公益財団法人日本国際フォーラム

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公開ウェビナー「2035年の中国ー坂の上の雲か坂の下の淵か」

当フォーラムは、「変わりゆく国際秩序における日本の外交戦略―中国の対外行動分析枠組みの構築を踏まえて―」(主査:加茂具樹慶應義塾大学教授・当フォーラム上席研究員)プロジェクトの一環として、さる2022314日に、慶應義塾大学現代中国研究センターおよび防衛研究所と共催で、JFIR公開ウェビナー「2035年の中国ー坂の上の雲か坂の下の淵か」開催したところ、その概要は以下のとおりである。

 

1.日 時:2022年3月14日(月)15時~16時45分

2.開催形式:Zoomウェビナーによるオンライン

3.プログラム

15:00-15:10 開  会 渡辺 まゆ JFIR理事長
15:10-15:40 報  告 真家 陽一 名古屋外国語大学教授
小嶋華津子 慶應義塾大学現代中国研究センター長・法学部教授
杉浦 康之 防衛研究所・地域研究部中国研究室主任研究官
15:40-16:05 コメント 高原 明生 東京大学大学院法学研究科教授
飯田 将史 防衛研究所地域研究部米欧ロシア研究室長
渡邉 真理子 学習院大学経済学部教授
16:05-16:35 自由討議(質疑応答)
16:35-16:45 総  括 加茂 具樹 JFIR上席研究員/慶應義塾大学総合政策学部教授
※モデレーター: 加茂 具樹 JFIR上席研究員/慶應義塾大学総合政策学部教授

4.出席者:約300

5.議論概要:

(1)報告およびコメント

本セミナーは、モデレーターの加茂具樹教授による進行のもと、真家陽一教授、小嶋華津子教授、杉浦康之主任研究官による報告、高原明生教授、飯田将史研究室長、渡邉真理子教授によるコメントおよび討論(聴取からの質疑応答含む)、の順で議論が行われた。それらの概要は次のとおりであった。

(イ)真家陽一・名古屋外国語大学教授による報告

2021年の中国の実質GDP成長率は前年比8.1%増となった。ただし、これは新型コロナの感染拡大の影響を受けて、2020年が2.3%増という低い伸び率にとどまったことに対する反動によるものである。国家統計局は20202021年の2年平均では5.1%増としている。総じて見れば、中国経済は緩やかな減速基調で推移しているといえる。

2021年3月の全人代で採択された「第14次5カ年計画および2035年までの長期目標要綱」は、2035年までに1人当たりGDPを中等先進国レベルに引き上げることを目標として掲げている。具体的な数値は示されていないが、2020年の1人当たりGDP2035年に倍増させるために必要な実質GDP成長率は年平均4.7%であり、そのハードルは決して低くない。

経済成長減速の要因としては、少子高齢化の加速が挙げられる。2021年の65歳以上の高齢者の人口は992万人増の2億56万人と初めて2億人を突破。高齢化率は14.2%と2020年の13.5%から0.7ポイント上昇し、中国は「高齢化社会」から「高齢社会」に突入した。国連の人口予測によれば、中国が高齢社会に到達するのは2026年とされており、予測より5年早い。国連の予測では超高齢社会に到達するのは、2036年とされているが、2032年頃に早まることが見込まれる。国連予測によれば、総人口は2032年の146,413万人をピークに減少に転じることが予測されているが、実際には予測に比較して少ない人数で推移しており、減少開始年がさらに早まる可能性もある。中国の経済成長の制約要因として、少子高齢化以外に2つのファクターを指摘したい。1つはカーボンニュートラルである。中国のCO2排出量は2005年に初めて60億トンを超え、米国を抜いて世界最大の排出国となった。2020年は約99億トンとなり、世界に占めるシェアは30.6%と初めて3割を超えた。

習近平国家主席は20209月の国連総会において、「CO2排出について2030年までにピークに達することを目指し、2060年までにカーボンニュートラルの実現を目指して努力する」と表明した。この目標は、中国では「3060目標」と呼ばれ、カーボンニュートラル政策における大きな転換点となった。他方、3060目標は、第1に、化石エネルギーの使用減少がエネルギー不足の拡大を招き、エネルギー価格を上昇させる。第2に、炭素排出コストが顕在化し、企業は技術高度化を採用するか、炭素排出権取引を採用して排出を抑制するかにかかわらず、相応のコストを支払わせることになり、経済成長の制約要因となり得る。

