公益財団法人日本国際フォーラム

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「米中覇権競争とインド太平洋地経学」研究会

当フォーラムの実施する「米中覇権競争とインド太平洋地経学」研究会の第7回定例研究会合が、 下記 1.3.の日時、場所、出席者にて開催されたところ、その議論概要は下記 4.のとおり。

  1. 日 時:2022年1月27日(木)15時から17時まで
  2. 形 式:オンライン形式(ZOOM)
  3. 出席者:
[主  査] 寺田  貴 JFIR上席研究員/同志社大学教授
[顧  問] 河合 正弘 JFIR上席研究員/東京大学名誉教授
[メンバー] 伊藤さゆり ニッセイ基礎研究所研究理事
岡部みどり 上智大学教授
兼原 信克 JFIR上席研究員/同志社大学特別客員教授
久野  新 亜細亜大学教授
櫻川 昌哉 慶應義塾大学教授
益尾知佐子 九州大学准教授
[JFIR] 伊藤和歌子 研究主幹
大﨑 祐馬 特任研究助手
堀田 彰子 研究助手
[外務省オブザーバー] 14 名

(五十音順)

  1. 議論概要:

河合正弘顧問・JFIR上席研究員/東京大学名誉教授による報告および質疑応答、意見交換が行われたところ、報告概要はつぎのとおり。

本報告では、まず昨年度の研究会で報告した「一帯一路」と「債務の罠」に関する発展途上国の対外債務問題の直近の動向を外観し、次に、「インド太平洋と日本のアプローチ」について報告する。

中国の「一帯一路」と途上国インフラ融資支援

一帯一路で一番注目されているのがインフラ融資であるが、中国の融資を受けた国々が過剰債務に陥る事例が多い(「債務の罠」)。では、「債務の罠」仮説とは何か。中国が途上国に過剰な貸付を行い、過剰な債務を負わせることで中国の意向に沿わせることを言うが、ここで中国の意図を図ることは難しい。しかし、中国の開発金融体制を分析すると、融資の決定がいい加減ともいえる実態が浮き彫りとなる。日本の場合であれば日本国際協力機構(JICA)や日本国際協力銀行(JBIC)が貸出先のリスク状況や、信用状況、債務返済能力等を注意深く分析して貸出しの決断をするが、中国の場合はそうなっていない。むしろ、貸出先があると次々に案件を作って貸し出してしまう傾向にあり、これが過剰債務を生み出してきたのではないかと考えられる。そのため、中国にとっては開発金融体制の整備が急務である。いずれにせよ過剰債務を生みやすい体質であることから、中国では、債務不履行が生じた場合に債権者が開発権益や開発対象資産を得ると言う条項等を規約に盛り込むことで対応する傾向にある(実際、開発権益や港湾のような実物資産を得る場合があった)。こうした慣行は、少なくともOECDの開発援助委員会(DAC)を始め、先進国あるいはパリ会議に出席するような国々の規範とは相入れず、中国は国際的な規範に従うべきである。G20は2020年の新型コロナウイルス拡大以後、途上国の債務返済猶予イニシアチブ(DSSI)を通じて救済措置を講じてきたが、中国はここでも難しい国であることが浮き彫りになった。すなわち、中国が公的部門に貸し付ける際、契約書の内容を非公開にする事例が多くあり、所謂「隠れ債務」が公開データのほぼ2倍あるとも言われている。

インド太平洋と日本のアプローチ
米中間の対立と経済的相互依存関係

インド太平洋地域に目を向けると、米中覇権競争が深刻化して日中関係も影響を受けている。米中対立の根源は、米国の政治体制とは異質の体制をもつ中国が急速に台頭し、その経済力・軍事力を背景に現状変更を試み、米国の国際的な覇権を奪おうとしていると米国が認識していることにある。

