標題研究会合が、下記1.~3.の日時、場所、出席者にて開催されたところ、その議論概要は下記4.のとおり。
記
- 日 時:令和3年12月17日(金)14時より16時まで
- 形 式:Zoomによるオンライン会合
- 出席者:8名(以下、五十音順)
[主 査] | 渡邊 啓貴 | JFIR上席研究員/帝京大学教授 |
[副 査] | 渡辺 まゆ | JFIR理事長 |
[メンバー] | 上村 雄彦 | 横浜市立大学教授 |
川﨑 剛 | サイモン・フレイザー大学教授 | |
鈴木 美勝 | ジャーナリスト | |
中嶋 聖雄 | 早稲田大学教授 | |
[JFIR] | 高畑 洋平 | 主任研究員 |
ハディ・ハーニ | 特任研究助手 |
- 議論概要:
(1)上村メンバーより報告:「持続可能な地球社会創造のための革新的政策と制度の考察―日本外交への提言―」
結論および提言を先取りすれば、日本は、人類の生存危機にまで深刻化しつつある地球規模課題の解決のために、グローバル・レベルでの革新的政策と制度の構築に全力を尽くすべきである。この力とはInnovative Powerと換言できる。またこれこそが今後日本が世界で生き残り、プレゼンスを高める唯一の道である。その理由は①経済力②軍事力③地球規模課題の深刻化という3点により説明できる。周知のとおり、日本経済はかつての鳴りを潜め、一人当たりGDPでは世界23位となり、ODAでは4位、一人当たりでは18位である。また日本では貧困層が増加している。軍事力では日本は世界5位の規模であるが、軍事費の額は上位と比較にならず、憲法9条により軍事的な行動はかなり制約されている。また地球規模課題の観点では、飢餓や貧困、紛争・戦争、環境破壊など、問題が山積している。地球温暖化問題では「1.5」がキーワードであり、地球の平均気温が1.5度上昇してはならない、とされていたが、そうなってしまうことが既に判明してきた。将来的に気温が3度上昇すれば人類は滅亡するとも予測されている。核兵器や原発の問題もあり、ここにサイバー攻撃が組み合わさることの危険性も懸念されている。人為的なウィルスや病原菌が蔓延する懸念もある。このように、すでに我々は人類の生存危機に直面している。
こうした状況を回避するためには、予防原則にのっとり、人類の存続が不可能になりうる時期を具体的に設定し、その時期に間に合うようにグローバルな政策と制度を構想する必要がある。そもそも、こうした問題の根幹には、資本主義と主権国家体制により構成されるグローバル政治経済構造がある。資本主義は価値増殖と資本蓄積のためにどこまでも市場を開拓し経済成長を求め続ける。よって必然的に環境破壊や格差問題が併発する。かつてはそれを途上国に外部化していたが、人新世の時代においては外部が消滅し、地球全体で問題が深刻化する。また現在、資本主義の実態は、金融マネーゲーム経済である。世界の実体経済は8000兆円規模だが、株式・債権・通貨・デリバティブなどを含むバーチャル経済の規模は9京9000兆円規模で、前者の12倍を超える。経済は金融資本の支配下にあり、金融資本は短期的利潤を求める。企業も国もこの金融資本に逆らえない。さらに利潤は国に還元されるのではなくタックス・ヘイブンに行くという問題もある。秘匿されている資金はざっと5000兆円、世界GDPの半数に上るとみられている。なお、世界の問題解決には年間400兆円以上必要といわれているが、世界のODAは17兆円程度となっている。このギャップをどう考えるべきか。また当たり前のように思われる主権国家体制にも問題がある。中央政府が存在せず、各国の主権は不可侵であり、したがって各国は地球益より国益を優先する。ワクチン・ナショナリズムはこうした背景の下発展した。地球規模課題解決のためにはこれらの制度が障害となっている。
ではどうすべきか。グローバルな問題の解決にはグローバルな政策と制度が必要となる。そこで①グローバル・タックス、②グローバル・ベーシック・インカム、③世界政府で構成される「3本の矢」を提唱したい。