もう1つの制約要因が過剰債務問題である。2008年9月のリーマンショックを契機として、世界的な景気後退が急速に進む中、中国政府が同年11月に公表した4兆元の大型景気対策を通じて、中国経済はいち早くV字型の回復を果たした。しかし、その過程で発生した過剰債務は深刻な後遺症として、現在に至るまで尾を引く構造問題となっている。企業と家計を合わせた民間部門の債務は増加の一途をたどり、2020年末にはGDP比で222.3%の高水準に達している。他方、こうした制約を克服して、中国が2035年までに1人当たりGDPを中等先進国レベルに到達させるには、まず、国内大循環を主体とし、国内・国際の双循環が相互に促進する新たな発展構造の構築をする双循環政策を通じて内需拡大を図る必要がある。2020年の家計消費支出は米国の145,446億ドルに対して、中国は55,859億ドルと米国の4割弱にとどまる。中国は、既に貿易では、米国を上回り世界第1位の貿易大国となり、GDPでは2030年頃に追い抜くと見られるが、内需、とりわけ個人消費という観点では、まだその差は大きい。逆にいえばここに「のびしろ」があるともいえる。

経済成長に対する労働および資本の寄与度が低下する中、カギを握るのは全要素生産性、とりわけイノベーションとなる。そういう意味で、重要なのはイノベーションの担い手となる人材の教育にかかっていると言っても過言ではない。かつて、英国のトニー・ブレア首相が「英国には大事なことが3つある。それは教育、教育、教育だ」と語ったことは有名だ。2020年の中国の大学卒業者は4205,097万人と、日本の7倍超である。しかも、イノベーションの担い手となる理系は、中国が工学138万人、理学27万人でシェアは約4割に対して、日本は工学8万7千人、理学1万8千でシェアは約2割弱にとどまり、その差16倍近くに達しているという強みがある。

 

(ロ)小嶋華津子・慶應義塾大学現代中国研究センター長・法学部教授による報告

2035年の中国を、中国の国内統治の観点から展望したい。このことを考えるにあたり想起されるのは、201910月の19期四中全会で採択された「中国の特色ある社会主義体制を堅持し改善し、国家統治体系および統治能力の現代化を推進する若干の重大問題に関する中共中央の決定」である。同決定では、中国として自信をもって西側諸国とは異なる独自の国家統治体制を追求できるとして、次の13点の優位が明記されている。

この独自の国家統治体制を実現するタイムテーブルとして、2021年までに明らかな成果をあげ、2035年までに基本的実現を達成し、建国100年の2049年に全面的な完成に至る、という目標を掲げている。そして習近平政権は、上記の13の優位を具現化すべく制度改革を進めているところ、それらを主に次の4側面に分類できる。一つ目は、習近平個人への権力の集中と権威化である。二つ目は、党の規律の強化と巡視・巡察による反腐敗である。三つ目は、党中央への政策決定・政策実施権限の集中である。具体的には、党中央に重要政策ごとに習近平をトップにした委員会や領導小組を設置して、政策実施の権限を従来の国務院から党中央に移行させている。また、2018年に党と国家の機構改革を行い、中央の政令が末端まで行き届くように改革している。四つ目は、2022年に地方組織法を修正して、地方各級人代の政府に対する監督機能・民意吸い上げ機能の強化である。

以上の4つの側面による制度改革は、今後の更なる厳しい経済や国際情勢を見越して、中国の統治体制の特徴である縦割り行政や地方保護主義、利権ネットワークによる抵抗などの弊害を克服し、政策決定や実施の効率化を図っている。しかしながら、その実現には様々なリスクがある。例えば、現状のように厳しく取り締まるのみでアメを与えることをしないのであれば、面従腹背するだけで実際の制度改革が形骸化してしまうことになるのではないか。また、これまでの集団指導体制から習近平に権力を集中させることで、恣意的な人事などが進んで党の民主体制が失われ、結果的に不安定化するのではないか。他にも汚職、地方債務、高齢化、格差などの経済面の負の遺産、香港、新疆、台湾、南シナ海、東シナ海などの不安定な国際環境などもリスクである。こうしたリスクがどのように生じていくのかや管理できるのかが、2035年の中国を決定づけていくといえる。

