公益財団法人日本国際フォーラム

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中国班・インド太平洋諸国班

当フォーラムの実施する「『自由で開かれたインド太平洋』時代のチャイナ・リスクとチャイナ・オポチュニティ」研究会内、中国・インド太平洋諸国班の第6回定例研究会合が、下記1.~3.の日時、場所、出席者にて開催されたところ、その議論概要は下記4.のとおり。

  1. 日 時:2022224日(木)10:00-12:00
  2. 場 所:オンライン形式 (ZOOM)
  3. 出席者:
  4. [報  告  者] 池部  亮 専修大学教授
    柿崎 一郎 横浜市立大学教授
    [司     会] 大庭 三枝 神奈川大学教授(インド太平洋諸国班班長)
    [メンバー] 川島  真 JFIR上席研究員/東京大学教授(副査/中国班班長)
    高原 明生 JFIR上席研究員/東京大学教授(中国班アドバイザー)
    飯田 将史 防衛研究所地域研究部米欧ロシア研究室長
    伊藤 亜聖 東京大学准教授
    佐竹 知彦 防衛研究所主任研究官
    福田  円 法政大学教授
    [JRSP] 相澤 伸広 九州大学准教授
    熊倉  潤 法政大学准教授
    高木 祐輔 政策研究大学院大学准教授
    溜  和敏 中央大学准教授
    鶴園 裕基 早稲田大学客員次席研究員
    内藤 寛子 日本貿易振興機構アジア経済研究所研究員
    [JFIR] 伊藤和歌子 研究主幹
    佐藤  光 特別研究員
    [外務省オブザーバー] 13名
  5. 議論概要:

(1)池部教授による報告「ベトナムと中国の経済関係」

(イ)海外進出日系企業への調査によると、中国での事業拡大を考えている企業は半数以下に留まったのに対し、ベトナムについては半数以上が事業拡大の方向性を示しており、引き続きベトナムは有力な投資先になっている。2018〜2019年頃には、米中対立の影響によりベトナムが投資の受け皿となるために、さらなる投資環境の改善を進めるべきではないかといったモメンタムもあった。しかし、ベトナム自身は、アメリカ向け輸出の不正の温床になる事を警戒していた。中国でほぼ完成品となったモノがベトナムで梱包され、ベトナム製を記すタグに張替えられた後、台湾経由でアメリカに輸出されるという苦い経験をしたからである。アメリカは、玩具やマスクについては中国からの輸入に依存しており、それら製品の対中貿易赤字が依然続いている。一方、ベトナムでは、電気機械や家具など多くの製品の貿易赤字が拡大している。貿易転換や生産移管が起き、海外資本は製造場所を変え、中国企業も生産を国内からベトナムへ移転している。

(ロ)中国からの生産移管先にベトナムが選ばれる理由としては、次の5点が挙げられる。①人件費が安価である、②中国と陸続きでサプライチェーンが組みやすい、③儒教的な労働倫理感が通底している、④共産党一党独裁の国であり社会構造や政治制度の相似性がある、そして⑤多くのFTAを持ち輸出生産に有利であるということである。中国の賃金上昇は20年程前から指摘されており、労働争議や感染症など一極集中生産に伴うリスクを軽減するため、企業が完結した工場を分散立地する、チャイナ・プラス・ワンが謳われてきた。

(ハ)国境地域では、相手国の実効支配を防ぐため、自国民が安定的に経済活動を行える環境を維持することが両国にとって大きな課題となっている。中国は国境地域で優遇税制を設けて企業を誘致したり、文化施設を設置したりと、市民が住みやすい地域づくりを進めている。ベトナムも国境住民の生活保障に努めており、例えば「国境許可証」を発行し携行荷物の関税を免除している。

(ニ)ベトナムが中国と貿易を始めたのは1990年代からである。ベトナムは中国へ一次産品を輸出し、中国からは消費財を輸入することを通じ、互いの内需にとって重要なモノの交換をしていた。中国とベトナムはそれぞれ2001年と2007年にWTOへ加盟した後、輸出品生産も分業の相手国になり、ベトナムの対中貿易赤字が拡大した。現在では、貿易額の伸び率とベトナムの対中貿易赤字は減りつつある。中国の対ベトナム貿易品目で現在1・2位を占めているのは、輸出入ともに集積回路と携帯電話である。他方、ベトナムの対中国貿易では加工品をはじめとする中間財が約70%を占めている。いまでは工業製品の中間財貿易が増え、水平的な産業分業において互いに不可欠な存在となっている。

