公益財団法人日本国際フォーラム

日本は、地球規模課題の解決のために、グローバルレベルでの革新的政策と制度の構築、 とりわけグローバル・タックスと世界政府の実現に全力を尽くすべきである。これは地球益実現のために国境を越えた「異次元の」国際協力を推進するとともに、その中で従来の国益 の定義を超えるという二重の意味で、Transcending Power(トランセンディング・パワー) と呼んでもよいかもしれない。このトランセンディング・パワーの追求こそが、今後日本が 世界で生き残り、プレゼンスを高める唯一の道であると考える。

このような主張はあまりにも急進的で理想主義的だと思われるに違いない。しかし、あえてそのような提案を行う理由は少なくとも3つある。まず、地球規模課題の深刻化である。 たとえば、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、産業革命時と比して地球の平均気温上昇が 1.5 度を越えてはならないと警告しているが、このままでいけば 2040 年までに越えることを明らかにしている。またバイオテクノロジーの進展によって、博士課程レベルの学生であれば容易にコロナよりも感染力が強く、致死率の高い人為的ウイルスを製造することが可能になっている。さらに、核兵器が使用されることなど、冷戦時代の遺物と思いきや、現在ロシアとウクライナの戦争でロシアの大統領がその使用をほのめかす発言をしている。核兵器が使われなくても、原子力発電所が破壊されれば、取り返しがつかない事態に陥ることは火を見るよりも明らかである。すなわち、地球規模課題は人類の生存危機にまで深刻化しており、今すぐ異次元の国際協力で解決しなければならないのである。

次に、これらの危機の要因は様々であるが、突き詰めれば経済的には資本主義体制が、国際政治的には主権国家体制に起因している。したがって、ここにメスを入れずして、問題の 解決はない。では、どのようにメスを入れればよいのだろうか? 資本主義の改革のためには、特にそれがグローバル化し、金融化した現在、グローバル・タックスが有効であり、主 権国家体制の改革のためには、世界政府の創設が必要だと考える。

グローバル・タックスとは、大きく捉えれば、地球規模で税制を制度化することであり、 三つの柱から構成される。それは、各国が共通の課税ルールを作り、課税のための情報を共有すること、国境を越えた革新的な課税を実施すること、課税・徴税・分配のための 新たなガヴァナンスを創造し、グローバル・ガヴァナンスの透明化、民主化、アカウンタビ リティの向上を図ることである。グローバル・タックスが実現すれば、まず理論上、最大年間 300 兆円という巨額の税収が得られ、次に税の政策効果により、投機的取引、二酸化炭 素の排出、武器取引などの負の活動が抑制され、長期的には「世界政府」の創設へつながる。

ここでいう世界政府とは、地球規模課題の解決と人類の生存確保を目的とし、地球規模課題の解決や人類の生存のための政策を議論し、法的拘束力を持った決定を行う立法府としての世界議会、その決定事項を実施する各国の主権を部分的に超えた行政府としての 世界政府、世界憲法、世界法、世界司法裁判所など、これらを法的に保証する司法府から構成される。

特に世界議会は、一国一票制の各国政府(国益)を代表する一院、各地域から選出された議員からなる地球益を代表する二院、環境、開発など各テーマや、さまざまセクターを代表する三院という構成をとることによって、多様なレベル、地域、分野の多様な声を効果的に反映することが可能となる。

当然ながら、これらをいかに実現するかが一番の課題であるが、グローバル・タックスに ついては、すでに航空券連帯税は実施され、デジタル課税も 2023 年から実施される予定で ある。世界政府の実現については紙幅の都合上、詳細は割愛するが、実はグローバル・タッ クスを次々と実現させることが、世界政府の創設に直結するということだけは言及しておきたい。

ここまで、日本がグローバル・タックスと世界政府の実現に全力を尽くすべき理由を論じ てきたが、最後の理由として、日本がこれに注力することが日本の生き残りとプレゼンスの 向上になる理由について、簡単に述べておきたい。これまで日本は第二次世界大戦の反省か ら軍事ではなく、経済で世界に貢献してきた。戦後の経済発展とともに ODA の額を増やし、一時はその額が世界一になったほどである。しかし、バブルの崩壊以降、日本経済は低迷し、現在日本の一人当たり GDP は世界 23 位で、シンガポールや香港よりも低い。ODA 2019年には4位まで落ちており、その額はアメリカの半分以下にすぎない。軍事的にも、 日本の軍事予算は 5 4000 億円で、アメリカの 85 兆円、中国の 28 兆円に太刀打ちできな い。しかも憲法 9 条の制約があり、軍事面での貢献を求めないのが現実的であろう。

すなわち、ハードパワーで世界に貢献することはできないのである。日本のソフトパワー にも限度があることを勘案すると、本研究会のテーマである「ハイブリッド・パワー」や、 本論で提唱している「トランセンディング・パワー」が鍵となろう。とりわけ、トランセンディング・パワーによる国際貢献は、地球規模課題の解決や人類の生存危機の回避など、いかなる国にとっても利益になることを真正面から訴えるのみならず、グローバル・タックス や世界政府など、そのために必要な政策や制度を具体的に提言するという意味で、歴史的な貢献となろう。

対人地雷禁止条約やクラスター爆弾禁止条約、最近では核兵器禁止条約などは、その実現をめざす有志国と関連する NGO ネットワークとの協働で可能となったことに鑑みると、 グローバル・タックスではフランス、ドイツ、スペイン、チリなどと、世界政府については スイスなどと有志国連合を作るとともに、それぞれの分野のNGO と協働を進め、実現を図っていくことが肝要となる。日本が「トランセンディング・パワー」の重要性に気づき、実際に世界をリードしていく日が来ることを願ってやまない。