公益財団法人日本国際フォーラム

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第6回公開セミナー「緊迫するウクライナ・ロシア関係の現状と展望」

このほど、当フォーラムが令和2年度より実施している研究事業「『多元的グローバリズム』時代の世界の多極化と日本の総合外交戦略」の分科会「ユーラシア・ダイナミズムと日本外交」の一環として、ウクライナ側からはロシア研究センターのヴォロディミル・オフルィズコ元外務大臣を、ロシア側からはモスクワ国際関係大学のドミトリ・ストレリツォフ教授をゲストスピーカーにお迎えし、双方の現状を分析し緊張緩和について考えるための機会として、Zoomウェビナー「緊迫するウクライナ・ロシア関係の現状と展望」を下記1.~4.のとおり開催した。主な議論概要は、5.のとおり。

1.日  時:202221日(火)18:3020:00(Zoom開室は18:20)

2.開催形式:Zoomウェビナーによるオンライン会合(一般公開)

3.言  語:日本語・英語の同時通訳

4.プログラム

司  会:高畑 洋平 日本国際フォーラム主任研究員

議  長:渡邊 啓貴 日本国際フォーラム上席研究員 / 帝京大学教授

基調報告者A:ヴォロディミル・オフルィズコ ウクライナ元外務大臣、ロシア研究センター

基調報告者B:ドミトリ・ストレリツォフ モスクワ国際関係大学教授

コメントA:松嵜 英也 津田塾大学専任講師

コメントB:宇山 智彦 北海道大学教授

自由討論(参加者全員)

閉会

5.議論概要

(1)基調報告者A:ヴォロディミル・オフルィズコ ウクライナ元外務大臣

既に8年間続くロシアとウクライナの争いについて、ロシアによる主張の根本的な誤りを、国際法を基に指摘する。1974年の侵略の定義に関する国連総会決議第3314号の第3条に記された侵略行為の特徴を踏まえると、現状がロシアによる侵略であることは明白であり、また、ロシア軍によるクリミア半島占領とドネツク攻撃についてのプーチンの証言は何百件もあり、証拠は十分である。更に、国境付近の都市ロストフのロシア連邦裁判所が、ドネツクにロシア軍が駐留していることを認める判決を下したため、攻撃を受ければ国連憲章第51条の下、自衛権や国連加盟国に援助を求める権利があり、侵略行為を受けた国への政治・経済・軍事的支援は全民主主義国家の責任となる。

これに関して、日本の政治・経済的支援とインフラや社会事業の実施に感謝する。日本はウクライナの領土保全への支持を国際会議でも明示し、一時占領下のクリミアで活動するロシアの機関・当局者は「違法」で「ロシア連邦占領機関」と呼ぶべきと明記した国連総会決議に賛成した。また、クリミア自治共和国とウクライナのセヴァストーポリ市、黒海とアゾフ海の一部における軍事化への非難決議への支持とクリミア・プラットフォームへの参加には、格別の感謝を伝える。これは19世紀の規範を21世紀に適用すること否定する文明世界の集まりで、国境は不可侵で強制的な変更は不可だと確認している。

日本とウクライナは、自由、人権、平和の価値観の他、領土の一部をロシアに占領されている点も共通している。我々が世界と連帯して、ロシアに占領の罪を償わせるべく制裁と封じ込めを行うことは、両国の安全保障及び、全体主義に対する民主主義の勝利への唯一の道である。ロシアはジョージアやモルドバ等にも侵略し、ウクライナを脅迫し国民を殺害しつつ安全保障の担保を要求するという皮肉を冒している。非常識な要求を全て拒否する立場を示した文明世界に感謝するが、それだけでは不十分である。ロシアが拒否権を行使して国連の目標の達成を阻んでいる現在、中露、北朝鮮、イラン等の攻撃行為を防ぐ、実装可能なルールに基づく世界的な安全保障体制が必要である。そのために、NATOを、北大西洋以外の地域をも守れるよう刷新すべきであり、米英豪参加国の安全保障枠組みはその第一歩である。ウクライナのNATO正式加盟は欧州大陸の安全保障と安定の要である。加盟方針はウクライナ憲法に明記され国民の過半数が支持している。ロシアにはウクライナの自由と民主化への動きを止められない。ウクライナ国民の選択は世界の全体主義との闘いへの貢献であり、必要に応じて国民は武器を手に取ってこの選択を守るつもりである。

(2)基調報告者B:ドミトリ・ストレリツォフ モスクワ国際関係大学教授(英文より邦訳)