 

(ハ)杉浦康之・防衛研究所・地域研究部中国研究室主任研究官による報告

中国は、201311月の第18期三中会全において、主たる目的を統合作戦能力の深化にあて、2020年に完成するとした国防・軍改革を発表し、以降、大規模な軍改革を実行してきた。

中国人民解放軍(以降:軍)は、湾岸戦争の結果を踏まえ、本格的に統合作戦研究を始めた。2000年代半ばから2011年に統合作戦の定義が固まり、「一体化統合作戦」構想と「情報システムに基づくシステム体系作戦能力」を打ち出した。これらの大きな特徴は、これまでの陸・海・空による伝統的安全保障領域だけでなく、宇宙、サイバー電磁波、とりわけ認知領域による新型安全保障領域に焦点をあて、広範囲な統合作戦構想を提起したことにある。習近平はこうした構想を実現するため、軍を新しい組織体制にしようとしてきた。

2017年10月の第19回党大会では、「ネットワーク情報システム体系に基づく統合作戦能力」と「全領域作戦能力」が打ち出され、新型安全保障領域重視の姿勢が顕著となる。さらに2019年より智能化戦争が提起されたことで、中国人民解放軍は「一体化統合作戦」構想に替わる、新たな統合作戦構想を検討している段階に入ったと見られる。本年秋の第20回党大会では、こうした構想の一端を伺わせる新たな概念が登場することが予想される。今回の軍改革の内容は、かなり大規模な内容であり、①四総部の廃止と中央軍事委員会多部門制度の発足、②七大軍区の廃止と五大戦区の設置、③陸軍指導機構の設置、④第二砲兵のロケット軍への格上げと戦略支援部隊・聯勤保障部隊の設置、⑤海軍陸戦隊の拡充、など多岐に渡る。こうしたなか、戦区は、従来の軍区と比べ、高い権威と指揮権を有することで、その重要性を増している。これらの軍改革を通じて、習近平の軍への統制力と指揮権限は強化され、習近平主導で、習近平への忠誠と統合化を重視した軍上層部の人事体制が確立されてきている。ただそうは言っても、中国は陸軍が中心であり、戦区司令部人事で優勢な地位を占めている。

軍は、新たな統合作戦体制の下で統合作戦訓練を一層活発化させ、各軍種間の情報共有体制や指揮統制システムの相互接続を強化している。また統合作戦人材育成のための教育の強化も図られている。西側研究者は、党軍関係を維持するための伝統的なレーニン主義システムが、統合作戦遂行における迅速且つ効率的な指揮統制の足かせになると指摘している。一方、中国共産党・中国人民解放軍はこうした制度を堅持しつつ、政治将校教育における軍事的専門性・科学技術知識の重視や、戦時政治工作における「三戦」重視などにより、「一体化統合作戦」構想と党軍関係の維持・強化の両立を図っている。

以上、軍改革の成果は多々あり、中国人民解放軍の統合作戦能力は深化したと言える。他方、①有事の際の指揮権限の委譲、②高度科学技術人材の確保、③政治委員の指揮権限や指揮能力など、残された課題もあり、その克服には時間を要する。特に高度科学技術人材の確保は容易ではない。2035年には軍の体制はかなり整備されているものとみられるが、米軍に伍するとなると2050年を見据えなければならいのではないか。

 

(ニ)高原明生・東京大学大学院法学政治学研究科教授によるコメント

本セミナーのように2035年の中国を論じるのは水晶玉を覗くようなことであり、研究者の中国に対する予測は概ね外れてしまうものである。とはいえ、将来の予測を試みることは今後起こり得ることについての頭の体操をする上でも重要である。

