公益財団法人日本国際フォーラム

はじめに

中国全国人民代表大会常務委員会は、2021年4月29日、改正海上交通安全法を可決し、同年9月1日に施行した。1983年の海上交通安全法と比較し、海上交通の安全管理を担当する交通運輸部に属する海事局の権限が大幅に強化された。

昨年2月1日に施行された中国海警法と同様に、この改正法の制定の目的は、「海上交通管理を強化し、海上交通秩序を守る」ことにとどまらず、「国家権益を守るため」(第1条)とされ、その適用範囲も、「中華人民共和国管轄海域における航行、停泊、作業その他海上交通安全に係る活動に、本法を適用する[1]」(第2条)と規定されている。つまり、海警法と同様に、「中華人民共和国管轄水域」という曖昧な文言を用いることによって、中国が自らの領海と称する尖閣諸島周辺海域も南シナ海の九段線内の海域も適用範囲とされていることになる。

こうした中国の海上交通安全法の改正について、2021年4月30日、加藤勝信官房長官(当時)は、「政府としては、本法の施行によっては、わが国を含む関係国の正当な権益が損なわれることがないよう、関連する動向を含め、引き続き注視していく考えでありますが、中国側に対しては、こうした考え方について、昨日、外交ルートを通じてしっかりと申し入れを行ったところであります」と警戒感を表明した。

改正海上交通安全法の施行後の2021年9月8日、米国第7艦隊に所属する米海軍のミサイル駆逐艦「ベンフォールド」は、元々はフィリピンが領有していたが現在は中国が実効支配するスプラトリー(南沙)諸島のミスチーフ(中国名:美済)礁の「領海」12カイリ内で航行の自由作戦を行った。中国は、環礁であったミスチーフで大規模埋め立て工事を行い、2,700mの軍事滑走路と対空兵器、CIWSミサイルシステムや電波妨害装置を配備した人工島を建設した[2]

フィリピンが中国を訴えた南シナ海仲裁事件判決(2016年)で、仲裁裁判所は、「スービ礁、ガベン礁(南側)、ヒューズ礁、ミスチーフ礁及びセカンド・トーマス洲は、国連海洋法条約(以下、海洋法条約)第13条の意味における低潮高地である[3]」(1203項B(3)c)と判示した。海洋法条約第13条は、「低潮高地は、その全部が本土又は島から領海の幅を超える距離にあるときは、それ自体の領海を有しない」と規定しており、埋立てや構造物を建設し人工島にしたからといって、領海を設定できるわけではない。改正海上交通安全法は、南シナ海の「領海」を対象に、新たな海上識別規則を施行し、中国領海を航行する船舶に対して船名やコールサイン、位置情報、次の寄港地などの報告を求めるが、ベンフォードはこの改正海上交通安全法に従わず航行した。今回の航行の自由作戦は、ミスチーフ礁周辺の海域が国際法上領海とは認められないこと、さらに中国は自らの領海を航行する外国軍艦を事前の許可に服させることはできないことを示す行動であった。

これに対して、中国人民解放軍南部戦区の田軍里報道官は、「米国の行動は中国の主権と安全保障に対する深刻な干渉だ」として、「米国はリスクメーカーであり南シナ海における平和と安定の最大の破壊者だ」と主張した[4]

無害でない通航に関する改正海上交通安全法の規定

改正海上交通安全法は、無害でない通航に対して、「国務院交通運輸主管部門は、海上交通安全を維持し、海洋環境を保護するため、関係主管部門と共に、外国籍船舶による領海での無害でない通航を防止及び制止するために必要な措置をとることができる」(第53条)と規定する。たしかに、通航の無害性の要件が満たされない場合には、沿岸国は、みずからの領域主権に基づき、無害でない通航を防止するための必要な措置をとれる。なぜなら、無害通航の要件が満たされない場合、沿岸国は安全に関して包括的な主権を回復するからである。

海洋法条約は、「沿岸国は、無害でない通航を防止するため、自国の領海内において必要な措置をとることができる」(第25条1項)と規定し、これを確認している。もっとも、「必要な措置」の具体的な内容は特定されていない。通航の停止や退去要求ができることは明らかであるとしても、それ以上の措置がどこまで可能かは、事態の状況次第という面がある。