米露政府が122月に交換した文書内でロシア政府は12月に①NATOの不拡大原則、②相手国を攻撃可能な中短距離のミサイルを互いに配備しないこと、③NATO軍備の1997年レベルへの制限、という3点を要求した。ロシアのこの要求の背景には、2004年のブルガリア、ルーマニア、バルト諸国、スロバキア、スロベニアの加盟等、2000年代のNATO拡大への不満が窺える。126日の米国からの回答は、NATO不拡大の要求を否定しつつ「安全保障上の対話の用意がある」という内容であった。ロシアは要求の裏付けとして、ウクライナ国境沿いの、普段5万人前後の部隊がある地域に1217万人の部隊を配備した。また、ベラルーシで2月中旬に大規模軍事演習を予定し、ロシア極東からミサイルシステム等をウクライナ国境に移動する等の行動が目立っている。

プーチンの最低限の狙いとして議論されていることは、第一に、ブレジネフ・ドクトリン2.0(ソ連の影響下にあった諸国が独自に安全保障上の相手を選べない状況の復元)で、ソ連崩壊後の秩序をリセットして米国に「ゲームをやり直す」よう強いる狙いである。第二に、ロシアの近隣諸国がロシアの影響圏にあると西側に認めさせる狙いである。そして最大の狙いは、集団安全保障条約機構(CSTO)及び経済同盟ユーラシア経済連合等ロシアが作った様々な統合組織へのウクライナの参加で、それが帝国復元の前提と見做されている。そこにはソルジェニーツィン思想の影響がある。1990年の随筆『我々はいかにロシアを建設するか?:ウクライナ人とベラルーシ人へ』(邦訳『甦れ、わがロシアよ~私なりの改革への提言』)は、ソ連崩壊後の国家形成のセメントはイデオロギー的価値ではなく、民族的起源、文化、宗教、精神であり、主にウクライナ、ベラルーシ、カザフスタンに住む「民族ロシア人」も「ロシアのロシア人」と共に新しい国家を作るべきと言う。この思想を支持するプーチンは2021年夏に新聞で発表した随筆『ロシア人とウクライナ人の歴史的な統一について』で同様の主張をし、何世紀にも渡り形成されてきた両者の精神的・文化的関係を懸命に訴えた。ゆえにウクライナの独立を「違法な分離」と呼び、ウクライナの真の主権はロシアとのパートナーシップによってこそ保持できると主張している。

ロシアの軍事侵攻の可否に関する様々な議論の内、先週マイケル・コフマンが発表した論文では、ウクライナをロシアの影響圏に入れるにはタイミングが良いと述べられ、また、経済面でのリソースを蓄えたロシアが侵略しても、汚職等の国内問題を抱えるウクライナでは解放軍として歓迎される可能性が示され、ウクライナを分割するか全土占領して親ロシア政府を置くかという議論が展開された。

但しウクライナ侵攻は可能か否かについて幾つか疑問が残る。第一に、欧米の経済制裁及び国際的孤立やロシアの影響圏内からの敵対が予想され、ミンスク合意が無意味になる。第二に、全土占領には50万人以上の部隊が必要で現在の1217万人では不十分である。第三に、ロシア国民は軍事作戦を支持せず開戦後支持率は低下するであろう。政府系のマスコミがウクライナを敵対国と言っても、ウクライナ国民はロシア人にとって兄弟である。第四に、5日間でロシア有価証券市場が2千億ルーブルも損失したが、実際に侵攻が始まれば更に大打撃を受ける。第五に、最も親密な中国でのオリンピック期間中はタイミングとして不適切である。つまり、現在の危機は欧米から安全保障を含む様々な譲歩を受け取るためのパフォーマンスであろう。そしてその目的は、西側における制裁を含む対抗措置の内容の把握や、対露政策において過激な米英や東欧と慎重な独仏とのNATO内での分裂を招くことであると考えられる。

(3)コメントA:松嵜 英也 津田塾大学専任講師

第一に、現在のNATO拡大も、ウクライナとNATOとの協力関係も、集団安全保障条約やユーラシア連合も、ロシアが米欧から譲歩を引き出す試みも、特に変化がない。それなのになぜ今このタイミングで国境に軍を集結させたのか。第二に、ウクライナとNATO2014年以降、協働での国軍改革など関係を強化し、欧州統合の方向性が変わらない旨もウクライナの憲法で規定されている。この協力体制は、ロシアの本格的な軍事侵攻による戦争勃発を防ぐために機能しているとも言えるし、ロシアを刺激して緊張を高めているとも言える。第三に、日本も在ウクライナ大使館からの職員退避を進めているが、ロシアは軍事侵攻の意思を否定し、ウクライナ側も戦争勃発に関する発言の抑制を求めている。この状況で日本に期待される役割は何か。

