公益財団法人日本国際フォーラム

ロシア非難に加わらない国は「ロシア寄り」なのか

ロシアによるウクライナ侵略戦争の状況は膠着しており、ロシアの進軍の速度が遅いと同時に、ウクライナの迅速な反攻も、経済制裁によるロシアの戦意喪失もすぐには見通せない。そのような中で、日本は欧米のことばかり見ているが世界にはロシアを支持する国も多い、世界が一致してロシアを押さえ込むことはできないのだから、欧米とウクライナはロシアに譲歩して戦争を早く終わらせるべきだ、という意見が少しずつ増えているように見える。果たして、こうした意見は正しいのだろうか。

対ロシア制裁を行っている国が、欧米以外には日本、韓国、台湾、シンガポール、オーストラリア、ニュージーランドなど少数にとどまるのは事実である。しかしイラン、北朝鮮など他の国々に対してこれまで行われてきた制裁を見ても、国連安全保障理事会決議によるもの以外に独自に制裁を発動した国は多くない。経済的に余裕のない国が大国に対して経済制裁を課すことができないのは当然のことで、これはロシアを支持する国が多いことを意味してはいない。

20223月から4月にかけて、国連総会で3件のロシア非難決議が賛成多数で採択されたとはいえ、反対・棄権・欠席の国々が常に50以上あったことも、ロシア寄りの国が少なくないことの証拠としてよく挙げられる。しかし、国連人権理事会からのロシア追放という議論の余地の大きい問題に関する決議を除けば、2つの決議に反対して明確にロシアを支持したのは、ベラルーシ、エリトリア、北朝鮮、シリアという極端な反米・親露の独裁国家4か国だけである。これらの決議以外の場で、戦争の責任は欧米やウクライナにあるとする、ロシアに近い立場を表明しているのも、中国、ミャンマー、イラン、キューバ、ヴェネズエラ、ニカラグアなどの反米国に限られ、しかもこれらの国々は、ロシアの領土拡張戦争を全面的に支持するとまでは言っていない。これら以外の非欧米諸国は、ロシアを批判するか中立を標榜しており、また「中立」の理由やニュアンスは国によってさまざまである。

中立を選ぶ国々の多様な事情

ここですべての非欧米諸国の立場を解説することはできないが、中立を維持するか、ロシアに批判的ではあるが強い態度を取らない国々の多くに共通するのは、大国間の対立に巻き込まれたくない(対立にあえて積極的に関与する動機がない)ということと、これらの国にとってより切迫した問題がほかにあるということである。たとえばラテンアメリカ諸国の場合、国際紛争における中立を伝統的に志向しており、ロシアによる侵略は悪いと考えつつも中立を支持する人が多く、また国内で深刻な経済・政治・社会問題を抱えている国が多いため、この戦争への対応は政治的な争点になりにくい[1]。中東では、アラブ諸国・イスラエルなどにとって、イランの台頭に対抗しての国際関係の組み換えがより切迫した課題であるうえ、ロシアの位置づけも石油市場やシリア情勢への影響という観点から考えられているため、ウクライナ戦争の問題だけでロシアへの態度が決まるようにはなっていない[2]

よく言われるように、多くの国が武器や食糧・肥料などの輸入でロシアに依存していることが、ロシアを強く非難しない態度に結びついていることは確かだろうが[3]、逆に、そのような依存関係はロシアへの明確な支持をもたらしていないとも言える。また、欧米中心主義や欧米の他国への介入、過去の植民地主義などへの反発が、欧米のロシア非難・制裁に対する非欧米諸国の支持を弱めているということも、かなりの程度言えることだろう。ただしこの現象も、地域によってかなり意味・ニュアンスが異なる。中東ではイラク戦争やシリア難民問題などに由来する反米感情があるが、反米的な人がロシアを支持するのは、一説によれば、ロシアがより道徳的だからではなく、シリアで自らが支持する勢力を守り切ったという「力」への尊敬の念によるものだという[4]。また、アフリカは植民地支配への怨念を持っているから欧米を支持しないという論調が日本では目立つが、実際には旧宗主国と友好的な関係を保っているアフリカ諸国も少なくない。反アパルトヘイト闘争へのソ連の協力の歴史を背景に、現在もBRICSでロシアとの関係を重視する南アフリカをはじめ、「偽善的」な欧米よりロシアに期待する国々はあるが[5]、全体的には、冷戦期の東西対立の悪影響や非同盟運動の経験を下敷きにしながら、どの大国とも良好な関係を維持したい国がアフリカには多いと言えよう[6]。これは多くの東南アジア諸国についても言えることだと思われる。

ラテンアメリカ、中東、アフリカ、東南アジアなどにとって、ロシアのウクライナ侵略は結局のところ自分たちから遠い問題だが、ロシアと隣接する国々の場合、同じく「中立」を唱えていても、そこに伴う緊張感は格段に高い。カザフスタンはロシアと極めて深い関係があると同時に、ロシアからの潜在的な領土要求の脅威を抱えており、特に知識層にはウクライナを支持する人々が多い。大統領・政府はロシア批判を避けつつも、ドネツク、ルガンスク両人民共和国を承認しない、制裁破りに協力しないという立場を明確にしている[7]。これに対しロシアは表向き友好関係を強調しつつ、カザフスタンからロシア経由での石油輸出にいろいろな理由をつけて制限を加えており、神経戦が繰り広げられている。モンゴル政府は、侵略に対抗する連帯を求める日本の林外相(5月初め訪問)とも、「特別軍事作戦」への理解を求めるロシアのラヴロフ外相(7月初め訪問)とも対話してバランスを取っているが、民間と野党では、ソ連の属国とされて多大な被害を蒙った経験を持つ小国モンゴルはウクライナを支持すべきだという声が強く、ラヴロフ訪問の際も、訪問およびロシアによる情報操作に抗議する集会が開かれた[8]

