公益財団法人日本国際フォーラム

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欧州班 第2回定例研究会合

当フォーラムの実施する「『自由で開かれたインド太平洋』時代のチャイナ・リスクとチャイナ・オポチュニティ」研究会内、欧州班の第二回定例研究会合が、下記1.~3.の日時、場所、出席者にて開催されたところ、その議事概要は下記4.のとおり。

  1. 日時:2022726日(火)20:00-22:00
  2. 場所:オンライン形式(Zoom
  3. 出席者
[報告者] 鶴岡 路人 慶應義塾大学准教授(班長代理)
岩間 陽子 政策研究大学院大学教授(アドバイザー)
合六  強 二松学舎大学准教授
田中 亮佑 防衛研究所研究員
[司 会] 細谷 雄一 JFIR上席研究員/慶應義塾大学教授(班長)
[欧州班メンバー] 東野 篤子 筑波大学教授
[JRSP] 中村 優介 千葉商科大学国際教養学部助教
[他班メンバー] 佐竹 知彦 防衛研究所主任研究官
[JFIR] 伊藤和歌子 研究主幹
安井 清峰 特任研究員
大林憲司・マテイ JFIR特任研究助手/慶應義塾大学院
矢部 美咲 JFIR特任研究助手/慶應義塾大学
[オブザーバー] 22名
  1. 議事概要

NATO首脳会合と戦略概念の評価・報告」をテーマに、以下の報告があった。

(1)鶴岡班長代理による報告

今回のNATO(北大西洋条約機構)新戦略概念では、初めて「挑戦」という形で中国が言及された。ウクライナ戦争以前に予想されたほど中国への関心は払われず、ロシアを最重要かつ直接的な脅威と名指しした。だが、中長期的には中国が大きな課題になるという点でNATO内のコンセンサスが形成されつつある。今回のサミットの焦点は、対ロ抑止体制の強化であった。その象徴が、前方防衛 (forward defense) への転換だ。これは特にバルト諸国の防衛に関する問題である。これまでNATOは、ロシアがバルト諸国を攻めてきた場合、守り抜くことができないという前提の下で防衛計画を立てていた。しかし、今回のウクライナ戦争におけるロシア軍の残虐行為を目の当たりにし、仮に短期であっても一度たりとも占領を許してはならないという意思を表示したかたちだ。しかし、実現可能性には議論が残り、時間も要する。NATOのローテーション配備を巡る問題も存在する。

(2)岩間アドバイザーによる報告

戦略概念では中国が”systemic challenge”と明記されたが、中国への言及は期待されていたよりは少なかった。タイミング的にもロシアが前面に出た印象だ。日韓豪といったインド太平洋諸国との連携など様々な方向性は示されたが、具体的なビジョンはまだ見えていない。また今回の戦略概念では、領土防衛や前方防衛が前面に出された。前回ほど危機管理(Crisis management)の部分は出てこなかった。しかしながら、危機管理の問題はアフガニスタンで終わりにしてはならない。例えば台湾海峡での有事は、NATOにとっても将来を左右する危機になる。ドイツはガスの問題を巡り浮足立っている。対ロ姿勢に関する世論調査では東西ドイツで結果が異なる。東部は親ロシア的で和解を求めており、舵取りが非常に難しい。今後ドイツはNATOの中心になってもらわないと困る存在だ。前方防衛においてもドイツは重要な役割を果たす。ショルツ政権は防衛費の増額を決定したが、大半がF-35に使われている。前方防衛の貢献への意志はあまり感じられない。ロシアと妥協する方向に進みかねない懸念もある。

日本としては核の問題は米国に任せて、それ以外に台湾海峡を巡る有事においてできることをしっかりと行うのが方向性ではないだろうか。沖縄の米軍基地のレジリエンス向上や台湾との連携が重要だ。来年の広島サミットでは、日本は核を巡る安全保障について触れる必要がある。ドイツの現政権は原発を廃止するためにロシアのガスに頼ってきた経緯があるが、ロシアの天然ガスをシャットアウトするのであれば短期・中期的には原発でつなぐ必要がある。こうした問題が今回のNATOサミットでは触れられなかった。