(4)コメントB:宇山 智彦 北海道大学教授

ウクライナ側について、現在はこの緊張関係が戦争に至るのをどう防ぐかが問題である。プーチンは明確な目的に向け一歩一歩進むより、状況に応じて出来ることを最大限やるタイプである。現在は、軍事・外交的圧力を強めつつ相手の失敗を引き出そうとしている段階であるため、欧米とウクライナ側は、NATO加盟国の分裂やウクライナ国内の混乱の予防に注力すべきであろう。ロシアが侵攻するとしたら、ウクライナ国内、特にドンバスの状況悪化によって口実ができた時であろう。現在、ドネツク、ルガンスク両人民共和国、非承認国家の指導者たちとウクライナの一部の政治家たちとの間で挑発的な発言が相次いでいるが、更なる混乱を防ぐためにウクライナにできることは何か。

ロシア側については、ベラルーシのルカシェンコ政権との関係強化、カザフスタンへのCSTO部隊派遣等、以前より積極的に勢力圏の拡大強化を進めているが、現実的な目的が見えない。ブレジネフ・ドクトリン2.0や「ゲームのやり直し」、NATO不拡大原則等を欧米側が認めるとは考えられないし、旧ソ連諸国には対露関係の緊密化を望む国は少なくないとは言え、主権の制限を甘受する国は殆ど無い。結果的に何も得られない可能性がある中、ロシアにどのような出口戦略があるのか。

6.意見交換

上記(1)、(2)を踏まえ、出席者間で意見交換が行われたところ、テーマ別に下記(イ)~(ト)の論点が提出された。

(イ)なぜこのタイミングで緊張を高めているのかについて

・様々な見解があり得るが数点挙げるなら、①ロシア国内で2024年の大統領選に向けて強権政治が強まり、野党や現政権への対抗勢力の弾圧が行われている。その中で国民の団結を訴えるため、ロシアが敵に包囲され脅威に晒されていることを示したい。②バイデン政権が欧州をある程度無視して米中対立に専念している現在は、ロシアがソ連時代並みの国際的プレゼンスを取り戻し易いタイミングである。③そもそもプーチンの人格として、ウクライナがロシアから離脱して欧州に向かっている状況を自分自身の過ちと捉え、ネガティブな感情を抱いている可能性がある。外交の決定権が1人に集中すると、国益と個人的心情が絡み合い、必ずしも合理的決定がなされない点は考慮すべきである。(ストレリツォフ氏)

 

(ロ)ロシアの真の狙いについて

・ロシアが欧州の安全保障システムを構築する主要アクターとして西側に認められることにより、プーチン政権の西側への要求は正しかったと国民に印象付けることであろう。(ストレリツォフ氏)

・ロシアが世界に経済的影響力を持つ大国に返り咲くことではないか。しかし世界経済への欧米の影響が50%以上でロシアは約1%である現在、ロシアが他国に与えられるものは無い。ロシア当局はドネツクで50万人のウクライナ人にロシアのパスポートを支給し、ラブロフ外相も「彼らを保護する」と言うがこれも攻撃手段の1つでしかない。(オフルィズコ氏)

 

(ハ)戦争を防ぐ方法について

・トランスニストリア、オセチア、南オセチア、アブハジア、クリミア、ドネツクからのロシア軍撤退こそ、平和回復と西側とロシアとの関係正常化への道筋である。しかし、ロシアが他国を支配して良いという考えを改めないなら、強力な経済制裁が必要である。ロシア兵1人でも国境を越えれば制裁を発動しロシア経済に壊滅的な打撃を与えるという明確なメッセージを西側から発信すべきである。また、最終的にウクライナが自衛するための軍事支援も必要である。(オフルィズコ氏)

・ロシア政府はウクライナ国内の政治経済の混乱を利用したいと思い注視しているため、ウクライナの政治経済の正常化と発展こそ緊張緩和や危機解決に繋がる。(ストレリツォフ氏)

 

