公益財団法人日本国際フォーラム

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第4回定例研究会合

標題研究会合が、下記1.~3.の日時、場所、出席者にて開催されたところ、その議論概要は下記4.のとおり。

  1. 日 時:令和4114日(金)16時より18時まで
  2. 形 式:ZOOMによるオンライン会合
  3. 出席者:8名(以下、五十音順)

[外部講師]

村山 慶輔        株式会社やまとごころ代表取締役

[ 主  査 ]

渡邊 啓貴         JFIR上席研究員/帝京大学教授

[ 副  査 ]

渡辺 まゆ         JFIR理事長

[メンバー]

上村 雄彦         横浜市立大学教授

鈴木 美勝         ジャーナリスト

中嶋 聖雄         早稲田大学教授

[JFIR]

高畑 洋平           主任研究員

ハディ・ハーニ 特任研究助手

4. 議論概要:

(1)村山外部講師より報告:「観光再生:これからの観光に必要なこととは?」

株式会社やまとごころは「観光・インバウンドを通じて、日本を元気にする」ことをミッションに掲げ、2007年から事業を展開してきた。具体的には主に①地域共創事業、②情報サービス事業、③教育研修事業、④コンサルティング事業の4点を実施している。出版事業もあり、観光分野にフォーカスした専門書を出版している。最近ではアドベンチャー・トラベルやオンライン・ツアーなどを扱った教科書的な書籍が刊行された。2020年に刊行した『観光再生』では、「サステナブルな地域をつくる28のキーワード」を提案し、国内外の事例とともにまとめた。今回はこの内容にも沿いつつ、①変化を捉えること、②サステナブル・ツーリズムとは何か、③持続可能な地域の観光戦略の3点を主に扱う。

外部環境の変化としては、第一に世界の温暖化が挙げられる。202111月のCOP26におけるグラスゴー宣言は、観光産業として初めての声明を打ち出し「移動の安全」「シームレスな旅行」「サステナビリティ」「デジタル化」の4点への注力を掲げ、さらに観光産業において2030年までに排出ガス半減、さらに遅くとも2050年までに実質ゼロ達成を目指すとした。業界としては退路を断つような覚悟が表明されている。第二には国内の人口減少という点がある。特に生産年齢人口の大幅な減少は観光のみならず全産業にとって重要なテーマで、観光業界では、見込み客と担い手の減少が課題である。そのためITやデジタル化を用いた生産性向上が求められている。観光庁もDX予算を割いて各種取り組みを推進している。第三には、インバウンド市場がコロナ禍により現在ほぼ消滅しているという点がある。これが2019年水準に戻るのは2024年から2025年頃ではないかと考えられている。

また消費者側のニーズの変化もみられる。近年注目される第一のキーワードは「開放感」で、会議なども含め屋外でのアクティビティが好まれる傾向がある。中でもアドベンチャー・トラベルという分野が注目されており、世界での市場規模は72兆円といわれ、2012年以来、年率平均21%の成長がみられる(コロナ禍でも唯一上昇したとも言われる)。また一般的な旅行者の1.72.5倍の消費額も特徴である。さらに消費額の65%が地域に還元される、つまり域内調達率が高い点も特徴で(マス・ツーリズムでは14%とも)、伝統文化や地域コミュニティが大きな魅力となっている。身体的活動、異文化体験、自然という3要素のうち2つがカバーされていればアドベンチャー・トラベルと定義され、日本との親和性が高く、政府も自治体も予算を投入している。第二のキーワードは「少人数」である。コロナ禍以前からその傾向があったが、近年ではさらに加速した。第3のキーワードは「滞在型」である。ワーケーション、テレワークの拡大とも連携して、純粋に物見遊山的な観光よりも、現地でゆったり過ごすプラン等が人気になった。Business + Leasure = Bleasure”という概念も注目され、観光庁でもこれに関する委員会が立ち上がるなどしている。特にMICEmeeting, incentive tour, convention/conference, exhibition/event)に合わせて開催地を観光するスタイルが欧米では人気だが、日本でも拡大する可能性があり、観光庁は6億円の予算をかけ、国立・国定公園や温泉地でのワーケーション推進プロジェクトを実施している。ただしワーケーション普及に向けては、やる気のある供給側に対し、需要がまだ小さいという課題がある。また観光庁は今年度より「第2のふるさとづくりプロジェクト」を実施している。インバウンドの回復には時間がかかる一方、国内観光需要の促進という観点から、第2のふるさとをつくることで「何度も地域に通う・帰る旅」という新スタイルの推進・定着を狙っている。現在は①滞在コンテンツ拡充、②滞在環境整備、③移動の足の確保という観点での調査事業が進行中である。総務省においても、地域とほぼ関わりのない交流人口に対し、観光をフックとしてアプローチし、地域づくりに参画する関係人口を増やし、ゆくゆくは定住人口に転化するというビジョンがあり、オンライン・ツアー等が推進されている。関係人口づくりの観点では多様なオーナー制度やボランティア活動なども活発化している。第四のキーワードは「食の多様性」である。例えば世界的にベジタリアン人口が増加傾向にある。多様性の理由にはアレルギーや好き嫌い以外にも宗教・信条による禁忌などがある。こうした状況への対応も考慮しなければ、そもそも選ばれないということにもなる。

