公益財団法人日本国際フォーラム

1.はじめに

大型海藻(以降、海藻と呼ぶ)類は、気候変動緩和に貢献するブルーカーボンとして国際的に注目度が高まっている。一方、バイオエネルギーや新素材、創薬開発等、新たな資源であるブルーリソースとしての活用も期待されている。今後10年から数十年で洋上風力発電と組み合わせた沖合域での大規模養殖の開発も予想される中、国際社会の中で海藻類に係る科学、政策、産業利用の制度的枠組みや社会実装を推進する上でのポイントを整理する。

2. 大型海藻類とは

海藻(あるいは大型藻類。英語でMacroalgaeもしくはSeaweed)とは、肉眼でも容易に観察できる多細胞の海洋植物を示す。アマモの様な海草類は葉や根、茎を持ち種子で繁殖するが、海藻類はこれとは異なり、明確な根、茎、葉の構造を持たず岩に固着して生息し、胞子によって繁殖する。海藻は、真核藻類である紅藻(ノリ)、緑藻(アオサ、ミル)、褐藻(コンブ、ワカメ)と、原核生物であるラン藻類に分かれる。植物プランクトンの様な顕微鏡で無いと見えない微細藻類(Microalgae)とは異なる。

日本を始め中国、韓国など東アジアでは、海藻が長らく食文化の中で利用されて来た。大宝律令(701年)、日本書紀(720年)、万葉集(759年)でも海藻に言及があり、ノリ、コンブ、ワカメなどは養殖技術も確立され、日本の歴史、文化に根付いている。一方、西洋では事情が異なり、海藻を海の雑草(sea weed)と見なし、忌み嫌ってきた歴史もある。これは西洋文化の多くを生み出したギリシャ・ローマ人の影響が大きいと言われている[1]。彼らにより海は生きて戻れない場所であり、ギリシャの海の髪ポントスや海の女神タラサの髪は海藻出てきており、船乗りを誘い、死に至らしめた。こうした歴史が、西洋文化が海藻を重要視してこなかった背景にあるとされる。ただしこうした海外の海藻に対する見方も、近年大きく変わって来ている。

3.海藻の持つ多様な環境価値と課題

2010年代より、海藻の持つ様々な環境価値に対し、国際的に注目が高まっている。気候変動対策、人間や家畜への栄養供給、創薬、不平等の解消、生物多様性保全、等である。海藻が吸収、固定する二酸化炭素をブルーカーボン[2]と見なし、そのポテンシャルを科学的に把握しようとする動きが活発である。Krause-Jensen & Duarte (2016)[3]によると、海藻の純一次生産量のうち11%が水深1,000 m以深の深海に隔離されていると推定された。この推定値は、被子植物を中心とした沿岸生息地での炭素貯留量(従来から指摘されている海草藻場、マングローブ林、塩性湿地によるブルーカーボン量)を上回る可能性が指摘された。

世界では、2000年以降、海藻の生産量が急速に拡大しており、多くは海藻養殖の増加によるものと考えられる(図1)。特に中国、インドネシアの生産量が大きく、東アジア、東南アジアが生産の大半を占めている。ヨーロッパや北米での生産は報告が限られているが、海藻養殖は気候や環境にやさしいバイオエコノミーの発展のために、その推進とモニタリングに注目が高まっている。海藻から抽出される寒天、アルギン酸塩、カラギーナンは食品や医薬品の増粘剤、ゲル化剤等の添加物として広く利用されている。その他、水産養殖の魚用飼料中に海藻配合物を利用する、或いは家畜の飼料や農業用肥料として海藻を活用する等、様々な利用が検討、実践されている。

ここで陸上活動での海藻利用について、いくつか特筆すべき事例を紹介したい。海藻は農業用土壌の改良や植物の生長促進のために、何世紀にもわたり利用されて来た[5]。海藻成分は、種子の発芽と根の発達を促進し、耐凍性、耐乾燥性、耐塩性を高め、栄養吸収を増加させ、植物病原性真菌、昆虫、その他の害虫を防除する。また海藻は、陸から沿岸水域に流れる窒素やリンなどの栄養分を吸収するが、海藻を肥料等に利用することで、これらの栄養分を陸に戻す役割も果たす。日本でも、1950年代に土地が荒廃し漁業生産も落ち込んだえりも岬地域で、草本緑化を進める際に種子を播いたあと、飛砂と乾燥防止を目的として雑海藻が利用され、緑化の促進に繋がった例がある[6]。この結果、落ち込んでいた漁業生産、海藻生産も回復した[7]。海藻は家畜の餌料としても利用されており、最近の研究からは紅藻の一種であるカギケノリ(Asparagopsis taxiformis)を飼料に2%混ぜると,牛などの反芻動物からのメタン排出量を最大99%削減できることが示されている[8]。未利用海藻のノコギリモク(Sargassum macrocarpum C. Agardhという褐藻の一種)を家畜に与えることで、豚の免疫力向上や鶏の卵黄濃化が確認されたという研究[9]や、褐藻の一種を与えることで牛の腸管免疫系を活性化するという研究例[10]も示されている。

海岸に打ちあがる海藻を、バイオ燃料や肥料に変える取組も進んでいる。アフリカ西海域やメキシコ湾等の大西洋では、サルガッサム (Sargassum natansおよびS. fluitans)という浮遊性の褐藻が大繁殖し、カリブ海やメキシコ沿岸のビーチに打ちあがり観光や漁業、生態系に悪影響を与えている[11]。海藻大繁殖の原因として、アマゾン川からの栄養塩供給量の増加や、アフリカ西岸の海洋環境変化に伴う湧昇流増加で栄養塩供給量が増加したことが指摘されている。この海藻を、従来とは異なり真水による洗浄や乾燥を必要としない省エネ・省コストな方法として、酸性と塩基性の触媒を使用し糖を取り出すという処理法で、燃料や肥料に変える研究が英国で進められている[12]

