公益財団法人日本国際フォーラム

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「米中覇権競争とインド太平洋地経学」研究会

当フォーラムの実施する「米中覇権競争とインド太平洋地経学」研究会の第8回定例研究会合が、 下記 1.3.の日時、場所、出席者にて開催されたところ、その議論概要は下記 4.のとおり。

  1. 日 時:2022225日(金)16:00-18:00
  2. 場 所:オンライン形式
  3. 出席者:
[報  告  者] 久野  新 亜細亜大学教授
[主  査] 寺田  貴 JFIR上席研究員/同志社大学教授
[顧  問] 河合 正弘 JFIR上席研究員/東京大学名誉教授
[メンバー] 伊藤さゆり ニッセイ基礎研究所研究理事
櫻川 昌哉 慶應義塾大学教授
[JFIR] 伊藤和歌子 研究主幹
大﨑 祐馬 特任研究助手
堀田 彰子 研究助手
[外務省オブザーバー] 21 名

(五十音順)

4. 議論概要:

久野新・亜細亜大学教授による報告および質疑応答、意見交換が行われたところ、報告概要はつぎのとおり。

(1)   久野新・亜細亜大学教授による報告:「グローバリゼーションと経済安全保障の均衡点とその行方」

本報告では、まず戦後の国際経済秩序の潮流を踏まえ、近年、同秩序の重心が単に経済的利益を追求するものから安全保障の利益を追求するものに移行している要因を整理する。その上で、「グローバル化から得られる経済的利益」と「地政学的リスク対応による経済安保上の利益」の関係性を考察し、両利益をリバランシングさせる際の⽅向性について経済学的な視点から検討・提案を行う。

① 戦後の国際経済秩序の潮流と安全保障

戦後、ブレトンウッズ体制として自由で無差別な貿易体制を目指す「関税および貿易に関する一般協定」(GATT)や、国際通貨基金(IMF)、世界銀行が設立された。1980年代からは、新⾃由主義的政策が広がり、政府の市場介⼊は最⼩化するのが良しとされた。背景には二度のオイルショックやスタグフレーション期のケインズ的政策の行き詰まり、英国での財政状況の悪化などがあり、規制緩和・⺠営化・貿易投資⾃由化等が進展した。1990年代以降は、ハーバード大学のダニ・ロドリックが「ハイパー・グローバリゼーション」と称するように、1995年の世界貿易機構(WTO)協定発効を契機に、貿易や投資の⾃由化を進めるのみならず、国内の規制・制度の調和、WTOの紛争解決手続きの厳格化、2001年の中国のWTO加盟といった展開が見られた。これと同じ時期に、ITC技術の発展・普及を通じて国際ビジネスの取引コストが低下し、企業競争の激化したことで効率的な国際分業を極限まで追求せざるを得なくなった。この時期、グローバル・バリューチェーン(GVC)が⾼度化し、その役割が上昇した一方で、一部が行き詰まると全体が機能不全に陥るという脆弱性リスクが埋め込められた時代とも見ることができる。戦後の世界総生産量と貿易量を比較すると、後者の方が伸びは著しく、ハイパー・グローバリゼーション時代の特徴を示している。

こうした、従来型の国際経済秩序において、安全保障は「経済的相互依存=平和の促進に貢献」との期待に基づいていた。1930年代の関税戦争が世界経済の混乱と外交摩擦を助⻑したという戦前の反省から誕⽣したのが、ブレトンウッズ体制である。GATTの前提も、経済的利益と安全保障上の利益は相互補完的と言うものである。⾃由・無差別な貿易体制を通じて、経済的相互依存が高まると、国家間紛争コストが上昇し、紛争インセンティブは低下するという期待に基づいていた。グローバル化の経済的利益と安全保障上の利益はトレードオフの関係ではなく、相互補完的な関係であり、紛争の抑止に貢献するという考え方である。戦後の実践例としても、ドイツが孤立して再び戦争を引き起こさないようにGATTや欧州⽯炭鉄鋼共同体、欧州経済共同体(EEC)に迎え入れて内部化することで、他国との相互依存を深めるという努力がなされた。⽇本のGATT加盟承認、冷戦後のEU拡⼤(中東欧諸国)、中国のWTO加盟承認等も同様の期待に基づいたものだった。