①は、地球規模での税の制度化を意味する。具体的には、第一に各国が共通の課税ルールを作り、課税のための情報を共有すること、第二に国境を超えた革新的な課税を実施すること、第三に課税・徴税・分配のための新ガバナンスの創造が必要となる。これによりグローバル・ガバナンスの透明化・民主化を図る。国境を超えた課税とは、グローバルな資産や活動にグローバルな課税を行い、負の影響を抑制しつつ税収を上げ、それを地球規模問題の解決のためにグローバルに再分配する税システムの構築を意味する。金融取引税、航空券連帯税、多国籍企業税、武器取引税、地球炭素税などが想定できる。理論上は年間300兆円の税収が見込め、SDGs達成の資金のおよそ4分の3が賄える。また税の政策効果が働き、投機的取引や二酸化炭素排出、武器取引が抑制される。これらは新たなグローバル・ガバナンスの創出、究極的には世界政府の創設にもつながる。
世界政府論では、国家主権を移譲する程度や、世界政府が扱うイシューの包括性/限定性などにおいて様々な見方がある。ここでいう世界政府とは、地球規模課題の解決と人類の生存確保を目的とし、①世界議会、②世界政府、③世界憲法・世界法・世界司法裁判所により構成される。世界議会は、環境・開発などの各テーマや多様なセクターにより構成される三院制の導入により、民主性を高める。なお国連は事実として、加盟国の下位に位置づけられる、情報提供や議論の場、またプログラム実施の場であり、この意味で世界政府とは異なる。さらに安保理のP5のみが法的拘束力のある決議を行える点で非民主的でもある。
無論、世界政府論に対しては、専制や大国支配、民主主義欠損といった懸念点を指摘されてきた。圧政の発生時に逃げ場がないといった問題点も指摘されている。加えて、大国が世界政府を承認し加盟するのか、また実現しても決議が順守されるのか、など、実現性の低さについての批判もある。反論としては、まず世界政府はあくまで人類の生存にかかわる限定的イシューにのみ取り組む点、連邦制を取り国家主権を一定程度維持する点、またEUのように補完性の原理を適用し、基本はローカル・レベルで問題解決に取り組み、できないなら次第にナショナル、リージョナル、グローバル・レベルへと移行して取り組むという考え方が提示し得る。
しかしそれでも実現性についてはまだ疑問が残る。一つ目の道として、国際機関財源をグローバル・タックスにするという考え方がある。納税者が多様化により、各国の利益を優先する状態からより透明性・民主性が高まり、多様な代表者により物事を決める、つまりマルチ・ステークホルダー・ガバナンスが描かれる。実際に、航空券連帯税を財源とするUNITAIDの事例では、理事会に政府代表のみならず多様なステークホルダーが参加しており、しかも自主財源を持つ。多様なグローバル・タックスが導入され、こうした機関が増加すれば、グローバル・ガバナンスにも影響を与え得る。やがてそうした機関を統合する段階に移行し、グローバル・タックス機関およびこれを民主的に統治するグローバル議会が創設されれば、世界政府創設につながる。さらに現在の国連や国連機関を機能主義に則り統合し、世界金融庁や世界開発庁等を設置すれば、財源も無駄なく使用できる。世界議会が内閣を持ち、各大臣がそれぞれのトップになることで、一元制のある政策を打てるし、罷免も可能になる。これにより危機的状況を効果的・効率的に運営できるだろう。
二つ目の道としては、グローバル・ベーシック・インカム(GBI)の考え方がある。これは「全人類を対象とした個人向けの無条件・月極の生涯保障の現金」と定義される。以下、岡野内正の議論に則れば、人類遺産持株会社、つまり全人類が全世界の多国籍企業株式の51%を人類遺産として共同保有する大規模な相続回復によって設立される会社により、資金調達が可能となる。これは全人類が譲渡不可で議決権付きの一株を所有する、対等で平等な一株主として管理する仕組みであり、その配当金がGBIとなる。なお毎年の国際貧困ライン基準(1日1.9ドル)のGBI支給を想定する場合、年間約577兆円が必要となる。例えば株式配当や利子収入などの投資収益で毎年最低でも約111億円の不労所得を得ている富裕層13万人分の収入を合計すると1443兆円になり、その40%さえ拠出されれば充足できる。ただし、世界政府の樹立が前提とならなければこの持株会社もGBI導入も不可能だろう。世界政府は以上のように300兆円のグローバル・タックスと、人類遺産持株会社が調達する600兆円を合わせた900兆円を財源とすることになる。2016年の国連予算(通常予算+PKO予算)は合計で約1兆2000億円で、比較にならない規模となる。GBI支給を加盟国に限定するとなれば、大国を含めた世界各国の加盟を促すことにもなる。決議を順守しない国についてはGBIを停止する決まりにすれば、抑止力にもなる。
