メモ

国際シンポジウム「自由で開かれた海洋秩序構築に向けた日・太平洋協力」が下記1.~3.の日時、場所、出席者にて開催されたところそれらの概要は下記4.のとおり。
- 日 時:2022年3月16日(木)14時~16時
- 場 所:オンライン形式(ZOOM)
- 出席者:
[モデレーター] 伊藤 剛 JFIR上席研究員/明治大学教授 [登壇者] ジョアン・マクミラン 駐日オーストラリア大使館二等書記官 ジョン・フリッツ 駐日ミクロネシア連邦大使 ジョージ・ドゥムクロー フィジー共和国国防省国家安全・警察課長 李 世暉 台湾日本研究院理事長 ⼩林 泉 太平洋協会理事⻑/⼤阪学院⼤学教授 ⽯川 智⼠ 東海⼤学教授 合⽥ 浩之 東海⼤学教授 ⼭⽥ 吉彦 東海⼤学教授 [聴衆] 80名 - 内 容
冒頭、渡辺まゆ・JFIR理事⻑、伊藤剛・JFIR理事・上席研究員/明治大学教授による趣旨説明が行われた後、登壇者による報告および自由討議が行われたところ、概要はつぎのとおり。
(1)渡辺まゆ・JFIR理事⻑による開会挨拶
本日のシンポジウムは、伊藤剛主査(JFIR上席研究員/明治大学教授)のもとで、2020年から実施している研究プロジェクト「海洋秩序構築の多面的展開-海洋「世論」の創生と拡大-」の一環で行うものである。このプロジェクトは、一部の国の積極的な海洋進出に対して、国際法による違法性を主張するだけでは相手にその行動を止めさせることができないというなかで、ルールを守ることでインセンティブを生み出すような国際的な海洋世論というものを創生することはできないだろうか、どのようにしたら創生できるのか、こうした方策を多角的に探るプロジェクトである。本日のシンポジウムは、日・太平洋協力に焦点を当てている。中国が一帯一路などを通じて太平洋島嶼国への影響力を拡大しつつあるなかで、自由で開かれた海洋秩序の構築は、日本の進める自由で開かれたインド太平洋の実現においても重要なテーマである。本日は、太平洋に位置するミクロネシア連邦、フィジー、豪州、台湾から専門家を招き、伊藤主査をはじめ日本側の専門家の先生方とともに、日・太平洋協力の可能性について、海洋安全保障や海洋秩序、地球環境、物流などの観点から討論する。
(2)伊藤剛・JFIR理事・上席研究員/明治大学教授による趣旨説明
今回のシンポジウムは、自由で開かれた海洋秩序構築に向けた日本・太平洋協力というテーマである。本シンポジウムは「海洋秩序構築の多面的展開-海洋「世論」の創生と拡大-」プロジェクトの一環であるが、海洋世論を考えるうえで、まず、「海は誰のものであるのか」について考えることが重要である。海に関して、沿岸国と周辺国では主張が異なっており、沿岸国は自分たちの海岸線を延長した形での海の領域を自らの管轄領域(支配領域)とし、出来る限り自らの権益を広げようとする。一方、周辺国は海を皆のものとして考え、所有よりも利用に焦点を当て、出来る限り多くの人・国が海洋空間を利用できる状態を望ましいと考える。そのため、沿岸国と周辺国とで長い間対立が続いてきた。テクノロジーの進展を含め、時代が経つにつれ、輸送や海洋資源、環境といった新たな課題が生まれ、海洋空間の公共性が強調されるようになってきた。
しかし、「公共性があるから皆で大事にしなければならない」という主張もあれば、「公共性が高いことは誰のものでもないため、勝手気ままな使い方をしても批判される謂われはない」という主張もある。同じ公共性についての主張であるものの、実際の使用方法は真逆である。こうしたことから、東シナ海・南シナ海の問題も含め、特定の国が沿岸国の権利を拡大解釈して主張することがみられる。その結果、海を皆のものとして捉えて利用するという原則が崩れてきている。そのため、海の利用を巡る国際社会全体の声を大きくしていくことが必要であるという問題意識から、海洋世論プロジェクトは始まった。貿易や輸送、環境も含めて、海は活発に利用されているという観点から、国際的枠組みや制度構築について考えることが益々重要になっている。海洋の利用という観点から、自由で開かれた海洋秩序構築を考えるために、本シンポジウムでは、特に周辺を海に囲まれた太平洋島嶼国や豪州、台湾といった国々の専門家と議論を進めていきたい。
(3)ジョアン・マクミラン・駐日オーストラリア大使館二等書記官による報告
豪州は、これまで太平洋島嶼国と協力を行ってきたが、特にターンブル政権時において太平洋での活動を拡大させることを発表した。現在、太平洋地域における活動は、豪州の外交政策で最も重要になっている。例えば、豪州とフィジーとの間での政府間パートナーシップも進んでいる。このように、豪州は地域とのパートナーシップを強化し、安全保障や経済、人道的支援など利害や価値観の共有を進めている。ソブリンローンやインフラファイナンスだけでなく、太平洋島嶼国の人々が豪州で働くことがより容易になるような制度構築も進めている。他にも、協力を進めている分野として、気候変動や保健・公衆衛生などもあり、太平洋島嶼国とだけでなく、日本などとも連携している。