既存のGATT/WTOルールにおける安全保障の扱いとしては、GATT21条に安全保障例外があったが、トランプ政権以前は、この例外を積極的に権利⾏使することはタブーとの暗黙の合意があった。紛争解決手続きにおいても、2019年にウクライナがロシアを申し立てたロシア貨物通過事件のパネル報告において初めて言及されるまで、GATT21条に関する判断が出てきたことはなかった。それまで従来の経済安保といえば、エネルギー安定供給や貿易管理などであり、「経済的相互依存=リスク」でなかった理由としては、経済軍事両⾯で⽶国を凌駕し、⽶国が経済依存する⼤国が不在であったことが指摘されている。

② 従来型秩序に対する挑戦

従来型秩序に対する挑戦の一つ目として、国内格差や所得再分配への配慮不⾜などを背景とした反グローバリゼーション感情や経済ナショナリズムの高まりがある。貿易投資⾃由化や移⺠受⼊の負の側⾯への違和感や嫌悪感が表層化した。また、WTOの司法化が進み、国際条約優先に伴う主権の制限や政策⾃由度低下への不満が蓄積したこともその背景にある。こうした経済ナショナリズムを背景に、ポピュリスト政権の台頭が相次ぎ、欧州ポピュリスト政党の影響⼒上昇や、BREXIT、トランプ政権の⾃国第⼀主義などに至った。

従来型秩序に対する挑戦の二つ目の要因として、経済・軍事における中国の台頭がある。外交面では南シナ海、東シナ海における⼀⽅的な現状変更を迫り、⼀帯⼀路を推進して影響力を強化し、国内では⾹港、新疆ウイグル自治区での出来事に象徴される抑圧的権威主義体制をとっている。経済では国家資本主義を中心に、産業補助⾦や技術強制移転をすることで米国からは不公正な慣行であると映った。⽶中両国のパワー⽐較を見ると、総合力の差が縮まりつつある。軍事面では米国が優位性を保っているが、外交的影響力の差も縮まっており、経済力は中国が米国を凌駕し、深刻な危機感を抱くようになっている。

2010年代以降中国による「依存関係」の武器化という現象が相次ぎ、対中依存は「リスク」との認識が形成され始めた。尖閣諸島沖での事件に端を発するレアアースの対日本輸出の規制はその一例である。⼀⽅、⽶国の対中経済依存度は上昇している。過去30年間における10年ごとの対中輸出依存度を比較すると、米国は1990年代では1.8%に過ぎないが、2010年代は7.5%に上昇(輸入は6%→20%)、日本も4.4%から18.6%まで上昇し、豪州に至っては2010年代が32.1%までになっている。

中国側としては、自国は改⾰開放を通じてWTOルールを遵守し、国内法改正、⾏政の研修、国⺠への啓蒙を行ったとの認識がある。かつては中国市場に入れなかった外資系も恩恵を受けている。中国の主張としては、⽶国の要求は、労働の問題やデジタル・ルールの問題にせよ、WTOの義務を超越しており、⽶国型制度の⼀⽅的強要ではないかということである。つまり、保護主義やデカップリング、内政⼲渉で中国の経済発展を妨害していると考えられている。G20各国の市場で中国が直面した保護主義的措置を見ると、米国市場においては中国の輸出額の75分が何らかの保護主義的措置の対象になったとされ、逆に被害者であるとの認識を持っている。

従来型秩序に対する三つ目の挑戦として、コロナ後に露呈した戦略的物資の対外依存リスクがる。日本でも、コロナとの闘いに不可⽋な医療物資の絶対的不⾜や価格⾼騰、買付騒ぎ、医療現場の混乱を通じて、中国依存リスクの認識が急拡⼤した。例えば、日本はマスクの輸入の8割ほどを中国に依存していた。加えて、世界的な半導体不⾜と他産業への悪影響に直面することになり、サプライチェーンの強靭性の重要性が認識され始めている。