タイムラインとしては、2030年ごろまでにマルチステークホルダー+自主財源を持った機関が誕生していき(メゾ・レベル)、2035年ごろまでにはグローバル・タックス機関とその議会を創設し(マクロ・レベル)、2040年ごろまでには世界政府が実現し、GBIを実行に移す。そして2050年ごろまでには人類の生存危機を回避するために行動する。これら「3本の矢」実現のために全力を尽くすのが今後の日本外交のあるべき姿となるだろう。第一歩はグローバル・タックスの実現である。
(2)中嶋メンバーより報告:「ハイブリッド・パワー概念について考える」
ナイの提示したソフト・パワー概念には文化、政治的な価値観、外交政策の3領域が含まれるが、ここでは特に文化面、すなわち「他国がその国の文化に魅力を感じること」について扱う。ソフト・パワーには派生概念があり、スマート・パワーはハード+ソフトの組み合わせにより世界が共有できるナラティブを生み出すような外交政策のことを指す。シャープ・パワーはむしろネガティブな概念で、思想や表現の自由、開かれたメディア、民主的手続きの脆弱性を攻撃し、民主主義制度のパフォーマンスを低下させることとされている。一方ハイブリッド・パワーの語には、異なるものを組み合わせ、各々の長所を生かし、より良いものをつくるという意図が込められている。何と何のハイブリッドかという観点では、以下4通りが想定できる。
第一には、狭義の文化(コンテンツ・文化的生産物)と広義の文化(社会的行動・文化的習慣)のハイブリッドという見方がある。日本の場合は作られたコンテンツをどう売るかという点が重視されたが、近年の文化産業論やコンテンツ産業論においては、おもてなし精神や日本的な衛生観念など、(モノではなく)経験を売り込む、エクスペリエンス・エコノミーへの移行が指摘されている。これらの両面のハイブリッドによるパワーの展開という見方ができる。第二には、コンテンツ産業とより広義のクリエイティブ産業とのハイブリッドという見方がある。例えば、これまでソフト・パワーと製造業は別分野とみられてきたが、技術革新を通じてコンテンツ産業と融合する事例がみられる。第三に、文化と文化、社会と社会のハイブリッドという見方がある。日本側の行動とは無関係に、外国人が日本文化等をSNS等を通じて発信し、世界で流行するといった例がある。一方向的なコンテンツの輸出を目的にしたソフト・パワーと異なり、新しいテクノロジーや相互作用を通じて文化・価値が伝播する例であり、このような相互作用性を持ったネットワーク型パワーをハイブリッド・パワーとして捉えることができる。第四には、国民文化の統一性と地域文化の多様性、といった組み合わせが想定できる。例えばハワイではけん玉が日本の伝統文化というより新しいスポーツとして流行し、ワールドカップが開催されるなどした。こうしたことを受けて日本のけん玉産業が刺激されるといった事例がある。
したがってハイブリッド・パワー論においては、従来見逃されてきた社会的行動や文化的習慣、広義のクリエイティブ産業といったものがソフト・パワーの源泉として捉えられる。また一方通行の文化輸出戦略ではなく双方向の相乗効果(ネットワーク効果)を目指すものといえる。そこでは日本文化の内なる多様性を生かすことができ、例えば地方発信のソフト・パワーの可能性が実際に模索されている。日本文化のハイブリッド化を恐れるのではなく、むしろパワーの源泉としていく視点であるといえ、この点がハイブリッド・パワー概念の有効性であろう。外交の一つの目的は「外」と「交」わり繋がることといえ、日本をより多様に、豊かにしていくためにハイブリッド・パワーは重要になると考えられる。