豪州は、日本が太平洋地域に積極的に関与することについて歓迎している。太平洋・島サミット(PALM)の開催や、そのなかで宣言された「太平洋のキズナ政策」など、豪日はこれまで以上に太平洋地域で連携している。コロナ渦でも相互支援により連携して太平洋地域のコロナ対策を進めている。
豪日で特に強調している点は、島嶼国とともに地域のインフラニーズに応える作業である。例えば、豪日米とパラオとの間で進められているインフラ整備や、ミクロネシア連邦やキリバス、ナウルなどとの間で東ミクロネシア地域を海底ケーブルで結ぶプロジェクトも進んでいる。これらのプロジェクトは質も高く、透明性が確保され、財務的にも持続可能なプロジェクトとして島嶼国の主権を守るものとなっている。
太平洋地域での豪日間の安全保障協力が進められているが、これはこの地域での秩序構築に貢献するものである。日本は、豪州にとって最も重要な戦略的パートナーである。近年では、防衛面でのパートナーシップはより強化されており、今年1月には円滑化協定に豪日両首脳が署名している。また、トンガでの火山噴火の際には、自衛隊と豪州軍が協力して状況の把握や救援活動を行っている。トンガでの支援活動について、豪日米だけでなく、トンガやニュージーランド、フィジー、仏、英などからの将官が集まり、協力して人道支援のロジスティクス面の調整を行い、効果的な支援を行うことができた。これにより、太平洋地域のために協力することがいかに意味のある事かより明らかとなった。今後も、豪州は日本を含めた他国と連携して、支援活動を進めていく予定である。これらは素晴らしいモデルケースであり、このモデルをベースとしてパートナーとの連携を太平洋地域の中や外で拡大していくことが重要である。その際、オープンな形で、受入国のニーズに応えていくことが重要である。
(4)ジョン・フリッツ・駐日ミクロネシア連邦大使による報告
まず、日本がPALMを通じて太平洋島嶼国とパートナーシップの強化を進めていることについて、感謝を示すとともに、そのリーダーシップを高く評価している。日本と太平洋島嶼国は海に囲まれ、海とともに生きている。ある国の沿岸で生じる課題は、全ての国にとっても重要な課題であるため、今後、日本と二国間・多国間の連携をさらに進めていくことが必要である。
海洋安全保障に関し、ミクロネシア連邦は、自由で開かれたインド太平洋戦略(FOIP)に取り組んでいる。これは、特に日本を含むいくつかの主要なパートナーとの協力を含む、幅広い政治・安全保障戦略である。我々は、貿易や通商を促進する手段として、海洋を非常に重要視している。今回のパンデミックにおいて、ミクロネシア連邦は食料品や医療機器などの必需品を輸入に頼っているため、公海における航行の自由を尊重し、貿易ルートやシーレーンを国際法に反する障害や制限から守るための協力がより重要となっている。しかし、小さな島国である我々は、広大な海域を監視し、安全を確保する能力を十分に持っていない。
ミクロネシア連邦は、海洋資源に依存する国家として、海洋資源の保護や保全、持続可能な利用を重要視している。日本は、これらの資源から利益を得る漁業国の一つとして、様々な協力の取り決めを通じて、これらの分野で必要な支援を提供してくれている。したがって、我々は、これらの資源を共同で有益に利用するためのパートナーとして、日本の協力を歓迎している。我々はまた、海洋の安全やプラスチック廃棄物汚染のような海洋生物に対する脅威について、IUU漁業(違法・無報告・無規制漁業)との闘いにおける日本の支援を歓迎している。
我々は、日本が海事機関への支援プログラムを通じて、能力構築支援(キャパシティ・ビルディング)に資金と技術支援を提供してくれたことに感謝しており、この分野で日本が継続的に関与してくれること望んでいる。また、気候変動は、太平洋島嶼国にとって安全保障上の脅威であり、気候変動によってもたらされた課題は、世界的な大流行によってさらに強調され、悪化している。ミクロネシア連邦と太平洋島嶼国、開発パートナー、特に温室効果ガスの主要排出国が、地球、とりわけ太平洋島嶼国のような最も脆弱な地域を守るために緊急かつ迅速な行動を取ることを求めている。