さらに改正海上交通安全法は、「次の各号に掲げる外国籍船舶が中華人民共和国の領海を出入りする場合、海事管理機構に報告しなければならない」として、「(1)潜水艇、(2)原子力船、(3)放射性物質その他の有毒有害物質を積載する船舶、(4)法律、行政法規又は国務院が定める中華人民共和国の海上交通安全を脅かす可能性のあるその他の船舶」(第54条)の4つの類型の船舶を掲げている。中国領海の通航にあたって事前報告をしていないこれら4つの類型の船舶は、無害通航権が否定される可能性が高い。さらに外国の政府船舶について、同改正法は、「外国籍の[政府]公務船舶が中華人民共和国の領海で航行し、停泊し又は作業をする際に、中華人民共和国の法律または行政法規に違反するときは、関係する法律や行政法規の規定に基づいて処理する。中華人民共和国管轄海域内における外国籍の軍用船舶の管理については、関連する法律の規定を適用する」(第120条)と規定している。事前許可を求めない外国軍艦のみならず、外国公船にも中国国内法の適用を及ぼす意図を有する規定と思われる。

また、今回の改正海上交通安全法は、「船舶は関連規定に違反して航行禁止区域に進入してはならない」(第44条)と規定する。海洋法条約は、「沿岸国は、自国の安全の保護(兵器を用いる訓練を含む。)のため不可欠である場合には、その領海内の特定の水域において、外国船舶の間に法律上又は事実上の差別を設けることなく、外国船舶の無害通航権を一時的に停止することができる」(第25条3項)と規定し、一時的停止を認めているが、同改正法には期限の定めがない。まして、改正海上交通安全法はその適用範囲を領海のみならず中華人民共和国管轄水域としているので、違反のおそれはさらに高まる[5]

外国軍艦の無害通航事前許可制の問題

問題は、海洋法条約が、軍艦を含むすべての船舶の外国領海における無害通航権を認めているにもかかわらず、中国の領海及び隣接区域法(1992年)が、「外国の軍用船舶は、中華人民共和国の領海に入る場合には、中華人民共和国の領海に入る場合には、中華人民共和国政府の許可を経なければならない」(第6条2項)と規定し、外国軍艦の中国領海の通航につき事前許可制度を採用していることである。

今回の改正海上交通安全法は、前述のように、「外国籍の[政府]公務船舶が中華人民共和国の領海で航行し、停泊し又は作業をする際に、中華人民共和国の法律又は行政法規に違反するときは、関係する法律や行政法規の規定に基づいて処理する。中華人民共和国管轄海域内における外国籍の軍用船舶の管理については、関連する法律の規定を適用する」(第120条)と規定している。本条の前半は、東シナ海でいえば、尖閣諸島周辺で海上警備にあたる日本の海上保安庁の巡視船を念頭に置いているように思われる。なぜなら、中国の「領海」で「航行し、停泊し又は作業する」政府公船は、あまり想定できないからである。さらに「中華人民共和国の法律又は行政法規に違反するときは、関係する法律や行政法規の規定に基づいて処理する」というが、海洋法条約は、「この条約のいかなる規定も、軍艦及び非商業的目的のために運航するその他の政府船舶に与えられる免除に影響を及ぼすものではない」(第32条)と規定し、政府公船に対する沿岸国の執行管轄権からの免除を認めており、それに違反するおそれがある。まして、軍艦に対しては、海洋法条約上、沿岸国に認められているのは退去要求に限られており(第30条)、「関連する法律の規定を適用する」との規定がそれ以上の措置を含意するのであれば、海洋法条約に違反することになる[6]。なお、尖閣諸島周辺海域で操業する日本漁船については、今回の海上交通安全法第92条の「外国籍の船舶が中華人民共和国の内水、領海の安全を脅かすおそれのある場合は、海事管理機関は、退去を命じる権限を有する」との規定を使い、操業停止を命じ、それに従わない場合は、同条は「海事管理機構は、法令に基づき緊急追跡権を行使することができる」と規定しており、拿捕の危険性が高まったといえる。

中国は、1997年6月7日の海洋法条約の批准時に、「中華人民共和国は、領海における無害通航権に関する国連海洋法条約の諸規定は、沿岸国がその国内法令に従って、沿岸国の領海における軍艦の通航に関して沿岸国からの事前の許可または沿岸国への事前の通告を外国に要請する沿岸国の権利を害するものでないことを再確認する」との解釈宣言を行った。中国の領海及び隣接区域法第6条2項は、この解釈宣言を国内法化したものである。