(ホ)中国リスクを嫌いベトナムに投資を分散してきたことが正しい選択であったのか否かを判断するのは難しい。例えば、台湾有事の際、ベトナムへどのような影響が及ぶのかを想像してみれば、これほどまでにベトナムへ資本を集積することは、逆にリスクを高めているのではないかとも思われる。実際、2021年のロックダウンにより、日本の給湯器や衛生陶器に対するベトナムからの部品供給が止まってしまった。

(ヘ)ベトナムの貿易結合度(輸入)が最も高いのは韓国であり、世界平均の7倍となっている。ベトナムにおける韓国の存在感は圧倒的に大きく、対ベトナム投資国の1位も韓国である。他方、中国の対ベトナム投資は貿易ほどには密接ではない。

(2)柿崎教授による報告「中国の存在感が増すタイの鉄道―高速鉄道計画と車両調達―」

(イ)かつてタイは鉄道建設で欧米列強の技術に依存していたが、第二次世界大戦後は借款を受けやすい日本の存在感が高まった。しかし、2010年代以降、中国がタイの高速鉄道計画に関心を示すようになり、中国との関係が前面に現れるようになる。

(ロ)タイが経済ブームを迎える1990年代になると、高速鉄道計画が浮上した。実際に計画が動き始めたのは2000年代末である。中国はこの計画に関心を示し、2010年に東北線、東線、南線の推進に対する協力を申し出た。2011年に成立したインラック政権は、北線建設や高速鉄道協力についての覚書を中国と結んだ。他方、日本に対しても高速鉄道計画をアピールした。続くプラユット政権では新たに輸送インフラ開発戦略が策定され、中国との協力で東北線を中速鉄道として整備していくことで合意した。その後、政府間協力の枠組みで、中国とタイは鉄道協力合同委員会を設置した。中国は、設計・調達・建設(EPC)方式に加え、中国鉄建(CRCC)と中国鉄路工程(CREC)が建設を担当することを提示した。また、その運営はタイ国鉄と中国鉄道から成る合弁会社が行うとした。しかし、このような中国主導の計画推進に対し、タイは異議を申し立てるようになる。中国が建設費を当初の予定から大幅に引き上げたことで2015年中の着工を断念し、タイの単独事業に変更の上、タイ側が主導権を握るようになった。とはいえ、中国ベースの計画を修正する必要もあり、工事の着工は遅れている。

(ハ)戦前はヨーロッパからの調達が中心であったが、1930年代から日本製の鉄道車両の発注が進んだ。終戦直後、日本がタイからコメを大量輸入するようになったのに対し、タイは車両を欲した為、コメと車両を交換する形で多くの車両が日本からタイへ輸出された。1950年代以降も世銀借款や円借款を活用して日本製の車両が購入され、戦後から現在に至るまでに国鉄が調達した車両の44%を日本製が占めるほど、その数は急増した。しかし、1990年代からは中国製の車両が増え始め、2000年代には輸入車両のほぼ全てが中国製となった。また、バンコクの都市鉄道でも中国製の車両は増加傾向にあり、中国製のBTS(緑線)やBTS(金線)といった都市鉄道車両が増備されているように、今後バンコク都市鉄道の最大の車両調達先は中国となる見込みである。

(ニ)中国が存在感を増している背景として、以下の5点が指摘できる。①タイ側から見れば、中国は採算性を気にせず協力する可能性が高い、②中国がタイの現政権と同様に非民主的な統治体制である、③中国に対抗する他国の関心を引き寄せられる可能性がある、そのような④他国の姿勢を梃子にして迅速な計画実行が可能となる、そして他方、⑤中国側から見れば、海外の鉄道整備計画への参入を通じ一帯一路の実現が期待できるからでもある。実際、2000年代以降、中国車両以外の応札が皆無となっている。

(ホ)タイには、古くから特定の国家と関係を深めることを避けるという伝統がある。事実、高速鉄道事業(東北線)においても、当初は中国主導であったことに異議を唱えてタイ主導へ転換し、対中依存を減らすよう努めている。また、導入したばかりのディーゼル機関車の故障をはじめとした中国製車両に対する不信感もあり、中国の言いなりにはならないという思いがある。

(ヘ)しかし、中国主導のラオス中速鉄道が予定通り5年間で完成した一方で、タイ主導の高速鉄道は遅れている。また、本年2月には中国製ディーゼル機関車20両が新たに到着し、バンコク都市鉄道2線へ中国製車両が導入された。今後もタイ国内で中国製車両が一層増えていくと思われる。タイは鉄道車両工業を誘致して産業の育成を図るが、その誘いに応じるのは中国企業だろう。

(以上、文責在事務局)