公益財団法人日本国際フォーラム

中国の台湾政策のうち、経済、文化、人の交流にかかわる政策は地方レベルで実施されることが多い。本稿は、2018228日に国務院台湾事務弁公室(国台弁)と国家発展改革委員会(発改委)が連名で公布した「両岸経済文化交流協力の促進に関する若干の措置」(恵台31条)を事例として、中央の台湾政策と地方政府との接点を探る試みである[1]

国台弁によれば、恵台31条は、中国共産党第19回全国代表大会の精神と習近平の対台工作の重要思想、および「両岸は一つの家族」という理念を体現化した政策である。政策の目的は、大陸が発展する機会を台湾同胞と分かち合い、大陸で経済活動を行う台湾企業や就学・就職・起業する台湾人に、大陸住民と同等の待遇を提供することである[2]。この恵台31条が公布された時、政策執行者である地方政府はどのように反応したのだろうか。

1.地方政府の対応

恵台31条の公布直後、各地方政府の反応はまちまちであった。例えば福建省では、315日に福建省委台湾工作弁公室・福建省人民政府台湾事務弁公室(福建省台弁)[3]は、「台商台胞服務年」活動を始動すると発表した。上級政府の呼びかけに応じて、同省の漳州市人民政府は「『台商台胞服務年』活動の始動に関する活動方案」を発表し、18項目の措置と目標任務を掲げた[4]。福建省台弁がウェブサイトで公開した資料によると、「台商台胞服務年」活動は、2018年度予算には含まれていなかったが、同年度の決算には、台胞の権益を保障するため「法官工作室」を45カ所設置するという形で実施したことが報告されている[5]。中国の会計年度は1月に始まり12月で締めるため、予算計画が確定した後に対応したこと、それでも年内に成果を出すよう努めたことが察せられる。また、泉州市では、326日に市台弁と台商など台湾同胞が恵台31条に関する座談会を開催した[6]。地方レベルでは、下級政府を含めて何らかの対応をとろうとした痕跡はうかがえるものの、当初は同じ省内であっても明確な方向性はみられなかった。

1)地方版恵台n条の制定

中央の恵台31条に対応する方法として、地方政府ごとに恵台n条(nは地方政府ごとに異なる)を発表する形式が広まったきっかけは、廈門市の政策であった。恵台31条の公布後、裴金佳・中国共産党廈門市委員会(廈門市委)書記と庄稼漢・廈門市長の書面指示(批示)を受けて、32日に廈門市委常務委員会は問題の検討を始めた。ここでは、廈門市が率先して「31条措置」を行うことと、台湾同胞や台湾企業に同等待遇を付与するための関連措置を制定することが決まった。廈門版「31条措置」の制定にあたって重視したポイントは、①台湾同胞が廈門で学習、実習、就業、創業、居住、生活する上での同等待遇の提供と、②台湾企業による業種参入の緩和、工業規格の共存、資金面のサポート等の優遇政策の提供であった。410日、これらのポイントを反映させた「廈台経済社会文化交流協力のさらなる深化に関する若干の措置」(廈門60条)が発表された[7]413日、国台弁の馬暁光報道官は記者会見で、廈門60条には恵台31条の内容がすべて反映されており、その上新たな内容も付加されていると述べた[8]。国台弁系列のウェブサイト『中国台湾網』に掲載された範囲での確認になるが、多くの地方政府が廈門に倣ってそれぞれの恵台n条を発表したことから、廈門60条は国台弁のお墨付きを得た模範と受け止められたのではないだろうか。61日に上海市人民政府が55条を、66日に福建省人民政府が66条を発表したことを含めて、2018年には22直轄市・省・自治区政府がそれぞれの恵台n条を公表した[9]

翌年2019年の1月2日、習近平は「台湾同胞に告げる書」40周年記念会の講話で、両岸の融合を深めることや両岸同胞が心を通わせること等を提唱し、統一への思い入れを表明した。講話では、台湾同胞が大陸の発展によってもたらされる好機を分かち合えることや、大陸住民・大陸企業と同等の待遇を与えられることなど、恵台31条を想起させる表現も多く用いられた[10]。この講話の後、1月から5月にかけて新たに5省・自治区が地方版恵台n条を発表した[11]。また、既に恵台31条に対応済みであった福建省政府は、1月2日の習近平講話に応える措置として、5月末に「海峡両岸融合発展の新路を探索することに関する実施意見」(融合発展42条)を出した。これを受けて、廈門市政府は台湾同胞に日常生活面での便宜を拡大する「廈門市が海峡両岸融合発展の新路を探索することに関する若干の措置」(融合発展45条)を、第11回海峡フォーラムの前日614日の記者会見で発表した。

同年114日、国台弁と発改委は恵台31条の延長政策として、「両岸経済文化交流協力のさらなる促進に関する若干の措置」(恵台26条)を公布した。ひと月後の記者会見で、国台弁経済局の陳斌華副局長は、恵台26条の実施については各地方の担当部門等と協議中であると述べた[12]。この記者会見で、近く政策説明会を開催して具体的な措置を明らかにすると紹介された福建省は、福建66条が恵台26条をカバーしていたため、新たな措置の発表には至らなかったとみられる。一方、廈門市は2020228日に恵台26条に対応する実施細則を出した。