③ 経済安全保障重視の秩序へ

こうした中、経済安全保障の認識を巡った転換が起こっている。つまり、経済的利益と安全保障上の利益は、トレードオフとの認識が持たれるようになる。従来の「経済的相互依存が平和と繁栄をもたらす」との言説よりも、「平和な時代が経済的相互依存を可能にしていた」との認識への転換を迫られるようになってきている。そうした中で、外国への過度な経済的依存はリスクであるという視点からのデカップリング論も出てきている。バイデン政権や日本の岸田政権もサプライチェーンの脆弱性を検証したりするなど、強靭化への準備を進めている。具体的には、技術流出防⽌のため輸出管理や投資審査厳格化、デジタルインフラ上の中国技術の排除(華為など)が挙げられる。この他、これまでタブー視されていたGATTWTOの安全保障例外を積極的に権利⾏使する現象が見られ、WTOの時代に禁止されたはずの関税引き上げなどの⼀⽅的措置が復活しており、秩序や予見可能性が低下する事態に陥っている。

ここで、国際分業の利益などグローバル化の経済的利益を追求し過ぎると、強靭性や自律性等の経済安保上の利益を損なうのではないかと考えられる。逆に経済安保上のゼロリスクを追求すれば、経済的利益は毀損されてしまうため、今後、必要になってくるのは新たなトレードオフの管理の必要性だろう。2つの利益のリバランシングの在り方を模索する中で、安保上の利益を犠牲にせず、経済効率性も追求すべきであり、⽶国との関係を毀損させずに、中国との実利も追求していく必要があると考えられる。グローバル化と経済安保の均衡点の行方として、唯一の最適解はないと思われ、外部環境や国内政治等に左右されるだろうが、いずれにせよ、このトレードオフの管理をしていく必要がある。

④ グローバリゼーションと経済安全保障の両⽴にむけた6つの提案

では、2つの利益の両立に向けて何が出来るか。まず、⼤前提として、国家の安全保障は犠牲にされるべきでない。アダム・スミス以降、国防に関する政府の基本的役割(公共財)を否定する経済学者はかなり少ないと思われる。他⽅、各国で経済安保関連の規制ができつつあり、産業界はこのような規制対応コストについて懸念を表明している。経団連の意⾒書では、経済安保法制が企業活動に過度な制約を課さぬよう要望している。また、API (Asia Pacific Initiative) の100社アンケートでは、7割の企業が中⻑期的事業計画への影響を懸念していることが判明した。こうしたことを踏まえ、極端な⼆元論ではなく、極⼒利益の両⽴を模索すべきとの認識に立脚して以下、6つの提案を行う。

提案1として、経済安保関連の規制を導⼊する際、あるいは既存の規制を強化する際に、何らかの原則が必要である。例えば、「規制の導⼊・強化時、確保すべき安全保障の⽔準を犠牲にしない範囲で、⽇本の企業・研究機関等の規制対応コスト及び規制関連の不確実性を最⼩化する」との原則を検討してはどうか。これは、安保上の利益を犠牲にせず、産業界への負担を最小化する狙いがある。具体的に、産業界が懸念するコストの例として、デカップリングあるいは規制の強化に伴い、⽣産拠点を移管しなければならない、調達先・販売先を変更・多元化しなければならない、共同研究パートナーを変更しなければならないなどのコストがある。安保の問題であるため全てのやり取りの透明性を重視することはできないが、不確実性やコストが産業界になるべくかからない形で規制を考えていく必要がある。例えば、特定の国の部品は使ってはいけないという、特定国部品・技術の利⽤禁⽌は、事実上の原産地規則と捉えることも可能であり、企業に非常に大きな対応コストがかかる。また、これからは効率性重視のJust in Time型在庫管理からJust in Case型というリスク回避型の「在庫管理体制」への移⾏に伴うコストも発生しよう。さらに、どこまでの物資が「戦略物資」に入るのか、その判断基準・範囲の変更は企業への不確実性となる。また、各国の経済安保関連規制の「スパゲティボール現象」は、各国で異なる安保関連規制を理解・実施するためのコストとなり、企業の負担となる。

