公益財団法人日本国際フォーラム

ウクライナ戦争の長期化で「ウクライナ疲れ」が起きている。前例のない厳しい経済制裁とウクライナ軍の奮闘にもロシアは音を上げない。ガソリンなど物価の高騰、黒海からの穀物輸出の滞りに、「いつまでこの異常事態が続くのか」との不満が世界に広がるのも無理はない。気の早い冷笑家は結局、プーチン・ロシア大統領が高笑いだな、と言う。

米国では5月に400億ドル(約5兆円)のウクライナ支援パッケージが決まったが、この支援法案に上院(定数100)から11人、下院(435人)から57人が反対票を投じた。全員共和党だ。議員の総数からすれば1割強だから少ないとも言えるが、民主主義を守れ、戦争犯罪を許すなとロシア非難が巻き起こった割には、反対票は結構でたという印象だ。

ニューヨーク・タイムズ紙はこの400億ドル支援パッケージに関して「インフレ対策の方が米有権者にとってはるかに大きな問題だ」との社説を掲載した。

ドイツの「キール世界経済研究所」によると、軍事も含めたウクライナ支援総額の55%を米国が占める。欧州の戦争でありロシアの脅威に間近で向き合っているのに、英国は6%、ドイツ4%、ポーランド3%である。これでは「米国の負担が大き過ぎる」と米国人が思うのは当然であろう。

トランプ前大統領派の「外国を支援するより国民を助けろ」という声は説得力を増しそうだ。米ピューリサーチセンターの世論調査では、米国のウクライナ支援について「十分でない」との回答は、3月には42%だったが5月には31%に減少した。

政権与党の民主党はバイデン政権を支えるが、11月の中間選挙では共和党が少なくとも下院では多数派となりそうだ。そうなると次のウクライナ支援法案は小ぶりになる事態も予想できる。

米メディアのウクライナ報道も減っている。大手テレビ局は6月末に最高裁が中絶を憲法上の権利でないとの判決を下してから、中絶問題を論じるニュースが圧倒的に多くなり、2021年1月の米議会襲撃事件公聴会など党派対立に時間を費やして報道している。ウクライナ戦争は戦況を簡単に触れる程度だ。

スタンフォード大学の分析では、「ウクライナ」「ロシア」という国名が出てくるニュース量は7月に入ると、開戦前の今年1月初旬と同じレベルまで下がってしまった。

米キニアピック大の世論調査(6月8日発表)では、米国民に国家の緊急課題は何かと聞くと、インフレ(34%)、銃暴力(17%)、移民問題(7%)、選挙関連法(6%)、中絶問題(5%)、気候変動(5%)などが続き、ウクライナ戦争と答えたのは3%である。

欧州も揺れる。欧州外交問題評議会が6月中旬に発表した欧州10か国での世論調査では、ウクライナ戦争について停戦を急ぐべきだとの声は35%で、戦争が長期化してもロシアを懲罰して正義を実現すべきだとの声は22%だった。停戦派はイタリア、ドイツ、フランスなどが多い。エネルギーや食料高騰に人々が悲鳴を上げている様子がよくわかる。

ウクライナ戦争で「中間派」とされるアジア、アフリカはもっと露骨だ。黒海封鎖で穀物価格が高騰したことから、正義よりも停戦派である。ウクライナ外相のドミトロ・クレバが6月中旬に米誌フォーリン・アフェアーズへの寄稿で「アフリカ、アラブ、アジアの政策決定者と話すと、最初は全面的な支持を表明してくれる。だがその後態度を変えて抵抗をやめるよう促してくる。要するに皆ウクライナからの穀物を欲しがっているのだ」と嘆いた。

ウクライナ市民のおびただしい犠牲、力による国際秩序の破壊の末にもたらされる暗黒の世界を考えれば、支援疲れに「なんと弱腰な」と憤りが沸いてくる。だが、政治家は「ウクライナより国民を助けろ」という思いは無視できない。

「ウクライナ疲れ」が強まる流れを逆転させるのは難しい。第二次大戦で英首相チャーチルは真珠湾攻撃の報を聞き、大喜びして熟睡した。それまで戦争に距離を置いていた米世論が一気に参戦に転じ、英国の勝利が決まったと読んだからだ。

ウクライナ戦争で真珠湾攻撃のような事態、つまりNATO加盟国への攻撃など米国の本格参戦につながる動きをプーチン氏は避けるであろう。

ブチャの虐殺のような戦争犯罪が再び明るみにでれば、国際世論は再びウクライナ支援で勢いづくはずだ。マウリポリやセベロドネツク、リシチャンスクなど激しい攻撃でロシア軍が制圧した地域では市民を含めてかなりの犠牲が出ていよう。それでもウクライナ支援の声が長続きするとは期待できない。

だが、世論がついてこないからと言って、ウクライナを見捨てれば、バイデン氏はロシアに敗れた初の米大統領として汚辱にまみれて政権を去ることになる。ギャラップ社が行っている「世界における米国の地位」世論調査では、米国は世界をけん引する特別な責務を持つべきだとの回答は75%に上る。米国が軍事力で世界一であるべきだとの回答も7割近い(2022年2月調査)。米国民は犠牲を払うのは嫌がるが、ロシアや中国にナンバーワンの地位を譲る敗北は受け入れない。

となると、バイデン氏の選択肢は限られる。それはこれ以上のインフレを回避しつつ、米国民が悲鳴を上げず議会が背を向けない範囲でしぶとく支援を続けるものだ。具体的には威力を強化した兵器や軍事情報の提供を増やしてウクライナに敗北させない。ただでさえ逆境の中間選挙と24年大統領選挙を控えて、我慢比べを辛抱し敗北だけは何としても避ける、という決意であろう。

それにハイテク部品の禁輸でロシア軍の攻撃能力の劣化は著しい。ドローンも使えないロシア軍を時間がたてば劣勢に追い込めるという勝算もあろう。

開戦5か月で「ウクライナ疲れ」が喧伝されるが、バイデン氏の射程はプーチン氏同様にもっと長いはずだ。