今回の改正海上交通安全法第121条で、「中華人民共和国が締結又は加入する国際条約のうち、本法と異なる規定がある場合は、国際条約の規定を適用する。ただし、中華人民共和国が留保する規定を除く」と規定する。仮に中国が外国軍艦の事前許可を求めることは、海洋法条約の批准の際に留保していると考えているとしたら、それは海洋法条約に違反することになる。なぜなら、海洋法条約は第310条で解釈宣言を許しているものの、第309条で留保を禁止しているからである。条約の法的効果を排除または変更する留保と、複数の解釈が可能な条約規定のうち特定の解釈をとることを示す解釈宣言とは区別されている。外国軍艦の領海通航にあたって事前の許可を求める自国の特定の解釈を条件とした条約参加という法的効果をもつ中国による「条件付き解釈宣言」は、その解釈が条約の文言または他の当事国の了解と異なる場合は留保であり、海洋法条約では禁止されている。

実際、外国軍艦の領海の通航に際して事前許可を求めるルーマニアの「ルーマニアは、沿岸国の安全の利益を守る措置(領海における外国軍艦の通航に関する国内法令を制定する権利を含む)をとる沿岸国の権利を再確認する」との解釈宣言については、ドイツは、1983年3月9日の声明において、「この条約のいずれの規定も、いずれかの特殊なカテゴリーの外国船舶の無害通航を事前の同意または通告に依存させる権限を沿岸国に与えているとみなすことはできない」と述べた[7]

海洋法条約は、第3節「領海における無害通航」において、Aで「すべての船舶に適用される規則」を、Bで「商船及び商業的目的のために運航する政府船舶に適用される規則」を、そしてCで「軍艦及び非商業的目的のために運航するその他の政府船舶に適用される規則」を置いている。無害通航権に関する諸規定(第17条~第25条)はAに置かれており、軍艦を含むすべての船舶の無害通航権を認める条約になっている。

なお日本政府は、篠原豪衆議院議員による2021(令和3)年6月9日提出の「外国船舶に対し入域の事前通報を求める制度に関する質問主意書」において、「中国の領海及び接続水域法は、外国の軍用船舶が中国の領海に入る場合には中国の許可を必要とすると定めている。…こうした国の国内法の規定は、国際法違反であるのか否か、また、違反と判断する場合であれ、違反とまでは言えないと判断する場合であれ、その理由も含め日本政府として、どのように考えているのか説明願いたい[8]」との質問に対し、菅義偉内閣総理大臣(当時)名の同年6月18日の答弁書で、「一般論として、外国の軍艦に対し、沿岸国が、当該国の領海に入域する場合に事前の許可を求めることについて、海洋法に関する国際連合条約(以下「国連海洋法条約」)上明文の規定はないと考える[9]」と答弁し、沿岸国がこうした船舶に対し事前の許可を求める必要性は、海洋法条約上の根拠を欠くとの立場を表明している。

原子力船および放射性物質その他の有毒有害物質を積載する船舶

海洋法条約は、「外国の原子力船及び核物質又はその他の本質的に危険若しくは有害な物質を運搬する船舶は、その領海において無害通航権を行使する場合には、そのような船舶について国際協定が定める文書を携行し、かつ、当該国際協定が定める特別の予防措置をとる」(第23条)と規定し、①国際協定が定める文書の携行と②国際協定が定める特別の予防措置を遵守することを条件に、原子力船や核物質など危険もしくは有害な物質を運搬する船舶の領海内の無害通航権を認めている<[10]。小田滋元国際司法裁判所裁判官が指摘するように、これらの船舶の領海内通航については、一般に、本条が要求する以外の事前の通告や事前の許可などは不必要と解されている[11]

本条でいう「国際協定が定める文書」とは、具体的には1962年の原子力船の運航者の責任に関する条約第3条の保険証、1973年の海洋汚染防止条約の国際油染証書、1974年の海上人命安全条約(SOLAS条約)附属書第8章規則7に従う安全評価書類などをいい[12]、「国際協定が定める特別の予防措置」とは、1980年の核物質保護条約第4条3項及び附属書1の2条にいう特別の予防措置などを指すといわれている。国際海事機関(IMO)事務局によれば、「国際協定が定める文書」を携行し、「国際協定が定める特別の予防措置」を遵守して無害通航権を行使するよう船舶を促すのは旗国の責任であり、これは旗国の義務を規定した海洋法条約第94条から発生するとされる[13]