(3)合六メンバーによる報告

中国に関しては、2019年のNATO首脳宣言で「挑戦と機会」という言葉が出現し、それ以降NATOが中国にどのような態度を取るのか注目されてきた。前回のブリュッセル首脳声明と今回の戦略概念の両方において、中国が核兵器を急速に増強していることに言及しているのは注目すべきポイントだ。さらに、中露連携への強い警戒感も明記されている。ウクライナ戦争では、政治面でも中露が連携している。戦争直前の中露共同声明でも、中国はNATO拡大を批判した。そうしたことも踏まえ、日、豪、韓、ニュージーランドのAP4と呼ばれる国々との連携強化とともに、インドなどとの連携もNATOは視野に入れているかもしれない。今回の首脳会合の目玉は、NATOの東部地域における抑止防衛態勢の強化だが、これは2014年以来のトレンドでもある。ただしロシアによる軍事侵攻を受けて、鶴岡先生が指摘したようなかたちでより動きが加速する方向だ。一方、核抑止に関するトーンは前回の戦略概念と比べてもあまりかわっていない。ロシアが核の脅しを続ける中で、NATOは核抑止への言及は控え目にしたかったのかもしれない。また軍備管理・軍縮・不拡散といったテーマはさすがにこの状況を受けて悲観的な状況認識のみが示されているに過ぎない。また後で議論することになると思うが、1997年の「NATOロシア基本文書」への言及もなかった点も注目すべき点だ。

(4)田中メンバーによる報告

戦略概念とはNATOの最高位の戦略文書であり、冷戦後に公にされるようになったことでパブリックディプロマシーの一端を担っている。冷戦後、これまでは三つの戦略概念が発表されており、今回で四つ目の戦略概念となるが、過去の三つに比較して方向性の転換が著しい。冷戦後のこれまでの戦略概念は、その下位にある軍事戦略との連関がほとんどなかった、あるいは下位の軍事戦略そのものがないに等しかったと言われている。しかし、今回の戦略概念の発表以前から、NATOは軍事戦略を打ち立ててきた。2016年のワルシャワサミット後にNATOの軍事委員会が新たな軍事戦略が必要だと指摘し、立案が進んできたようだ。2019年に “New Military Strategy”というNATOの軍事戦略が承認されたことが発表されたが、これは1967年以来の新たな包括的な軍事戦略と言及された(内容は非公開)。柔軟反応戦略からの更新を意味しているとみられ、歴史的観点からも極めて重要だ。翌2020年には、さらにそれに紐づく二つの軍事戦略が策定されたことも公表されている(こちらも内容は非公開)。それらは、大西洋地域の抑止に関する地域的なもの(DDA)と、戦闘と先端技術に関する機能的なもの(NWCC)であり、簡潔な概要のみ発表されている。このように2016年から2020年にかけて、徐々にNATOの軍事戦略が形成される中で、今回の戦略概念は一つの集大成として位置づけられるのではないか。それらの下位の戦略でAP4NATOアジア太平洋パートナー)、インド太平洋や中国について言及されているかは不明だが、現在の潮流に鑑みて言及されていても不思議ではないだろう。

(5)細谷班長による報告

マドリッドサミットを現地で見た視点からコメントしたい。NATO事務総長が北欧2ヵ国(フィンランドとスウェーデン)の新規加盟をトルコに訴えかける姿勢が目立っていた。おそらく直前まで、加盟を巡るコンセンサスが得られるとは考えていなかったということが分かる。NATOの結束を示す意味においては、新規加盟国の問題を解決できなければ対外的にNATO内に亀裂がある印象を与えかねなかった。中国に関する言及も、直前まで文言について議論があったことが窺える。NATO加盟国の中での認識の差が出たということだ。特に各国外相の中露に対する脅威認識の差が出ていた。また、戦略をどう制度化するのかという問題と、各国がどれだけリソースを割くことができるのかという問題がある。アジアに対するNATOの理解や認識が薄い中で、NATOAP4の国々にインド太平洋の情勢に関する意見を聞くという狙いがあったのではないか。アドホックで暫定的なものではなく、制度化するのが狙いではないかという印象だ。また、今回のサミットでは環境やジェンダーも注目されていた。ヨーロッパのディスコースの空間が変化し、アイデンティティ・ポリティックスの出現でジェンダーや環境問題も避けられなくなった。日本もこの話題についていかなければ、価値を共有するパートナーとして認識されない可能性がある。

(以上、文責在事務局)