”ミクロネシア・チャレンジ “は、ミクロネシア地域にとって、沿岸域の30%を保護区として守るための重要な取り組みである。2030年までに、この効果的な管理目標を、海洋資源の30%から50%に引き上げる予定である。したがって、我々は、日本が適応・緩和プログラムを通じてこのイニシアティブを支援し、この分野で積極的な役割を果たすことを期待している。日本は世界第3位の経済大国であり、その技術力を考えれば、気候変動などの国際的な課題に対処するうえで指導的役割を果たすことは、非常に歓迎され、望まれている。ミクロネシア連邦は、日本が2050年までにカーボンニュートラルを達成することを約束し、再生可能エネルギーとエネルギー効率に重点を置いた取り組みを行っていることを特に歓迎している。
これに関連して、ミクロネシア連邦は、他の太平洋島嶼国同様、正式な「気候変動に伴う海面上昇に対応した海域維持に関する宣言」を強く支持し、我々のような島嶼国の領土および地理的一体性の保全を確保するために、同宣言への日本の支持を求めている。我が国と日本との友好的で有益な関係は、100年以上前にさかのぼる。我々は、日本からさまざまな資金援助や技術支援を受けてきた。相互の結びつきが強まり、相互に連結する世界において、我々が共に直面しているグローバルな課題を考えると、このパートナーシップ協力はさらに進められるだろう。現在および将来の航海と海洋の安全、そして海洋資源の持続可能性を確保するために、この協力関係を維持し、それを次の段階に引き上げる必要がある。
(5)ジョージ・ドゥムクロー・フィジー共和国国防省国家安全・警察課長による報告
海洋安全保障について、我々は日本から資金援助も含めて多くの支援を得ている。フィジーは多くの島々によって国が成り立っているため、広大な海洋領域を守るために海洋戦略が必要である。海洋領域の保護に対して、どのような脅威があり、どのような対応が必要なのか戦略を考えることが重要である。海洋状況把握(MDA)は、海洋空間に関するものであり、安全保障や経済、環境といったあらゆる分野に関係する。太平洋島嶼国にとって、海洋が生計の源であるため、MDAは特に重要である。
MDAに基づき、より強固なシステムを構築することが必要である。そのための能力構築に向けて国際的な支援が必要である。国際的なパートナーとともに、海洋の問題に取り組んでいくことが重要であるが、まず法執行が必要である。我々は、そのためのアクションプランを定め、演習を行い、法執行のための能力強化に取り組んでいる。
脅威に対して取り組むことも重要であるが、海洋には海洋資源の活用も含めて多くのチャンスもある。また、戦略に資するように技術を上手に習得および活用していくことも重要である。戦略を進めるためには、日本のような国々とバイラテラルな関係を強化することも必要である。例えば、日本からは巡視船やゴムボード、水中カメラ、水中通信システムなど海洋安全保障のための装備品に関して、総額で550万ドルにのぼる支援を受けている。これらは、フィジーの沿岸の安全を守るために有益なものとなっている。
また、日本やUNDPは、フィジーやバヌアツ、パラオに対して、コロナ対策として420万ドルの無償資金協力を行っている。フィジーは、コロナ対策として国境管理のプロトコルの見直しを進めている。例えば、入国カードシステムの自動化やサーマルスキャン・システム、顔認証システムの導入など、国境管理の分野で電子化を進めている。また、渡航者も含めて観光客の情報管理の一元化など進めている。
今後、フィジーとして海洋の脅威や課題に取り組むために、能力構築をさらに進めることが重要となるが、そのためには二国間の協力もさらに重要となってくる。また、将来的な課題の解決に向けて、現在の古い法律を改正していくことも必要である。
(6)李世暉・台湾日本研究院理事長による報告
日台関係にとって、海洋地政学の面からみると列島線と冷戦が関係する。日台ともに自由主義を信奉するメンバーであり、米国の戦略である第一列島線に位置付けられている。そのため、日米安全保障の適用範囲とされる。海洋地経学の面からみると、海の生命線(sea lane)や半導体などのサプライチェーン、貿易、地域経済統合などについて考えることが重要である。台湾と日本は経済・貿易面で密接な交流があり、日本は台湾にとって第3位の貿易相手国で、台湾は日本にとって第4位の貿易相手国である。
海洋地政学および海洋地経学から考えると、日台には3つの海洋戦略利益(chain)がある。第一は、第一列島線(First island chain)であり、日台の共同利益は日本列島から台湾までの海域の平和と安全を守ることにある。台湾海峡の危機は日本へも大きな影響を及ぼすため、台湾有事は日本有事として現実化し始めている。第二は、サプライチェーン(Supply chain)であり、エネルギー運輸 (シーレーン)及びハイテクのサプライチェーンを強靭化させることが重要である。そのため、FOIPのもとで台湾の役割および日台連携は重要なイシューである。第三は、バリューチェーン(Value chain)であり、日台は民主主義や法の支配、人権の尊重などを価値として共有する海洋民主国家である。