(ニ)欧米との関係について

・先日のジュネーブでの会談で、ブリンケン長官がラブロフ外相に対して「2014年のウクライナ侵攻以前は、ウクライナ国民の60%以上がロシアに好感を抱いていた。ロシアが本当に友好的な隣国だと感じていたのに、今となってはロシアにある程度共感するウクライナ国民は多くて2025%。一方2014年以前NATO加盟を支持するウクライナ国民は3035%に過ぎなかったが、現時点では、60%以上が、ウクライナの即刻NATO正式加盟を望んでいる。これがロシア外交政策の結果である」と言った。現在ロシアは文明世界から孤立し、更に悪い方向へ展開しないよう関係各国も忠告している。(オフルィズコ氏)

・米国企業は企業のみならずプーチン大統領に直接制裁を課すことを考えている。他国の将来を決める権利はロシアに無いのであり、NATO新加盟国からNATO軍を撤退させてNATO拡大を阻むという無益な要求について改めなければならない。NATO加盟の可否や時期の決定はウクライナの政府や国民、そして30NATO加盟国が行うのである。(オフルィズコ氏)

NATO拡大を脅威と見做すのは事実無根でロシアのイデオロギーの問題であると理解されたい。NATOは欧州では誰も攻撃していないし、NATO加盟国は90年代初頭にロシアが危機に瀕した際食糧支援をした。それなのに現在のロシアは悪いことが起きれば欧米を非難するという誤った方法をとる。NATOの民主主義はロシアにとって脅威ではないことを理解する必要がある。NATOへの新規加盟は、各国自身の決定であり、米政府やNATO本部に決められているわけではない。(オフルィズコ氏)

・バイデンが今回のウクライナに関する外交は去年のアフガニスタン撤退時の混乱より活発である理由は、これ以上支持率を低下させられないからであろう。バイデン外交は様々な首脳会談や会議を開きスタンスを決め、ロシアへの経済制裁を明示し、ウクライナには武器供与するが、部隊は送らない。NATO不拡大の拒否も譲らない姿勢を示し、ロシア侵攻の脅威を煽る情報戦も積極的に行っている。そこには、中国に弱みを見せられないという事情もある。(杉田顧問)

 

(ホ)日本の役割について

・「ロシアのウクライナ侵攻に対する日本の役割」ではなく「全体主義に対する文明世界の役割」と考えて旗を揚げ、帝政主義者ソルジェニーツィンの思想が現代に通じないと示してほしい。(オフルィズコ氏)

・日露関係は、安倍政権下でのプーチンとの個人的な関係もあり、比較的円滑に発展した。ロシアは、日本がロシアと欧米との対立を仲介し正常化させてくれることを期待した。それは幻想であったかもしれないが、それでも一時期の日露関係はG7諸国で最も良好であったため、今回の緊張緩和のために日本が仲介役になることはあり得る。(ストレリツォフ氏)

・国際安全保障面で日露は多くの利益を共有している。日本は去年、コロナ禍でも米国や豪州等多くのパートナーと安全保障面での対話を再開したが、ロシアとの対話は凍結中である。早く再開し、様々な可能性を討議しながら日本の役割について考えてほしい。(ストレリツォフ氏)

 

(ヘ)集団安全保障制度について

・集団安全保障体制を機能させていくために、今後どのような組織を作るべきかを議論する際の日本の役割は重要である。独仏は盛んにロシアともウクライナともコンタクトを取っている。OSCEや旧ソ連諸国による安全保障・領土保全を目的とする条約機構CSTOを上手く融合できないか。(渡邊主査)

NATOを、北大西洋以外の地域も包括できるよう高度に改革すべきである。現在国連安保理やOSCEの仕組みのせいで達成できない目標があり、また、国連安保理は議論の場に過ぎず意思決定には至らない。また私はOSCEウクライナ大使の経験から、それは監視するだけで行動を起こせない組織だと知っている。ゆえに、民主主義を支援し権威主義を罰するNATOが必要である。(オフルィズコ氏)

・国連は、欧米だけでなくロシア等にも影響力を持つ唯一の機関として不可欠である。ゆえにそのシステムを改善すべきである。また、ロシアとNATOのパイプ作りは再開されるべきである。そして他にも様々な対話の舞台や制度を開発する必要がある。(ストレリツォフ氏)

・緊張緩和や信頼関係樹立が困難な理由は、各国にそれぞれの国益があり真実は多面的だからである。冷戦時と異なり脱イデオロギーの時代である現在、国際関係が新たなリスクを生み紛争は多面化した。今こそ対話や調和のメカニズムに基づく特定のルールが必要である。(ストレリツォフ氏)

(文責、在事務局)