公益財団法人日本国際フォーラム

習近平政治の唯一かつ最終目標は、共産党統治の永続化と絶対化であり、その実現を担保する(と習が考える)社会の安定である。党の絶対的領導の強調も、彼自身への権力の集中も、すべてはこの点に収斂する。これが、習近平政治に対する筆者の基本認識である。

ところで、しばしば存在そのものの必要性に疑問が呈されてきた政治協商(以下、「政協」)制度の指導理念だからということであろうか。統一戦線、或いは統一戦線工作(以下、「統戦工作」)に対する研究者の関心は決して高くない。しかし、職業や価値観の多様化、国際交流や人的交流のさらなる活発化に伴い、統戦工作をとりまく状況に大きな変化が生じている。

そこで筆者は、習近平政権下でみられる統戦工作の変化や特徴をテーマに、以下で初歩的考察を行う。

1.統戦工作とは

20201221日施行の「中国共産党統一戦線工作条例」によると、統戦工作とは「中国共産党が領導する、労農同盟を基礎とし、全ての社会主義労働者、社会主義事業建設者、社会主義を擁護する愛国者、祖国統一を擁護し、中華民族の偉大な復興に努力する愛国者を含む連盟」であり(第21項)、「革命、建設、改革事業勝利のための重要な道具」である(同2項)[i]

この曖昧な総論的定義を、指導者習近平は2015518日、1940年代の毛沢東発言を引用しつつ、以下のように咀嚼している。第一に、「統一戦線、武装闘争、そして党建設。この三つの宝により、中国共産党は中国革命で敵に打ち勝つことができた」。第二に、「いわゆる政治とは、我々側の人間を増やし、敵側の人間を減らすことである」。第三に、「統戦工作は最大の工作である」[ii]。習にとって、統戦工作がいかに重要であるかがわかる。

こうした統戦工作の視点から改革開放期の中国共産党(以下、「党」とも言う)政治を振り返ると、統戦工作とは、「党統治の強化と社会の安定」実現を目指して、「党外勢力の取り込みと排除」を行う作業だと言えよう。

筆者は、中国共産党の統戦工作とその展開を理解するにあたっては、以下の三点を抑えておくことが必要だと考える。

第一に、「取り込み可能者・必要者」(以下、「工作対象者」とも称す)に対しては、「管理・浸透」と「異見の集約とフィードバック」という双方向の政治が行われる。すなわち、まずは、党の政策や価値観の浸透である。これはしばしば一方的に、そして強制的に行われる。これに対し、異見の集約とフィードバックとは、工作対象者・集団にみられる党と異なる見解(異見)の集約と、その検討結果の一定のフィードバックである。このような双方向性工作を通じ、自らの周縁を拡大することで、共産党統治の「強靭性」は一定程度高まることが期待される。ここに、統戦工作の真骨頂と存在意義がある。

第二に、一部の「取り込み不可能者・不要者」――彼らはしばしば、敵対勢力と見なされる――に対しては闘争、排除、撲滅という、党からの一方的な強制力が行使される。彼らの物理的、精神的消滅は、一般論的には党と国家の安定に大きく寄与するであろう。ただ、こうした要請に統戦工作部門が単独で応えるのは不可能なため、党の政法部門や政府のインテリジェンス部門の協力や協働が重要となってくる。

第三に、統戦工作は国内に限定されないということだ。国家戦略レベルでみると、毛沢東時代に強調された「中間地帯論」や「三つの世界論」がそれに該当する。一方、戦術レベルでは、前回のレポート(「統一戦線工作と華僑」)で取り上げたように、在外華僑や華人が統戦工作の重要な客体となる。

2.現下の統戦工作

統戦工作が有効視される限り、その存立基盤は今でも「敵の存在」を前提としている。「強さ」に絶対的価値を置く習近平政権ゆえ、国内外在住の如何に拘わらず、異端に対する敵意は自ずと強くなる。歴代政権が神経をとがらす少数民族問題や香港、台湾問題など「国家統合」に直結する分野――習近平にとっては、「中華民族の偉大な復興実現」のカギを握る要素――は、統戦工作にとって、おそらく最も重要かつ敏感な工作対象である。少数民族問題での苛烈な対応に対する海外からの批判を「内政干渉だ」として激しく糾弾する理由がここにある。

以上に加え、習近平政権下の統戦工作には2つの特徴があると考える。

第一の特徴は、工作対象の拡大だ。現在の統戦工作対象は、「民主党派メンバー、無党派人士、党外知識人、少数民族人士、宗教界人士、非公有制経済人士、新社会階層人士、出国及び帰国留学生、香港及びマカオ同胞、台湾同胞及びその大陸在住親族、華僑と帰国華僑及びその親族、連携と団結の必要があるその他の人々」という12のカテゴリーに属する「党外関係者のうちの代表的人物」である(中国共産党統一戦線工作条例(試行)第4条、前述条例第5条)[iii]