激しい変化や複雑な状況となっているアジア地域において、日台の海洋関係は4つのモードから考える必要がある。第一に、反共の戦略パートナーとして、領海や領土の安全保障を重視し、第一列島線防衛における協力関係を探る(再定義する)ことである。第二に、海洋資源の競争・協力モードの観点から、漁業資源や海底資源を巡って紛争解決のメカニズムを構築することである。第三に、海洋安全利益モードの観点から、シーレーン防衛や密輸防止、海洋サルベージなどの共同行動が必要である。第四に、経済統合の戦略パートナーとして、インド・太平洋地域経済統合(CPTPP、グローバル協力訓練枠組み、半導体サプライチェーンなど)における協力関係を強化していくことが必要である。伝統的な日台関係は、米国の軍事戦略上において反共の戦略パートナーとしての関係であった。現在は、海洋の安全や海洋資源をめぐる海洋戦略下の日台関係へと変化していかなければならない。
地政学・地経学から見ると、冷戦時期の日台関係では、主に反共で米国のアジア太平洋戦略の一環であった。しかし、海洋国家利益・経済安全保障を強調している今、日台は海洋戦略パートナーとして、定期的な海洋政策対話を通じて相互利益を追求し、実現していく必要がある。2016年以降、日台は日台海洋協力対話を開催しており、このプラットフォームを活用して日台間の海洋協力を進めていくことは、日台の共同利益となると考えられる。
(7)⼩林泉・太平洋協会理事⻑/⼤阪学院⼤学教授による報告
日本が、対島嶼国外交の姿勢として明確な方針を打ち出したのは中曽根政権下の倉成ドクトリン(1987年)においてである。1997年には、第1回の島サミット(PALM)が開催され、本格的な対島嶼国外交を行ってきた。1997年は、日本のODA拠出額が100億ドルを超えて世界第一位になった年である。翌年以降、ODA額は減少し、現在は半分にまで減少した。しかし、対島嶼国に焦点を絞ると、援助額は毎年増加している。97年時点で島嶼国(14カ国)に対して1億ドル、ODA全体の0.7%~1%くらいの援助を実施した。近年では、年間2億ドル、ODA全体の2.3%~3.2%くらいまで増額されてきた。これは、日本外交における島嶼国の重要性が増していることの証でもある。
昨年、PALM9が開催され、対島嶼国として重点5項目が掲げられた。今後3年間で5分野(①新型コロナへの対応と回復、②法の支配に基づく持続可能な海洋、③気候変動・防災、④持続可能で強靱な経済発展の基盤強化、⑤人的交流・人材育成)を重点的に支援する計画である。そして、初めてアクションプランも同時に示され、島嶼国にとっても好感を持たれるものであったと評価している。
しかし、「持続可能で強靱な経済発展の基盤強化」に関して言えば、日本の政策策定者が島嶼国の経済事情をきちんと理解しているかどうか大きな疑問がある。島嶼国の経済事情とそれに対する認識のズレが大きいと考えられる。島嶼国の経済に関して、貿易統計をみると、島嶼国から日本の輸入額は年間2400億円くらいであり、日本からの輸出額は年間2000億円くらいである。しかし、より詳細な分析を行うと異なる側面がみえてくる。輸入の95%はパプアニューギニアからのLNGおよび金属・鉱物資源の輸入であり、その他の島嶼国からの輸入は5%に過ぎない。この5%のうち、4%は魚介類であり、農産物などはわずか1%である。国家関係の貿易関係としては、あまりにも少ないと言わざるを得ない。一方、輸出のうち25%が島嶼国全体への自動車や機械関係であり、75%はマーシャル諸島1カ国に対する便宜置籍船である。こうした貿易実態を、政策策定者が理解しているかどうかが重要である。島嶼国は国によって経済状況は異なるため、地域を一括りにして経済基盤を強化すると提案しても、実態に合わないアプローチになりかねない。したがって、より具体的に島嶼国との二国間関係を構築する必要がある。
また、「法の支配に基づく持続可能な海洋」に関して、日本は自由で開かれたインド太平洋のもと実行することを提案している。しかし、自由で開かれたインド太平洋について、太平洋の人々とその考えを共有できていない。インド太平洋構想自体は良い構想であるが、太平洋島嶼国の人々が掲げる「ブルー・パシフィック」と整合性があるのかどうかが問題である。また、FOIPの中でブルー・パシフィックがどのように位置付けられているのか、島嶼国の人々に示さなければならない。示さないままに提案を行っても、島嶼国の人々に日本の提案は受け入れられないであろう。FOIPとブルー・パシフィックの考えは、競合概念でも対立概念でもないため、日本と島嶼国が協力して行動することが可能な構想であると考えられる。