まず経済について、少子高齢化などから、中国の経済成長のペースが鈍化することは長期的なトレンドであり、それが経済社会面にどのような影響を及ぼすのか。指導部は「共同富裕」や雇用対策を打ち出しているが、今後経済成長のペースが鈍化し、またイノベーションによって労働力が要らなくなってくると、どのように雇用を維持していくのか。

政治については、端的に述べると今の党は正統性を欠いたまま統治を行っているわけであり、今後人々の支持をどのように維持していくことができるのか。また2035年を考えるには、ポスト習近平の影響を考慮しなければならない。これだけ権力を集中させた習近平が政治の舞台から退場した際は大きな混乱が起こるだろう。権力の継承はどの権威主義体制でも難しいものであるが、今の中国の体制ではなおさらである。毛沢東亡き後の鄧小平たち指導部は、それがわかっていたから集団指導体制を構築したわけであり、現在の習近平体制はそうした制度や官僚制度を壊してしまっている。また、経済が減速していく中で、台湾を含め、中国はどのような地域秩序を構想しているのかについても考えていく必要がある。

軍については、統合作戦能力の深化はどこまで進んでいるのか。軍と党本部との間に、本当に服従関係ができているのか、文民統制がどうなっているのかについての考察が必要であろう。

最後に、本セミナーは、坂の上の中国か、坂の下の淵の中国なのかについて焦点を当てているが、国内に目を向けると、たとえ中国が坂の上を上っていても、それでいつまでも国民の支持を得られるかどうかはわからない。人々の気持ちは変わっていくものであり、今後もこれまでのように経済発展だけで支持を確保できるのか。上海のような都市部と地方に住む人々とでは、認識も感じる幸福度も違う。そういった様々な要素をウォッチしていく必要があるだろう。

 

(ホ)飯田将史・防衛研究所地域研究部米欧ロシア研究室長によるコメント

中国の軍事について、国防・軍隊近代化の新「三歩走」戦略のもとで、2027年に建軍百年奮闘目標の達成、2035年に国防・軍隊近代化の基本的実現、そして2049年に世界一流の軍隊の構築、が目指されている。ではなぜ2049年に世界一流の軍隊の構築が必要なのかというと、昨年の建党100年で「小康社会」の全面的完成が宣言されたように、次の建国100年には「中華民族の偉大な復興」を成し遂げたいからに他ならない。「偉大な復興」が具体的に何を指すのかについては諸所の意見があるが、少なくとも「失われた領土」の回収、つまり第一に台湾、次に尖閣諸島およびスプラトリー諸島の回収が目指されていることは間違いない。これらの回収には、中国主導の新たな安全保障秩序の構築が不可欠である。なぜなら、台湾には台湾関係法により、尖閣諸島には日米安保条約5条により、それぞれ米国が関与している。また日米間だけでなく、米国はスプラトリー諸島を中国と争うフィリピンとも同盟関係にある。よってこれらの回収には米国との衝突が避けられないものであり、中国は米軍を圧倒できる軍事力が必要なのである。

こうした中国には追い風が吹いている。軍の統合作戦能力は向上されているし、武器・装備の量的拡大もなされ、東アジアでは米軍を凌いでいる。経済も拡大しており、GDP2030年代に米国を超越する予測である。他方で逆風もある。少子高齢化とそれによる社会保障負担の増大による経済成長の減速、武器・装備の維持、訓練・軍人待遇などのコストもかかる。また中国には、同盟国・パートナー国が決定的に不足しており、ロシアのウクライナ侵攻の結末によって、この状況が更にどうなるのかわからないところである。こうした状況の中、今後中国が、ゲームチェンジャー技術の開発競争でどのような位置に立つことができるかがカギを握ることになるのかもしれない。また、党にとって望ましい国際秩序は、自由と民主主義による普遍的価値を全面に押し出した秩序ではなく、自分たちのような権威主義・独裁主義体制にとって住み心地のよい秩序である。その観点から、今後のウクライナ情勢の動向と、ロシアの趨勢には大いに注目しているところであろう。

 

