画している。オンライン上のイベントであれば場所や時間に縛られず、さらに膨大なコンテンツを楽しむことができる。これまで現地開催の場合に数百万円かかるようなイベントがオンラインであればほとんど無料の低予算で実施ができないかも検討しており、このようなIT関連の民間企業との連携による新たな関係性づくりの可能性も考え得る。(外務省オブザーバー)

 

(ハ)人材育成、ネットワーキングをどうしていくか

・ウクライナのゼレンスキー大統領が史上初外国元首として国会演説を行ったり親日派のウクライナ人の役割が重要であることが今回のことで分かったが、これら親日派や訪日経験のある人などをどう組織的なネットワークにしていくことができるだろうか。(鈴木メンバー)

・ひとつはJETプログラム(The Japan Exchange and Teaching Program)のような既存の外国青年招致事業の活用方法を検討することだろう。OB/OG名簿の作成や卒業後の進路の調査などを実施し、JETプログラム卒業生のネットワークが本事業に資するかどうかを検討していく。(中嶋メンバー、渡邊主査、青木外部講師)

・親日家の拡大について、どうやったら日本との懸け橋になれるか、企業との接点を作れるかについて、ナイジェリア大使館の経験を紹介させていただくと、定期的に大使館とJETROが協議の場を設け議論を重ねている。ネットワーキングについてはアメリカの大学がOB/OGの組織化がとても上手であり、年代、国籍を超えて、どこにいても大学卒業生同士で繋がることができる仕掛けを持っているので、それを参考にしている。その中で、訪日経験者に日本での経験についてレポート作成を依頼し、日本企業に展開するという取り組みを行っている。これは、雇用したい日本企業側と働きたいナイジェリア人を繋ぐうえで、面接のプロセスのみでは推し量ることが難しい部分について、日ごろから訪日帰国者の人柄や情報を企業に共有することで、お互いのミスマッチや溝を埋める効果を期待しているものである。また、訪日経験者と日本側との繋がりを風化させないためにも大使館が日ごろから親日派の情報を集めておき、メーリングリストなどで折に触れ情報を発信するなど、効果的に活用することができる。(外務省オブザーバー)

以上