廈門市が台湾政策への取り組みを強くアピールしたのはなぜであろうか。理由の一つは、台湾との距離の近さや1980年代以来の経済関係など過去の実績である。そうした実績に加えて、今や廈門市には12万人の台湾同胞がおり[13]、台湾同胞との融合は地方政府として取り組むべき現実的な課題の一つになったといえる。いまひとつの理由は、廈門市が第14期五カ年計画と2035年までの長期目標の中で両岸融合の台湾政策について述べていたことからわかるように、台湾同胞との関係が未来の市政に組み込まれていることである[14]

2)台湾政策が地方政府にもたらしたその他の影響

恵台31条(2018年)と恵台26条(2019年)は、直轄市・省・自治区政府および下級政府に地方版恵台n条の制定を促した外、一部の地域の台弁の人員編制を拡大した。例えば、福建省台弁の行政部門の人員編制は、2018年度の予算では64名であったが、決算では69名に修正されており、翌年以降もその水準を保った[15]。省台弁の人員編制の拡大は、管轄地域における台湾政策の拡充を予測したものと解釈できる。福建省以外では、増加幅は小さいものの北京市台弁でも人員編制の増加傾向が確認された[16]

最後に、恵台31条と関連づける明確な文献資料はないものの、201811月末、廈門市委書記の裴金佳[17]が国台弁第一副主任に昇格したことを付け加えておく。既述のように、裴金佳は他の省級政府に先駆けて廈門60条が発表された時の市トップであった。これだけが理由で昇進したとは言えないが、台湾最前線の廈門で長年勤務した裴には、両岸の融合を目指す国台弁の期待が寄せられたと考えられよう。

2.理論との照合の試み

上述した内容を踏まえ、恵台31条を政策過程サイクルで分析してみたい。ここでは、中央と地方にそれぞれの政策過程サイクルがあり、中央のサイクルで「政策の実施」にあたる部分と地方のサイクルの「アジェンダ設定」が接していると仮定する。

中央レベルでは、台湾統一という歴史的任務の貫徹、蔡英文政権への揺さぶり、両岸の融合などの大局的目標を達成するために、従前の台湾政策を見直し、新たに「台湾同胞や台湾企業に大陸住民や中国企業と同等の待遇を与える」ことが政策アジェンダに設定された。政策形成の段階では、少なくとも恵台31条の前文に記された31の関係部門が政策調整を行ったと考えられる。その結果、恵台31条という政策が決定された。政策の実施段階で成否の鍵を握るのは台湾人や台湾企業の反応であったが、中央のエージェントとして政策を実施する地方政府の役割も重要であった。政策評価については、地方政府の成果報告と、その報告が妥当であるかの判断が求められるであろう。

一方、地方政府の政策過程サイクルは、恵台31条の実施を中央から託されたところから始まる。この段階で、廈門市は、恵台31条をサポートするための地方版n条を作るという方向性を示した。国台弁が迅速にお墨付きを与えたため、各地方政府は廈門方式に追随して、地方版n条の作成をアジェンダとした。アジェンダの方向性は同じであっても、各地方が抱える条件によってnの値や内容は多少異なった。断片的な情報に基づいていえば、廈門市では市委常務委員会や市台弁等の複数の機関が政策形成の協議に関与していたと推察される。政策決定段階で廈門60条が発表されると、3日後に国台弁の期待に応えたという意味で高評価を得た。この時点での評価は他の地方政府の中で廈門が抜きん出て政策をリードしたことに対する評価と考えられる。これとは別に、政策評価の段階では、政策実施の成果が吟味されねばならないであろう。

中央と地方の2つの政策過程サイクルを繋ぐ役割を果たしたのは、各地方政府の動向について国台弁が発信した報道である。国台弁は、プレスリリース、「31条の最新実施状況」と題するスマホ・携帯用配信、『中国台湾網』等を用いて、どの地方政府がいつ何をしたのか、どのような成果を上げたのかについて頻繁に情報を発信した。発信された情報の中に政策の成功を印象づけるための宣伝工作があった可能性は、否定できない。そうした要因があったとしても、国台弁の発言や発信は、各地方政府の台湾政策への取り組みを促進する効果をもたらしたといえる。

3.おわりに

中央が恵台31条を実現するためには、政策執行者となる地方政府の協力が不可欠であった。しかし、台湾人や台湾企業に大陸住民や大陸企業と同等の待遇を与えるという抽象的な課題にどのように取り組むべきか、地方政府は戸惑ったのではないか。そうした中で廈門市は迅速に行動し、対台湾最前線としての面目を保った。中央の台湾政策に対する廈門市の関心は常に高く、五カ年計画や長期目標にも両岸の融合を取り込んできた。恵台31条は共産党政権が台湾同胞や台湾企業を取り込むための政策であるが、細部に注目すれば、中央地方関係、地方政府間の競合関係、それぞれの地方政府が抱える事情が浮かび上がってくる。本稿はその一端を廈門市の事例を中心に紹介した。但し、本稿で取り上げた事例についての政策過程サイクルによる精緻な分析は、資料の問題を含めて今後取り組むべき大きな課題である。アジェンダの設定、政策形成、政策決定の3段階の線引きに関する判断や、政策過程サイクルを複数にすることの妥当性についても試論を重ね、有効な分析枠組みの構築に努めたい。