「国際協定が定める文書」を携行しない船舶について直ちに無害通航権を否定できないとしても、「国際協定が定める特別の予防措置」に従わない船舶については、重大な汚染が生じる危険性があり、無害通航権を否定することは可能であろう。実際、核物質保護条約が要求する防護の水準を満たさない形で核物質を運搬する船舶については、同条約自体、「締約国は自国の領域を通過することを認めてはならない」(第4条3項)と規定しており、その場合には無害でない通航として、海洋法条約第25条1項が定める「必要な措置」がとれるであろう[14]

しかし、今回の中国の改正海上交通安全法は、こうした原子力船および放射性物質運搬船舶について、第54条で「前項に規定する船舶は、中華人民共和国の領海を通過する際、関係証書を所持し、中華人民共和国の法律、行政法規及び規則が規定する特別な予防措置を取り、海事管理機構の指示及び監督を受けなければならない」と規定する。中国国内法における「特別な予防措置」の内容いかんによっては、国際協定の基準を満たしていたとしても、無害通航権が否定される可能性がある。さらに、同法第30条は、これらの船舶に対し、航行において強制水先案内を義務づけている。すなわち、「以下の船舶が国務院交通運輸主管部門の定める水先区域内で航行、接岸又は移動する場合、水先機構に水先を申請しなければならない」と規定している。南シナ海の九段線内の海域で本法が適用されることを考えると、これらの海域における原子力船等の航行は中国による介入の可能性が高まると考えられる。

ただし、原子力船や核物質を運搬する船舶について、無害通航権を否定する国内法をもつスペイン(1964法第70条)、事前通告を義務づけるパキスタン(1976年法第3条3項)やイエメン共和国(1978年法第8条)、核廃棄物や有害廃棄物の領域内の通過を禁止するコートジボワール(1988年法第1条)などがある。また、日本によるフランスの原子力燃料再処理工場からの高レベル放射性廃棄物の海上輸送に対して、予想航路に当たるとされる国、領海内の航行を禁止または通航回避を要請した国としては、フィリピン、チリ、インドネシア、ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイ、アンティグア・バーブーダがあり、またEEZ内の通航を禁止または通航回避を要請した国としては、フィジー、南アフリカ、ソロモン諸島などがあり、この問題に関して中国が突出しているわけではない[15]

なお日本政府は、先の篠原議員の質問主意書における「軍艦以外の外国船舶で、原子力船、核物質・危険・有害物質運搬船の航行について事前の許可を求めている国としては、エジプト、イラン、オマーンの三国があるが、こうした国の国内法の規定は、国際法違反であるのか否か、また、違反と判断する場合であれ、違反とまでは言えないと判断する場合であれ、その理由を含め日本政府として、どのように考えているのか説明願いたい[16]」との質問に対する答弁書において、「一般論として、軍艦以外の外国の原子力船及び核物質又はその他の本質的に危険若しくは有害な物質を運搬する船舶に対し、沿岸国が、当該国の領海に入域する場合に事前の許可を求めることについて、国連海洋法条約上明文の規定はないと考えている[17]」と答弁し、沿岸国がこうした船舶に対し事前の許可を求める必要性は、海洋法条約上の根拠を欠くとの立場を表明している。つまり、日本は原子力船や核物質など危険または有害物質を運搬する船舶の無害通航権を認める立場を採用している。

船舶航行管理権の確立を目指す船舶位置情報の義務化

今回の改正海上交通安全法は、「(4)船舶自動識別[装置]、航行データ記録、遠隔識別と追跡、通信等の航行安全、保安、汚染防止に関わる装置とが、関連規定に適合するように起動せず、継続的に表示と記録を行わないとき」は、「海事管理機構は是正を命じ、[この命令に]違反する船舶の所有者、経営者又は管理者を2万元以上20万元以下の罰金を科し、船長、責任を有する船員を2000万元以上2万元以下の罰金を科し、船員適任証書[の効力]を3ヶ月から12ヶ月の間停止する。情状が重い場合、船長又は責任船員の船員適任証書を無効とする」(第103条)と規定し、SOLAS条約附属書第Ⅴ章第19規則で国際航海に従事する300総トン数以上の全ての船舶に義務づけられる船舶自動識別装置(AIS)を、船舶が起動させなかった場合の罰則を定めている。

