公益財団法人日本国際フォーラム

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公開ウェビナー「ロシア・ウクライナ情勢への日米欧の対応」

当フォーラムの実施する「『自由で開かれたインド太平洋』時代のチャイナ・リスクとチャイナ・オポチュニティ」研究会内,欧州班公開ウェビナー「ロシア・ウクライナ情勢への日米欧の対応」が,下記1.~4.の日時、場所、登壇者、参加者にて開催されたところ、その議論概要は下記5.のとおり

  1. 日 時:2022年2月24日(木)17:00-19:00
  2. 場 所:オンライン形式(ZOOM)
  3. 登壇者:
    岩間 陽子 政策研究大学院大学教授
    合六 強 二松学舎大専任講師
    鶴岡 路人 慶應義塾大学准教授
    東野 篤子 筑波大学准教授
    細谷 雄一(司会) 日本国際フォーラム上席研究員/慶應義塾大学教授
  4. 参加者:485名(登録数)

  5. 議論概要

冒頭、渡辺まゆ日本国際フォーラム理事長より開幕挨拶、細谷雄一欧州班・班長より趣旨説明がなされた後、登壇者による報告および全体討論が行われた。概要はつぎのとおり。

(1)登壇者による報告

岩間陽子 政策研究大学院大学教授による報告

  ドイツの立場から見ると、今回の危機はドイツ統一達成以前からドイツ社会民主党(SPD)内部で脈々と継承され続けてきた「ブラント外交の連続性」を破壊する出来事であったと評価できる。東側と対立ではなく共存を目指すことを基本としたブラント首相(当時)は、安全保障・経済あらゆる面で東側への歩み寄りを図った。特にエネルギー分野での協力には力を入れており、今回争点となったノルドストリーム2は、相互依存関係を深めることで平和を達成するというSPDが重視してきた価値観の象徴的存在であった。その点を考慮すると、先日ショルツ首相がパイプラインを制裁に加えると決定したことは大きな転換点であると言える。ミンスク合意の不履行などを受け、「ロシアは半世紀あまり続いてきた共通の理解を全て踏みにじっている」という認識がSPD内部で広まり、ロシアは歴史的に自国に最も宥和的であった政党を敵に回すこととなった。その結果、ドイツ国内だけでなく、独米、さらには欧州内部も完全に足並みを揃え団結する形となったのである。このように、今回のロシアの行動は対ロ依存の高かったドイツ外交の伝統を転換させるとともに、欧州の安全保障に大きな変革をもたらすものとなった。

合六強 二松学舎大専任講師による報告

 現在我々が目撃している出来事を、「2014年から現在」という短期的スパンの中で位置付けると、「ミンスク合意に基づく和平実現」という関係諸国がこれまで目指してきた方針の否定であると評価できる。同合意をめぐっては履行プロセスが締結当初から停滞していたものの、「これが平和的解決の唯一の道筋である」という認識はロシアを含め各国で共有されていた。東部2州のロシアが支える武装勢力が支配していた地域に「特別な地位」を与えるなど、本来であればロシアに有利な条件が多い内容であったが、そのロシア自らがゲームチェンジを行い、主要都市の軍事的制圧やゼレンスキー政権の転覆など、より強硬で新しい目標へと向かっているのだと言える。
 他方、「冷戦終結から現在」というより長期的な時間軸の中で考えると、今回の出来事は「ポスト・ポスト冷戦時代」の欧州安全保障体制の構築に向けた動きの始まりであると評価できる。冷戦終結以降、ロシアへの関与を模索することで関係を維持するというのが欧州の基本的方針であった。しかし、2014年のクリミア危機以降、このような姿勢に限界があるという認識が広まった。そのような中で、独仏のようにNATO-EU体制を基軸としながらもロシアと一定の関係を模索しようとする勢力と、ポーランドやバルト三国のようにロシアに対する脅威から、「ポスト・ポスト冷戦時代」の新たな安全保障体制を構築すべきだ考える勢力の間で温度差が生じるようになった。今回のロシアの行動は、「ポスト・ポスト冷戦時代」に向けた安全保障体制の模索へと欧州全体を向かわせる契機となるのではないか。ここに独仏をはじめとする中心国がどのように関与するのか注視していきたい。

鶴岡路人 慶應義塾大学准教授による報告

 まず前提として確認すべきは、他国を武力で脅すということは本来決してあってはないことであるという点である。民族的同一性を根拠にウクライナの主権を否定するようなプーチン氏のレトリックは非常に危険であり、このような主張がまかり通れば世界中が戦争になってしまうだろう。今回のロシアの行動は既存の国際秩序・原理原則に挑戦するもので、いかに受け入れがたいものであるのかを我々は強く認識すべきである。
 また、そもそもウクライナのNATO加盟は差し迫った問題ではなく、それ自体が今回の軍事侵攻の根幹的な原因ではない。むしろ、ウクライナが政治的にも経済的にも民主化し、ますます西欧諸国に近づいていることへの危機感が中心的な要因だったのではないか。しかし、そのような「ウクライナの民主化」を引き起こしたのは2014年のクリミア問題であり、プーチンこそがウクライナを欧州に追いやったのだと捉えるべきだろう。今回のウクライナでの出来事が今後どのような結末を迎えるのかは定かではないが、少なくともウクライナがより親露的になることはあり得ないだろう。今回の事態はまさに2014年以来プーチンが繰り返してきた「オウンゴール」をさらに推し進めるものなのである。