これまでの日本の支援に対して、島嶼国の人々は良い評価をしてくれていると考えられるが、必ずしも完全な信頼を得ているとは言えない。したがって、これから島嶼国と協力を進めるうえで、日本の構想を認めてもらうのではなく、太平洋を利用するパートナーとして協議して共に構想を作り上げる姿勢が重要である。PALMをそのような構想を作り上げるための場にしていくことが、今後重要である。
(8)⽯川智⼠・東海⼤学教授による報告
ブルーエコノミーという言葉が使われるようになったのは、2012年に開催された国連持続可能な開発会議(リオ+20)であり、化石燃料に頼る経済を「レッド」、森林資源など環境に配慮した経済を「グリーン」としたのに対し、自然のエネルギーを効率的に利用し、環境に負荷がかからない循環型の経済を表すものとした「ブルー」という言葉が使われたのであり、必ずしもブルーエコノミーの「ブルー」は海を代表しているわけではない。しかし、ブルーエコノミー型の経済発展において、自然のエネルギーの活用を重要視しており、風や潮汐、海流や波浪を有効活用することが提唱されていたことなどから、「ブルー=海」のイメージが広がったと思われる。
また、二酸化炭素を海域にて吸収させる取り組みであるブルーカーボンが話題となったことも、「ブルーエコノミー=海」を印象付けている。実際、海洋は二酸化炭素の吸収に大きな役割を担っている。IPCCの報告書でも、海での二酸化炭素の吸収量は陸域とほぼ同じ程度とされており、すでに余力がなくなってきている陸に比べ、海での二酸化炭素の吸収は、今後の技術開発や経済発展によっては大幅な増量が期待できる。同時に、海洋は大気中の余剰熱の90%超を取り込んできたとの見方もあり、温暖化対策の面からみても、海洋は地球環境を支えるうえで非常に大切な役割を果たしている。したがって、今後の持続的な発展を目指すのであれば、海の利用や海での活動の活性化は不可欠である。
海での経済活動としてすでに議論されているのは、物流や観光、潮汐や風といった物理的現象を活用した再生可能エネルギー、そして物質循環などを考慮した食料生産である。今後の持続的な海の利用を進めるためには、これらの活動について、国際的なルール作りや制度の設計、さらには科学的データに基づく評価方法の統一化が必要となる。しかし、「どのような分野に興味があるのか」、あるいは「どのような分野で活用するのか」は、それぞれの国が置かれている状況や国連海洋法条約の下でどのような海の利用権や占有権を有しているかによって、大きく異なっている。
地中海や東南アジアなど、多数の国が隣接しているような地域では、沿岸の保全と水産業、沿岸環境と地域社会への影響といった分野に多くの興味が集まっている。マレーシアで開催された Association of Malaysian Environment Behavior Researchersの2013年の会合では、水産業や海運、沿岸観光、再生可能エネルギー、ミネラル資源、そしてバイオテクノロジーが今後の発展分野として重要であるとして議論された。一方で、豪州の場合は、Blue Economy Cooperative Research Centerにおいて、外洋・沖合でのインフラの整備や養殖の技術開発が重要視されている。
ブルーエコノミーは、今後とても重要な経済活動となる。ただし、これまで以上に、より環境保全や生物多様性への配慮、汚染への対策が求められる。ブリティッシュコロンビア大学のネイサン・ベネッタブ教授らは、今後の海の利用に関し、注意すべき10個のリスク(海の占有や汚染など)を提唱している。今後は海という場を共有することをベースに、すべての方面への配慮を常に行うような姿勢や仕組み作りが必要である。もちろん、それぞれの場合で、沿岸なのか沖合なのか、EEZ内なのか公海なのかなどによって、重要視すべきリスクは異なる。例えリスクが少なくとも、すべての項目に触れ、配慮することが重要である。
また、個々の活動をモニタリングし、評価するとともに、最終的にどのような海の状態を目指していくのかに関して、その方向性について共通認識を持っておくことが今後の議論を進めるうえで、また、今後のルールや制度を設計するうえで重要である。もともと自然豊かで汚染がなかった海であり、人間の活動や経済活動の活発化によって、生物多様性の劣化と生物量の減少、水の汚染が進行した。日本においても、埋め立てや赤潮の多発などの問題がみられる。その後の保全意識の高まりや制度の整備、インフラ整備などによって、多くの国で水質は改善してきている。今後は、どのように生物多様性と生物量を増大させていくのかについて、その方向性への共通認識をもつことが必要である。