これを踏まえた提案2として、官⺠が連携し、産業界や研究機関が経済安保関連の規制に対して抱く懸念を調査・定点観測した方が良いのではないか。また、提案3として、規制案のレビュー・メカニズムの導⼊も求められるだろう。「提案1」の規制原則を実現する際に、規制の導⼊・強化が必要以上に企業にとってのコストになっていないか、また、その影響を緩和する余地が残されていないかを検討するための事前・事後「レビュー・メカニズム」の導⼊である。つまり、必要以上に企業や研究機関の競争⼒を削いだり、国際進出やイノベーションを阻害したりしないかという観点から企業への影響を評価する仕組みであり、導⼊後の産業界との定期的な対話も不可⽋である。また、提案4として、⾮戦略的物資の特定と経済的利益追求がある。戦略的物資というのは、半導体やレアアース、医療物資などであり、非戦略的物資は安保上そこまで重要でない物資である。戦略的物資はでカップリングなどを使って積極的に管理し、その一方で非戦略的物資は経済的利益を追求するために自由に貿易する環境と整える必要がある。戦略的物資に関しては、同志国と連携し、もし特定の国から購入せざるを得ない状況にある場合、共同購入によって交渉力を強化する仕組みを作ることも考えられる。戦略的物資が自国内または同志国内で調達可能になった(自律性を獲得した)後は、それらの物資を日本から調達するような関係をつくって貿易相手国が日本に依存する状況をつくる(戦略的不可欠性の手段への移行)ことも考えられる。そうすることで、他国から日本に対しての害のある行為を抑止することができる。一方、非戦略的物資に関しては、グローバル化の利益を犠牲にして得られる安保上の利益が少ないため、デカップリングのメリットは限定的と考えられる。こうした物資に関しては既存の貿易自由協定(FTA)で自由化を推進しても良いと思うが、経済安保政策と既存のFTA・経済連携協定(EPA)の関係性は戦略的な視点で整理されていない状況である。また、非戦略的物資はゼロリスクではない。例えば、現在中国から制裁を受けている豪州のワインやノルウェーのサーモンなどは戦略的物資ではないが、経済制裁の標的リスクは常にある。

提案5として、規制のベスト・プラクティスを諸外国と共有してはどうか。⽇本企業にとっては、外国政府が導⼊・強化する規制への対応を迫られると、各国で異なる安保関連規制を理解・実施するためのコストが高まる(経済安保関連規制の「スパゲティボール現象」)。このコストを抑制するために、ベスト・プラクティスの情報を共有する仕組みをつくることが有益である。ただし、前提として安全保障関連の規制を各国間で完全に統⼀することは不可能であり、かつ望ましいともいえない。特に、特定国の規制の要求事項や慣行、企業内対応⼿順が次第に国際標準として拡散し、⽇本企業が⼀⽅的にそれへの遵守を迫られる状況は回避すべきだろう。⼀⽅、企業の対応コストが過度に上昇せぬよう、規制導⼊時の「良き原則・内容・運⽤⽅法」の情報を他国と共有するための緩やかな仕組みや場の創出はあり得る。

最後に、提案6として経済⾯での「極端な」⽶中⼆元論からの脱却がある。産業界も、米国か中国かという踏み絵は避けたい。ここでの前提として、⼒による現状変更を⽬指す中国への抑⽌⼒は不可⽋であるため、⽇⽶関係、日米豪印のQUAD、⽇EUの連携は今後も重要である。地理的近接性とその経済規模から⽇本にとっての中国の経済的重要性は今後も消失しないため、経済⾯では、⽶中両国との関係性を今後も重視すべきということである。中国は米国の戦略的対ライバルになりつつあるが、日本としては、中国との経済的なメリットを自ら放棄するような判断は避けるべきである。中国に対する抑⽌⼒としての「戦略的不可⽋性」(⽇本への依存状況)構築の観点からも、完全なデカップリングは⽭盾となりうる。ここでは、不可欠性を高めるためには、相互依存しなければならないが、依存してしまうとリスクもあるというジレンマが生じる。この戦略的不可欠性をどう高めるかというのは、一つの論点である。

2010年代の⽇本外交は、⽶中両国との現実的な関係構築を模索し、⾃由貿易体制の守護や地政学的リスクへの対応を率先し、質の高いインフラ投資などのビジョンも提⽰していた。その結果、国際社会における⽇本の発⾔⼒・信頼性の向上にも寄与していた。日本の戦略的不可欠性においては、外国にとって日本の産品・技術・市場が不可欠な状況を作り、日本の影響力や抑止力の増大を図り、相手国にとっての断絶コストを発生させる必要から経済的依存関係を維持しなければならず、経済安保上の利益とグローバル化の経済的利益は、依然として一部は相互補完的な関係にあることを留意すべきである。

以上

(文責在事務局)