東野篤子 筑波大学准教授による報告

 プーチンが一体何を求め、目指していたのかという点について、これまでのところ専門家や研究者、そしてメディアなどで指摘されていた論点は主に以下の3点である。第一に、ミンスク2のロシア的な解釈による履行。第二に、ウクライナのNATO加盟阻止の実現。そして、第三にウクライナを弱体化させ、属国化すること。第一についてはプーチン自らがミンスク合意に基づく交渉を否定したことからこの可能性は低く、第二についても、NATO側が認めるはずがないとロシアも認識しているため可能性は低いと考えられてきた。現在の状況を踏まえると、第三のレベルまでプーチンが求めているのだと考えられる。すでに他の登壇者も述べたように、プーチンは既存の国際秩序を自らにとって都合の良いように大きく書き換えようとしているのである。
 また、今回の事態は欧州にさまざまなインパクトをもたらしたが、そのひとつに、「外交の有効性」の限界を露呈させたことが挙げられる。ここに至るまで独仏を中心に外交による解決が模索されてきたが、ロシアはそれらをことごとく否定した。外交の力に過信する従来の姿勢を見直し、そもそもロシアがどのような国なのか、どこまで互いに合意できていたのかを厳しく問い直す局面に来ている。日本も「ロシアとの関係が壊れないように」という点に固執した曖昧な姿勢は避けるべきであり、将来どのようなコミュニティに属すのかという点を真剣に考えるべきである。また、今回の危機によって再び欧州で大量の難民が発生するというのも重大な問題であり、これにどのように対処するのかは今後の課題となるだろう。

(2)全体討論

司会の細谷雄一教授より、以下3つの論点が提示されたのち、約30分にわたって全体討論が行われた。主な論点は以下の通り。

【論点】
①今回の軍事侵攻が今後、欧州の国際秩序にどのような影響を与えるのか。
②日米欧はこれまでどのように対応し、そこにはどのような問題があったのか。
③インド太平洋地域あるいは日本にどのようなインパクトをもたらしうるのか。

  • 日米欧は今後、ロシアに対して非常に厳しい制裁を科す必要があるだろう。特にロシアの中心的な収入源であるエネルギー分野で圧力をかける必要があり、ベラルーシも含めてより多くの国がロシアのガス・石炭を購入しないように持ち込む必要がある。また、中国の役割も非常に重要であり、中国もロシアに対して非難を行う側に加わることを期待している。しかし、もしもロシアと手を結ぶ道を選択するならば、中ロの「悪の枢軸」対西側諸国という対立構図が生まれ、日米欧さらにはオーストラリアなどと連携しこれに対処する必要がある。いずれにせよ,まだしばらくは中国に判断を下すまでの時間が与えられている。(岩間陽子 政策研究大学院大学教授)
  • 今回ロシアが行動に出たマクロ要因として、ここ数年の米国の内向き傾向とインド太平洋地域への傾斜などが挙げられる。それに加え、バイデン政権のもとで対中政策を重視し、ロシアと安定的で予見可能な関係を構築しようとしたことが今回の事態につながったのではないか。バイデン政権前には、民主党系の指揮者の間で「逆キッシンジャー外交」をすべきだとの議論が出ていた。これは、中国を封じ込めるためにロシアとの関係を一定的に安定させるという考え方である。ソ連を封じ込めるためにキッシンジャーが行った対中関係改善の逆バージョンということである。バイデン大統領も、この「逆キッシンジャー外交」の方針をとったようにみえる。米国の方針は「中ロ対立の存在」という前提条件がないまま進めてしまった点で問題であり、ロシアを押さえ込むどころかむしろ利益を与えてしまっている。(合六強 二松学舎大専任講師)
  • 米欧の対応について、まず米国のインテリジェンスの見立ては非常に正確で、これは評価すべきである。また、制裁についても、一部では「足並みが揃っていない」と批判されているが、実際には相当事前に準備されており、この点についても前向きに捉えられるのではないかと思う。他方、今後中国がロシアに対してどのような形で支援を行うのかという点では注意が必要である。2014年から8年経った今、中国の経済力・技術力は飛躍的に向上しており、かつては中国のみでは米欧の制裁の埋め合わせに不十分であったが、現在の中国が仮にロシアを徹底的に支援するという立場をとったならば、それが日米欧の対ロ制裁にもたらす影響は非常に大きいだろう。(鶴岡路人 慶應義塾大学准教授)
  • 制裁について、日本国内では非常に偏った見方があるのではないか。「米欧の制裁は弱腰である」といった声をよく耳にするが、米欧の制裁は段階的に内容が定められており、初期段階の軽い制裁のみを見て安易に「弱腰だ」と判断するのは誤りである。仮に米欧の制裁が「弱腰」であるならば日本の制裁はむしろマイナスであり、その点についてはもう少し自覚的に考える必要があるだろう。また、インド太平洋地域との関連では、今回のウクライナ問題により、EUのインド太平洋戦略やこの地域における日本の役割に関する議論への関心が一気に低下してしまったのは残念である。今後の地域秩序に関わる重要な論点であるため、この議論をどのように再び盛り上げていくのかは注視すべきなのではないか。(東野篤子 筑波大学准教授)

以上、文責在事務局