そして第5のキーワードは「サステナブル」である。UNWTOによれば、サステナブル・ツーリズムとは「訪問客、業界、環境および訪問客を受け入れるコミュニティのニーズに対応しつつ、現在および将来の経済、社会、環境への影響を十分に考慮する観光」と定義され、言い換えれば地域社会や環境を守りつつ、経済的にも持続可能な観光地づくりを意味する。SDGsと同じく、社会・経済・環境の3側面における持続可能性が重視される。一方、日本の観光庁の目標は経済面に偏重しているが、今年度中に発表を予定して改訂中の観光立国推進基本計画にて変化が期待されており、また2008年に観光庁立ち上げの際の「住んでよし、訪れてよし」というモットーが、サステナブル・ツーリズムよく表現している。そもそも観光は目的ではなく、地域住民の暮らしの質を向上させる手段であり、観光によって地域が持続可能な状態に近づくことが理想である。これは日本全体としての地位向上や持続可能性向上にもつながる。またSDGsとの関連では、特に目標8,11,12,14,17と密接に関わっているとされる。旅行者のニーズには変化が見られ、Booking.comの調査では、72%の旅行者がサステナブルな施設や目的地を選ぶという(年々上昇中)。またサステナブルな宿泊先・目的地のみを紹介するポータルサイトなども登場し、また特に外資系ホテル等では対応が進んでいる。ある調査では「旅行を通じて地域社会を支援したい」とする旅行者が世界的に増加している。サステナブル・トラベル・インデックス・ランキング2020では、日本は53位と低く、上位には北欧な欧州諸国が多い。一方、社会・環境・経済の3側面で観光地を評価するGreen Destinationsという枠組みでは、毎年上位100地域が選定されるが、2021年には日本から12か所が選ばれ、前年から倍増した。近年の欧州の旅行業界ではサステナブルな取り組みをしていないベンダーとは取引しないという姿勢も見られ、すなわち世界的な認証基準を獲得しなければ取引すらできないという状況になりつつある。関連して、オーストラリアのある旅行会社による“Responsible Travel”では、公共交通機関の使用、地元で所有される小規模宿泊施設の利用、地元の産品の消費・購入、プラスチック廃棄物の最小化、有限エネルギーと水資源の注意深い管理といった点が強調されている。日本でも「日本版持続可能な観光ガイドライン(JSTS-D)」という指標や、サステナブルな取り組みを推進するJARTAという団体の事例もあり、地域をより良くするアクティビティを組み込んだ旅行パッケージが注目されてきている。旅行者に対する調査では、地域に貢献したり、地域資源を生かすことに貢献したいという回答も多い。

