このほど、当フォーラムが令和2年度より実施している研究事業「『多元的グローバリズム』時代の世界の多極化と日本の総合外交戦略」の分科会「ユーラシア・ダイナミズムと日本外交」の一環として、ドイツ文化外交研究所(Center for Cultural Diplomacy Studies : CCDS)の研究部長であるキショール・チャクラボルティ氏をゲストスピーカーにお迎えし、「一帯一路」構想等を通じて影響力を増す中国の地政学的意図を正確に見極めつつ、ユーラシア地域のグローバルサプライチェーンの今後について考えるための機会として、Zoomウェビナー「中国の地政学的意図とグローバルサプライチェーンの今後」を下記1.~4.のとおり開催した。主な議論概要は、5.のとおり。
記
- 日 時:2021年12月16日(木)18:30~20:00
- 開催形式:Zoomウェビナーによるオンライン会合(一般公開)
- 言 語:日本語・英語の同時通訳
- プログラム
[司 会] 高畑 洋平 日本国際フォーラム主任研究員 [議 長] 渡邊 啓貴 JFIR上席研究員/帝京大学教授 [基調報告] キショールチャクラボルティ ドイツ文化外交研究所研究部長 The Role of Trade & the Supply Chain in China’s Geopolitical Goals リードコメント 三船 恵美 駒澤大学教授 コメントA 宇山 智彦 北海道大学教授 コメントB 杉田 弘毅 共同通信特別編集委員 コメントC 土屋 大洋 慶應義塾大学教授 コメントD 廣瀬 陽子 慶應義塾大学教授 「自由討論」 参加者全員 「総 括」 渡邊 啓貴 - 議論概要
(1)キショール・チャクラボルティ氏による報告
中国は、2001年のWTO加盟以来国家として豊かになり、社会建設を行い、国際社会での地位も向上し、米国の有力な競争相手になった。そして2030年までに名目GDPは第一位になり世界経済を支配すると言う統計もある。ある研究曰く、中華帝国は歴史的に、一定期間続くと負債が増えインフラが起こり、革命や戦争に至るという一定のパターンを経て新しい秩序に置き換えられる。その際、教育、貿易、イノベーション、技術、生産高、競争力、金融、軍事力、外貨準備金の状況が大きく関係する。米国は大部分の分野で衰退傾向にあるが、イノベーションテクノロジーと外資準備金は順調である。一方中国は、イノベーションテクノロジーと軍事を急成長させている。
デカップリングの問題は、貿易摩擦だけではない。米国は、中国市場へのアクセスが制限され、多くの産業で中国に知的財産を盗まれていると主張し、中国への市場閉鎖など独自の対策を行っている。しかし中国の経済基盤は強い。世界貿易最大シェアのEUとほぼ同規模で、通貨は比較的安定し、外貨準備高は4兆ドルに達し、国際的な債務問題を抱えていない。世界の銀行のトップ10の第一位を含む多くが中国の銀行である。この状況が続けばドルの基軸通貨としての価値が下がるであろう。
中国国内の深刻な債務問題で建設業者や住宅事業が倒産している中で、中国はグローバルバリューチェーンに依存している。それは、中国で製造したものを輸出し、各地域で消費される仕組みである。自転車1台でも様々な地域の多くの部品を組み立てて完成するのであるが、製造業は最も付加価値が低く、高い価値は製造の前後で生じる。スーツの場合、製造コストは全体の9%、知的財産権が91%である。つまり、殆どの価値が中国ではなく米国で生じている。半導体チップの製造過程はより世界を巻き込む複雑なものであるが、管理者として殆どの利益を享受するのは日本や欧米である。そして現在中国は、このようなグローバルバリューチェーンにおける付加価値の高い産業への進出を狙っている。現に、中国で特許が生み出され、ハイテク分野の支配権を獲得し始めた。5~10年の遅れをとっていると推定される半導体分野でも、大規模な投資により生産能力が急拡大している。これに対して米国は、中国の重要性を阻止すべく様々に仕向けている。
世界最大の貿易輸出入を行うEU諸国が直面しているのは、①マクロ(政治的、財務的)、②貿易(サプライチェーン)、③イノベーション(研究開発や規格など)、④デジタル(データガバナンス、ネットワーク機器と通信事業)の4分野におけるデカップリング問題である。中国は、2025年計画として、戦略的に重要な産業とハイテク分野における置き換えを目指している。欧州企業は既に、ビジネスクラス、エコノミークラス、貨物室の三カ所へ分けられている。ビジネスクラスには中国を歓迎する企業が、エコノミークラスには経済的に重要性の低い企業がいて、貨物室には、中国市場から締め出された戦略的ハイテク企業などが閉じ込められている。中国は2001年のWTO加盟時に同意したことを遵守せず保護主義に走り競争相手である先進国の企業を締め出しているが、それを続ければ、ナレッジ産業やインフラ面で中国自身が甚大な不利益を被るであろう。複数の産業セクターにまたがる場合の中国の平均的な生産性は、先進国の僅か3割であると言われている。イノベーション分野で高い成長率を示す無形資産への投資を、中国は諦めることになるのである。