(3)自由討論
上記(1)~(2)を踏まえて自由討論が行われ、テーマ別に下記(イ)~(ホ)の論点が提起された。
(イ)グローバル・タックスの範囲と課題について
- 日本では国交省と航空業界が航空券連帯税に反対したうえで、類似の国際観光旅客税を導入した。しかしこの税収は国内の特定の観光業界に流れてしまうので意味がない。日本では代わりに①グローバル通貨取引税、②金融取引税、③地球炭素税であれば、導入可能性はある。①では現在の通貨取引は多通貨同時決済(CLS)銀行が一括しているため、市場とは無関係に、決済時に低レートで課税し、税収を新しい国際機関に入れるというアイディアが存在する(フランス:革新的資金に関するリーディンググループ)。②では投機的取引を抑制し、税収はグローバル課題に使用できる。年間80兆円ほどが見込まれているが、金融業界が反対している。ただし各国レベルでは実施されている。③では各国の炭素税を統合し、緑の気候基金に回すという方法が可能だろう。(上村メンバー、渡邊主査)
(ロ)世界政府論に対する批判や懐疑論について
- ラクラウ&ムフの議論のように、国連では政治や覇権争いが前提とされているため抑止力が働くが、世界政府では覇権不在で平等という看板の裏で、権力闘争や実際の一国の影響力が隠蔽されるという懐疑論がある。そのため制度設計が特に重要である。ただし主権国家をなくすことは難しく、望ましくもない。アイデンティティの差異を消し去り地球市民に生まれ変わることも難しい。であるなら、イシューの限定と連邦制を機能させることが肝要である。しかし実行してからでないとわからない面も大きい。(上村メンバー、中嶋メンバー)
- 世界政府論は規範論に終始する傾向があり、実現のプロセス設計について、特に国家間の協力をいかに達成するか、より具体化する必要がある。ただし、欧州統合の例は、規範論はさておき、危機への直面が原動力となって、これに対処するために不可避的に達成されていった面がある。この意味では、地球規模課題に対する危機感の共有が重要になろう。(川崎メンバー、上村メンバー、渡邊主査)
(ハ)資本主義と地球規模課題について
- 資本主義や新自由主義にはネガティブな面もあるが、それを前提に発展した技術が地球規模課題を解決する可能性もある。ただし反対に、新しく良いと思われた技術が、新しい問題を生み出しているという見方もできる。テクノロジーの進化に過度に期待すべきではなく、それを規制できるような権力(つまり世界政府のようなもの)も必要と思われる。(上村メンバー、中嶋メンバー)
(ニ)グローバル・アイデンティティ形成とハイブリッド・パワーの関係性について
- 近年では国境を超えた様々な交流が生まれている。こうした動きはグローバル・アイデンティティの形成にも影響を持ちうる。ただし、これとローカル/ナショナル・アイデンティティはゼロサムの関係ではなく、両者が共存したハイブリッドなアイデンティティの形成に向かうと考えられる。グローバルな交流を通じて逆にローカルなアイデンティティが強調される場合もある。(上村メンバー、中嶋メンバー)
- 欧州統合の事例を見ると、外部者にはわからない、伝統と新しいものを結ぶ精神性がヨーロッパにはあり、それがハード・パワーを乗り越えるツールになる。ハイブリッド・パワーといっても、パブリック・ディプロマシーのツールにならなければ外交面での価値は小さい。中嶋報告で挙がった社会的行動や文化的慣習などは、日本的なアイデンティティの根拠であり、いくつかの事例をつなぐ受け皿のようなものである。K-POPのような、単なるコマーシャリズム的な成功とは異なる形の有効性がなければ、ハイブリッド・パワーにはなり得ず、そうした日本的価値を存在感のある形で提示していく必要があるだろう。(鈴木メンバー)
(ホ)その他、今後の方向性について
- ハイブリッド・パワーの定義や意義付けについて深めつつも、喫緊の課題、あるいはケースとして、対中外交の中でハイブリッド・パワーをいかに位置づけられるか、という論点が重要と思われる。今後の議論におけるひとつの方向性として検討していきたい。(渡邊主査)