そのうえで持続可能な地域の観光戦略について考えたい。例えばウィーンの取り組み「観光客の経済戦略2025」では、「ウィーンは観光のために何ができるのかではなく、観光客はウィーンのために何ができるのか?」というテーマを発信している。その具体的目標を要約すれば、住民の観光に対する前向きな姿勢を維持しながら、経済効果を最大化することが目指されており、これは世界的なトレンドになっている。つまりこれから必要な観光戦略は、量から質への大転換である。短期戦略としては、高付加価値化とファンづくりがカギとなる。働き手も見込み客も減少していく中ではこの2点が特に必要だろう。中長期戦略としては、第一に観光貢献度の可視化が重要である。観光とは目的ではなく手段であり、この手段が有効に機能しているか、ステークホルダーにとって価値があるか、といった点の可視化が求められる。より具体的には地域の質がどれだけ向上したか、どれだけのお金が落ちたのか、などの点である。第二には地域教育・シビックプライドの推進である。地域住民が自分たちの地域に誇りを持っていないと、効果的なアピールが出来ず、観光客も来ない。そして第三には「先の概念に取り組む」という点を挙げたい。実は海外ではサステナブル(維持・継続)はもう古いとすら言われてきており、代わりに「リジェネラティブ(再生・継続)」すなわち、「持続可能な観光」ではなく「進化する観光」が目指されつつある。旅行客が来れば来るほど、地域もよりよくなっていく、という循環を目指している。ある事例では、宿泊料金の一部を信託とし、地域社会の発展に活用するといった取り組みがなされている。一言でまとめれば、観光庁のいう「住んでよし、訪れてよし」な観光や町づくりを目指すことが重要だろう。海外では日本の取り組みに学びたいという動きもあり、観光はこれからも日本の地位向上に貢献できる分野だと思われる。

(2)自由討論

上記(1)を踏まえて自由討論が行われ、テーマ別に下記(イ)~(ホ)の論点が提起された。

(イ)世界から日本に向けられた関心・期待について

  • SDGsは事実上ヨーロッパ主導であり、観光の在り方そのものもこの影響を受けている。そんな中東南アジア諸国、例えばASEANセンターからの講演依頼では、特に日本がデジタル分野で進歩しているという印象を持っているようで、この分野での取り組みに関心を持っていた。他にもタイはサステナビリティへの関心が強く、日本はゴミの分別など、環境にやさしい取り組みをしているはず、という意識があるようだった。(村山外部講師、渡邊主査)
  • 日本のひとつの強みは、お土産である。わかりやすい事例として、東京ディズニーランドは他国のそれと比べて物販の売上比率が非常に高いことで注目されている。つまり日本の商品開発力は強い。また日本のアニメ等は歴史も長く、世界的に知られている。これを今後より生かすことにも期待できるが、自治体との連携や著作権関係の制度がネックになっている場合もある。また日本は趣味大国であり、これも強みだろう。趣味関係の専門的雑誌がこれほどある国はほかにない。付加価値のポテンシャルが高く、世界にも通用すると思われる。(村山外部講師、中嶋メンバー)
  • 日本が国際観光の分野で提供できる価値には様々なものがある。例えば日本では数百年続く歴史のある企業が多い、従ってサステナブルであり、ここに強みがあると思われる。日本はサステナビリティと親和性が強いはず。中国の経営者も日本の長寿企業を視察しにきたりしている。「もったいない」が世界語となったことも関連する。日本人が持っている価値観や考え方、取り組みが、可視化されていなかったり世界的に見てズレている場合があり、ここを掘り下げたり可視化する取り組みが重要だろう。また日本は自然が豊かなので、この点をより積極的に世界に発信していくべきだろう。(村山外部講師、渡辺理事長)
  • 今日の内容はこれまでの延長線上にあるもので、抜本的な変化ではないようにも思われた。特にアフターコロナではなくウィズコロナという発想も必要ではないか。またこれからの観光は小規模化せざるを得ず、過去の首相らは観光立国を提示してきたが、国力の柱にはなりにくいだろう。このとき、日本人という存在がどういうものなのか、例えばコロナ禍において明らかになった日本の質の高い衛生観念などを、価値として提示する等の点に力点を置くべきではないか。日本は世界の流行に乗るだけでは優位性が出せず、むしろ日本の多様性や特有の価値を示すという点が今後重要だろう。(鈴木メンバー、村山外部講師)