船位通報制度に関するSOLAS条約の附属書第Ⅴ章第11規則は、「船位通報制度は、この第11規則の規定に基づいて機関(筆者注:IMO)が作成する指針及び基準に従って採択される」(1項)と規定し、「機関は、船位通報制度についての国際的な指針、基準及び規則を作成するための唯一の国際機関として認められる。締約政府は、船位通報制度の採択に関する提案を機関に行う」(2項)と規定している。他方で、同規則は、「採択のために機関に提出されていない船位通報制度は、必ずしもこの第11規則の規定に適合する必要はない。ただし、当該制度を実施する政府は、可能な限り、機関が作成する指針及び基準を考慮することが推奨される」(4項)とも規定されており[18]、今回の改正海上交通安全法はこの規定に基づいて行われていると推定される。しかし、その際も、IMOが作成する指針及び基準を考慮することが推奨されており、2017年6月16日に採択された決議(MSC433(98))の附属書にある船位通報制度のガイドラインと基準に従うことが要請される[19]

古谷健太郎教授が指摘するように、沿岸国が領海を通航する船舶に対して、その船位の通報を義務化するのであれば、こうしたIMOの船位通報制度に関するガイドライン及び基準に沿って制定する必要があろう[20]。中国による船舶位置情報の義務化の背景には、自国の領海を航行する外国船舶に対して「航行管理権」ともいうべきものを行使しようという意図があるように思われる[21]。しかし、外国航空機と異なり、外国船舶に対する沿岸国の規制権は海洋法条約で認められている範囲に限定されており、こうした船舶位置情報の義務化は、ガイドラインや国際基準に従う必要がある。

おわりに

今回の中国改正海上交通安全法の最大の問題は、海洋法条約の締約国でありながら、外国船舶の無害通航権に関する沿岸国の義務を、中国が無視していることである。海洋法条約は、「沿岸国は、この条約に定めるところによる場合を除くほか、領海における外国船舶の無害通航を妨害してはならない」義務を沿岸国に負わせるとともに、特に「(a)外国船舶に対し無害通航権を否定し又は害する実際上の効果を有する要件を課すること、(b)特定の国の船舶に対し又は特定の国へ、特定の国から若しくは特定の国のために貨物を運搬する船舶に対して法律上又は事実上の差別を行うこと」(第24条1項)を行ってはならないと規定している。

このように、海洋法条約は、領海で海上交通の便宜を図るために、外国船舶に無害通航権を認め(第17条)、沿岸国はかかる無害通航権を妨害してはならない(同第24条)と規定する。その結果、沿岸国は、「外国船舶の領海内への立入り及び通航を完全に自国のコントロールの下に置くことができない[22]」という制約を抱えているが、中国は、航行管理権ともいうべき考えを持ち出し、外国船舶の通航を完全に自国のコントロール下に置こうとしている点に問題がある。

海洋法条約は、「各国が海洋の利用について立法・司法・執行の権限を行使する際に協調した処理をするための客観的な枠組みを設けようとするもの」であり、「これらの条約規定は、各国の国内措置や法制に編入されたりすることを前提とするものである[23]」が、その大前提は、海洋法条約の規定に沿った国内法を制定することであって、海洋法条約を無視した国内法を制定することではない。中国は、自らの海洋権益を確保するためにことごとく独自の解釈に基づく国内法を制定し、それを巨大な海上法執行機関や海軍の力を背景に当該国内法を執行しようとする点に最大の問題点がある。このような中国を警戒しても警戒しすぎることはない。

沿岸国はあくまで、国際法上、「外国船舶に対し無害通航権を否定し害する実際上の効果を有する要件を課すること」(第24条1項(a))とならない限りで、その主権に基づき領海使用の条件を定め、船舶の通航を規制する権限をもっているに過ぎない。こうした沿岸国の無害通航に係る法令制定権は海洋法条約で(a)から(h)の事項に限り承認されているに過ぎない(第21条)。

しかし、中国のように海洋法条約に適合しない国内法令を制定し、当該国内法令違反を根拠に直ちに外国船舶の無害通航権を否定できるかというと、事はそれほど単純ではない。山本草二教授によれば、海洋法条約第19条は、「通航は、沿岸国の平和、秩序又は安全を害しない限り、無害とされる。無害通航は、この条約及び国際法の他の規則に従って行わなければならない」(1項)と規定し、「通航の無害性の認定については、事項によりそれぞれ分離説と接合説が適用されることを容認している」とされる。ここでいう分離説とは、国際法上、無害性の認定基準と沿岸国の国内法令の違反の有無との関係について、両者を無関係なものとする考えであり、これに対し接合説は両者を結びつけるものである[24]