国際協調を進めるうえで、科学的に管理することが重要である。しかし、科学的管理に固執した場合、「データが不足している」とか、「科学的には証明できない」などの議論が生じる。また、予防原則に基づく場合、「リスクを課題評価している」などのクレームが生じる。環境を完全に科学的に把握し、コントロールすることは、まだ人間の技術と知識では困難である。しかし、それぞれの資源に対して、利用者が資源および資源を生む環境のケアを行い、利用とケアを一つのセットとして扱うことが重要である。これは、エリアケイパビリティー・サイクルというモデルである。利用とケアをつなげるアクティビティを各地域で増やしていくことが、可能性を増やしていくことに繋がり、その地域資源を有効に利用することに繋がる。利用者が増加するほど自然や生態系へのケアも増えてくる。そのような仕組みの構築が重要である。
通常の管理は、すでにある資源を評価し、利用を規制することで持続的利用を目指すのに対し、エリアケイパビリティー・アプローチでは、資源の発掘、再発見、新たな利用方法の創造など、資源を大きくして有効利用することで地域コミュニティーの強化を進めるものである。ブルーエコノミーを発展させるためには、資源を増やしながら、その可能性を増やしていくという方向への共通認識が重要である。例えば、日本では栽培漁業によって漁業者自らが資源を増やしている。また、現在 JICAなどでは、性能のよいクーラーボックスの開発と利用をパラオで行っており、これらは氷のコスト削減と漁獲物の品質向上、漁場の遠洋化を可能とする。つまり、これまで利用できなかった漁場を利用することが可能となる。ちょっとした技術開発やアイデアで、新たな資源や新たな市場を形成することが可能となる。今後の議論や制度設計は、小さな成功事例をベースに、現場に則した形での制度設計が重要になってくる。具体的事例の中で提唱された重要な活動や取り組み、仕組みや制度などが、世界的に共有されていくことが重要である。
(9)合⽥浩之・東海⼤学教授による報告
日本に限らず、世界中の海運会社は、必ずしも会社の存在する国に船を船籍登録するとは限らない。海運会社から見て都合の良い船籍国を選び、会社の存在する国ではない国に登録された船は、「便宜置籍船」と呼ばれる。海運会社に都合が良いという意味は、時代によって変化がある。日本の海運会社にとって、便宜置籍船を本格的に使い始めた1970年代の前半の頃は、「労働賃金の安い外国人船員を自由に配乗(manning)できる」ということに最大の利点を見いだしていた。今では、制度上日本籍船の船でも、外航船であれば、1人も日本人船員を配乗しないということも可能となっている。したがって、日本の海運会社が外国に船籍を登録する理由は、今では外国人船員の配乗の自由ということでは説明がつかない。
2020年の時点で、日本の海運会社は、2240隻の商船を運航管理(Commercial Operation)しており、そのうち日本籍船は270隻に過ぎず、隻数ベースでは12.1%に過ぎない。差し引き1970隻(87.9%)は、外国に登録されている。船籍登録が最も多いのはパナマであり、日本は2番目である。3番目がリベリア、そして4番目がマーシャル諸島である。外国への船籍登録ということで、日本を除いて考えると、マーシャル諸島への登録は3番目に多いことになる。また、バヌアツには約50隻程度、船籍登録がされている。
パナマへの登録が多い背景として、歴史的に便宜置籍船として登録が可能だった国として、パナマが最初だったからである。これは経済学で云う経路依存性といえる。船籍登録制度は、船籍国が船主に対してサービスを提供する業務という側面がある。そのため、船主にとって、船籍国からサービスを受ける対価としての「登録料」や「税金」の額が安いということは重要である。過去において、この登録料や税金の水準が、船籍登録国を選ぶうえでとても大きな理由となっていた。しかし、現在、登録料や税金が安いというだけで、船主は船籍国を決定していない。
船籍国が船主に対してサービスを提供するとは、どういうことか。例えば、船が航海するには、船がIMOやILOの諸条約に合致していなければならない。また、IMOの条約の1つであるSTCW条約に合致した海技免状(ライセンス)を持った船員が、配乗されている必要がある。条約の合致は、船籍国の検査と、その合格によって担保される。そして、その合格を公証する船籍国が発行した各種証書が船内に具備され、船員には船籍国の発行した免状が発給されていなければならない。書類の発行・交付も迅速に行われる必要がある。証書や海技免状が電子化されペーパレス化されると、船主にとってかなり有益となる。船主からしてみれば、船舶検査は365日24時間、地球上の任意の地点で実施される方が有益である。それは、いつでも、また世界中どこにでも検査官を派遣して対応して欲しいということになる。
