公益財団法人日本国際フォーラム

 「ブルーエコノミー」と聞くと、一般的には海や河川など水に関する資源の活用ととられるようであるが、必ずしも水や海に関わる経済というような明確な定義があるわけではないようだ。独立行政法人国際協力機構(JICA)は、2018年に開催した「持続可能なブルー・エコノミーに関する国際会合・サイドイベント(アフリカにおけるブルーエコノミーの推進-水産開発を通じて)」において、ブルーエコノミーを「海洋・内水面(河川、湖)の資源の有効活用と環境保全、これら水域に関連する社会経済開発の強化により、雇用創出や産業振興に裏打ちされた持続的な発展を目指すもの」としてとらえている(JICA、2018)これは水産に関係する者にとっては、理解しやすいイメージかと思う。ただし、ブルーエコノミーが提唱されたのは、2012年に開催された国連持続可能な開発会議(リオ+20)の場であり、その際には、資源を競争的に利用する経済を“レッド”、環境保全などを盛り込んだ援助型の経済を“グリーン”としたのに対し、自然のエネルギーを効率的に利用した連鎖型の経済を表すものとして“ブルー”という言葉が使われたのであり、必ずしもブルーエコノミーの“ブルー”は海を代表しているわけではないと思われる(パウリ、2012)。最も、その時に注目されていた自然のエネルギーが重力や地球規模での循環力(風や潮汐、海流や波浪)といったものであったことから、海との関係性が強く意識されることは仕方ないかと思う。また、その後のブルーカーボンに関する議論も、“ブルー”=“海”のイメージを拡散したのかと思う。

現在では、海の利用を通じたブルーエコノミーの展開、逆の言い方をすれば、ブルーエコノミーの発展における海の新たな利用は、世界的にも大きな注目を集めているといえるだろう。特に、再生可能エネルギーや省エネ型の貨物輸送、沖合における漁業の展開と観光開発は、多くの地域で議論やプロジェクトが始まっている。その一方で、海の新たな利用は、新たな社会的問題を生むのではないかという危惧もあり、海の新たな利用には、これまでに無い新たな規制やルール作りが必要であるという意見も出てきている。

ブリティッシュコロンビア大学のNathan J. Bennettらは、2020年に海の利用に関して、1)海域の占有、2)環境汚染やゴミの不法投棄、3)生態系サービスの劣化、4)小規模漁業者の生活への悪影響、5)海域へのアクセスの低下による生活レベルの低下、6)経済的便益の不平等分配、7)社会・文化的な影響、8)女性の社会的地位への影響、9)土着の権利への影響、10)統治機構の不完全性などの10個のリスクを提示している(Bennett et. Al., 2020)。

 海の占有や小規模漁業への影響、生態系サービスの劣化などは海洋における風力発電施設の建設でも課題が指摘されており(Twigg et al., 2020)、日本においても公益財団法人・海洋生物環境研究所や一般社団法人・海洋産業研究・振興協会などを中心に様々な漁業に関する研究やモニタリングが実施されてきている。一方で、漁業権と産業との海面利用に関する法的な整理は必ずしも明確ではないようであり、Bennettらが示した10番目のリスクについては、今後も議論が必要である。その他、景観の変更や新たな資源の利用による新たなビジネスの登場により、新たな人が海を利用するようになる。この表な社会変化が、地域社会構造や伝統的価値観に与える影響なども、今後はモニタリングする必要があると思われる。

 オーストラリアのBlue economy Cooperative CenterCRC)では、環境や生態系への影響や再生可能エネルギー技術並びに海面利用に関する制度設計などの部色加えて、外洋利用に関するエンジニアリングや海産物生産に関する部署を設けている(Blue-economy CRC2021)。広い海岸線とEEZを有する国々にとっては、これまで開発の手が入ってこなかった沖合海域の利活用の促進は、ブルーエコノミー分野での大きな注目点である。日本においても、洋上風力発電や沖合養殖は、大きな可能性を秘めているといえるだろう。これらの分野を研究段階から社会実装段階へと歩みを進ませるためにも、各国の経験の共有や機材の開発などの協力はより重要となると思われる。

 一方で、これら沖合や外洋域での人間活動の拡大については、その影響がより広範囲に及ぶ危険性がある以上、環境への負荷のモニタリングや規制について、より国際的な協力が求められる。また、すでに指摘されている海洋ゴミの問題は、より深刻さを増す恐れもある。利用者が増えることで監視力強化につながるという側面も考えられるが、モニタリングや監視体制の統一性や協力体制の確立がなければ、それらのデータの信頼性や活用性が保たれない。

 沖合で生産された食料やエネルギーを、これまでの様に陸上の生活の為だけに利用するのであれば、輸送コストやロスを含め、経済的にも大きな壁が生じてくることも予想される。したがって、今後のブルーエコノミー分野の展開では、海に限らず、これまで未利用であった資源に着目し、それらを有効に利用するための技術と経験を共有する場の形成が求められると共に、新たな人類活動による環境への影響をモニタリングし、評価する方法の確立とデータの共有が求められることになる。地球規模での環境問題に対応しながら、持続的な新たない発展を目指すことは、世界共通の目標である。ブルーエコノミーの発展は、そのための国際協力・協調を通じて海の利用に関する国際的世論の形成につながる、その契機になりえるのではないかと期待している。また、広い海域面積を持つ日本は、その中で重要な役割を演じることになる覚悟が求められるとも感じている。