なお、このテーマにおいて、貿易や経済と政治的問題とは切り離せない。中国がデカップリングの様々な問題を引き起こす中、日本が第二次世界大戦後初めて海上自衛隊に空母を追加しつつある等、近隣諸国は暗黙の危機に対して軍備を増強している。今後10年間で中国は台湾を軍事力で併合すると考えられるが、その際の対応について、アジア地域で米軍基地を有する米国の同盟国は、重大なジレンマに直面するであろう。
(2)リードコメント:三船 恵美 駒澤大学教授
米中間の緊張が高まれば、軍事的な戦争に至らないまでも、中国によるサプライチェーン遮断などの可能性がある。中国に依存した経済安全保障のリスクへの備えとしてChina+1という、他国にも進出することによるリスク分散の動きがある。この状況において、中国の地政学的狙いを見極め、ユーラシア地域のグローバルバリューチェーンについて戦略的方策を見据えることは重要である。
中国は、米中関係改善の見通しが立たない中、EUに期待しているが、EUは、中国が米国からの制裁への対抗措置として今年3月の14次五ヵ年計画に国家の戦略的支柱として盛り込んだ「自立自強」の取り下げを要求している。これに関する次の3点について欧州の反応を知りたい。
第一に、自立自強が中国の地政学的野心に基づくグローバルバリューチェーンと明らかに矛盾していることについて、どう考えるか。米国は、中国が2015年に、イノベーション、デジタル化、国産化の3点を中核として「中国製造2025」を提唱し、的財産権の侵害や強制的な技術移転を行い、M&Aで日米や欧州の先進技術企業を買い漁った際に一気に警戒心を高めたが、欧州はどうか。第二に、中国の経済発展は急拡大したグローバルバリューチェーンへの積極的な参加によって実現したのであり、アジア周辺国との分業を縮小すれば、中国の影響力も低下する。自立自強政策の末に中国の付加価値が低下すれば、アジアの地政学としては望ましい結果になり得るという考え方は、欧州には無いのか。第三に、中国が知的財産を生み出す力は欧米には及ばないため、自立自強による中国の損失は経済的にも地政学的にも甚大ではないか。
また、台湾問題について3点コメントする。第一に、台湾が「1つの中国政策」からの脱退等挑発的な行動を取れば、中国は報復措置としてサプライチェーンを遮断し得る。すると台湾の半導体に依存する産業界の他、半導体を用いる電子製品の供給不足、それによる通信や情報サービス業での雇用喪失等への影響も大きい。第二に、国連が尖閣諸島付近の海底油田や天然ガスの存在を公表した途端、台湾当局は尖閣の所有を主張し、次いで中国政府も同様の主張を始めた。つまり台湾のせいで日本が中国に狙われ始めたが、台湾は有事の際に日本が味方してくれると信じている。また、台湾有事に際して中国は、自衛隊と米軍の力を分散させるために朝鮮半島も混乱させ得るであろう。つまり台湾有事は日本有事でもある。第三に、EU諸国は米国と同盟関係にあるが、2000年代後半以降のドイツの輸出産業は特に中国に依存している。台湾有事での振舞い方について欧州では何が議論されているのか。
また、米中の輸出に占めるアジア周辺地域における対GDP比率を見ると、台湾、ASEAN、韓国では、米国より中国への輸出に占める比率が高く、アジア諸国は中国のサプライチェーンと一体不可分である。米国が脱中国依存を唱えても、中国並みの生産能力が無いASEAN諸国には中短期的な生産移管は無理である。アジア諸国には中国に代わる選択肢があり得るのか引き続き考える必要がある。
(3)意見交換
上記(1)~(2)を踏まえ、出席者間で意見交換が行われたところ、テーマ別に下記(イ)~(ニ)の論点が提出された。
(イ)米中対立について
- 19世紀以降、新興大国に対し既存の大国が経済的技術的に抑え込みを図ることは度々起こった。米国はソ連にも日本の急速な経済成長にも対抗した。ソ連は自国の経済に問題を抱えていたため自滅したが、日本に対しては、米国が圧倒的に優位であるという立場から様々なルールや考え方を強いる形で勃興を抑えた。一方、同盟国ではないため米国のルールを簡単には飲まない中国に対してどう対抗し得るか、経済成長と技術成長の勢いがある中国を本当に抑え込めるのか、今後の米国の動きに注目する必要がある。(宇山メンバー)
- バイデン政権の中国政策はサプライチェーンに焦点を当てたもので、中国共産党への姿勢が軟化したと言われている。米中の代表団による外交や貿易についての会議で両者の言い合いに終始したことは、いかに統率が取れていないかを表している。政策内容自体はトランプ政権とほぼ変わらずバイデン政権独自の進展は見られない。つまり、米国は引き続き中国のサプライチェーンからの離脱を目指し、軍事的に重要な半導体産業における中国の強大化を警戒している。(杉田顧問、チャクラボルティ氏)