海のバイオ燃料は、陸と比べると環境への悪影響が少ない可能性も指摘されている。陸では森林を伐採し、バイオ燃料用の畑を作る必要がある。食料用の農作物をバイオ燃料用に変えることで、農作物の価格高騰にも繋がる。海藻に関しても食用としての海藻利用の妨げにならないように注意しつつ、バイオ燃料としての海藻利用が促進されることが望まれるという指摘もある。

海藻は海の生物多様性にも重要な役割を果たす。特に大型のケルプ林は、生態系の基盤を形成する。仔稚魚の揺りかごとしての機能も重要である。海藻養殖の約40%をなすケルプは、エコエンジニアとして重要な役割を持つ。特に仔稚魚の揺りかごとしての機能が重要である。海藻養殖は天然海藻を取らずに残し、ハビタットを残すことも可能である。養殖海藻は富栄養化対策にもなり、水中から窒素、リンを取り除く。他方、海藻養殖を増やし過ぎると、底層の貧酸素化に繋がる可能性がある。養殖に使うプラスチックやロープが海ごみを増やす可能性もある。海藻や海草、サンゴ等の元来ある生態系との空間の競合、栄養塩や光の取り合いは防ぐ必要がある。外来種の導入や遺伝撹乱、グリーンタイドの発生にも留意が必要となる。

以上に述べた海藻の持つ多様な環境価値、便益と、海藻養殖の規模を拡大する上での留意点・課題を表1にまとめた。

4.海藻の環境価値を最大限発揮するための展望と必要なルール

上述の通り海藻の持つ多様な環境価値への期待もあり、海藻の生産量は今後大きく成長する可能性がある。既に中国は世界一の海藻養殖国として、マコンブ(Saccharina japonica)や ワカメ(Undaria pinnatifida)の養殖を大規模に展開しているが、未だ現在の技術は単純な構造物に基づいており、養殖活動の潜在的な面積の一部に制限されていると言われている[13]。中国では、気候変動がこれらの海藻に及ぼす影響の知見を蓄積していくのと並行し、機械化やストレスに強い新種の開発により養殖面積を大幅に拡大し、海藻と水生動物の統合養殖、洋上風力発電と養殖空間の両立を目指すという方向性が模索されている。

ヨーロッパでも近年、海藻への関心が高まっている。2020年のFAOによる統計では、ヨーロッパでの海藻生産量は世界の1%に満たない。しかし、例えばノルウェーはヨーロッパ第一の生産量、生産業者数を有し、国をあげて海藻を用いた研究開発や産業化の振興を通じたバイオエコノミーの発展を目指している[14]。2019年には政府がノルウェー海藻バイオリファイナリープラットフォームを設立し、持続可能な産業化を目指し5年間のプロジェクトを進めている[15]

こうして世界的に海藻への注目が高まるにつれ、海藻のもたらす便益の共有や産業化の拡大に向け、今後ルール作りや規制が重要になる。海藻の二酸化炭素吸収源(ブルーカーボン)機能を強化するためには、海藻の吸収源や排出削減効果が公式に認められ、海藻への投資が促進される必要がある。海藻の炭素貯留量を測定するための基準の開発を進め、それを基に海藻の炭素クレジットを推進することが望まれる。また国連気候変動枠組条約(UNFCCC)レベルで、海藻の炭素吸収源としての役割を認識し、今後のCOPでの議論の一部にすることが鍵になると指摘されている[16]

産業化の拡大においては、食品安全、生産安全(労働者の安全を含む)、環境安全の基準(モニタリングと報告の勧告等)を作るために、規制や認証制導入の必要性を指摘する声がある。Safe Seaweed Coalitionという世界的なパートナーシップも作られ、海藻の産業化の推進とともに、消費者、労働者および環境への安全性が追求されている[17]。中国の研究者は、中国、日本、韓国等の天然および養殖昆布資源の管理と保全、安全性(組み換え遺伝子の流出等)を強化するために、科学的協力を公式に強化、支援するための幅広いプラットフォームを開発する必要を訴え、東アジアケルプコンソーシアムの設立を提言している[18]。こうした世界的、地域的なルール策定の動きが今後数年で加速することも考えられる。

5.おわりに

本論考では、海藻の持つ環境価値を解説するとともに、その価値を最大限に発揮するために今後必要となるルールや規制に関して、世界の流れを簡単に概観した。日本は世界に先駆けて、海藻藻場の保全・再生による二酸化炭素吸収増加に対しカーボンクレジット制度を作り、社会実証が進められている[19]。また今後国際的に重要性が増すと考えられる、養殖を含む海藻の炭素貯留量を測定するための基準の開発についても、「農林水産分野における炭素吸収源対策技術の開発」課題のもと、藻場形成・拡大技術の開発と共に、令和2年度から5年間のプロジェクト研究が進められている[20]。こうした研究成果をもとに、日本には海藻のブルーカーボン分野での科学に基づく国際的なルール策定を推進していくことが期待される。

他方で、産業化の推進に関して、国や民間企業、漁業者も含めた国内体制を構築し、世界的な規制や認証制導入の議論や、東アジアでの地域組織設立の動き、Safe Seaweed Coalitionの様な世界的なプラットフォームでのルール策定にも日本をあげて関与していくことが望まれる。こうした海藻による気候変動対策と海洋環境の持続可能な利用を通じ、我が国が新たな海洋世論の創成に積極的に貢献することが重要と考えられる。

(了)