(ヘ)渡邉真理子・学習院大学経済学部教授によるコメント

まず、中国は基本的に上り坂にあり、下り坂には余程のことがなければならないだろう。というのも、下り坂になるとの予測は、国全体のGDP成長率や労働力の推移で算出されることが多いが、下り坂になるかどうかは、実際には一人当たりのGDPで判断する必要がある。一人当たりのGDPは、労働力、資本、全要素生産性(TFP)に注目した「成長会計」から算出できるものであり、キャッチアップのプロセスを辿った各国の成長の歴史をみても、一人当たりのGDPの伸び率は徐々に収束している。今後、キャッチアップのプロセスを辿っている中国は、格差や高齢化社会に対して効率的な制度、また的確な産業政策をとり、結果として正しい技術選択をしていくことができれば、やがて一人当たりのGDPが収束し、下り坂にはならないのではないか。あえて述べれば、かつて日本などと同じようにキャッチアップのプロセスを辿っていたベネズエラが、政策を誤って大混乱になりそのプロセスを逸脱してしまったという事例がある。つまり中国が、ベネズエラと同じような誤った政策を実行して大混乱に陥れば、やがて下り坂になるという可能性はないわけではない。ただ、権威主義体制の国は常に何が起こるかわからないといえど、現状で中国がそうなるとは考え難い。また今後の経済政策においては、いかに「創造的な破壊を党が抱きしめる」ことができるかが重用である。90年代以降の国営企業改革、民営企業の発展など、経済発展のために党が自らの身を切る改革を、これまでのように今後も飲み込んでいけるのかどうかである。

 

(2)討論

以上のコメント、さらにチャットに寄せられている参加者からの質問も受け付けながら、報告者より次のような返答を受けた。また最後に加茂教授より総括を受けた。

 

(イ)真家陽一・名古屋外国語大学教授

中国が下り坂になるとは言えない、との指摘はおっしゃる通りである。経済の成長率の伸び率が落ち込むと下り坂になっているのではとの判断をされがちであるが、プラス成長をしている限りGDPは増えているので、上り坂にいるということができる。中国が2030年代に米のGDPを抜き、60年代ごろに再び抜かれるとの予測も、あくまでも両国ともプラス成長しているとの見込みからでている。

次に雇用についての指摘もその通りである。特に深刻なのが1624歳の若年層であり、都市部の失業率は5%程度のところ、若年層は15%で推移している。大卒者が増えるなかで、いかに若者の雇用を創出するかは大きな問題である。ではどうするのかについては次の2つのポイントがある。一つは、シルバー産業の拡大である。不安定要因である高齢化をむしろチャンスに変えるのである。さる221日に、第145カ年計画における高齢者事業発展介護サービス体系計画が発表され、高齢者のライフスタイルを充実させ、シルバー産業を成長産業にしていくことが打ち出されているが、こうしたことで更なる雇用を創出できるかもしれない。二つには、サービス産業の拡大である。中国ではネット消費のシェアが大きく、今や国民の4分の1を占めている。他方で、ここ2年はそのシェアが伸びておらず、今後すべてがネットで消費されることはないということであろう。つまりモノの消費からコトの消費を増やすことで、サービス産業を拡大していくことになるのだろう。またそこで重要となるのがデジタル人民元である。中国では、農村を中心にまだ2億人程度が銀行口座を開設していないとのことである。ネット消費を担うアリババやテンセントは銀行口座が必要であり、もし口座を必要としないデジタル人民元が整えば、デジタル人民元を使ってそれら2億人の消費が拡大し、新たな雇用創出にもつながるかもしれない。

最後に今後の中国について、現在言われているところの「共同富裕」とは、あくまでも成長戦略のことである。中国はまずはパイを増やしてそれを振り分けていこうとしているわけで、中国をウォッチしていく際は、そのこと認識した上でみていく必要がある。

 

(ロ)小嶋華津子教授

コメントをいただいた習近平政権による官僚機構への影響については両面がある。まず、習近平政権のもと、規律が細かく規定され、これまでの慣例に従った行動がとれず、また組織の拡大ができない現状の官僚機構はインセンティブを失っていることは確かであろう。他方で、これまでの官僚機構が、縄張り争いや縦割り行政のもとで疲弊していたことを考えると、習近平政権が政策決定を党中央に移してトップダウンになったことで、その党からのバックアップを受けることができれば縄張り争いなどに勝つことができるということであり、官僚機構の行動を変革することにつながっていくことになるだろう。豊かさを実現していくためにはそれを進める秩序が必要であり、習近平の組織改革はそれを見越して進められている。