そして、第19条2項で、「外国船舶の通航は、当該外国船舶が領海において次の活動のいずれかに従事する場合には、沿岸国の平和、秩序又は安全を害するものとされる」と規定し、無害とされない航行を(a)から(l)まで列挙している。この「列挙された諸活動のなかには、国際法が実質的な要件を定めているものもあれば、沿岸国の国内法令により個別にその具体的な要件が定められるよう委ねたものもある[25]」とされる。その結果、沿岸国は、それぞれの事項につき、その具体的実施のための法令の整備を要求されることになる。たとえば、漁船による沿岸国の漁業法令の違反は、それ自体によって無害性が否定されることは、海洋法条約以前の領海条約(1958年)が「沿岸国がその領海における外国漁船の漁獲を防止するために制定して公布する法令に外国漁船が従わないときは、その外国漁船の通航は、無害とはされない」(第14条5項)と規定していた。実際、日本も「外国人漁業規制法」の制定により、外国人(ただし、適法に本邦に在留する者で農林水産大臣の指定するものを除く)による日本領海内での操業を禁止することにより、領海における漁業権益の確保を行っている(第3条)。

中国は、人工島の周りの海域について領海を主張し、軍艦の無害通航権を否定する事前許可制を導入する国内法を制定している。そうした海洋法条約に違反する中国の領海及び区域接続法を執行するために、これまた海洋法条約に違反する海警法や改正海上交通安全法によって、執行管轄権を行使しようとしている。しかし、国際法上、こうした国際法違反の国内法に違反したからといって、当該外国船舶の無害通航権が直ちに否定されることにはならないし、軍艦や非商業的目的のための政府公船は沿岸国の執行管轄権からの免除が認められている。

国際法違反の国内法を作ることを真似ろと述べていると誤解されては困るが、日本が中国に見習うべき点もある。それは、中国がみずからの法益を保護するために、国内法上あらかじめ無害通航にあたらない場合をすべて規定しようという積極的姿勢を示していることである。残念ながら、日本の「領海及び接続水域法」は領海の幅や接続水域の設定を定めているものの、無害通航権について直接規定していない。中国と日本の国内法では、この面で大きな差が生じている。その結果、日本は海洋法条約を直接適用せざるを得ない状況にある。

中国海事局は、2021年10月24日、同局初のヘリコプター搭載可能な1万トン級の巡視船「海巡09」を広東省広州に配備した。海洋権益確保のために、海警局と連携しつつ、南シナ海の巡視活動にあたるとみられている。今は南シナ海かもしれないが、そう遠くない時期に、東シナ海に配備されると推測される。

とりわけ「海巡」が海警船舶とともに、尖閣諸島周辺海域に出動し、領海警備にあたる海上保安庁の巡視船や領海内で操業する日本漁船を、中国「領海」内で改正海上交通安全法第54条の「法律、行政法規又は国務院が定める中華人民共和国の海上交通安全を脅かす可能性のあるその他の船舶」(4号)として退去を命令し[26]、海上保安庁の巡視船がこれに抵抗した場合は、同法第120条に基づき「関係する法律や行政法規に基づいて処理する」とともに、海警法第21条の「外国軍用船舶及び非商業的目的に使用される外国船舶の我が国管轄水域における我が国の法律または法規に違反する行為に対して、海警機構は、必要な警戒及び管制措置を講じて制止し、関連する水域から直ちに退去することを命じる権利を有する。退去を拒否するとともに重大な危害又は脅威を発生せしめたものに対して、海警機構は、退去強制、強制引き離し等の措置を講じる権利を有する」の規定に基づき、第49条の「海警機構職員は、法に基づき武器を使用し、警告が間に合わない又は警告を行った後にさらに重大な危害が生じる可能性がある場合、直接武器を使用する」事態も想定される。尖閣諸島周辺海域でこうした海巡と海警の船舶の連携活動が想定される。

このように、中国は尖閣諸島奪取のために関連国内法規定を着々と整備し、中国海事局および中国海警局の装備を充実させ、ますます日本に対して圧力を強めるものと思われる。われわれは、尖閣諸島を日本が実効支配する現実を、力によって変更しようとする中国の本気度を見誤ってはならない。日本の領土である尖閣諸島を守るために、われわれに残されている時間は少なくなっている。