それから、船舶検査に合格した船(国際条約に合致した船)というのは、どういうことか。船の技術開発は年々進んでいる。そのため、「新しい技術を反映した機器類の搭載や船体設計が条約に合致するのかしないのか」、「機器の搭載や船隊設計を条約に合致させるには具体的にどうしたら良いのか」などについて、船主は船籍国から公式の技術上の助言を受けること求めている。また、船にトラブルが生じて、船籍国の支援を受けたい時も24時間相談を受け付けてもらえることが望ましい。
原油タンカーやガス運搬船・ケミカルタンカーといった船は、マーシャル諸島籍船がとても多い。このような環境保全上も高度な品質が要求される船を登録するに相応しい船籍国として、世界の船主はマーシャル諸島を考えている。船籍国は、船と船員を国際条約へ合致させるために、船主の業務を支援し、助言することで、船の品質が維持される。これは、単に船籍国や船主にとってのみならず、他のステークホールダー、例えば入港国(Port State)にとっても良いことである。
便宜置籍船については、船籍国が自国籍船をしっかり管理していないという根強い批判がある。そのため、入港国政府が、国際条約に基づいて外国籍船に対して、ポート・ステート・コントロールを実施している。これは、当該政府が検査員を派遣し、「条約に合致しているかどうか」を確認し、合致していなかった場合、船主に是正を指示する。ポート・ステート・コントロールの結果は、欧州ではパリMOUが、アジア太平洋では東京MOUが共有し、船の成績の良い国はホワイトリスト、成績の悪い国はブラックリストに載る。その中間くらいの国は、グレーリストに載る。そして米国では、沿岸警備隊が、特に優秀な国だけをQualship21として認定する。ポート・ステート・コントロールによる入港国や検査官による措置は、船主や船籍国からすれば不当な場合もある。その場合、船籍国として抗議し、撤回させることも重要である。そのような抗議をきちんときめ細かく対応してくれるのがマーシャル諸島であり、バヌアツである。
ポート・ステート・コントロールの結果に関して言えば、マーシャル諸島はとても優秀な海事国であると考えられている。パリMOU・東京MOU・米国沿岸警備隊からも太鼓判が押されている。しかし、バヌアツの場合、パリMOUが疑念をもっているため、成績を良くするために日本の海事クラスター、例えば船級協会である日本海事協会(Class NK)などがバヌアツ政府を支援する、といったことも一案となる。
(10)⼭⽥吉彦・東海⼤学教授による報告
1994年に国連海洋法条約(UNCLOS)が発行された。これにより国際情勢は変化し、島嶼国の意味はそれまでよりも重要になった。UNCLOSにより海は分割され、人類共通の財産としてだけでなく、沿岸国の権利(領海やEEZなど)も認めるようになった。島嶼国も広大なEEZが認められ、例えばキリバスの場合、領土は小さいが、海の体積自体は日本よりも大きい。
島嶼国とひとえに言っても、それぞれの国にそれぞれの立場があり、異なっている。台湾問題をみても、中国による踏み絵の結果として、国々が分断されてしまうこともある。したがって、それぞれの時代、それぞれのアイデンティティを考えながら付き合っていく必要がある。相手国をどれだけ理解できるかが重要になってきている。
コロナ以前を考えてみると、2018年のPALM8で重視されたのは、自由で開かれたインド太平洋のパートナーシップであった。そして、中国による海洋進出に対して、法に基づく海洋秩序や持続可能な海洋といったことが謳われた。航海の自由を守りながら、沿岸国の自由意思を尊重することが重要とされた。
現在は新たな問題として、ロシアの問題がある。島嶼国とロシアは異常に遠いというイメージがあるが、北の海が抑えられた場合、それは運輸の航路など南の海にも影響が出てくる。そのため、ロシアの動きにより、太平洋全体の安全保障の形も大きく動き始めている。
また、持続可能な開発のなかで注目すべき点として、漁業の問題がある。島嶼国が自らの広大な海を管理することが非常に困難になってきている。日本ですら、広大な領海・EEZを守り切れているとはいえない。島嶼国が広大な海を守り切るためには、連携することが必要になるが、それぞれの国の立場のために難しさもある。