次に、ポスト習近平についてである。コメントがあったように、習近平の後継争いは熾烈なものになるだろう。習近平は、これまで歴代の指導者を入れ替えてきた制度を打ち破ってしまったため、習近平が退場した際は大きな混乱を伴うことになる。その際は、中堅の指導者たちが集団指導体制を取らざるを得なくなるのではないだろうか。ただその集団指導体制が秩序だったものになれば良いが、もし不安定なものになった場合は、社会に大きな混乱をもたらすことになるかもしれない。

台湾については、重要であるが故に統一戦線工作をはじめ、今後も着実な政策をとっていくのではないか。他方で中国国内に大きな混乱が生じた際は、戦争に発展していく可能性もないとはいえないだろう。

 

(ハ)杉浦康之主任研究官

中国の軍の近代化は余程経済が落ち込まなければ今後も継続されるだろう。いただいた「ゲームチェンジャー技術がカギを握る」とのコメントはおっしゃるとおりである。中国は、AIをはじめ、人口が多くまた国民から情報もとれるためにビッグデータの分野でも優れている。ただし、これを実際の軍のオペレーションに活かしていくのは課題も多い。AIでどれだけ素早い情勢分析ができても、実際の決断のプロセスで党委員会の集団合議などを省いていいわけではない。今後、AI時代の軍のあり方は問われていくことになるだろう。

統合作戦能力の深化については、基本的に成功している。戦区などの指揮機構において、空・海の人材などが登用されているが、これは胡錦涛政権時代にはなかったことであり、組織改革は進んでいるといえよう。しかしながら、米軍のような統合作戦が実行できるかと言えばそのような状況にはなく、それを担う人材も少ない。

党と軍の関係については、あくまでも習近平だからこそ軍をコントロールできているわけである。習近平は軍の特に上将級の人事にはがっちりと関与しており、このようなことは胡錦涛政権時にはなかったことである。このように習近平自身は軍をコントロールしているが、それを軍人でない他の党員が同じようにできるわけでないだろう。そのため、現在の党と軍の関係はあくまでも習近平が健在であってこそのであり、ポスト習近平になった際には機能しなくなり、混乱が起こる可能性は高い。他には、今後も軍に対する予算を振り分けられるのかも重要である。さらには、今回のロシアによるウクライナ戦争のようなことが起これば、軍は軍の判断でスムーズに軍事行動をとれるような仕組みを求めるかもしれない。そのような事態にならないためには、「難しい戦争」を行わないこと、つまり党のコントロールに対して軍が不満を持つことがないような、短期的で圧勝できるような武力行使しか伴わない軍事行動しか行わないことが重用になるだろう。

 

(ニ)加茂具樹・JFIR上席研究員/慶應義塾大学総合政策学部教授

このセミナーでは、中国の発展が果たして恒常的なものなのかどうか、2035年を焦点に、上り坂の中国なのか下り坂の中国なのか、特に中国の経済、社会、軍の切り口から議論を行った。なぜ上り坂なのか下り坂なのかを議論したかというと、それが中国の一党支配の正当性に関わる議論だからである。党による一党支配が続くのは、中国社会が発展し続けることで、党による一党体制に実績が生まれて、国民から統治者としての支持を受けているため、という仮説があるためである。

本日の議論では、特に経済面では上り坂にいる中国をイメージしたほうが適切とのことであった。今後、党が統治を持続させていく要素については、豊かさや国際社会の秩序のルール・メーカー、大国としての地位を獲得していく、それによって党の支配を安定的に持続させていくことが可能かどうかについても、さらに考えていくことが重用であろう。

また議論の中にあったように、中国社会も変化していく。一般的に中国を考える際に、「中国」を主語にして議論がなされがちである。しかし中国は多様な社会であり、「中国」と一括りにして中国を判断することはできない。中国社会の中で、人々が抱く安心、安全、幸福などの観点は多様であり、それを含めて、今後も中国の行く末を検討していく必要あるだろう。

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