現在12あるカテゴリーは、その時々の政治、経済、社会情勢と指導部の認識に応じ、その名称と数を変えてきているが、趨勢としては増加傾向にある。そして、増加したカテゴリーがその時点で最もホットな統戦工作対象となる。具体的にみると、江沢民時代の200012月に「(私営企業主ら)非公有制経済人士」と「出国及び帰国留学生」が、胡錦濤時代の20067月には「私営企業及び外資企業の管理技術者」、「仲介組織従業者」及び「自由職業従業者」がそれぞれ追加された。さらに、習近平時代に入ると、20155月、「新興メディア従業者」が加えられ、また、「仲介組織従業者」を「仲介組織従業者及び社会組織従業者」に拡大たうえで、2006年の追加カテゴリーすべてが「新社会階層人士」に統合された[iv]

つまり、習近平政権は「私営企業及び外資企業の管理技術者」、「自由職業従業者」、「仲介組織従業者及び社会組織従業者」、そして「新興メディア従業者」からなる「新社会階層人士」を社会の安定化実現という点で、最も重要な取り込み可能者・必要者と認識しているのである。

第二の特徴は、習近平政治の至上命題である共産党による領導強化だ。

まず、20155月に開催された中央レベルの統戦工作会議の名称が、前回(20067月)開催時の「全国」統戦工作会議から「中央」統戦工作会議へと変更された[v]。いずれの会議も、全国政協主席が司会を務め、総書記がスピーチしていることから、実質的に何が変化したのかは定かでない。しかし、「中央」は一般的に党中央を意味することから、この名称変更は、統戦工作に対する党の領導強化を意味するものと考えられる。同年7月開催の党中央政治局会議で、中央統戦工作領導小組の設立が決定され[vi]、全国政協主席で、党内序列第4位の汪洋が組長に就任したことも[vii]、同様の文脈でとらえられる。

さらに、20183月には党機関、国家機関(政府、人代、政協)、そして主要社会団体をも対象とする大規模な機構改革がおこなわれた。国務院に属していた権限の移行による党の指導力強化を旨とするこの機構改革で、中央統戦部は国家民族事務委員会を統一指導し、国家宗教事務局と僑務弁公室を編入することとなったのである[viii]

3.統戦工作と「共同富裕」

今年(2021年)817日の中央財経委員会第十回会議で、習近平がその実現必要性を強調[ix]して以降、人々の耳目が「共同富裕」に集中している。本格的な習近平時代到来を告げた2017年の第19回党大会における政治報告で[x]、自らが宣言した「新時代とは全人民の共同富裕を徐々に実現する時代」の構築に本腰を入れ始めたのである。

農村部における貧困撲滅事業が完了したとの喧伝にもかかわらず、貧富の格差拡大に歯止めがかからず、負け組の固定化は如何ともしがたい。その意味で、共同富裕実現に向けて、習近平指導部が動き始めたことは大いに評価できる。また、鄧小平が先富と共同富裕の両者実現を目指しながらも[xi]、それを成し得なかったことに鑑みれば、習近平にとっての共同富裕実現は、まぎれもなく「鄧小平超え」を意味する大事業である。

しかし、その実現を目指して導入された政策は、統戦工作の一貫性確保やそれによってもたらされるであろう社会の安定化という観点からして、首肯し難いものだ。なぜならば、党が唐突かつ強力に――「唐突」、「強力」ともに権威主義体制の顕著な特徴なのだが--開始した取り締まりの対象こそ、近年の統戦工作において重要な取り込み対象となっている「富める者」、すなわち、新社会階層人士や非公有制経済人士らだからだ。

現在各種統制の対象となっているアリババ、テンセント、ディディなどは「非公有制経済」領域の、そして芸能人や塾関係者は「新社会階層」領域の、それぞれ代表格である。彼らはいわば、党の政策と庇護の下で成長した、党にとっては統治の正当性確保のための重要な統戦工作対象に他ならない。然るに、巨大IT企業には独禁法違反を理由に巨額の罰金を課し、あるいは寄付金の供出を半ば強要する。人気女優が脱税容疑で摘発され、靖国神社にかつて参拝した俳優の出演作品がネット上から削除される。そして、業界に対しては、「愛党愛国、徳芸尊重の業界気風を旗幟鮮明に打ち立てる」ことを求める[xii]。激しい受験競争の負担軽減と称して、学習塾の新設を許可せず、既存の学習塾は非営利組織とする[xiii]。中国国内に在住する筆者の親しい友人によると、既に少なからぬ失業者が発生しているようだ。筆者には、こうした「仕打ち」が、習近平の追い求める共産党統治の永続化や社会の安定化に資するとは到底思えない。これは、第二の反右派闘争とも言えるのではないか[xiv]

中国大衆の豊かさ実現と国際社会における国家の地位向上に、無数の非公有制経済人士(私営企業者)や新社会階層人士が果たした役割は否定すべくもない。こうした成果は、習近平が宝の一つと位置付ける統戦工作にみられる柔軟性や狡猾さによってももたらされた。習近平は今や、統戦工作の真骨頂とも言うべき「芸術性」をかなぐり捨て、管理強化一本槍の道を突き進むのだろうか。党と二人三脚を演じてきた人々を力で抑え込もうとするのであろうか。共同富裕実現のための政策とその行方は、統戦工作の観点からも目が離せないのである[xv]