中国では、改革開放に伴い膨大な農村人口が都市に移り、生産性が高い都市での工業化と経済発展が急速に進展した。それに加え、習近平国家主席が2017年10月の共産党大会で、2049年(建国100周年)を目処に、「社会主義現代強国」、「総合的な国力と影響力で(国際社会を)主導する国家」を建設すると宣言し、経済力、外交力、軍事力で米国と並ぶ大国を目指す姿勢を示した。近年は、香港、台湾、新疆ウイグル自治区の問題もあり、欧州(とくにEUと英国)も中国に対峙するようになり、米欧対中国の対立という構図が濃厚になっている。しかし、かつての米ソ対立の冷戦時代と異なり、米中間には多層的な関係が存在し、それが米中「新冷戦」への歯止めとなっている。とりわけ、米中間の経済関係は依然として緊密である。

トランプ前政権においては、貿易、技術、投資、金融面などで中国に対応し、四度にわたる関税引き上げ措置や、輸出懸念先である中国企業や大学・研究機関を対象に輸出管理・制限等が行われた。さらに、中国からの対米投資の審査も厳格化し、中国から米国への輸入に関してもファーウェイやZTEなど中国の主要なハイテク企業を米国の政府調達市場から排除し、政府調達を行う企業との取引も制限した。こうした中、中国自身はトランプ政権による関税引き上げ措置には対抗しつつ、貿易と対内投資の自由化を進めつつ米中貿易協議を行い、米国との「第一段階の経済・貿易協定」(2020年2月発効)を結んだ。

中国政府は、対内投資の一層の自由化も行なったが、対外投資は大きく自由化していない。この背景として、2015年から2016年にかけて、一般に「中国ショック」と呼ばれるミニ通貨危機で資本が急激に流出し、外貨準備を大幅に失い、為替が大きく下落した経験がある。また、米中の第一段階の経済・貿易協定では、中国側が知的財産の保護や金融市場の開放、為替操作の禁止、強制的な技術移転の禁止などを約束するとともに、今後2年間かけて米国からの輸入を2000億ドル以上増やすことなどが決められた。さらに、中国は2020年12月にEUとの包括的投資協定(CAI)の大筋合意に至っている(ただし、発効に向けた手続きは取られていない)。つまり、必ずしも中国は内向きばかりと言うわけではない。

米国による中国ハイテク企業に対する貿易・投資制限はバイデン政権になっても基本的に変わらず、米中経済デカップリングの可能性が高まっているが、結論から言えば、全面的なデカップリングは起きていない。重要なハイテク技術が中国に流出することを防ぎたいという米国の立場から、米中間で先端的かつ軍事転用可能なハイテク分野でのデカップリングは定着する可能性が高いが、経済的相互依存関係は依然として高い点が指摘できる。米国と中国の間の貿易・投資の相互依存関係をデータで見ても、中国の対米輸出(米国のデータ)が2018年をピークに19-20年と一時的に下落したものの21年には大きく伸びており、中国の対米輸入(中国のデータ)は19年に下落した後、20-21年(9月までの値)と伸びてきている(ただし米国からの輸入を2000億ドル以上増やすという第一段階の経済・貿易協定での約束が果たされる可能性はほぼない)。米国から中国への直接投資を確認しても、デカップリングの兆候は見られない。

「自由で開かれたインド太平洋」構想の進展

バイデン政権発足後、特に日米豪印によるQUADの枠組みでの協力が展開され、2021年3月に第1回QUADサミットがオンラインで開催された。会合では「QUADの精神」が採用され、民主主義的価値に基づき、強要されることのないかたちで、自由で開放的、包摂的、健康なインド太平洋をめざすとした。QUADはワクチン専門家作業部会、気候変動作業部会、重要・新興技術作業部会を設け、軍事・防衛の安全保障の枠組みに加え、経済など包括的な枠組みを含むようになっている。実際、2021年9月に対面で行われた第2回QUADサミットでも、新たにインフラ調整グループが立ち上げられて質の高いインフラ構築を進めることが確認され、経済的な側面での協力が拡大しつつある。