- 最近バイデン政権が主催した民主主義サミットでも、米中対立が、世界の民主対反民主という冷戦的世界の二極分化を招いている印象である。(廣瀬メンバー)
- 中国には同盟国がないため米中の対立状態が深刻化したら中国を全面的に援助する国はないという見方もあるが、一帯一路政策はそれを考慮して進められており、経済面で中国に依存したら、ほぼ中国の政治的主張に合意せざるを得ないのが現状である。現在68歳の習主席が毛沢東らの様に中国再統一を目指すなら、今後10年以内にグローバルな権力を得るために世界全体で問題を起こすであろう。ハイテク分野でのデカップリング加速はその一環であり、台湾有事に陥っても、クリミア侵攻時のロシアへの制裁と同じことを、グローバルバリューチェーンの一部である中国に対して行うことは難しい。(宇山メンバー、チャクラボルティ氏)
(ロ)ロシアとの関係について
- ロシアでは、米中対立についての議論は日本ほど盛んでないが、今後対立が更に深刻化した場合の立場について、なるべく巻き込まれないようにするか、むしろ米中が輸出しにくくなったものを担って利益を得るかという両方の見方がある。(宇山メンバー)
- 2014年にロシアがクリミアを併合して以後、欧米は対露制裁を強めている。それまでロシアはソ連時代を含め、国内かソ連圏内で武器を調達していたが、ウクライナから部品を調達できなくなり、若干欧米から調達したがそれもできなくなり、軍事と宇宙の分野で大打撃を受けて立ち行かなくなり、多くの部品を中国から輸入して現在に至る。そう考えると中国が世界の大きな軍事潮流を握っている。(廣瀬メンバー)
(ハ)経済圏と貨幣の問題について
- 経済圏と言っても国同士の貿易や経済的連携であり、中国を信頼し貿易やサービスで連携する国々にとっても、何らかの自由で開かれた国際秩序があった方が良いはずであるが、中国がそのような秩序をどのくらい維持できるか疑問である。現に東欧諸国では中国への懐疑的な見方が強まっている。(杉田顧問)
- 国際貿易上の取引では今も米ドルが主流である中、米国は近年、冷戦時代と異なり、ドルを使わせないという経済制裁を多用しており、中国とその関係国に対してもそれを最終手段として持っている。通貨ドルが戦略的ツールとなった今、中国中心の経済圏は発展し得るのか疑問視する見方がある。一方で、中国は全ての貿易を中国元で行うつもりで、既に、政治的に対立する豪州、ラトビア、リトアニアなどに制裁をし、大部分のアジア諸国が、軍事的には米国との関係が強くても、市場規模やグローバルなバリューチェーンの強さゆえに、貿易に関しては中国を好んでいるという現状がある。(杉田顧問、チャクラボルティ氏)
- 中国は近い将来にデジタル人民元を作る予定と言われている。それは経済体制を弱体化し混乱させ得るようにも思えるが、引き続き注視していきたい。(土屋メンバー)
(ニ)欧州の対応について
- ドイツはメルケル時代から経済外交を強調して中国に接近している。欧州では、接近して変えていく西ドイツのデタント政策が冷戦の終結に貢献したと言われているため、欧州はそのような観点から中国や太平洋の様々な混乱に接触しているのかもしれない。但し、これは非常に複雑な問題で、人権を主張するドイツの新首相の下での今後の展開に注目すべきである。欧州にとって中国は、米国がかつてそうであったように、協力相手でもあり競争相手でもあり他の分野では反対もするような関係となる可能性はある。(渡邊主査、チャクラボルティ氏)
- 中国とEUが結んだ投資条約は、全くウイグル自治区や香港問題に取り組むものではないなど多くの問題を孕むものであった。対中関係に関しては貿易や経済と政治的問題とを切り離さず議論する必要がある。今後5年間で、相互に全く依存しない形で米中それぞれのバリューチェーンができた場合にどう対応すべきかという難問に、各国は向き合っていかなければならないであろう。(チャクラボルティ氏)
- 欧州にとって、中露が戦略的パートナーとして接近傾向にあることは問題であり、それを引き裂くためにマクロンはロシアに接近したと思われる。一方、中露の緊密化の最大要因は共通の敵の存在であるが、両者の間で本当に利害が共通しているのか疑わしい。中国にとってロシアは、市場としても、世界的影響力に関しても、EU程重要ではないはずである。一方、現在欧州はウクライナ問題に大きく揺れている。紛争が起こった際、ロシアに対する制裁では不十分という状況になることは間違いないが、そこでEUやNATO加盟国はどうするか現時点では不明であるが、これは非常に重要な問題である。(渡邊主査、チャクラボルティ氏)
(文責、在事務局)