日本による支援と結びつく形で連携を深める動きはある。例えば、ツバルでの離島開発用の多目的船の建造や、マーシャル諸島を巡回する医療船等の供与、ナウルの港湾整備、パラオへの巡視船供与などである。しかし、これにより連携が一元化されてきたかといえば、そうではない。支援する国は日本だけでなく、中国や米国など多様である。そのため、島嶼国それぞれが独自に動いた場合、島嶼国内で対立が生じる危険性がある。
そのような対立が生じた場合、日本がアドバイスできる、あるいは目を向けていく点としては漁業分野である。漁業分野において、国際的な連携を促す枠組みの構築を促進していくべきである。国際協力の形として、国際的な海賊対策の枠組みを参考にしていくことが可能である。海賊対策では、イデオロギーや地域の枠を超えた一元的な協力枠組みを構築することができた。例えば、アジア海賊対策地域協力協定(ReCAAP)は、基本的にASEANを中心にしながらも、アジア地域外の国々(ノルウェー、オランダ、デンマークなど)も参加している。海域を管理する国だけでなく、海域を利用する国も加わって共通のテーブルで対話を行うことができた。これと同様に、島嶼国などの国々と、その周囲にある国々とが対等な形で議論する新たな枠組みや条約の作成が望ましい。同じテーブルで対等な形で対話することで、領域の権利を越えた新たな発想が生まれてくると考えられる。
(11)自由討議
イ)ロシアによるウクライナ侵攻の話は欧州の話としてだけでなく、アジア地域にも影響を与える出来事である。大国が途上国に軍事進攻した場合、それに対処するのは別の大国ではなく、侵攻された国が自らで対処する必要があるのが現状である。こうした現状について、太平洋島嶼国の人々はどのように考えているのか。国際秩序の変容や中国の強大化といった課題に対してどのような考えを持っているか。
⇒台湾として、周辺国と何らかの形で協力して対処したいと考えている。台湾の場合、国と国との関係を進めることは周知のとおり難しい。したがって、政府レベルでの協力は難しいかもしれないが、自由で開かれたインド太平洋や関連するイシューに対して大きな関心を持っている。しかし、参加できるメカニズムがあるのかどうか、現在は分析している段階である。日本や豪州、米国などの大国を含めて、台湾が参加できるメカニズムを構築できるのであれば、台湾はそのなかで重要な役割を果たすべきである。
また、CPTPPに関していえば、CPTPPは現時点で台湾が加入できる可能性のある地域統合であり、台湾がインド太平洋の地域経済統合に貢献できる舞台である。CPTPPには中国も加盟を申請中であるが、中国資本の影響力を考えると、日台はともに脅威を感じるであろう。したがって、日台は協力して何らかの対中国メカニズムを考えていく必要がある。
⇒中露が協力する可能性について、我々は大きな関心を持って注視している。新たな植民地主義に繋がるかもしれないという懸念もある。中台関係を考えると、中国は台湾を自国の一部として主張しているが、多くの国は台湾を独立した国として認識している。地政学的に考えると、共通した考え方を持つ国として、中国が台湾により攻撃的に行動することを懸念している。何か課題がある場合は、武力ではなく外交によって解決すべきである。ロシアのウクライナ侵攻によって、中国が台湾に同様の行動を取る可能性が生じている。これは、安全保障としてだけでなく、貿易や経済に対するインド太平洋地域への大きな脅威である。ロシアの侵攻の影響として。現在燃料価格や食料品価格が上昇しているが、中国が台湾へ侵攻した場合は同じような影響が生じる可能性がある。特に、小さな太平洋島嶼国にとって、その影響は大きなものとなるだろう。
ロ)原油価格の上昇はウクライナ危機とともに懸念されているが、価格高騰は2007年や2008年頃にもあった。この価格高騰とリーマンショックは関連付けて考える必要があると考えているが、エネルギー価格の高騰が住宅ローンを抱えた人々の生活に大きな影響を与えた。エネルギー価格の上昇は、直接の関係はないとしても、多様な形で経済に影響を与える。この関連で中台関係を考えると、中国が原油価格の上昇にどのように対処するのかという観点も注視する必要がある。欧州で生じている現象は、アジアに無関係ではなく、太平洋島嶼国は海によって繋がっていると考えるべきであり、良いものも悪いものも一緒に流入してくる。そのため、日本は、こうした太平洋島嶼国の能力構築なども含めて、可能な限り支援を行う必要がある。その際、ただ漠然と太平洋島嶼国を一括りとして考えるのではなく、個別の国の事情を理解し、二国間の関係を発展させていくことが重要である。日本にとって太平洋島嶼国は、国益の観点からだけでなく、太平洋地域全体の社会を構築するために対等なパートナーとして支援していくべきである。
(文責、在研究本部)