(ロ)外交との関連について

  • 国際観光を通じた草の根レベルの交流は、国家間外交や安全保障面にもプラスに寄与し得る。従って国際観光の推進は日本のソフトパワー強化につながるだろう。(渡辺理事長)
  • 観光は日本のブランドやイメージ戦略といった点と共に外交にも影響を持ちうる。理念的には、人と人のつながりの中からお互いの国への関心が生まれ、シンパシーが生まれ、平和的な雰囲気醸成につながる。また外国人は観光やクールジャパン、アニメやマンガなど何らかの入り口を経て日本に関心をもち、日本とのビジネスに従事したり外交官になったりもする。この意味でも観光分野は外交や国家間交流と強く結びついている。(渡邊主査、村山外部講師)
  • 観光は人間同士の交流であり、外交もまた外交官同士の交流がその基礎にある。この意味でも観光は外交の基礎である。国内のみならず国際的なサーキュラー・エコノミーに繋がる観点である。(渡邊主査)

(ハ)環境問題との関連について

  • COP26による、2050年までの排出ガス実質ゼロという目標は、業界内でも大きな反響があった。観光に従事する人の割合は世界全体でみても10%ほどを占めており、この規模を持つ業界が世界全体の目標と足並みをそろえ、かつ貢献すべきだろうという圧力がこの決定の背後にあったと思われる。しかし目標達成に向けた具体的手法などのアイディアはあまり明確ではない。ひとまず目標を掲げ、技術革新等にも期待しつつ何とか実現に向かおうという程度のもの。それでも業界全体において、こうした目標に向かっていこうという雰囲気が生まれつつあることは確かである。(村山外部講師、上村メンバー)
  • 観光におけるモビリティは、環境配慮の観点からも注目されているが、特に注目されているのがマイクロ・モビリティである。EVからキックボードまで、電動の乗り物が一つのカギである。海外でも観光スポット内でこうしたものが導入される例が多い。自動運転なども登場し、移動そのものの価値が変化しつつある。移動自体が目的化しつつもある。(村山外部講師、中嶋メンバー)

(ニ)その他

  • サステナビリティはノンプロフィットな動きとつながりが強いようにも思われるが、サステナブル・ツーリズムにおいては経済・社会・環境の3観点が重要とされるように、利益をある程度追求しなければ持続できない。サステナブル=環境意識というイメージが強いと思われるが、経済・社会面とのバランスを整える意識も重要である。(村山外部講師、中嶋メンバー)
  • 日本が導入した国際旅客税は国内観光業界に還元される仕組みだが、主にインバウンドにおけるプロモーション、受入環境整備、商品造成の3点に分配されている。このうち前者2点の割合が大きい。プロモーション面では日本政府観光局(JNTO)の年間予算など、また受入環境整備面では、WiFi整備や、国が所有する文化財や自然公園等を観光地化する取り組み等に利用される。(村山外部講師、上村メンバー)
  • 観光分野には注目も予算も集まっているが、政府とのやり取りの中では、組織の縦割り構造や、単年度予算、また情報が統合されていないといった点に大きな課題があると感じる。例えばDXにおいても単発の取り組みが多く、エコシステム的な取り組みになかなか発展しない。一方シンガポールでは最初からこの点を意識していた。まずは現状を把握し、仮題を可視化し、埋めるための教育をし、スタートアップを育成し支えるといった全体の一連の流れを作ることが日本としては重要である。またDXについてはあくまで手段だが、目的化してしまっている印象もあり、その先の戦略が薄い。(村山外部講師、中嶋メンバー)
  • 近年では多くの分野でサブスクリプションサービスが増えている。観光分野でも非常に有効と思われる。観光業界の最大の敵は繁閑差であり、ここに対応するうえでサブスクリプションは有効といえる。宿泊施設や旅行会社もこうしたサービスを開始しており、HISの事例ではコミュニティを形成したり、クラブツーリズムを展開している。(村山外部講師、渡辺理事長)
  • 観光業の当事者の中では、国際的なアピールの一環として、国際的な富裕層への関心が高まっている。その受け皿が現状はあまりないが、取り組みは増加中である。(村山外部講師、渡邊主査)