さらに、日豪印の三ヶ国では2021年4月よりサプライチェーン強靭化のイニシャチブ(SCRI)が推進されており、医療機器、脱炭素に向けた水素開発、デジタルを通じた省エネなどで中国への過剰な依存を減らしていくことが確認された。一方、バイデン政権は、環太平洋パートナーシップ(TPP)への復帰が難しい中、QUADを強化する一方、TPPに替わるインド太平洋地域への経済的な関与の枠組みとして「インド太平洋経済枠組み」を打ち出す姿勢を示している。この枠組みは、デジタル貿易、サプライチェーン(半導体、大容量バッテリー、中核鉱物、医薬品など)の強化、質の高いインフラ構築、脱炭素化・クリーンエネルギーの促進、貿易を巡る労働・環境問題の対応などを含むとされている。しかし、どの国が参加するのか、いつ枠組みが構築されるのかなど具体的な内容は明らかでない。この「インド太平洋経済枠組み」には、QUAD諸国に加えてQUAD -Plusに参加した韓国やニュージーランド、ベトナムなどが加わるのではないかと言われている。特に、日本はこれを機に韓国との関係改善のための対話・協議に乗り出すべきだろう。岸田文雄首相は韓国で前向きに評価されており、本年3月の大統領選挙の結果を待って、新大統領と信頼関係の構築をめざすべきだ。慰安婦、徴用工、輸出管理など多くの懸案事項を解決していくだけでなく、韓国をインド太平洋に関わらせることが重要だ。

経済安全保障をどう考えるか

現下、議論されているのは狭義の経済安全保障であり、中国を念頭に置いたサプライチェーンの強靭化(半導体、レアアースなど重要物資の確保)や、基幹インフラの機能維持、機微な特許の非公開化、先端技術の基盤確保・流出防止などが焦点となっている。一方、伝統的に経済安全保障は食糧安全保障や資源・エネルギー安全保障などを指し、新たな経済安全保障として、自然災害・事故への対応、国際テロリズムへの対応、グローバルな気候変動や感染症への対応なども求められる。さらに、広義の経済安全保障として、技術革新・イノベーションを通じた持続的な経済成長の確保が課題として求められる。経済のパイが大きくならないと軍事に資金を当てることができず、先端技術への投資もできないからだ。また、国内の政治的・社会的な安定(格差や分断の縮小)や、自由で開かれたルールに基づく国際経済体制の構築・維持、同盟国・友好国・志を同じくする諸国との連携も重要で、こうしたことをトータルに考える必要がある。

本研究会では「地経学」的なアプローチやeconomic statecraft(経済の国政術)で利用される手段を扱っているが、これまでの「地経学」やeconomic statecraftのアプローチは、経済制裁などの手段により相手方の行動を変化させようとするもので、国際経済システムに影響を及ぼすことで自国に有利になる国際環境をつくるという視点が弱い。「自由で開かれたインド太平洋」を推進する中で、WTOを中心とした「自由で開かれたルールに基づく国際経済システム」を維持し、かつ「信頼ある自由なデータ流通」(DFFT)など、新たな領域や分野でルール作りを進めるべきで、そのためにも、より広い視野をもった「地経学」的アプローチが有用だろう。

日本の対中経済政策

多面的な日中関係には少なくとも3つの側面があると考えられる。第一に、中国は日本にとって地域的な「競争相手」である。例えば、中国の「一帯一路」構想(BRI)に対して、日本は「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)構想をもってアジアにおけるインフラ支援を行っている。第二に、中国は日本にとって「安全保障上の懸念」である。尖閣諸島をめぐる緊張関係(中国公船や空軍機の恒常的な接近)に加え、南シナ海問題は日本のシーレーンの安全性確保を脅かす可能性があり、台湾海峡の緊張や中国の軍事費の一貫した拡大は、日本の安全保障上の懸念(潜在的な脅威に近い)を高めている。第三に、中国は日本にとって「協力パートナー」という側面もある。1970年代の国交正常化から2000年代前半までは、日本は中国に政府開発援助(ODA)を供与し改革・開放政策を支援してきた。2001年のWTO加盟も支援した結果、中国は「世界の工場」になり、日中は貿易・投資を通じた緊密な経済的相互依存関係を作り上げてきた。二国間協力の進展やアジア域内協力(日中韓協力、ASEAN+3協力、APEC、RCEP発効など)では日中協力なくしては実現できなかったものもある。G20、気候変動、感染症等の地球規模課題に関しての協力も求められる。