冷戦的陣営なき競争の時代:当事国の主体性を尊重する正しい関与が必要

以上のように、ロシアに対する強い非難や制裁に加わらない国が多いと一口に言っても、その内実はさまざまである。大多数の国にとって、ウクライナでの戦争は自国から遠い問題であり、自国やその周辺に存在する問題により強い関心を持っている国が多い。場合によっては、自らが武力で領土を奪回・拡張する可能性を留保している国もあるかもしれない[9]。他方で、ロシアとの関係が深いために非難に加われない国でも、ロシアの脅威を感じている場合がある。

多様な立場の国々があることを認識するのは重要だが、欧米・日本に積極的に同調しない国が多いことをもって、ロシアを支持する国が多いと考えるのは錯覚である。このような錯覚には、第三世界の国々でさえ東西陣営のどちらに与するかの選択を迫られた、冷戦時代の思考が影響しているのかもしれない。しかし今日の世界状況は、決して冷戦の再来(「新冷戦」)ではない。全体としては冷戦期より不安定で、しかし個々の国にとっては相対的に選択の自由がある状況である。欧米・日本などの結束も盤石ではないが、ロシアや中国の周りにはそれ以上に、「陣営」と呼べるようなまとまりはない。中東の「親米」国が常にアメリカに同調するわけではないと同時に、旧ソ連地域の「親露」国が常にロシアに同調するわけでもない。相異なる立場の国々が、固定的な陣営を持たないまま、できるだけ多くの国の支持を集めようと競うのが現在の国際関係である。ウクライナおよび欧米・日本にとって、支持を集めるよう努力することは重要だが、無関心な国や中立を保たざるを得ない国が多いからと言って、支持する国がもっと少ないロシアに譲歩する必要はない。

また、欧米がロシアに譲歩してウクライナを見捨てれば、中立的な国々はますます欧米を信頼しなくなるだろう。中東などへの介入は確かに欧米への不信感を生んできたが、だからといって無責任に手を引けば域内の国際関係がさらに不安定になり、力の論理で動くロシアへの期待を高めてしまうというのが、中東情勢の示す教訓である。必要なのは、手を引くことではなく正しく関与することである。その関連で示唆的なのは、6月のシャングリラ対話(アジア安全保障サミット)でのインドネシアのプラボウォ国防相の発言である。彼は、帝国主義による支配を経験し大国間競争に影響されてきたアジアの国として、インドネシアは全ての大国を尊重すると述べると同時に、力のみに依存する秩序の悪影響を受けないよう、ルールに基づく国際秩序を支持すると表明している。そして、今のインドネシアは友好国に囲まれているから気を抜きがちだが、ウクライナの状況は、安全と独立を当然のものと思ってはならないことを示していると指摘した[10]。つまり、インドネシアを含む多くの非欧米諸国は、自らが世界的な国際秩序を形成する立場にはなく、すべての大国とうまく付き合っていくしかないが、同時に、ルールに基づく国際秩序によって安全と独立が守られることを期待している。欧米がそのような秩序を守ることができないのであれば、これらの国は欧米からさらに離れていくであろう。

日本は、ロシアから遠い非欧米諸国とは全く立場が異なる。ロシアの隣国である日本は、大規模な侵略を受ける可能性は小さいとしてもロシアの脅威と決して無縁ではない。またそれ以上に、軍事力による領土奪取の前例が東アジアおよび世界に与える影響によって、安全保障環境が悪化しうる国である。また、世界平和・世界秩序の維持を中心的に担うべき国の一つでもある。ロシアによる侵略を終わらせることは、日本が欧米と共に負う責務である。

言うまでもなく、この戦争を具体的にどう終わらせるかは、今後の戦況次第とならざるを得ない。ロシアをウクライナから完全に撤退させるのが最善、224日以前のラインに戻させるのが次善であるが、もし不幸にして、ウクライナ自身が侵略の被害に耐えきれず、ロシア軍を撤退させられないまま停戦する判断をするなら、欧米・日本もそれを尊重するしかない。しかし、ウクライナが望まない停戦を第三者が押し付けることは絶対にしてはならないし、停戦する場合も、ウクライナの一部のロシアへの併合やウクライナの非武装化を国際的に承認するような条件を受け入れてはならない。ロシアがウクライナ全体、さらには旧ソ連地域全体を領土ないし属国とし、欧米中心の世界秩序を壊そうとする野心を持っている限り、例えばドンバス併合が認められればそれで満足してウクライナへの干渉をやめるということはありえない[11]。時が経てばまた攻撃的な行動を始めるだろうから、国境の正式な変更が仮の停戦ラインの設定より安全ということはないのである。欧米・日本は、ウクライナの主体性を尊重し、中小国の独立を守る国際秩序を維持していかなければならない。