日中経済関係の進め方としては、多様な日中関係のうち、「競争」の側面が必要以上に激化したり「安全保障上の懸念」が脅威にまで高まったりしないようにするとともに、「協力」の側面を強化することでバランスを取ることが重要である。まず尖閣諸島や台湾海峡の問題に備えて、米国や友好国とともに抑止を強化する一方、経済面では、2018年10月の日中合意を履行し、持続可能な開発目標、カーボンニュートラルに向けた気候変動対策(脱炭素化)など地球規模課題に関する協力を進め、中国の環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)への加盟申請に向けた対応など新たな課題に応えることが必要だろう。

中国の現状ではレベルの高いCPTPPに加盟することは難しい。中国は正式加盟交渉の前段階としてすべてのCPTPP加盟諸国と対話・事前協議を開始すべき立場にあり、正式加盟交渉に入るには、中国がCPTPPの全ての章を受け入れるためのさらなる市場開放(財・サービス・投資分野)や法制度改革に乗り出すことが重要である。WTO加盟には申請時(1986年)から正式加盟(2001年)まで15年にわたる二国間協議・交渉や多国間交渉が行われ、それをテコに経済構造改革と市場開放が進められた。CPTPP加盟にも相当の時間がかかることが予想され、さらなる改革・開放の工程表(案)の作成が求められる。そのため、日本政府としては、比較的長い時間をかけて本気度を見極める目的で、中国のCPTPP加盟問題に向き合うべきではないかと考える。

CPTPPの加盟にはすべての参加国の同意が必要であるため、例えば、豪州産の小麦・石炭・ワイン・ロブスターなどの輸入制限措置の解消や、福島原発事故を契機に導入された日本産食品に対する輸入規制の早期撤廃、日本産牛肉の輸入再開、精米の輸入拡大などが懸案である。さらに、中国が台湾(中国よりもCPTPP加入の条件をはるかに満たしている)の加盟を阻まないという約束が必要だろう。また、中国は地域的な包括的経済連携(RCEP)協定(2022年1月発効)でのコミットメント(市場開放とルールの導入)を真剣に履行するかどうか、公共政策上の理由や安全保障上の理由で例外を設けないかどうか等を確認すべきだろう。

日本は中国との加盟交渉に乗り出すべきかとの問題に関し、反対論もあるが、中国がどこまで本気でCPTPP加盟を果たすつもりなのか、加盟した場合どこまで約束を実行する意思があるのか、について協議する意味はあるだろう。原加盟国は、中国がどこまでRCEPの約束を実行するのか監視できる上、事前協議と正式な加盟交渉とを分けることで、中国の本気度をさぐることができる。中国内においても、CPTPPを「外圧」として利用し改革開放をさらに推し進めようとする考え方があり、加盟交渉はそれを後押しすることもできる。CPTPP交渉は中国のさらなる市場開放や経済構造改革を促すための重要なツールになると思われる。

最後に、日本の立ち位置として、日本にとって「自由で開かれたインド太平洋」を実現していくことは重要であり、QUADの枠組みだけでなく、バイデン大統領の「インド太平洋経済枠組み」を強化させていくべきだ。また、米中が両国間の対立を適切に管理していくことも重要である。岸田文雄政権は中国との間で建設的な二国間関係を構築するとしているが、中国の「安全保障上の懸念」に対する抑止を強化し、「協力」の側面を促進することや、中国が国際ルールに則る行動をとりさらなる改革・開放を進めることが望ましいとの観点から、中国のCPTPP加盟に向けた日中協議や二国間経済協力を、かなり長い時間をかけて進めるべきだと考える。

以上

(文責在事務局)